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アラフォー社畜のゴーレムマスター  作者: 高見 梁川
第三章
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第九十七話 絡み合う思惑

 五槌の一人であるゲノックは、魔剣を打ってはスキャパフロー王国の頂点と呼ばれる鍛冶師である。

 しかしあくまでもスキャパフロー王国内でのことだ。

 国外で活動するドルロイはその対象には含まれない。

 そんなコンプレックスをゲノックは、ドルロイを道を外したはぐれものと見下すことで折り合いをつけてきた。

 またそれは事実でもあった。ドルロイは切れ味の鋭さ、より効率的に人を殺すための剣を狂ったように生産していた時期があったからだ。

 だからこそ知る人は、もしドルロイとゲノックの武具が争えば十中八九ドルロイの武具が勝つことを知っている。

 狂気にとりつかれていたドルロイの武具は、ときの王をして戦争を決断させるほどのものなのだから。

 ――とはいえ、現在のスキャパフロー王国で購入しようとすれば、ゲノックがもっとも高価で強力な武具職人であることも確かであった。

 二年ほど前、まだ金級探索者であったノーラは当時からスキャパフロー王国最高の職人であったゲノックに魔剣の製作を依頼した。

 以来その魔剣は、ノーラのもっとも頼りとする愛剣であり続けている。

 そのゲノックの言葉には、さすがのノーラもそれなりの敬意を払わぬわけにはいかなかった。

「折れず曲がらず、さすがはじいさんの打った剣だよ。刃こぼれのひとつもしやしない」

「当り前じゃ! じいさんは止せといったじゃろう!」

「そういわれてもドワーフの男はみんなじいさんに見えるんだよ」

 どうやらノーラも、松田と同じくドワーフの見分けに苦労している様子であった。

「お前の活躍は聞いておるぞ? わしも剣の打ち手として鼻が高いわい」

「はん! お世辞とはじいさんらしくないじゃないか」

「わしはまだじいさんじゃないわ!」

 なぜかゲノックとしてはそのじいさんというう呼び名は許容できない一線を越えているらしかった。

 それに別にお世辞を言っているというわけでもない。

 ゲノックの剣を欲しがる者は多いけれど、その剣を使いこなし名声を高めているのはほんの一握りだ。

 宝石級の探索者まで昇りつめたノーラは、そんな数少ない例外であった。

「そうそう、ちょいと聞いとくれ。せっかく戻ってきたのに、管理所の奴ら、私らにだけ何もよこさないって言うんだぜ?」

「うむ……まあ、それはのう……」

 国王自身が命令したことだ。管理所がそれに従うのは当たり前のことであり、ノーラの気持ちもわからないではないが、表立って同意することも憚られた。

「まあ、ここでくだを巻いても始まらん。しばらくぶりにわしの工房へ来ぬか?」

 根が単純なノーラはあっさりとゲノックの言葉に頷いた。

「そりゃいいね。せめていい武器のひとつもいただかなきゃ帰ってきた元がとれないよ」



 王都の西区画にあるゲノックの工房は、五槌のマニッシュやゴーリキーのものに比べれば小さいが、その分火釜や錬金道具に惜しみない資金を投じた立派なものであった。

 それに小さいといっても五槌のなかではの話であって、並みの鍛冶師には及びもつかない。

 そんな工房に物怖じすることもなく、好奇心満々で棚に目をやるノーラに、ゲノックのほうは気が気ではなかった。

「棚の物に手は出すなよ! 売り物以外は勝手に触るんじゃないぞ!」

「いいじゃないか! ケチケチすんない!」

 棚に飾られたものの大半は、非売品でゲノック自慢の逸品である。

 この機会にどれかひとつでも譲ってもらおうとノーラは興味深く物色した。

 質のいい魔剣はあるが、万が一に備えた属性魔剣や飛び道具は保険として必要であった。

 ちょっとした不測の事態が即命の危険に繋がる探索者稼業をノーラは決して甘くみてはいなかった。

 もうじき三十の大台に乗るとはいえ、ノーラは伝説級への夢を諦めたわけではない。

 そのためにはゲノックの魔力付与された武器は強い味方になってくれるはずであった。

「――――やらんぞ?」

「そういうなよ! 私とじいさんの仲じゃないか!」

「わしをじいさんと呼ぶ奴にはやらん」

「じゃあ、おじさまで!」

「む、むう……」

 ゲノックのごつい顔がわずかに赤らんだ。おじさまという言葉に反応したのである。

 不覚にも機嫌よくノーラに武器を与えそうになって、ゲノックは慌てて頭を振った。

(――――いかん、いかん! しかし……おじさま……)

「どうしたんだい? 鳩が豆鉄砲を食らったような顔をして?」

「なんでもない!」

 そんなことよりも今はしかければならないことがある。おじさま呼びは後で話す機会もあるだろう。

「まあ、わざわざわしの工房まで来てもらったのはほかでもない。お前、迷宮攻略の特典について文句をいっておったな」

「ああそうさ! スキャパフロー王国フェイドルの迷宮で門外不出にされていた秘宝アーティファクトが三つまで持ち出し自由になった。だからこそすっ飛んで帰ってきたっていうのにさ!」

 フェイドルクラスの迷宮になると、その深層で発見される秘宝の性能は、時としてゲノックのような一流の鍛冶師のそれを上回る。

 事実、現在伝説級に認定された非常に少ない探索者の使用する秘宝は、例外なく迷宮製の遺物なのであった。

 運さえよければ、それこそ目がくらむようなとんでもない秘宝が手に入る可能性がある。

 ドワーフ伝来の地であるフェイドルの迷宮は、難易度の割にその確率が高い迷宮であった。

 だからこそノーラは、秘宝の所有が解放されたことで目の色を変えたのだ。

「――――その件だが、やはり国王の決定は覆らんぞ? 表向きはな」

「…………表向きじゃない方法がありそうだね?」

「そうだ。これから先は裏向きの話になるが、聞く気はあるか? ノーラ」

 裏向きというからにはリスクがある。ましてノーラは宝石級探索者として成功している部類の人間であった。

 協力を約束してくれなければこの先は話せない、というゲノックの言葉にノーラは肩をすくめてため息を吐いた。

「後ろ暗い話は好物さ」

 成り上がるためには汚い手段も使った。仲間を陥れて分け前を独占したこともある。

 ――――それもこれも全てはノーラの人並み外れた上昇志向のなせるわざであった。

 もちろんそうした傾向をゲノックは、正確にはマニッシュは熟知していた。

 彼女ならば餌に食いつくだろう。

 最初からそれがゲノックやマニッシュの目論見であった。

「秘宝の所有を許可することはできん。しかしある男を迷宮内で殺してくれれば、その男が所有していた秘宝の持ち出しについては我々が黙認しよう」

「私に盗賊の真似事をしろと?」

「このフェイドルの迷宮から門外不出の秘宝を手に入れる唯一の方法がこれじゃ。お前が断るならこの仕事は軍に任せることになるが?」

「おいおい、待てよ」

 リスクと利益を秤にかけて、ノーラはすぐさま一つの結論に達した。

 リスクを避けて安全を取るくらいなら、最初から探索者になどなってはいない。

 フェイドル迷宮の遺物となれば、十分命を懸けるに値するであろう。

「――詳しく話を聞こうじゃないか。なあに、断ろうってんじゃない。ただの確認さ……」

 なかなかどうして面白いことになりそうじゃないか。

 おそらくは殺すべき男というのは、あの忌々しい妖狐を退治したというエルフのことだろう。

 彼から秘宝を奪えということは、ゲノックたちもある程度迷宮が攻略されてしまうことを覚悟しているということか。

 ノーラにもフェイドルを攻略できる自信はないというのに、よほど入れ込んでいるらしい。

 それでもなお松田に自分が負けるとは考えていないノーラであった。

 ダリアの獅子という二つ名を持つノーラではあるが、彼女にはもうひとつ、あまり知られていない異名がある。

 魔法士殺しノーラ。

 対魔法士戦闘において絶大な自信をもつノーラが、松田を体の良い獲物と考えたのはむしろ当然の思考であった。




 松田に手痛い敗北を喫したマリアナは、鬼気迫る勢いで一心不乱に剣を振るっていた。

 必ずや目にもの見せてくれる。

 あのすました顔に一撃入れてやらなくてはマリアナの気が収まらなかった。

 一国の王女にあのような粗相……だめだ! これ以上考えるな!

 マリアナは己の心を守るために、意識的に記憶を封印する。

 幸いあの場にいた人間は少ない。

 だが、おかげで侍女のナージャを手放すことはできなくなった。

 ナージャには悪いが、情報の秘匿のために手元において飼い殺しすることになるだろう。

「そんな! 私の夢! 私の婚活が……」

「お前の都合など知らん。というか、そもそも私より早く結婚しようなど、お付きの侍女が考えることではないとなぜわからんのだ!」

「おかしい。こんなことは許されない」

 ナージャの嘆きに暗い愉悦を覚えつつ、マリアナは松田に対する復讐を夢想した。

 あの男を跪かせ、足で踏みにじることができればどれだけ愉悦が……もとい、溜飲が下がるであろう。

 二人の幼女も同罪だ。「お姉さま」と呼ばせるだけで許してやろう。私は慈悲深いからな。

 そんな妄想を描きつつ、久しぶりに本気で訓練ができたマリアナであったのだが、かつてのような充実感は得られなかった。

 ひどく物足りないような、何か刺激が足りないような、そんな微妙な感覚を拭うことができない。

 それがなんなのか自問したマリアナは、深夜唐突にその正体を理解した。

 ――――松田に会いたい。

「――――なぜだ? あんなにも不快な思いをしたというのに、私はあの男に何を期待しているというのだ?」

 松田の顔面を殴ればこの思いは収まりがつくのだろうか?

 翌朝、先日の一件以来遠慮のなくなってきたナージャに相談すると、ナージャはひどくうれしいような困惑したような微妙な表情をした。

「……望みがつながったのは僥倖ですが、姫様もまさかこんな業が深い方だったとは……」

「ため息を吐くな! 憐れんだ目で私を見るのは止めろ! なんだというんだいったい!」

「まさか姫様が殿方に嬲られて悦びを感じる方だったとは……」

「はあぁ?」

 マリアナは声の限りに絶叫した。

 誰が男に嬲られて悦ぶだと? 私があの男、松田に嬲られて悦ぶとでも?

 ふとマリアナの脳裏を妄想がよぎった。

 圧倒的な力の差で蹂躙され、男の獣欲に満ち溢れた視線を受け止める自分。

「いやいやいやいや! それはないだろう!」

 しかしながら心のどこかで何か浮き立つような高揚感があるのも確かであった。

「――――普段は高慢にふるまいながらも、夜は一匹の雌犬に成り下がる……ありですね! 姫様」

「ありなわけがないだろう! ………………ごくり」

 複雑すぎる松田への感情を持て余したマリアナだが、さすがに自分から松田へアプローチするような真似はしなかった。

 彼女は生まれながらに王族であり、そうしてこれまで生きてきたプライドがある。

 かといって完全に無視を決め込むことも不可能だった。

 一度自覚した心の変調をなかったことにするには、マリアナはあまりに経験がなさすぎた。

「ええいっ! 私も迷宮管理所に探索者として登録するぞ! 先に迷宮を攻略してあの男の鼻を明かしてやるのだ!」

「姫様、それはこいでございます! 自分の心に素直になられませ」

「…………これがこい? 断じて認めぬ!」

 三十路婚活王女に恋ならぬこいは訪れるのか? 憤りながらも少しわくわく感を隠し切れぬマリアナであった。


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