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アラフォー社畜のゴーレムマスター  作者: 高見 梁川
第三章
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第九十四話 婚活王女マリアナ

「そいつが噂のエルフの男かな?」

「マリアナ! お前はまた勝手な真似を……!」

 苦虫をかみつぶしたような顔で、ジョージは低く呻いた。

「私は第一王女マリアナ・スキャパフローだ。ほう、なかなかに良い面構えではないか。探索者というのが物足りぬところではあるが……」

 しげしげとつま先から頭まで松田を嘗めまわすマリアナの視線に、ステラとディアナが敏感に反応した。

「お父様をそんな目で見ないでください!」

「そうなのです! わふ」

「なかなか見目好い娘たちではないか。エルフにも美を解する者がいるとはうれしいぞ」

「その認識は性別を超えるんですかねえ……」

 この国にいるかぎりロリのレッテルを拭い去ることはできなそうだ、と松田は諦念とともに項垂れた。

「ふむ、だがこの私に釣り合うには伝説級、最低でも我がフェイドルの迷宮の攻略くらいは成し遂げてもらわなくては困るぞ?」

「――――はぁ?」

 相手が王族であるというのに、さすがの松田も間抜けな返事をせずにはいられなかった。

 誰が誰と釣り合うというのだろうか?

 確かにこの王女、美女ではあるのだろうが、松田のみるところ三十路を超えているように思われる。

 くっきりと整った顔立ち、やや厚めの唇、肩甲骨のあたりまで伸びた燃えるような赤毛。

 例えるならばエマ・ストーンに感じが似ているだろうか。

 といっても肌や目尻の皺は二十代の若さを失いつつあるのは明らかであった。

「私はこれでも少々武を嗜む。今から私と手合わせしようじゃないか。噂の半分ほどでも強くあってくれよ?」

「いい加減にしないか! 毎度毎度お前は……そんなだからいつまで経っても貰い手がいないとなぜわからん!」

「何を言ってるんだ父上、私は振ったことはあっても振られたことは一度もないぞ?」

「そのせいでもう何年も縁談らしい縁談すらなくなっただろうが!」

「おかしいな。こんなに美人で王族で金持ちで女らしいのに、世の男たちも見る目がないことだ」

「身体的価値というのはな。二十を過ぎたら目減りするものなんだ。あと、自分で美人とかいうな!」

「――――それは差別的発現だぞ父上、あとで母上に言いつけてやる!」

「個人的価値観と普遍的価値観は別なんだよ!」

 無意識のうちにうんうん、と頷いてしまう松田を見とがめて、マリアナはたちまち柳眉を逆立てた。

「父上にならともかく、貴様のようなエルフごときに私の婚活を評されてたまるものか! 表へ出ろ!」

「望むところです!」

「叩きのめしてやるです。わふ」

 なぜかステラとディアナのほうが、マリアナに挑むようにして叫び返す。

「い、いや、私はその男と、だな」

「お父様の敵は私の敵です!」

「ご主人様の敵は私の敵なのです! わふ」

「私は幼女をいたぶる趣味はないのだが…………」

「「幼女じゃないです! (わふ)」」


 ――――なし崩しに王女と勝負することになってしまった。

 救いの手を求めて国王と宰相に視線を送るが、わずか〇・〇一秒でさっと視線を逸らされる。

(処置なしということか)

 どうやらこの王女、常習犯で基本的に人の話を聞かない性格のようだ。

 正直この手の人間は松田の会社にも複数いた。

 もちろん人それぞれに事情があるのはわかるが、彼らの思考には松田も理解しがたいものがあるのも事実であった。


「婚活なんてするもんじゃないっすよ! 散々金を払って紹介してもらえるのは見れたもんじゃない売れ残りばっかり!」

(うん、普段から女性下げしているのに共稼ぎ希望とか、金を払っても紹介してもらえる人は限られるよ。察しろ)

「ずっとずっと仕事を頑張ってきたから、仕事仕事だったから出会いがなくて……」

(サラリーマンが仕事頑張らなくてどうすんだよ。結婚したサラリーマンは仕事頑張ってないのかよ! 喧嘩売ってんのか)

「外見で判断しない人が理想です」

(そうだな。でもせめてちょい太めくらいまで痩せよう。普通の女性はハンプティダンプティと恋愛したいとは思わない。なおデブ専は除く)

「もう歳だし、そう高望みはするつもりはないんです。バブルじゃあるまいし、年収一千万円以上とか言いません。ただ、親との同居や介護がなくて、県外への転勤や障害とかなくて、家事や子育てに協力的で生活に困らないくらいの収入があれば……」

(その条件ならどうして十年前に婚活を始めなかった? 三十前半ならまだその条件でも望みはあった。どうして四十路に入って、弟夫婦に実家を追い出されてから始めた?)

「あんな女、こっちだってはなからお断りですよ!」

(気持ちはわかるが、せめて震える声と鼻づまりを直してから言え)

「エマ・ワトソンみたいな子と結婚したいんだ」

(この俺の時を止めるとは……貴様DIOか? ていうか、お前俺と同じ四十路だったよね?)


 松田の知る婚活の闇は深い。

 しかし社畜の闇は婚活よりなお深いと松田は断言できる。

 少なくとも彼らは自らの好みで選択権を行使するだけの余裕があり、それは社畜には決して持ちえぬものであるからだ。

 どちらにせよマリアナ王女がひどく面倒くさい人物であることは理解した。

(適当に負けて失望してもらうのが一番なんだが……)

 敵意で盛り上がっているディアナとステラを見る限りそれは望み薄であろう。

 それに今後のスキャパフロー王国において、松田が下手に侮りを受けないよう力を誇示しておく必要もある。

 松田の求めるものが、絢爛たる七つの秘宝である以上、王国が手の平を返す危険性は高く、敵に回せば厄介だと思わせておいたほうが都合がいい。

 あまり警戒されるのも考えものではあるが、松田が目指すものは国家や権力に負けないだけの自由を得ることだ。

(うまく嫌われるように立ち回るしかないな)

 やや諦め顔で松田は憤然と背中を見せるマリアナのあとに続くのであった。



 マリアナの侍女であり護衛でもあるナージャは、何十度目になるかわからない希望に縋りつかんばかりであった。

 どうかこの人が姫様を引き取ってくれますように!

 先代の護衛から任務を引き継いでから七年、少しでもナージャに男の影があると邪魔をする王女のせいで、嫁き遅れて不良在庫となるのが現実の恐怖となってきていた。

 早くマリアナに結婚してもらい、可能ならば護衛役を外れたい。せめて自分の結婚を邪魔されたくない。

 その一心でナージャは本来の任務以上に、マリアナは有望な男性の情報を届けることに執心していた。

 今回松田の情報が入ったのは本当にたまたまだ。

 もともと軍の出身であるナージャは、妖狐と交戦し撤退してきた騎士団に知り合いがいた。

 まさに惨憺たる敗北であったという。

 騎士団でも腕の立つ精鋭であるという自負があっただけに、友人の受けた衝撃は大きいようであった。

 あの妖狐を倒すには、将軍か伝説級クラスの探索者の個人的武勇が必要だ。

 友人はそう言い切っていた。

 ところがその日の夕方には、この国を訪れたばかりのエルフと可愛らしい二人の幼女が妖狐を退治したというではないか!

 ――――これだ!

 ナージャは内心で快哉を叫んだ。

 困ったことにマリアナ王女は男顔負けの、というか彼女に対抗できるのは将軍クラスだけというほどの武力を誇る。

 彼女の男性への評価基準は、まず自分と同等に強いこと。

 もちろん容姿、財力、身分、物腰など要求する基準は高いが、まず大抵の人間は第一関門すら越えられない。

 一時は我が国の誇る将軍しか相手がいないのではないか、と言われたが、将軍のほうはすでに愛妻がおり、下手に突っつくと将軍が亡命しかねないので、国王ほか総勢でマリアナの説得にあたるという事態になった。

 以来、有望な青年に粉をかけては、歩み寄るどころか一方的に蹂躙するだけで、今やマリアナは誰の目にも地雷として認識されていた。

 もうこの国に住む人間でマリアナの地雷ぶりを知らない人間はないに等しいだろう。

 ――――まさか国外から獲物がネギをしょってやってきてくれるとは!

 正しくこれは自分にも結婚の機会を与えようという神の福音であるとナージャは信じた。

 というより信じなければやっていけなかった。

 王族のパワハラの前に、一介の騎士階級の幸せなど塵芥に等しいのだ。

「今度は少しは期待してもいいかしら?」

 まだ怒りで頬が紅潮したままだが、松田の王族にも位負けしない鷹揚な態度はマリアナの評価には価したらしい。

「もちろんですとも。きっと姫様に相応しい方だと思いますわ(だから少しは妥協しろ)」

「そうねえ……顔はかろうじて及第点だけれど、せっかくここまできたのだから変な妥協はしたくないし……」

(婚活に等価交換の法則はないのよ! 苦労したり努力したから報われるとは限らないの! どうしてそれがわからないのかしら?)

 それはなまじ王女で、実力もあったからだ。

 ナージャの知る限り、年齢が二十代を過ぎると同時に、等価交換は徐々に不等価交換となり、三十代を過ぎるとほぼ等価が実現する見込みはない。 

 完全に自分の損であるという妥協、できれば損をしても本望と思える男性に巡り合えることができれば万々歳。

 損して得取れとはまさにこのことか。

 ――――実はすでに、ナージャには目をつけている男性がいる。

 正直みてくれはそれほどではないが、誠実で部下の信頼も厚い騎士長。

 マリアナ付きとなる前に護身術の指導を受けたのを奇貨として、以来地道なアプローチを続けている。

 少ない時間を見つけては指導をお願いし、そのお礼と理由をつけてプレゼントを渡し、ようやく手作りの甘味なども恥ずかしくないレベルに達してきた。

 気がつけば自分も二十六歳、世間的には嫁き遅れと考えられる年齢である。

 そうした現実とすり合わせを図るとすれば、やはり人柄と安定性が最重要ポイントであった。

 もちろん、イケメンで財力があるにこしたことはないが、そこまで求めて売れ残るより、平凡でも幸せを得る。

 それが婚活女子ナージャの意地と打算のタクティクスであった。

(だから姫様! 今度こそあのエルフをとっ捕まえてください! 主に私の幸せのために!)

 侍女から暗い情念を発した視線を向けられていることにも気づかず、マリアナは通いなれた演習場へと足を踏み入れた。

 埃っぽさと汗臭さ、どこか剣呑な突き刺すような空気。

 この場所はマリアナにとって、安息と充実感を与えてくれる場所であった。

「――――さあ! ひとまず小手調べだ。殺しはしないが、骨を折るくらいは覚悟しておけ?」


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