第百四話 存在としての格
「烏天狗。あーし本気出すから、遠慮しないでやっちゃえ」
「……そうか。では、そのようにしよう」
魔王を前に、酒呑童子と烏天狗は言葉を交わす。
「どうした? 今更になって作戦会議か? 無駄だろうに」
対する魔王は笑いながらゆっくりと二人に歩み寄っていた。
隣には闇で構成された『先代魔王』もいる。
魔王が圧倒的に優位だった。流石俺のお嫁さんである。理不尽に強いところも愛らしい。
このまま正面から激突しても、敵二人は先ほどまでと同じようにやられるだけだろう。
だが、次の攻防はそうならないように何か策があるらしい。
酒呑童子は何やら覚悟を決めたいように表情を引き締めている。
烏天狗も何かを察して頷き、懐から団扇のようなものを取り出していた。
「お、扇いでくれるのか?」
茶化す魔王に、烏天狗は表情を崩さずに団扇を向ける。
たびたび目にする団扇だ………あれには力を感じた。
――何か来る。
そう直感すると同時、団扇が動いた。
「【羽団扇】――『火炎』」
刹那、膨大な量の火炎が場を襲う。
周囲の全てに牙を剥く、無差別大規模攻撃。
あの団扇、『神隠し』だけじゃなくて他の力も持っているらしい。
おいおい、マジか!
味方である酒呑童子も巻き込まれるだろうに、それを気にせずに相手は仕掛けてきた。
普通ならこのようなことはしないだろう。
しかし、酒呑童子はさっき『遠慮しないでやっちゃえ』と言っていた。烏天狗の大規模攻撃を活かすために、自分はあえてダメージを受けることにしていたのだろう。
捨て身ともいえるような攻撃だ。
そして俺もピンチだった。
「やべっ」
慌てて剣を構え、迫る炎を斬ろうと試みる。
しかしその前に、魔王が俺を守ってくれていた。
「【闇よ、勇者を守れ】」
魔王が、先代魔王の形をした闇に指示を出す。
すると、闇が俺を包み込むように姿を変えた。
そのおかげで火炎は俺に届かずに消えていく。
「魔王!」
だが、魔王は直接火炎を浴びていた。
俺を守るために躊躇なく闇を使用するあたり、愛を強く感じる。
でも、傷ついたらイヤなのはこっちも同じだ。
「大丈夫か!?」
声をかけてすぐ、魔王は俺に返事をしてくれた。
「無論だ。我はセフィラだからな、貴様より頑丈だ……少し服が焼けたがな」
煙が晴れて、ようやく視認した彼女は無事だった。良かった……
だが、衣服は無事じゃなかったようで、焼け焦げて危ない格好になっている。
「き、気をつけろよ」
「うむ。勇者以外の男に肌を晒すわけにはいかんからな」
俺としては、敵に気をつけろよという意味合いで言ったのだが。
ともあれ、魔王は炎を浴びてなお余裕を崩してはなかった。
「ほう? 貴様、殲滅型の戦闘タイプだったか。そこのやつなどいない方が、まだ我と戦えただろうに。足を引っ張られて残念だったな」
お、煽ってる。
その言葉に感化されたのか、煙に包まれていた酒呑童子はすぐに魔王へと飛び掛っていく。
相変わらずの特攻だ。これでは先ほどの二の舞になると思うのだが。
「ひっく」
……ん? 状態が、少し違うような。
違和感を覚えて目を凝らしてみると、彼女の手に『ひょうたん』が握られているのが見えた。
え、もしかして……酒飲んでる?
そこにまず驚いて、今度は別の意味で更に驚かされることになる。
「【闇よ、迎え撃て】」
魔王が闇で迎撃して、酒呑童子が先ほどと同じように殴られる。
そこまでは同じだったのだが、ここからが違った。
「あはっ」
殴られて、だが彼女は踏ん張る。
そして、その拳を魔王に向かって振るった。
「っ!」
拳は魔王に届かないが、発生した風圧によって魔王は吹き飛ばされる。
すさまじい拳圧だった。闇の一撃に耐えたことといい、明らかに耐久力と力が向上している。
「【酒盛り】……あーし、お酒飲めば飲むほど強くなるんだよね~。ま、酔っ払ったら死ぬけど」
これもまた『妖術』ということだろう。
酒を飲んだ量によって能力が向上。ただし酔うほど飲むと能力低下、といったところか。
どうやら酒呑童子には余力があったようだ。
「【羽団扇】――『嵐』」
後方で烏天狗が再び団扇を振る。
今度は吹き飛ばされそうなほどの風が場を襲った。これもまた団扇の力なのだろう。
「【闇よ、勇者を守れ】」
魔王は当然のように俺を守ろうとした。
それによって魔王は無防備となる。
そこを、酒呑童子は隙と見たようだ。
「じゃんじゃん行くし!」
魔王へと殴りかかる。
酒呑童子は、闇を持たない魔王なら楽勝だと言わんばかりに、正面から突撃してきた。
これが酒呑童子と烏天狗の作戦、なのだろうか。
烏天狗の大規模攻撃でわざと俺を巻き込み、魔王かた闇を引き剥がす。
そうすればなんとかなると考えているのだろうか。
だとしたらそれは、甘いと言わざるを得ない。
「殴り合いを所望か? うむ、ならば望みどおりに」
接近する酒呑童子。
対する魔王は、真上に飛び上がることで酒呑童子の一撃を回避した。
「――は?」
鮮やかな身のこなしを見せる魔王に酒呑童子は呆けている。
その隙に魔王は、酒呑童子を蹴り飛ばした。
「がはっ!?」
その小さな体からは考えられないパワーを受けて、酒呑童子は吹き飛ぶ。
だが攻撃は終わらない。
「【転移】」
魔王は転移して、吹き飛ぶ酒呑童子の背後に回りこみ、容赦なくその背中を殴り飛ばした。
「ぐ、ぁ」
地面に体を打ちつけた酒呑童子は、息を漏らして呻く。
魔王の攻撃を二つ受けたのである。彼女はもう戦闘不能だろう。
「酒呑童子……っ」
「他人の心配をしている場合か?」
驚愕する烏天狗にも魔王は容赦しない。知覚できない【転移】で背後にまわりこみ、酒呑童子と同じように背中を殴った。
「ぐは……っ!」
酒呑童子の隣に倒れた烏天狗。耐久力はあまりなかったのか、もう起き上がれそうにない。
そんな二人を見下しながら、魔王は一言。
「弱いな」
唾棄するような言葉が、格の違いを示す。
魔王という存在に挑むには、この二人では少し荷が重かったようだ。
二人は『闇』さえなければ魔王に勝てると思っていたのだろう。
だが、魔王の強さは『闇』ではない。
彼女が最も得意とするのは『接近戦』なのだ。
転移という変幻自在の移動方法と、圧倒的なパワーを惜しみなく運用できる肉弾戦の組み合わさった接近戦は、生半可な実力だと歯が立たない。
小さな体には想像できないほどの力が宿っているのだ。
それこそが『魔王』という存在である。
まったく……相変わらずすごい奴だな。
今更になって思う。
俺、よくこいつと互角に戦えてたよな――と。




