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第百二十一話 英雄賛歌その四『神の祝福』

 幾多もの傷を負い、それでも彼は倒れなかった。

 深夜、首都から少し離れた人気のない荒野にて。


 彼はたった一人で、千にも及ぶ魔族に立ち向かっていた。


「――っ!!」


 おびただしい数の裂傷から血を滴らせながらも、彼は剣を振るう。

 血が衣服を真っ赤に染め上げ、体力と判断力を奪っていく。


 それでも、敵がいる限り勇者は戦い続けた。


「はぁ、はぁ……」


 息を荒くしながらも懸命に戦い続けた結果――彼は最後の一人まで魔族を追い詰めることに成功する。


「まさかここまでとはねぇ……人間の分際で、生意気ではないですかぁ?」


 しかし、最後の一人が最大の難敵だった。

 対峙する魔族は、四天王の一人であるポイズン。


 蛇の顔を持つ人型の魔族だった。


「だ、まれっ」


「おやおやぁ? もう限界ではありませんかぁ……いっそのこと死んだ方が、楽になれると思いますよぉ?」


「……そんなこと、分かってる」


 彼が彼である限り、一生を人間界の守護者として過ごすことだろう。

 そうなった時、人間界には平穏が訪れるはずだが――代わりに傷つくのは、彼なのだ。


 死んでしまった方が、あるいは勇者は幸せなのかもしれない。

 でも、そんな責任を放棄するような真似を、彼ができるはずがなかった。


「俺が死んだら、みんな死んでしまうから――俺は、お前を殺す」


「人間風情がぁ……殺してやりますよぉ!」


 魔族の四天王を名乗るポイズンは、勇者が今まで戦ってきた誰よりも厄介だった。


 ポイズンは毒を操る。

 霧状になった毒が勇者の心肺機能を低下させ、思考をあやふやにしていた。


 吐き出される溶解液は、触れただけで皮膚が焼け爛れるほどの猛毒である。

 また、ポイズンから分泌される毒液は致死性らしく、直接攻撃で傷を受けた勇者は徐々に命を蝕まれていた。


 だが、彼は負けなかった。


「どうしてぇ……そんなに傷を受けながら、死なないのですかぁ?」


「死ぬわけには、いかないから」


 最早、勇者はまともではなかった。


 裂傷から噴き出す鮮血は衣服を真っ赤に染め上げ、ポイズンの毒を浴びた肌には斑点のような模様が浮かんでいる。溶解液を浴びた部分はただれており、最早無事な部分がないほどにボロボロである。


 その状態でも死なない勇者に、ポイズンは敗北したのである。


「あははぁ……可哀想な人間ですねぇ? それほど頑張る意味など、あるのですかぁ? 誰も、あなたを見ていないのにっ」


「称賛がほしくて、勇者をやってるわけじゃない。俺しか勇者をできないから、やってるだけだ。別にやりたくてやってるわけじゃない」


「ぶくくっ。滑稽ですねぇ……死後の世界から、ずっと見ていますよぉ。君の苦しむ顔を、楽しませてもらいますからねぇ!!」


 狂気に歪んだポイズンに、勇者は容赦なく剣を振るった。


 ポイズンの首を掻き切ると、間もなく彼は死んだ。

 ポイズンの死体のそばで、勇者は吐き捨てるようにポツリと呟く。


「……滑稽なのは、分かってるよ」


 どうして彼はたった一人で魔族に立ち向かっているのか。

 どうして彼は、人間を守るという行為に義務感と責任感しか感じていないのか。


 それは彼が『道具』でしかないからだ。


 人間にとって、勇者が人間を守ることは当たり前のことだと考えられている。

 何かあれば、勇者がなんとかしてくれると思い込んでいる。


 勇者なのだから、自分たちのために戦って当然と言われている。


 仲間も不要。勇者だったら大丈夫。

 称賛も不要。勇者にとっては当たり前。

 報酬も不要。勇者なのだから、守るのは義務。


 そんな使われ方をしているからこそ、彼は常にギリギリだった。


 でも、そんな使われ方をしていようと、やっぱり人間を守り続ける彼の心は――本物の『英雄』である。


 だからこそ、文句一つ言わずに勇者は人間を守り続けるのだ。




「――くそっ」




 でも、たまに彼は泣きたくなる。

 孤独に戦い、傷つく自分を、惨めに思う時がある。


 この時はポイズンの毒にやられて、いつもより自制心も薄れていたのだろう。

 勇者は力なくうなだれていた。


 近くの木陰に移動しても、それいじょう動くことはできなかった。

 その場にうずくまると、傷ついて疲れきった体はこれ以上動くことを拒んでしまう。


 毒がじわじわと勇者を蝕んでいた。

 処置をしなければ命が危ない。だが、勇者はもう動けなかった。


「もう、いい……かな」


 やがて彼は、地面に倒れこんでいた。

 毒のせいで血を吐き出し、歪む視界で天を仰ぐ。


 木々の間から見える空には、もう太陽が昇っているようだった。

 木漏れ日の温もりを浴びながら、彼はゆっくりと目を閉じる――





 そしてここからは、勇者の知らない謎の登場人物のお話だ。


「あら? 何よ、哀れな子がいるじゃない」


 彼女は、第七世界『ネツァク』出身の小人族である。

 修道服を身にまとう彼女は、酒瓶片手に世界を旅するとある宗教の教祖様だ。


「うっわ。ボロボロ……つまらない生き方してるわね」


 気絶している勇者の隣に腰を下ろした彼女は、酒瓶を煽りながら傷だらけの勇者をバシバシと叩く。


「しっかりしなさいよ。せっかく神様に愛されてるくせに、自分を愛せないなら意味なんてないじゃない。バカね、こんなんで死んだら神様も怒るわよ」


 しかし彼女の言葉は、どこか優しげだった。


「哀れで見るに滑稽で可哀想なあんたに、施すのも神に愛されたあたしの役目ってところかしら」


 そして彼女は、勇者の頭に手を置く。


「【神の息吹(ゴッドネス・ヒーリング)】」


 この謎の小人族によって、勇者の傷と心は癒えた。


「ほどほどにしなさいよ……はぁ、また年齢が幼くなったわ。これじゃあ子供じゃないっ。まったく、いつか借り返しなさいよ!」


 ふらふらと立ち上がった彼女は、静かにこの場を立ち去っていく――




 英雄は、自分が嫌いだ。

 しかし神様は、英雄を好んでいた。


『まだ死んではいけない』


 あるいは、神様の気まぐれによって彼は生かされているのかもしれない。


 英雄の物語はまだまだ続く――

いつもお読みくださりありがとうございます。

ノクターンノベルズにて『ベッドで始まる勇者と魔王の大決戦 ~幼女魔王とのエッチな毎日~』というタイトルで本作のR-18作品を投稿いたしました。

そちらもどうぞよろしくお願い致します。

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