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第百話 彼は頭が弱い

 江戸城、敷地内。

 そこでは現在、巨大な犬と悪魔族が戦っていた。


「おらぁああああ!!」


 六魔侯爵の一人、悪魔族のデビルは犬に向かって拳をぶつける。

 その筋力はすさまじく、己の何倍もある体躯の犬を吹き飛ばすほどだった。


「犬三十二号ぅうううううう!!」


 徳川綱吉は犬の死を悲しむ。

 死んだ、というよりはチリとなって消えているだけなので本当に死んでいるわけではないし、そもそもこの犬は最初から生きていない。


 徳川綱吉の【生類憐みの令】は死んだ犬の魂魄を呼ぶことができる術だ。

 つまり出現する犬は最初から死んでいるのである。


「この外道め! どうして犬という愛らしい生物を殴ることができるんだ!?」


 戦いに利用しておいて言うべき台詞ではないのだが、デビルは普通に答えを返す。


「敵に愛らしいも何も関係ねぇな! 殺す。ただそれだけだ」


 デビルは頭が弱い。

 だからシンプルに物事を考えるのだ。


 敵なら殺す。犬だろうと魔族だろうと人間だろうと容赦はない。

 悪魔族とは本来そういう種族なのだ。デビルはまさにその体現者と言っていいだろう。


「次はどうした!!」


 拳を構えてデビルは待つ。


 六魔侯爵の一人にして、魔族きっての武闘派集団『悪魔軍』を率いるデビルは、実のところ特別な力はない。


 しかし、戦闘能力のみで言えば四天王に匹敵するとも言われていた。


「犬三十三号! 犬三十四号!」


 今度は二体同時に巨大な犬が出現する。


『ガァアアアアア!!』


『グルァアアアアアアア!!』


 挟撃するように体当たりを仕掛けてくる二匹の犬を前に、デビルは一歩も退かない。


「来い」


 その攻撃を、己の身一つで受け止めるのだ。


 鍛え上げた強靭な肉体こそ、彼にとって最大の武器である。


 彼は頭が良くないので戦い方だって非常にシンプルだ。


 攻撃を耐える。敵を殴る。それを繰り返すことでやがて相手はデビルに負ける。


 持久力が他を逸しているとも言えよう。

 悪魔族特有の強靭な肉体を活かした戦法だった。


 シンプルで、だからこそ攻略法は『直接戦闘』以外にない。

 勇者が戦った時も、三日三晩殴り合いを重ねてようやく勝利したくらいである。


 後に勇者は『あいつとは二度と戦いたくない』と言った。

 それくらい厄介なのである。


「おい、弱ぇぞ! もっと本気出せよ!!」


 二体の犬も撃破したデビルに、対する徳川綱吉はわなわなと唇を震わせる。

 その形相は怒りに歪んでいた。


「どうしてそんなに酷いことをする! 可哀想に……犬だって生きているのだぞ!? 愛してあげなければならないだろう! 生類を憐めっ」


「は? 犬って可哀想なのか?」


 戦闘能力の高いデビルだが、一点だけ欠点がある。


「そうだ! 彼らはな、無意味に殺されていた……刀の試し切りだとか、食料が足りないだとか、野犬になると怖いからだとか、そんな身勝手な理由でだ! 生命は大切にしなければならない……だからおいらは、生類を憐れむ」


 デビルの弱点。


 それは――




「な、なんだと……悲しいな、それ。あんまりじゃねぇか! 可哀想じゃねぇかよ!」




 ――頭が、悪いことだ。


「犬を、生物を、守らなければならない。その命を愛そう。命を脅かす者は殺そう! 故においらは生類を憐れむ」


「な、なに言ってるか分かんねぇけど、そうだな……命は大切にしないとダメなんだな! 今まで殴って悪かった」


 デビルは徳川綱吉の矛盾理論に論破される。

 実力は四天王クラスなのに五帝にすらなれないのは、頭が悪いからである。


 こうも簡単に感化されるのは、流石にダメだろう。


「……また始まったなぁ」


 後ろで戦況を見守っていたシロは、静かにため息をついた。


「決めた! 俺様はてめぇの味方になるぜ……一緒にしょうるいをあわれむ? をやろう! 命を大切にしない奴らをぶっ殺そう!!」


 同じ六魔として、デビルとは戦場を共にする機会が多い。

 なので、こうやって裏切られたのにも慣れたものだった。


「おお! 話が分かるな貴様……! おいらと一緒に生類を憐れもう!!」


 握手を交わす二人。意気投合していた。


「うーん……どうしよ」


 シロが首を傾げながら考え込む。

 そんな時に、織田信長の【天下布武】が発動した。


「はにゃ? 力がみなぎる……?」


 理由はよく分からないが、淡い発光と同時にシロは力が溢れてくるのを感じた。


「これなら」


 一方、デビルの方を見てみると発光はしていなかった。

 織田信長の【天下布武】は自軍にのみ作用する。裏切ったデビルに効果はないようだ。


 今、シロの力が向上している。

 彼女とデビルを比較すると、純粋な戦闘力でいえばデビルの方が上である。


 だが、今の状態なら……不意を突くことはできそうだった。


「【第二形態】」


 次の瞬間、彼女は少女の姿から巨大な白狼の姿に変身した。

 獣魔族であるシロのもう一つの姿である。


 この姿の彼女を見て、徳川綱吉は唐突に興奮しだした。


「犬だ! 美しい! さぁ、おいらのところへ来なさいっ。愛してあげるよ!!」


 無類の犬好きとして狼もその対象に入るようだった。


 手招きされると同時、シロは持ち前の脚力を活かして一瞬で徳川綱吉との距離を詰める。

 デビルの反応も許さない接近だった。


 そして。


「いただきます」


 バクン、と。

 一口、徳川綱吉を丸かじりした。


「――ぇ?」


 徳川綱吉は何もできずに、食べられることになった。

 ボリボリと咀嚼されて、徳川綱吉は絶叫する。


「何故だぁああ!? こんなに憐れんでいるのに!!」


 しかしシロは気にせず、もぐもぐと噛み続けた。

 でも美味しくなかったらしく、ある程度噛んでから地面に吐き出す。


「ペッ……味は微妙かなー」


 全身を噛まれた徳川綱吉は、気絶して地面に伸びていた。


「あのね、憐れむのはいいし、大切にするのは悪いことじゃないと思うけど」


 シロは元の姿に戻りながら、意識を失った徳川綱吉にこんなことを言う。


「それを他人に押し付けるのはダメなんじゃないかな? あと、愛してるから愛されてるっていうのも、ないと思います! 犬にだって感情はあるよ? もっと気持ちを大切にしてあげてね?」


 イヌ科に近い彼女は徳川綱吉の言い分に思うところがあるようだった。

 肩をすくめながらそれだけを言って、彼女は徳川綱吉に背を向ける。


 不意打ちとはいえ、こちらもまた魔王軍の勝利だった。


「デビル、この人は魔王様の敵だよ? 裏切ったらダメじゃないかな? 弱いし、この人の言うことは間違ってるよ」


「――そうだな! また裏切ってしまったぜぇ……」


「もっとお勉強した方がいいよ」


「なんでだよ?」


「……分からないならいいや」


 デビルはシロの一言であっさりと寝返る。

 こういうところがダメなんじゃないかなーと、シロはため息をつくのだった――

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