第百十一話 ニト教の隆盛
最近、気になっていることがある。
「ニト教、なんかでかくね?」
魔王城の隣にあったニト教の神殿が、見るからに大きくなっていた。
もともと、俺がお金を出したこともあって豪華な神殿ではあったが、更にゴージャスになっているのである。
しかしそれはおかしいことだ。
だって、神殿の持ち主であるニトは無職である。
あいつには金銭を獲得する手段がないはずなのに、いったいこれはどういうことなのか。
「……行ってみるか」
気になったので、久しぶりに神殿を訪れることにした。
ちょうど、ホドから帰ってきたばかりで、魔王はたまっているお仕事で忙しいみたいだし。
ミナも今日はいなかった。
明日あたりに里帰りするので、その準備をしているようだ。
残念だ……今日はミナとおままごとをする予定だったのに。
珍しく一人でとても退屈である。
そういうわけで、やって来たニト教の神殿。
「うぃーす」
軽いノリで扉を開く。
中を覗いてみると、そこでは宴会が開催されているようだった。
昼間っから何をやっているのだろう……働けよ。
俺が言えた台詞ではないけど。
「ぎゃはははは! 飲め―!」
そして、特に騒いでいるのは祭壇の上で下品に笑っているダメシスターさんだった。
大きな酒瓶を抱えながら意味もなく笑っていた。
「お、勇者が来たぞ! ロリコン勇者だ!!」
と、ここで宴会に参加している一人の魔族が俺に気付いて声を上げた。
「ロリコンじゃねーよ」
一応否定したが誰も俺の話は聞いていなかった。
「ロリコンだぁああああ!!」
「ニト様、ロリコンがいますよ!」
「ロリコンが服を着て歩いてます!!」
たかが俺の登場でどんちゃん騒ぎである。
ってか、ロリコンじゃないし。好きになった女の子がたまたま幼い外見をしていただけだし。
「え!? ロリコン……じゃない、勇者! よく来たわね、こっち来なさいよっ」
ニトも俺に気付いて手招きしている。
素直にそちらへ行くと、いきなり彼女は俺の手を引っ張った。
「ちょっと、祭壇あがりなさいっ」
「なんで?」
「いいからあがりなさいよ。ロリコンでしょ?」
「ロリコンじゃねーよ」
しぶしぶ祭壇に上がる。
神殿内で酒を飲んでる魔族はみんなこちらに注目していた。
「みんな聞きなさい! こちら、ニト教の名誉信徒である勇者よ!!」
突然の紹介である。
ああ、そういえば俺って名誉信徒だっけ。
「どうも」
軽く会釈すると、城内の魔族が目を輝かせた。
「おお! 勇者があの名誉信徒だったとは……」
「なるほど! 幼女に寄生するゴミクズなだけはある!」
「俺たちの上納金で食う飯は美味いか!?」
「絶品だろうなぁ。働かずに食う飯ほど美味いものはない」
好き放題言われていた。
でも反論の余地はない。全て事実なので俺は鷹揚に頷くだけに留めておいた。
「悔しかったら、お前らもお世話してくれる幼女を探せ」
煽るようにそう言ってみれば、魔族たちは大口を開けて笑う。
「ひゅー! 言うじゃねーか、クズ野郎!!」
「でもそんな生き方憧れるぜ!!」
「働くってやっぱ負けだわ」
俺が言うのもなんだけど、こいつらまともじゃないな。
「みんな、しっかりとニト教に励みなさいっ。最終的にはここにいる勇者みたいになれるかもしれないわよ!」
「「「おおおおおおおおおお!!」」」
ニトの掛け声に、魔族たちは雄たけびを上げて応える。
「ニト教の十戒その二!」
「「「『汝、お酒をたくさん飲め』!!」」」
「ということで、もっと飲めー!」
「「「かんぱーい!!」」」
そして更に宴会が続くようだった。
挨拶も終わったようで、魔族たちはこちらから視線を外して酒を飲みまくっている。
「なぁ、ニト? なんでこんなに増えてんの?」
ここで俺は、ようやく気になっていたことを彼女に聞くのだった。
「ん? 信徒が増えた理由ですって? あたしにもよく分かんないわよ」
ニトは幸せそうに酒を飲みながら俺の質問に答えた。
「今まで多くの世界を渡り歩いたけど、魔界だけあたしに寛容なのよね。布教したら面白いくらいに信仰してくれて、寄付金もがっぽりだわ」
「……だから神殿も大きくなったのか」
信徒も増えて、建物もでかくなった理由は、単純に勢力が拡大したからのようだ。
魔族の楽観的で快楽主義な気質が、ニト教の教義と合致していたのだろう。
というかそもそも、ニト教は神に祈ることすらほとんどない宗派である。一応教祖のニトは祈ったりしているが、それを強要することはまったくない。
信仰すらも個人の自由という、宗教として成り立っているのかどうか疑わしいくらい緩い団体なのだ。
もしかしたら魔族たちは、ただ騒げる場所がほしくて神殿に来ているのかもしれない。
しかしそれでも、楽しそうにしているだけでニトは満足のようだった。
「酒が美味いわね! 勇者も飲んでいきなさいよっ」
酒瓶を渡されて、俺は苦笑する。
なんだかんだ、ニト教は最高だと俺も思っている。
でも、この勢いだと――いつか魔界の国教になるのも近いかもしれないと、そんなことを思った。
その時に魔族は果たして大丈夫なのだろうか。
……まぁ、未来の問題は未来に解決すればいいか。
今はただ、楽な方向に流されよう。
「かんぱい!」
「かんぱい」
そして俺も宴会に参加して、酒を飲むのだった。
うん、やっぱり働かずに飲む酒は格別だ!




