プロローグ 世界を半分くれてやろう!
魔王は、楽しそうに笑っていた。
「くくくっ……勇者よ、貴様との戦いは本当に愉快だ! この戦いが最後だというのが、もったいないくらいにな」
魔王を名乗る割には愛らしい外見の幼女だが、しかしこう見えて彼女は悪辣なる魔族の王なのである。
世界を恐怖に陥れ、希望を刈り取り絶望をまき散らす彼女に認められたという事実は、少なからず嬉しいものがあった。
「そうだな。俺も、お前と戦えて最高だった……本当に、これで最後だと思うと残念だよ」
魔王城、大広間にて。勇者である俺は、魔王の言葉に首肯を返す。
正直なところ、俺は魔王が嫌いじゃなかった。こいつは俺の敵だが、何度も剣を交えた仲なのである……根が悪い奴でないことくらい、とっくに理解していた。
むしろこいつは素晴らしい王ですらある。俺たち人間の豚みたいな王と比べたら大分マシだとも言えよう。本当に、魔王は素晴らしい人格を持っているのだ。
だからこそ、この時が来てしまったことを残念に思う。
「勇者と魔王の、最後の戦い……か。皮肉なもんだな、俺とお前はまったく嫌い合ってないのに。これも運命ってやつか?」
魔王の討伐。その任務を課せられた俺たち勇者パーティーの一同は、この日魔王城に決戦を挑んでいた。魔王もそれに応えてくれたようで、全力で俺たちの挑戦を迎え撃ってくれた。
勇者、魔法使い、僧侶、武闘家、戦士で構成された俺たちのパーティーは、死闘の果てにようやくここまで来た。
魔王本人との決着に、仲間が俺を送り込んでくれたのである。
長かった旅も、ここでようやく終わりだ。
そして、因縁の深い魔王とも……どちらが勝とうと、これでお別れになるのは間違いないのである。
そのことをお互いに理解していたのだ。最終決戦を前に、少し感慨深くなってしまうのも無理はないと思う。
「まったくだ。我と貴様は、誠に良き好敵手であった……実のところ、部下の誰よりも我は貴様を好いておる」
「……お、おう」
だが、魔王の方はちょっと様子がおかしかった。いつもの戦いが好きで好きでしょうがないと、そう言わんばかりの不敵な笑顔はどこにもない。
今の彼女は、真剣な瞳で――俺を、ジッと見つめていた。
「なあ、勇者よ……我が世界を征服した時、貴様にその半分をくれてやろう」
彼女は、毅然として言い放つ。
「その代わり、我の配下になれ」
そう言って、魔王は俺に手を差し出した。ちっちゃなおててだが、その手がどれほどの力を生み出すのか、誰よりも俺は知っている。
「世界の半分をくれてやるから、我と共に来てくれないか?」
そんな彼女の願いは、勇者である俺が聞き入れてはならないものだった。
「――っ」
想起するは、ここまでの道のり。
沢山の苦難があった。数えきれないほどの理不尽があった。
それでも、笑顔を分かち合う仲間がいた。俺に期待してくれている人だって、いっぱい居るのだ。
みんなを、裏切るなんて――できるわけがない。
そう思っていた時期が俺にもありました。
「マジで? 半分もくれんの!? やった、喜んでお前と手を組もうじゃないか!」
魔王の誘惑に、俺は負けた。
だって、世界を半分もくれるというのである。もらわない理由が俺には思いつかなかった。
「なん……だとっ」
俺が魔王のお願いを聞き入れたことに、他ならぬ魔王本人が驚いたようで。
「貴様、勇者の誇りとか、責務とか、そういうのは……いいのか?」
何やらとんちんかんなことを言い始めた。魔王のくせに、そんなこと心配すんなよ。
「誇り? 何それ美味しいの? 責務とか知らねぇよ。だいたい、俺はなりたくて勇者になったんじゃないし。無理矢理勇者にされただけだし」
そうだ。俺は別に、勇者になりたくてなったわけじゃないのだ。
幼いころから勇者であれと、俺の意思に関係なく鍛えられた。
たまたま才能があって、勇者っぽい力が発現したから、勇者にされただけなのである。
「しかも、仮にお前を倒せたとして、それで俺の手に入るものは何だと思う? 『世界を救った』っていう名誉だけだぜ? 名誉でお腹は膨れねぇよ! そんなものより、世界半分もらった方が嬉しい」
「い、いや……だが、報酬はそれなりにあるだろうに。周囲からの評価も、権力も、手に入れたいものは何だって手に入るはずだっ……我が誘っておいてなんだが、本当にいいのか?」
「ああ、いいよ。報酬なんて、世界の半分に比べたら微々たるものだし……俺は、お前と手を組む。いや、組ませてほしい」
「な、仲間とか、悲しむんじゃないかっ?」
「あいつらが悲しむわけないだろ!!」
そこで俺は、今日一番の大声を出した。何故なら、今の一言によって、ある事実が俺の脳裏によみがえったからである。
「知ってるか? 俺、実はさ……僧侶と幼馴染だったんだ。あいつと結婚したくて、この旅も頑張ってきたんだ。でもさ、僧侶ってさ、実は魔法使いと付き合ってたりしてさっ」
「あ……」
「察したくれたか? そうだ、俺はお邪魔虫なんだ! しかも、戦士と武闘家も、実は俺に内緒で付き合ってるんだぜ!? もうマジで、パーティー内に俺の居場所がないんだよっ」
一度吐き出すと、もう止まらなくなる。いつしか俺は、心にため込んでいた鬱憤を爆発させるかのように、魔王に叫んでいた。
「この最終決戦も、いかにも仲間達が犠牲になって俺を前に進ませてくれた感があるけど、実は全然違うからな!? 魔王城内であいつら俺を置いてどっか行きやがったから、仕方なく一人で進んできただけだからな!!」
そうだ。仲間なんて、みんな死ねばいい。俺を置いてリア充になるなんて、そんなの仲間じゃないっ。
「しかも、俺に『期待してますよ』とか言って散々働かせたお姫様に至っては、あいつただのビッチだからな!? クソがっ、思わせぶりなことばっかり言いやがって……どんだけ期待したと思ってる? 俺、前はお姫様の笑顔のために戦ってたんだぜ? 今思うと、過去の俺を殺したくなる」
俺を都合良く使っていたお姫様、あれの顔はもう見たくないくらい恨みが溜まっている。
勇者として、命を張って頑張ってきたのだ……いつか、その、付き合えたりするんじゃね? なんてことも思っていた。
僧侶とお姫様、どっちと将来結婚しようかなー、とか……どうせだから二人と結婚しちゃおうかなーとか、バカなことを考えていた過去はもはや黒歴史でしかない。
「守ってきた民衆は、俺の顔がパッとしないからバカにするしっ。勇者なのに普通(笑)とか、余計なお世話だボケ!! かといって、仲間はみんな美男美女ときた。俺が誰よりも頑張ってるのに、仲間しか評価されない、なんて時もあったんだぜ? もうさ、俺何のために頑張ってきたのか、よく分かんねぇよ」
そして、俺は気付いたのだ。
俺には何もなかった。守るべきものも、手に入れるべき幸せも、全ては幻でしかなかったのだ――と、気付かされたのだ。
「俺にとって、魔王だけが癒しだった。いつ会っても、お前は変わらないでいてくれた。俺を認めてくれて、全力で戦ってくれて、それが本当に楽しかった。そんなお前と、俺は手を取りたい」
故に、俺を必要としてくれた魔王の気持ちが、心から嬉しい。
俺を認めてくれた彼女の言葉に、強く感動してしまった。
差し伸べられた手を掴み、俺は魔王に跪く。
そんな俺に、魔王は――泣いてくれた。
「っ……勇者よ、貴様は辛い人生を歩んでいるのだなっ」
どうやら、同情してくれているらしい。
その優しさが、心に染みた。その通りだよ、魔王……俺は辛い人生を歩んできました。
「もう良いっ。良いのだ……我の隣で、幸せになれ! これは命令だ、貴様が我と手を組むにあたって、絶対に守らなければならない使命だっ。それを、果たせるか?」
「魔王の、隣に居ることができるなら、俺はそれだけで幸せになれると思う」
「もちろんだ! 我の隣に居るがいいっ」
そうして、魔王は俺を優しく抱きしめてくれる。
凶悪なる魔族の王のくせして、彼女の体からはいい匂いがした。それでいて、その体は柔らかい……そんな彼女に、俺は忠誠を誓おうと決意する。
勇者だけど、魔王から世界を半分もらって裏切ることにした。
彼女の隣で、俺は幸せになってみせる――
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