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アラフォー社畜のゴーレムマスター  作者: 高見 梁川
第三章
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第九十三話 成長

 人造生命であるディアナには睡眠の必要はない。

 しかし松田やステラとともに身体を横たえて思索に浸るという行為は気に入っている。

 松田の体温を感じているとどこか安心している自分がいて、そんな心の動きが不思議でくすぐったいような感情があった。

 かつてライドッグに仕えていたときにはなかった感情である。

 クスコが今のディアナをみて驚いたのは正しい。

 あのころの自分はただライドッグに命じられたことをこなすだけの道具にすぎなかった。

 造物主であるライドッグを父か神のように慕ってはいた。

 それこそクスコよりもライドッグの役に立ちたいと、嫉妬を燃やしたこともある。

 しかしそれは盲目的な信仰のようなもので、今の松田に対するような温かいものではなかった。

 ――いったい何が私を変えたのだろう?

 ごろりと寝返りをうって、ディアナは松田にぴったりと背中を預ける。

 松田の体温が薄い寝間着越しに伝わってきて、泣いたこともないのに、なんだか泣きたい気持ちがして、ディアナは再び向き直って背中から松田に抱き着いた。

「今日は落ち着かないのか?」

 小一時間も松田の背中でもぞもぞ動いているから不思議に思ったのだろう。

 もちろん松田はディアナが睡眠をとらないことを知っている。

 それでも大抵の場合、ディアナは死んだように動かない。

 こんな風に落ち着かないディアナは、松田も初めて見るのだった。

「気にしなくても大丈夫ですわ主様。ちょっと恥ずかしいことがあったのです」

「何が恥ずかしいのよ!」

 松田の枕元で丸くなっていたクスコにからかわれて、ディアナはなぜか図星をさされたような気分になった。

「ですから主様、どうぞお気になさらずにお休みくださいませ」

「ふわぁ……そうか……」

 あまり深くは考えられなかったのか、そのまま松田は瞳を閉じてすやすやと寝息を立て始めた。

 そのことにほっとしている自分がいる。

「不思議ですわね。この感情、持て余してしまいそうですわ」

「私は違うもん」

「ぶっ!」

 ディアナが本物の子供のように「もん」などと拗ねてみせたことにクスコは思わず噴き出した。

「はあ……本当に、変われば変わるものですわ」

 生温かい目でクスコに見つめられて、ディアナは隠れるように頭からシーツを被る。

 もちろん、松田にはしがみついたままに。

 どうしてこんなに松田と離れずにいたいのか。

 ――おそらくは千年という長すぎる孤独のせいだ。

 封印された迷宮の奥で、ずっとディアナは他者を待ち続けていた。

 少なくともライドッグといたころには、主がおり、ライバルがおり、敵がいた。他者との関わりのなかで生きていけた。

 孤独ということの意味を意識したこともなかった。

 秘宝ゆえに狂うことも許されず、真の暗闇のなかでディアナは誕生以来初めて、人格があることを呪った。

 松田が迷宮を訪れたときには、自分でも信じられないほどのい取り乱して狂喜した。

 ――――こんなに他人を求める日がくるなんて。

 もちろん誰でもよかったというわけではない。

 ディアナを必要としてくれる人間を、そして彼女自身も意識していないことだが、ディアナという個人を大切にしてくれる、そんな存在を求めていた。

 松田のディアナに向けるそれは、人間に対するものとなんら変わらない。

 むしろ人間以上に大事にしてくれていると思う。

 自分を見つけてくれたのが松田で、本当に良かったとディアナは改めてそう思った。

 クスコの言う通り自分は変わった。

 でもそれは、絶対にディアナにとって幸せでよい方向に変わったのだとディアナは信じて疑わなかった。

 



「…………ただいま帰還しました」

「話は聞いた。やはり軍部の糞どもは何の役にも立たなかったようだな」

 贅を極めた管理所長室でクッションに頭を半ばまで埋めて熟れた苺をつまみ、傲然と嗤う男がいる。

 迷宮管理所長にして、スキャパフロー王国伯爵であり、さらにドワーフ評議会の元老の一人でもある男だった。

 いまだこの男の前ではシェリーも緊張を隠せない。

 その気になればいつでもシェリー程度の探索者を闇に葬ることなど造作もない男だ。

「素晴らしい目をお持ちのようで。危うくいずこかの手の者に先を越されるところでしたよ」

「ああ、あれは軍務卿の末端の仕業だ。思ったより有能であったようだが」

「まあ、確かに無能も極まれば有能になるのでしょう」

 あの女、リノアは人に迷惑をかけることにかけては天才的だった。

 今頃はどんな世界でどんな地獄を体験しているか気にはなったが、せんないことだとシェリーは首を振る。

 万に一つも生きているはずがないからだった。

「まさかこうも早くあの狐を撃退できるとは、さすがに思わなかったぞ。もしわかっていたら、もう少し効果的に軍部をいじめてやれたのにな」

 くつくつと楽しそうに男は嗤う。

(――このサディストめ!)

 シェリーは目の前の男が嫌いだった。

 男の名をハインツ・インガルという。名門インガル伯爵家の当主で、現在四十九歳。

 貴族には珍しく短く髪を刈りこみ、ドワーフとしてはありえぬことに髭を蓄えていない。

 しかしスキャパフロー王国においては、大きな権力者であるのも事実である。

 特に迷宮が生み出す莫大な利益をほぼ掌握しており、力も大きいが敵も多いことで有名な男であった。

 今回の迷宮の混乱で、あわよくば軍部が利権をぶんどろうとモロ肌脱ぎで首を突っ込んできたのが痛く腹立たしかったらしい。

「――――それで、マツダといったか? どんな男かね。君の主観で構わない」

「私などに推し量れる男ではありませんが――ひとつ、確実にいえるとすれば、絶対に敵対したくないということです」

「それはこの私よりも――かね?」

「無論閣下にも敵対したくはありませんが……もし彼と敵対せよと命じられたら迷わず逃げます。まだ逃げ切る可能性のほうが高いと思いますので」

「なるほど、面白そうな男だね」

 これはまたひと悶着あるな、とハインツは考えた。

 松田はフェイドルの迷宮を救ってくれた恩人であるだけでなく、五槌ドルロイの弟子でもある。

 その彼がもしも迷宮を攻略してしまうようなことがあれば――かつてドワーフの国王が一度だけ成功したとされる迷宮攻略を成し遂げた功績を誰も否定できはしない。

 ――――それに、迷宮の最深部に何が眠っているのか、ハインツにもいささか気になる点があった。

「敵にできぬならば――せめて味方としてケチでないことを祈るばかりだな」

 幸い勝手に敵対してくれる馬鹿には不自由しないだろう。

「シェリー、引き続き彼に対する支援を。叶うならば同じパーティーに潜りこめ」

「残念ですが、彼は私をパーティーに入れようとはしないでしょう」

「残念だと思うなら努力してみるのだな」

 ハインツに言われてシェリーはカッとなって頬を赤く染めた。

 老練な政治家でもあるハインツにとって、シェリーが松田に対して好意を抱いていることなど一目瞭然である。

 だからといって見透かされていたことを認めるほどシェリーは素直な女性ではない。

「……あまり余計な真似をして彼を刺激しないでくださいませ」

「心しておこう。この次はもう少し顔の赤さを隠して言うようにするのだな」

「ぐっ…………!」

 このままではハインツにからかわれるだけだ。

 シェリーは挨拶もそこそこに所長室を飛び出すのだった。




 翌日、再び王宮へと呼び出された松田たちは、上機嫌で微笑するジョージと対面することとなった。

「よくぞやってくれた!」

「陛下のご期待に添えましたなら望外の喜びにございます」

「うむ、実に見事であった。しかも退治した妖狐を素材として新たな使い魔を獲得したらしいな」

「御意」

「――――その使い魔、元の記憶は残されていないのか?」

 まあ、それは考えるよな。

 クスコを退治したから全て解決というわけではない。

 いったいなぜ、急にクスコが迷宮で活動を始めたのか。その謎が解明されないかぎりまた同じことが起きないとも限らないのである。

 万が一、松田がこの国を去ったあとに同じ妖狐が出現されては目も当てられなかった。

「残念ながら、ある程度能力は引継ぎますが記憶までは無理です。しかしながら、わかっていることもあります」

「ほう……それはなんだ?」

「妖狐が狂った原因は、使役していた契約者との契約を無理やり破棄されたためのようです」

「その妖狐の契約を破棄をした者とはいったい何者だ?」

 ジョージの口調に緊張が混じる。

「正気を失っていた妖狐の言葉ではございますが――その男の名はリアゴッド。黒髪のエルフであったそうです」

「リアゴッド、間違いなくそう言ったのか?」

「御意」

「……有益な情報を感謝する」

 松田の情報はジョージが入手したコペーゲン王国の迷宮を混沌に陥れた魔法士の名と一致する。

 それが事実であるとすれば、いまだスキャパフロー王国に降りかかった厄災の火の粉はまだ収まっていないと考えるべきであった。

 なぜならコパーゲン王国とスキャパフロー王国の国境沿いで、件の魔法士を探索している騎士団は探索を解いていない。

 すなわち、件の魔法士はコパーゲン王国ないしスキャパフロー王国に潜伏している可能性が高いのである。

「黒髪のエルフ、といえば貴殿もそうだが、エルフに黒髪は多いのかな?」

 国王ジョージと違い、宰相の言葉には棘がある。

 その件の黒髪のエルフとは、実は松田のことではないのか? そう疑っていることが、言葉の裏に隠されていることがわかる者にはわかった。

 すでに先刻承知している松田はいささかの動揺もなく宰相に答えた。

「おそらくは多くはないと存じますが、十人に一人程度にはおりましょう」

「なるほど、それで貴殿は聞いたことはないのか? そのリアゴッドという男を」

「寡聞にして耳にしたことはございませぬ。エルフはそもそも閉鎖性の高い種族でございまして」

「そう聞いてはいるが、貴殿をみていると世間の評判はあてにならぬものかと思うのでな」

 なるほど確かに松田という人間は、一般に言われているエルフ像と甚だしく異なっている。

 そのリアゴッドという男もまた、エルフらしからぬ人物であろう。

 松田とリアゴッドが同一人物ではないとしても、疑いたくなる気持ちもわからなくはない。

 松田にとっては迷惑なだけだが。

「どうだか知れたものでないぞ! 早くこの国からたたき出したほうが安全というものだ!」

 嫌悪感も露わな声で、軍務卿のスペンサー伯はジョージに訴えた。

 彼としては騎士団にお気に入りの精鋭を投入したのに、まんまと手柄をさらわれたのである。

 松田を敵視するのは当然のことといえた。

「そもそもこの時期に同じ黒髪のエルフが、同時に迷宮で問題を起こすなど怪しいことこのうえないではないか!」

「言葉が過ぎるぞ、スペンサー伯」

国王ジョージに咎められては、さすがにスペンサー伯も臣下として矛先を収めざるを得ない。

「気になさるなマツダ殿。五槌ドルロイの弟子が件の魔法士に与するとは余も考えておらぬ」

「ありがたき幸せ」

 食えぬ国王だ。信じるという言葉の裏で、ドルロイの弟子であることを強調して松田に釘を刺している。

 下手な真似をすればドルロイにも及ぶと言っているのである。

「――――面白そうなことを話しているじゃないか」

 からかうような、楽しそうな、甲高い女性の声が響いたのはそのときであった。


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