表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

11/143

第十話 魔王、説教をしていたはずが、説教をされることに

 先に先手を打ったのは、龍人のドラゴであった。


「【第二形態】!!」


 ドラゴの体を、炎が覆う。炎の龍人である彼は火炎を自由自在に操ることができるのだ。


 この形態は、ドラゴの本気の証である。彼は小手調べを終わりにして、本格的に勇者を倒そうと構えたのだ。


「暑苦しいなぁ」


「ほざけ!」


 勇者の挑発にも乗らず、ドラゴは落ち着いた様子で拳を引き絞る。


「くらえ……【火炎龍の炎砲】!」


 そして、拳と同時に炎が放射される。

 先ほどのブレスよりも、数段威力の高い炎の一撃だった。


「っ……」


 勇者は身を投げ出してその炎を回避するも、ドラゴはその時点ですぐに次撃の態勢へと入っている。


「【火炎龍の咆哮】」


 そうして繰り出されたのは、先ほどのブレスの強化版であった。

 四方数メートルにも至るほどの炎量は、勇者の回避を許さない。 


「……やっぱり、四天王って強いな」


 ドラゴの実力を肌で感じて、勇者は薄い笑みを浮かべる。


 ともすれば自嘲にも見えないそれは、かつての仲間と比較してのこと。


 僧侶、魔法使い、武闘家、戦士……誰もが、ドラゴ一人に敵わないだろう。


 これで四天王の新参だというのだから、やりきれないなと勇者は頭を振る。


 同時に、勇者もまた――本気を出すかと、目を見開いた。


「【マルクトの加護・発動】」


 勇者の体を眩い光が覆う。

 その光は勇者の肉体を強化し、彼の強さを一次元上へと引き上げた。


「【聖撃】」


 刹那、勇者から光があふれる。

 ドラゴの咆哮に向けて放たれたその光は、炎とぶつかり合い、拮抗。


 そして、見事咆哮を打ち消してみせたのだった。


「……これが、生命樹の寵児セフィラの力か!!」


 ドラゴの呟きは、感嘆の響きが宿る。


 生命樹の寵児セフィラとは、他の者から羨望される存在だ。

 セフィロトから愛され、特別な力を与えられているのである。


 そういった存在が、先導者となって世界を導くのだ。

 人間界マルクトは勇者、そして魔界ケテルにおいては魔王がその役割を担っている。


「面白い! だが、所詮は人間……オレに、勝てるわけがない!」


 龍より進化した龍人ドラゴニュートは、己の血を信じて勇者に立ち向かう。

 相手がセフィラだろうと関係ない、と自らの力を誇っていた。


 そんなドラゴに……勇者は、表情を消した。


「俺が、負ける? お前に? バカじゃねぇの……俺が、負けるわけないだろ」


 冷ややかな口調。

 先程の楽しむような調子から一転、敵意を放つ勇者に……ドラゴは武者震いしていた。


「そうだ、勇者よ! オレは、お前の本気が見たいのだ……殺すつもりで、かかってこい!!」


 魔界ケテルは、実力主義の世界である。

 皆が戦い好きで、歴戦の猛者であり、血気盛んなのだ。


 ドラゴもまた、例外ではない。勇者という強者を前に、楽しそうな笑みを浮かべる。

 体を纏う炎も、興奮のせいか大きく燃え上がっていた。


「――上等だ」


 挑発に、勇者はあえて乗る。

 光の粒子をまき散らしながら、ドラゴの肉体に風穴をぶち明けようと、殺意をたぎらせた。


 ここから、勇者とドラゴの決闘が、真の意味で始まろうとしている。


 何かが間違えれば、どちらかが死んでもおかしくない。

 それほどの本気を、お互いに見せていた。


 死合いが、始まろうとしている。




「やめろ、阿呆どもが」




 それを、魔王が許さなかった。

 ぶつかり合おうとしていた二人の間に割って入り、勇者とドラゴが放とうとしていた一撃を同時に受け止める。


「【黒霧】」


 二人の攻撃は、魔王の手に纏われた黒い霧によって吸収されてしまった。

 そのせいで、勇者とドラゴは気勢が削がれたようで、お互いに動きを止めている。


 魔王は、その隙に――ドラゴに向けて、一言。


「殺すぞ? 大人しくしろ」


 王としての、命令だった。


 途端にドラゴは平伏し、深く頭を下げる。

 魔王の逆鱗に触れたことを悟ったようで、顔面を蒼白にしていた。


「も、申し訳ありませんっ」


「……ドラゴよ、貴様の意思は分かっている。我のこともあるだろうが、勇者と手を合わせてみたかった、という意思も尊重してやろう。だが、何を熱くなっているのだ? 貴様、我が止めて居なければ……勇者に殺されていても、おかしくなかったぞ?」


 決して勇者には見せない、魔王の冷酷な表情。

 悪辣なる魔族を統べる彼女なのだ、こういう一面があって当たり前である。


「せっかく、四天王にしてやったのだ。調子に乗るのも分かるが、少しは自重しろ。我を口実に、勇者の力を図ろうとするな」


 全て、魔王にはお見通しだった。


 四天王、新参のドラゴが戦いに飢えていたことも、勇者の到来に不満を持っていたことも、把握していた上であえてこの決闘を許可した。


 下僕の意思をくみ取り、寛容な態度を見せていたのだが……超えてはならない一線を、ドラゴは超えてしまったのである。


「死に急ぐでない。まったく、これだから魔界は大変なのだ……どいつもこいつも、戦いに飢えてばかりいる。まあ、嫌いではないが」


 ぶつぶつと呟く魔王。勇者はこんな顔もするのだなと、ぼけーっとした表情で彼女を眺めていた。


 すると、不意に背後から……甘いお香の匂いが漂ってきて、それからふわふわっとした感触が頬を撫でた。


「若いって良いのう。羨ましいものじゃ……なあ、勇者?」


「……タマモも、見た目は若いけどな」


「これ、年寄りをからかうでない。千年は生きておるのじゃぞ?」


 肩に抱き着いてきた、四天王最古参の妖狐――タマモに、勇者は苦笑する。


 マルクトの加護を解いて、体を脱力させた。


「耳、触っていい?」


「ダメじゃ。そこは性感帯じゃし、あとさっきから魔王が羨ましそうにこっちを見ておるからのう」


 頬を撫でるもふもふの誘惑をこらえて、勇者は魔王に視線を移す。


「むぅ」


 彼女は分かりやすく頬を膨らませて、勇者をジトっとした瞳で見ていた。


 今にも勇者に飛びついてきそうではあったが、それは傍に控えていたサキュバスのユメノが許さないようで。


「魔王様? でも、ドラゴさんの言い分は間違っていませんよ? 少しは働いてください。じゃないと、クーデターとかされちゃいます」


「されたら、皆殺しにすれば良いだろうに」


「……今の、贅沢気ままな暮らしをお捨てするつもりですか? 勇者様を飼いたいのなら、王としてきちんとしてください。それが約束だったはずです」


「ん? あれ? 俺、ペット扱いなの?」


 パラサイト勇者がペット以外の何者だというのか。


 勇者の言葉は無視されて、ユメノによる魔王様お説教が続く。


「だいたい、いつもいつも我がままばかり。振り回されるこちらの身にもなってください。あと、いい加減、性交の許可をくださいっ」


「まあまあ、ユメノ君? 落ち着いた方がよろしいですぞ。しかし、まあ……魔王君も、サボりすぎであることは否めませんな」


 加えて、骨ネクタイのスケさんも説教に参加しそうだったので、とうとう魔王は耐えきれなくなったようだ。


「うるさいぞ、下僕のくせに! ほら、行くぞ勇者っ……貴様にも、説教が必要だなっ」


 タマモを勇者から引き剥がし、その手を引いてから走り出す魔王。

 勇者はそんな彼女に頬を緩めていた。


 戦意はもうない。穏やかな自分の心を感じて、勇者は小さく呟く。


「やっぱり……魔王って、可愛いな」


 彼女の可愛さが、勇者にとっての救いとなっていたのだ。

 それを実感していたのである。


「か、可愛いとか言うなっ……そんなこと言われても、説教はやるからな! ちょ、ちょっとだけ、時間は短くしてやるが」


 なんだかんだ甘い魔王。

 勇者は、彼女に手を引かれて……闘技場を出ていくのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ