第九十九話 天下布武
俺が人形が壊したことで、織田信長は力を取り戻したみたいだ。
「助かったぜ、勇者……これで満足に戦える」
「ほどほどにしろよ? もう少ししたら建物が崩れるかもしれないし」
やる気満々なのはいいが、現在本能寺は燃えている。。
織田信長は炎に弱いらしいし、彼女にとってフィールドの相性は良くない。
だが、織田信長は好戦的な笑顔を浮かべていた。
「なんのためにサルがいると思ってる? おれの力を向上させるためだよ」
サル、とは後方に控える豊臣秀吉のことだろう。
口ぶりからすると、どうも彼女は織田信長の力を安定させる存在のようだ。
戦闘タイプでもないのにここに連れてきたのはそういうわけか。
「……やっとだぜ。あの忌々しい人形のせいで何もできなかったが、ようやくだ」
手の骨をバキバキと鳴らしながら、織田信長は徳川家康を見据えている。
「ふぉっふぉっふぉ」
この状況でもなお徳川家康は笑ったままだ。
薄気味悪いというか、笑顔なのにやっぱり感情は読めないな。
「その狸顔を歪めてやるよ」
物騒なことを言いながら、織田信長は手を掲げる。
そして彼女は、力を発現させた。
「【天下布武】」
瞬間、俺の内側から力が溢れ出す。
なんだこれは、俺の力じゃないぞ……!?
外的な要因で、強制的に力が引き上げられていたのだ。
たぶん織田信長の【天下布武】という力が、俺の力を増幅させたのだろう。
「何やったんだ?」
「セフィラの力だ。【天下布武】……自軍の力を増幅させる」
効果は俺だけに限った話ではないようである。
織田信長も、豊臣秀吉も、恐らくは魔王や魔王軍も同様に力が湧き出しているのだろう。
俺との戦いでは見せなかった……いや、見せられなかった力だ。
なるほど。織田信長という存在は『兵』ではなく『将』として大いなる力を発揮するのだろう。
彼女が味方にいれば、それだけで軍としての力が増幅する。
「これで、おれらの勝利だ」
おれら、とはつまり魔王や魔族含む織田信長勢力を意味している。
他の場所で戦っている者たちも【天下布武】の恩恵を受けているのだ。
敗北はない。
織田信長は勝ち誇るかのように笑っていた。
「ま、制限時間があるが、それまでにてめぇもぶっ殺してやるぜ」
彼女はあらためて徳川家康に戦線布告する。
人形がいた時は劣勢だったが、今はもう圧倒的にこちらが優勢に見えた。
うん、これならもう俺は必要なさそうだ。
「あとはお前らだけで大丈夫か?」
確認の意味も込めて問いかけると、織田信長は迷いなく首を縦に振った。
「ああ。こいつはおれが引導を渡す……てめぇは魔王のところにでも行ってろ」
「言われなくても! 頑張れよ、織田信長」
最後に言葉をかけて、俺は炎の中を走る。
ここまでお膳立てしたのだ。織田信長はきっと勝ってくれる。
お家騒動とやらもここまでになるはずだ。
そしてその後は、立派な君主としてホドを治めるだろう。
「……お前は俺みたいになるなよ」
かつて、世界を半分しか救えなかった者として。
織田信長には失敗してほしくなかった。
身内といえども敵は存在する。
俺は身内というだけで同族を味方だと信じ込んだばっかりに、失敗してしまった。
だけど織田信長は俺のような甘さがない。
身内でも敵なら容赦なく殺せる覚悟を彼女は持っている。
そもそも、俺の助けも彼女にとってはお節介だったのかもしれないな。
「頑張れ」
距離も離れているので聞こえているはずはないが、小さく呟いて俺は走り続ける。
もしも……俺が織田信長のようにハッキリと物事を言えるような意思があれば。
仲間を切り捨ててでも信念を押し通す強さがあれば、違った未来があったのだろうか。
「――なんて考えても、意味がないか」
後悔なんてもうする必要はない。
俺は今を生きているのだ。たらればの話なんて考えるだけ無意味だよな。
とにかく、織田信長を手伝うことが出来た。
それだけで良しとして、後で魔王にたくさん褒めてもらおう。
そのためにも、戦闘を手っ取り早く終わらせようと思った。
とりあえず、魔王の敵でも倒すとしよう。
――江戸城、敷地外にて。
魔王軍四天王の一人、タマモはキセルを咥えながら夜空を見上げていた。
「腰が痛いのう……妾も老けたのじゃ」
その台詞を五百年前から繰り返しているわけだが、幼い外見通り彼女はまだまだ元気だった。
何せ、千は存在したサムライたちを全て倒してしまったのである。
年寄りぶりたいようだが、今もなおピチピチだった。
「若者はもう少し努力が必要じゃぞ? 老人に歯が立たんとは何事じゃ」
言葉をかけても応える者は誰もいない。
皆、タマモの足元で山積みにされて気絶していた。
タマモはその頂上で優雅にキセルを一服しているのだ。
戦闘は既に終わっている。
そんな時に、彼女はふと自身の力が向上したのを感じた。
「補助系統の力……? ふむ、誰かが何かしたようじゃな」
織田信長の【天下布武】が発動していたが、タマモは戦闘を終えているので意味がなかったようだ。
欠伸を零して、タマモは夜空を眺めた。
「早く帰って晩酌でもしたいのう」
勝利の美酒を楽しみにしながら、タマモはのんびりと魔王たちが帰って来るのを待ち続ける。




