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第百十九話 幕間その一『英雄として成熟して赤ちゃんに退化するまでがワンセット』

「へっくしょん! ……なんか今日はやけにくしゃみが出るなー」


 なんてこともない一日が始まる。

 くしゃみが多いことがだけが気になるが、俺はのんびりとした一日を過ごしていた。


「ゆ、勇者よっ。風邪か? 大丈夫か?」


 俺がくしゃみをすると魔王が心配そうに背中をさすってくれる。

 相変わらず優しくていい女の子である。


「風邪ではないと思う……誰か噂してるのかな?」


「ほう? 勇者は偉大なる功績を残した英雄だからな。誰かがその伝説を語っていてもおかしくはないだろう」 


 いやいや、それは絶対にありえないと思うけど。

 しかし魔王は優しいので俺は肯定してくれる。それが素直に嬉しかった。


「とりあえず、お水を飲むがいい。あーんしろ」


 魔王が水を俺に飲ませようとしてくれる。

 その気持ちは嬉しい。でも、意外に他人から水を飲まされるのはなかなか難しかったりする。


 すぐに零れちゃうのだ。

 固形物をあーんされるのは慣れたが、水はまだまだ慣れていない。


 どうにかできないだろうか。

 ふとそんなことを考えて――そして閃いた。


「魔王……すごい。画期的なアイディアを思いついた!」


 立ち上がって、彼女に詰め寄る。

 魔王は不思議そうにきょとんと首を傾げていた。


「何を思いついたのだ?」


「ほら、水を飲ますのって難しいだろ? ちょっと位置がずれたら零れちゃうし」


「うむ。それで?」


「だから――容器の飲み口にでっぱりみたいなのをつけて、そこから吸い出すようにしたら水を零さずに飲めるんじゃないかなって!」


 我ながら素晴らしいアイディアだった。

 自分で飲めよと突っ込まれたらそれまでなのだが、俺はどうしても魔王にお世話されたい。


 だからどうにか零さずに水を飲まされる方法を考えたのである。


「なるほど……ん? そういえば、勇者の思いついたような容器を我は持っているな」 


「え? マジで?」


 独創的なアイディアかと思っていたのに普通に製品としてあるようだ。

 それはちょっと残念だが、まぁいい。とにかく零さずに水が飲めれば構わない。


「えっと、どこに置いたか……おお、ここにあるぞっ」


 そう言って魔王は一つの容器を取り出した。

 飲み物を入れる円筒状の容器と、飲み口にはでっぱりがきちんとついていた。


 なんて飲みやすそうな容器なんだ……! と、感動することはなく。


「――って、ほにゅう瓶かよ!」


 そう。俺がなんとなくイメージしていた容器は、ほにゅう瓶とそっくりな形状をしていたようだ。

 

 独創的でも画期的でも何でもなかったようだ。


「この前、見かけたから念のために入手しておいたのだ。勇者がいつか使いたがると思ってな……予想通りで何よりだぞっ」


「い、いやいや……それ赤ちゃんが使用するやつだし、ちょっと抵抗があるというか」


「でも、勇者がこういう容器を使いたいと言ったのだろうに」


 ごもっともである。

 コップでは飲みにくいということで、俺はほにゅう瓶のような形状の容器を思いついたのである。


「使用も初めてではないはずだ。この前、ミナに飲ませてもらっていただろう? 今更何を恥ずかしがっているのだ」


 そうなのだ。

 実は俺、ミナとおままごとした時にほにゅう瓶でミルクを飲まされたことがある。


 そう考えると、恥ずかしがるのは今更だった。


「ほら、水を飲め。それともおっぱいでも飲むか?」


「お、おっぱいは夜でお願いします……分かったよ、水を飲ませてくれ」


 自分から言い出したことだ。

 俺は潔くほにゅう瓶で水を飲ましてもらうことにした。


「では、我の膝に頭を乗せろ」


「おう……」


 寝っ転がって魔王の柔らかい膝に頭をのせる。

 相変わらず感触のいい肌だ。ずっと触っていたくなる。


 人には見せたくない場面だが、やっぱり魔王に甘えるのは悪くない。

 とても心が安らいだ。


「あーんしろ」


「あーん」


 促されて口を開ける。

 魔王はゆっくりとほにゅう瓶を傾けてくれた。


 吸い付くと、冷えた水がピュルリと口内に流れ込んでくる。


「美味いか?」


「うーん……水は水だけど、魔王に飲ませてもらった水だから凄く美味しい」


「こ、こらっ。そんな嬉しいことを言うな……照れるであろう」


 ほにゅう瓶越しに見える魔王の顔はほのかに赤く染まっていた。

 彼女は嬉しそうに、俺のお世話をしてくれる。


「勇者は本当に、可愛い奴だ……ぞんぶんに甘えるがいい。我にとって勇者をお世話することは、何よりの幸せだ」


 そんなことを言われては、もう欲望を解放するしかないだろう。


「――っ」


 こうして俺は自制心をなくした。




「ママ―!」





 かつて英雄だったような気がするけど、今は立派な赤ちゃん(成人)である。

 退化した気がしないでもないが、こっちの方が幸せなので後悔はしていなかった――

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