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アラフォー社畜のゴーレムマスター  作者: 高見 梁川
第三章
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第九十二話 異分子

「…………危険ですね」

 松田が遠く離れたのを確認してから、マニッシュは呟くようにそう零した。

「まあ、迷宮の妖狐を倒したというのもあながちまぐれではないようだな」

 ゴーレムの冷たい刃を喉元に突きつけられたゲノックは、今さらながらに右手で喉をさすった。

「それもそうですが…………」

 不機嫌そうに眉をひそめてマニッシュは続ける。

「正直、ドルロイの悪い癖が出ただけだと思っていたのです。あれは技術の発展のためにはエルフだろうと遠慮なく利用することもありうる、と」

「なるほど、あのゴーレムを見て考えが変わったか」

「ええ、あれはドルロイが得意とするミスリルのレシピです。しかも独自に改良した形跡がある。この私の目をもってしても全体の組成を見抜くことはできませんでした」

「確かに、あれは間違いなく俺の知らない素材を使用しているな。あのエルフが考えたものかどうかはわからんが」

 実際に松田が手に入れた素材を試行錯誤して完成させたものだが、ゲノックはほぼ八割がたはドルロイが教えた技術であろうと考えていた。

 マニッシュも同様に考えたのだろう。

「もしあの技術をドルロイから仕込まれたとするならば、ドルロイは本気であのエルフを真弟子として扱っていることになります」

「むっ? そういえばそうか……」

「全く、貴方は単純でいいですね。これは我らドワーフ鍛冶師の存続にかかわる問題なのですよ」

 松田には説明しなかったが、基本的に五槌や、それに匹敵する上位の鍛冶師は弟子をとらない。

 工房で働いているのはあくまでも使用人で、彼らの間では奉公人と呼ばれる。

 そのなかで後継者候補として厳選された数人だけが、弟子を名乗ることを許されるのだ。

 ドルロイがあえてドワーフ評議会に松田を弟子に取ることの許可を求めたのは伊達ではなかった。

 あえていうならば、ドルロイが松田を弟子にしたのは緋緋色鉄の謎を解き明かしたいという欲求あってのことだろう。

 しかし今となっては、本気で全ての技術を松田に受け継がせたいと考えている。

 本当の意味で松田を弟子だと認識していた。

 平凡な人格には過ぎた力を持ってしまった、手間のかかる可愛い弟子であった。

 自らも深い闇にとらわれていた経験のあるドルロイは、松田がドルロイの後継者になるにせよ、新たな道を見つけ出すにせよ、己の闇と対決しなければならないこともわかっていた。

 そのうえで、松田が後継者となってくれるならこれ以上の喜びはない。

 松田のスキルを考えれば、いったいどこまで技術の極みを目指せるか、考えるだけで震えがくるほどだ。

 マニッシュとゲノックはもちろんそこまでのドルロイの考えは理解できるはずもなかったが、松田が大事に育てられたことはすぐに看破した。

 そのあたりはさすがは五槌の一員であるといえる。

「私は名誉ある五槌にエルフなどを加えるつもりはありません」

「さすがにそれは無理だろう? ドルロイの後継者が即、五槌ということにはならなんぞ」

「今はそうかもしれませんが、国王陛下の意向次第ではわかりません。そうなるだけの力をあのエルフは有しています」

 あのゴーレム八体同時制御は圧巻であった。

 正直彼がエルフでなければマニッシュも、研究の対象にしたいくらいである。

 迷宮の妖狐を倒したことを考えても、松田のゴーレムだけで完全装備の騎士団数千に匹敵するだろう。

 もし彼がフェイドルの迷宮を攻略してしまうようなことがあれば、国としても彼を無碍に扱うことはできない。

 万が一という言葉があるが、松田が五槌になる確率は、万分の一よりは遥かに高い確率のように思われた。

「これは俺の勘だが、あのエルフが連れていた美幼女もかなり強いぞ?」

「ああ、あの危うい美しさ、まことにもったいない。あの美しさはエルフごときには相応しくないものです」

「しかりしかり」

「手のつけられぬようになる前に対処したほうがいいでしょうな。少しドルロイのほうにも探りを入れたほうがいいでしょう」

「ハーレプストの奴からはまだなんの連絡もないのか?」

 ドワーフ評議会がドルロイと松田を監視するために送り出したハーレプスト。

 ドルロイの兄にしてスキャパフロー王国屈指の人形師ハーレプスト。

 鍛冶師としては異端だが、その腕は五槌に勝るとも劣らないと噂される。

 ドルロイとの兄弟仲はお世辞にも良いものとはいえず、監視役としては適任であると考えられていたのだが――――。

「あるいは情に流されたか?」

「確かめてみる必要があるでしょう。なにせ、せっかく彼の人形を人質にとったのですから」

 ハーレプストがもっとも大切にしている最新型自動人形、マニッシュは知らないが、ラクシュミーによく似たその人形は、ドワーフ評議会によって工房ごと差し押さえられていたのである。



「……あいつ、絶対に絡んでくるな」

「大嫌いです! お父様ももっとギタンギタンにしてやればよかったのです!」

「ステラがぶっ飛ばすですか? わふ」

「いやいや、少しは自重を覚えろよお前ら」

 さきほど見せたマニッシュの隠しきれぬ敵意の視線。

 似たような視線を、松田も幾度となくぶつけられた経験があった。

 組織が大きくなれば、そこに派閥が発生することは不可避である。

 これは組織のシステムや個々人の人間性とは全く別の問題だ。

 この世が善と悪の二元論では割り切れないように、組織においても正論は常に複数存在する。

 そして複数ある正論に対して方向性を決断するのが、経営者の役割である。

 経営者あるいはその補佐の役員が、決断の方向性をブレずに示し続けている限りにおいて、派閥はそれほど問題にはならない。

 しかし経営者の態度や判断が曖昧であると、たちまち派閥は互いに足を引っ張り合うだけの寄生虫と化す。

 常務派閥と専務派閥の抗争に巻き込まれた松田の同期は、半分が退職、半分が転勤に追い込まれた。

 社長が引退間近で、ほとんど調整能力がなかったんで、誰もエスカレートする抗争を止められなかった。

 このときばかりは自分が無害な社畜として、底辺に所属していたことを幸運に思ったものである。

 おかげで大分ポストに空きができて、結果的に出世できたのはよかったのか悪かったのか。

 本来出世コースでもなんでもなかった人間が出世する裏には、大概派閥抗争が絡んでいる、と松田は独断と偏見で信じている。

 いうなればあの二人は鍛冶師業界の保守派であろう。

 嫌がらせのひとつやふたつは覚悟しておくべきだった。もちろん、その場合松田も黙っているつもりはない。

「こっちはそれどころじゃないってのにねえ……」

 世の中が理不尽であることは十分承知している松田であるが、異世界でも人間の業というものは変わらないらしい。

 クスコを退治した松田の利用価値は、株式でいえばストップ高だ。

 ほぼ間違いなく利用しようとするものと敵視するものが激増するはずであった。

 その対抗手段として、一刻も早く新たな絢爛たる七つの秘宝が欲しい。

「少々気になることもあるし、これ以上厄介なことにならなきゃいいが……といっても無理か」



 せっかく大金を手に入れる予定が立ったので、松田は王国でも上級に分類される高級宿妖精の羽へ宿泊することにした。

「お肉! お肉です! わふ」

「すいませんが、こいつにもスープと肉を頼めますか?」

「承知しました」

 さすがは高級宿、金は高いが嫌な顔ひとつせずクスコにも食事を用意してくれる。

「…………お父様、私も早く!」

「何か迷宮で役に立つものを見つけられればいいが」

 最近はディアナも早く食事ができるように要求することが多くなってきた。

 彼女なりに、食事が生きるために必要であるだけではなく、楽しみや共同作業としての価値があることに気づいたのだろう。

 初めて会った秘宝であったころのディアナからは考えられない情緒の発達であった。

 同じ感想をクスコも抱いたらしい。

「自分の目が信じられないわ……」

「そんなに変わったのか?」

「そもそも前の主様は秘宝に自立思考する力は与えましたが、感情については教えませんでしたから」

「…………なるほど」

 要するにライドッグが秘宝に求めたのは現代でいうところのAIなのだ。

 自分で分析し、自分で主人のために最善の行動をとる、絶対的な忠誠心を持つ道具。

 自立行動だからタイミングラグもなし。

 AIが普及した現代を知るからこそ、その便利さを松田は実感として知ることができる。

 もともと人形ですらなく、秘宝なのだからライドッグも感情まで必要とはしなかったのだろう。

「そのわりには…………」

 出会ったときからディアナはよく感情を露わにしていたように思う。

「なんですか? その視線は?」

 不本意そうにディアナは唇を尖らせる。

 そんな拗ねた顔を見せること自体、かつてライドッグの秘宝であったころにはありえないことなのだ。

 そのあまりの違いがクスコにはわかるが、松田にはピンとこないのである。

 それにしても美少女がやると、そんな拗ねた仕草も可愛く見えるから不思議であった。

「すいません、寒気がします。まさかあの世界を終わらせるとまで言われた殲滅馬鹿が、こうも変わるとは……」

「誰が殲滅馬鹿よ!」

「そこについてはお前に否定する権利はないだろ」

「ぬぐう…………」

 悔しそうにディアナはプルプルと細い肩を震わせた。

 現代にもAIに感情は発現するか、という議論はある。

 これは松田の知る限りの情報ではあるが、AIは人間の感情を学習して、限りなく人間に近い感情を表現することはおそらく可能だ。

 しかし非合理的な感情に身を委ねることは不可能ではないか、と言われている。

 例えば恋人と喧嘩したから衝動的に自殺してしまう。あるいは全く偶然の気分で、自分の好みとは逆の選択をしてしまう、といった間違った判断を実行するのはAIにはできない。

 基本的に自殺をする動物は人間だけだ。有名なレミングだって、本当は繁殖しすぎて移動する過程で死んでしまうレミングがいるだけで自殺ではない。

 また動物も嫉妬はする。しかしそれは自分の立場改善を求める抗議であって、相手が自分と同じ立場に落ちてくるのを喜ぶという感情はない。

 これらは人間だけが持つ独特の感情であって、松田はそれをAIが獲得するのは不可能であると考えていた。

 もしAIが暴走するとすれば、それはプログラミングを無視してもよい、と人間がプログラミングするか、バグが発生した場合だ。

 そのAIが新たなAIを生産するという増殖が発生したら、人類はAIによって滅亡する可能性はあるかもしれない。

 いずれにしろそれは松田が存命中にはありえない問題であるはずだった。

 ライドッグがどんな製作をしたのかはわからないが、秘宝に関してもプログラミングと同様に術式というものが存在することを考えれば、あながち無関係なものではないのかもしれない。

「でも、私は今の貴女のほうが好きですわよ」

「ふえっ?」

 思いもよらぬ言葉をクスコにかけられて、ディアナは赤面してわたわたと両手をばたつかせた。

 その仕草が子供らしく可愛いので、思わず松田も微笑してディアナの頭を撫でてしまうほどだった。

「ずるいです! ステラも撫でてほしいです! わふ」

「わかったから落ち着け」

 身体ごと体当たりするように抱き着いてきたステラの頭を撫で、相変わらず照れて固まったままのディアナも撫で続ける。

 ささくれだった心が癒されるような気分だった。

 そんな微笑ましい光景を眺めたクスコは、コン、と嬉しそうに鳴いた。

「主様は本当にいい男ですわ」


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