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アラフォー社畜のゴーレムマスター  作者: 高見 梁川
第三章
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第八十七話 新たなスキル

「オノレオノレオノレ! コノカラダガホロビヨウトモケッシテサキニハススマセヌ!」

「まだやる気なの?」

 魔力を失った神狐など、もはや脅威ではない。

 そもそも神狐の白兵戦闘力はないに等しいからだ。

 これ以上戦闘を継続することはクスコにとって自殺にほかならない。

「イカセヌ! ヌシサマノメイレイ! オマエハヌシサマデハナイ! カエレ!」

「ク、クスコ?」

 明らかにそこにはいない誰かに向かってクスコは叫んでいた。

 おそらくはその人物が、クスコがこうなってしまった原因であるに違いなかった。

「コロスコロスコロスコロスコロス!」

「や、やめなさい! そんなことをしたら死んでしまうわ!」

 外部から魔力を取り込む尾をなくした今、クスコは体内に残留する全魔力を使って戦闘を継続しようとしていた。

 すなわち、魔力が尽きたときがクスコの命が尽きるときである。

「ダレダオマエハ? オマエナンカヌシサマデハナイ!」

「私よっ! 終末の杖ディアナよ! 造物主ライドッグ様じゃないわ!」

「ディアナハソンナコムスメミタイニサケバナイ」

「昔の私はいいのよ! なんで貴女はそこにだけは反応するの!」

 人がせっかく心配してあげているというのに。

 ――――心配? 私がクスコの命を心配?

 そういわれてみればかつての自分は、こんな風に必死になってクスコの心配をしただろうか?

 もしかしたら変わったのはクスコのほうではなく自分のほうなのかも。

 そう思ったときにはクスコはギギギ、と歯ぎしりをして再び炎を纏い始めていた。

「無理よ! 今の貴女が火獣の衣なんか纏っちゃ!」

 火獣の衣は神狐よりもさらに炎と一体になる攻撃型の特殊武装で、クスコにとっては最大の切り札といえる。

 しかし攻撃力に比例して魔力の消費が甚だしく、クスコも滅多にみせない技であった。

 ディアナも数度、目にしたことがあるくらいである。

「ヌシサマ、ヌシサマ! ググググ…………」

「正気に戻りなさいクスコ! 死んでもいいの?」

「ウルサイ! ヌシサマデモナイノニメイレイスルナ!」

 空気が揺らめき、圧縮されているはずの熱量がディアナの頬にまで猛烈な熱さを届けた。

 あの攻撃を食らえば、古竜の心臓を核とするディアナでさえ塵と化すだろう。

「そこまでだな。召喚サモンゴーレム!」

 ディアナの知己ならばなんとか殺さず無力化したかったが、こちらが命の危険を犯してまで助けるつもりはない。

 相手の武器が熱であるというのなら、それにこちらも対抗するだけだ。

 松田が召喚したゴーレムは、ほぼ円筒形をしたゴーレムとも呼べぬもので、FRPとミスリルを複合させたような素材で構成されている。

「こんなゴーレムじゃ無理です! お父様!」

「ところがどっこい、溶けなきゃいいってもんじゃないのさ」

 陽炎のように空気が揺らめくなかを、クスコは音を切り裂いて突進した。

 たちまちゴーレムは表面から溶かされていくが、溶けたはしから修復していくので、なかなかクスコはゴーレムを突破できない。

「あのクスコの熱をどうして……」

「耐熱セラミックってもの考えたけどな。実は溶けやすい素材のほうが、相手の熱を奪うには向いているのさ」

 スペースシャトルなどでも、大気圏に再突入するカプセルなどは溶けやすい素材でコーティングすることによって内部を守る構造になっている。

 どんどんゴーレムが溶けていくというのは、クスコが発する熱量を急激に奪っているともいえるのである。

「グガガガ!」

 苦しそうにクスコは呻いた。

 魔力が足りない。

 もうじき体内の魔力が枯渇する。そうなればクスコは魔力切れで気絶、戦い方によっては死ぬだろう。

 そうなればもう主様との契約も果たせない。

(――――契約?)

 何かとても大切なことを忘れている気がした。

(主様の…………そう、大切な秘宝を守れと最後の命令を受けた)

 ぼんやりと脳内に霞がかかっている気がする。

 その霞の向こうに思い出したい何かがある。クスコは戦っていることも忘れてそれに集中した。

(主様は臨終の際、絢爛たる七つの秘宝の所有権を後継者に譲り渡すことを拒否された。あれは残されし者たちには過ぎた物だということがわかっていたから)

 しかし絢爛たる七つの秘宝はあくまでも無機物である秘宝アーティファクトである。

 ライドッグの亡き後、たとえ意思があろうとも主体的に行動することはできない。

 だが使い魔であるクスコには行動の自由があった。

 使い魔をも道具として父に代わり所有せんとしたセレウコスの手から逃れ、各国が絢爛たる七つの秘宝を分割所有することになると、裏から実験の失敗を促し、そのほとんどを封印させることに成功する。

 それはいつか正当な所有者が現れる。そのときまで秘宝を厳重に封印せよ、という命令のためであった。

 結果的にその目論見は成功した。

 クスコは絢爛たる七つの秘宝を裏から守護するものとして、千年の長き日を見守ってきた。

 ――――ところが。

 ズキリ、とクスコのこめかみが痛んだ。

 思い出してはいけないような気がする。しかし思い出さねばならない気もする。

(ああ、あれは……あの男が、リアゴッドを名乗る頭のおかしい男がライドッグ様の名を騙ったから――)

 気づいてみれば実に簡単なアナグラム。RIAGODとRAIDOG。

 自分こそがライドッグなのだと。

 お前の本当の主はこのリアゴッドなのだとあの男は言った。

 ――――許せなかった。

 鬱屈した暗い瞳と、憎しみに満ちた醜悪な表情は、決してクスコが忠誠を捧げたライドッグと同一ではありえなかった。

 だからこそクスコは全力で戦った。

 この千年というもの、これほど力を尽くして戦ったことはない、というほど戦った。

 リアゴッドと名乗った身の程知らずな男に重傷を負わせることができた。

 あんな愉快な気持ちは久しぶりだ。

 使い魔の私ごときに簡単に傷を負うような軟弱者が主様でなどあるものか。

 そう心の中で嗤った瞬間、ざわざわと鳥肌が立つような不快感がクスコを襲った。

(――――この気持ちはいったい何?)

 怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い! 思い出したくない! 絶対に思い出してはいけない!

(あの男はなんと言った?)

 狂おしいほどの逡巡と葛藤の果てに、ついにクスコは忘れていた記憶の扉を開いた。

「この出来損ないめ! もういいっ! 契約を打ち切るから勝手に醜くくたばるがいい!」

 次の瞬間、クスコにとってライドッグの死後もなくなることのなかった契約の絆が切れた。

 なぜ? どうして? クスコにとって千年以上もの長い時間をともにあり続けた契約が切られないければならないの?

 疑問はあったが、それ以上に衝撃が激しかった。

 クスコにとっては半身を無理やり引き裂かれたような感覚であった。

 それでもリアゴッドはライドッグではない。

 契約を切られてしまった今でも、クスコは胸を張ってそう言い切れる。

 だから契約を切られたことを認められなかった。

 たとえこの命尽きても、死ぬまで契約を守って見せると心に誓った。

 ――――契約を引き裂かれた痛みに心はどこか狂ってしまったけれど。


「ダカラシンデモオマエタチハトオサナイ!」


 残り少ない命を削ってさらに前進するクスコに、ディアナもまた堪忍袋の緒が切れた。


「このわからずや!」


 ディアナにクスコの葛藤がわかろうはずがない。

 だがわからないなりに、クスコが命を捨てようとしていることは理解していた。

 それがディアナには我慢がならない。

 かつてはあれほど嫌いな相手だったのに。

 秘宝と違って自由に動き、造物主の寵愛を強請るクスコに殺意すら抱いていたのに。

 松田と出会ってから自分はおかしくなっていくばかりだ。

 それを好ましいと感じている自分がいる。

「意地を張るのもいい加減にしなさい!」

 クスコが命を使い果たす前に彼女を止めなくてはならない。そのためにはディアナが得意とする殲滅系魔法ではだめだ。

「お父様! ほんの少しでいいから魔力を分けてください!」

「お前が望むなら好きなだけ持っていけ!」

「ありがとうございます!」

 今のクスコの炎はかつて最強の使い魔を誇った時代のものではない。

 ライドッグが生きていたころであれば、とうに松田たちは消し炭になっていてもおかしくなかった。

 なぜクスコの力が衰えているかはわからないが、これならディアナの力でもなんとか抑え込むことが可能だ。

 殲滅系の魔法は打てなくとも、クスコの炎をかき消すような衝撃波なら打てる。

 それでなんとかクスコを戦闘不能に追い込むことだけが、彼女を救う唯一の道であった。

フリージングてつく波濤シーズ!」 

 万里を隔ててやってきた極北の波が砂浜を埋め尽くすかのように、凍てつく衝撃波がクスコの炎を削り取っていく。

 薄皮が捲れていくようにして、クスコを覆っていた炎が少しづつ、少しづつ小さくなり、ついには身体を覆うほんのわずかなものに成り果てた。

「――――貴女、本当にディアナなの?」

「私がわかるの? クスコ!」

「ずいぶん色気のないツルペタになったものね」

「だからそれは置いておきなさいよ!」

「いつの間に解放されていたの? 私がこの迷宮で狂うまでは誰も解放されてはいなかったわ」

「私がお父様に解放されたのはついこの間のことよ」

 いつまで経っても誰も訪れないと思っていたら、ディアナの迷宮が誰にも発見されなかったのはクスコが影から守護していたかららしい。

 彼女も使命を果たそうとしてのことだろうが、恨み言のひとつも言いたいディアナである。

「そう……残念だけど私は主様の命令を果たせなかった。あの世があるとしたらお詫びにいくわ」

「ちょ、待ちなさいよ!」

 ディアナは慌てた。このままクスコに死なれては殺さぬよう努力した甲斐がない。

「気をつけなさいディアナ。主様の名を騙るリアゴッドという男がいるわ」

「造物主様の名を?」

「主様ではないことは確かだけれど、なぜかその男は主様の契約執行権を持っているの。私は主様との絆をそいつに断ち切られてこのざまよ」

 自嘲気味にクスコは嗤う。

「クスコと造物主様の契約を? いったい何者なの? そのリアゴッドって男!」

「わからないわ。わかるのは何らかの手段を使って主様の権限を使っているということだけ」

 ふう、と重いため息を吐いてクスコは前足に顎を乗せて目を閉じた。

 そろそろ限界の時が訪れたようであった。

「せっかく会えたのに残念だけれど、この辺でお別れさせてもらうわ。さようならディアナ」

「そんなこと言わないで! お父様! お願いだからクスコを助けて!」

「本当に変わったわねディアナ…………」

 血相を変えて松田の袖にすがりつくディアナを見て、クスコは目を丸くして微笑んだ。

 彼女にとっても好ましいディアナの変化であった。

 昔、主様ライドッグの道具として破壊の限りを尽くしていたころのディアナからは想像もできない。

 ただひたすら主人の命令に従うための道具でしかないあのころのディアナがクスコは嫌いだった。

「貴女はいいご主人に出会えたのね……」

 そう言ってクスコは満足そうに眼を閉じる。

 彼女の魔力が尽きかけているのは誰の目にも明らかだった。

「お父様! 彼女に魔力を!」

「そんなこといったって……! ディアナみたいに回路パスが通っているわけでもなし……」

 松田は土属性に特化した特殊な魔力をしている。

 ディアナのように相互に契約関係があればともかく、全くの他人に魔力を送っても、それを受け入れられるかどうかは相手の意思と相性がものをいう。

 すでに意識を失っているクスコに魔力を送っても無駄に終わるのは目に見えていた。

「なんでもします! もうCカップにしてとか言わないから! クスコを助けて!」

「そりゃ助かるが…………ん? 待てよ」

 早く理想の体形に直せとディアナにせかされずに済むのはありがたい、ではなく、松田の頭に閃くものがあった。

 前回のレベルアップで追加されたスキルは使い魔に関するものであったはずだ。

「…………なんかいつの間にかレベルアップしてるし」

 ステータスを確認すると、クスコとの激戦のなかで、自分でも気づかないうちにレベルアップしていたようである。



松田毅 性別男 年齢十八歳 レベル6

 種族 エルフ

 称号 ゴーレムマスター

 属性 土

 スキル ゴーレムマスター表(ゴーレムを操る消費魔力が百分の一) 秘宝支配(あらゆるアーティファクトを使用可能) 並列思考レベル6(六百体のゴーレムを同時制御することができる) ゴーレムマスター裏(土魔法の習得速度三倍の代わりに土魔法以外の魔法が使用できなくなる) 錬金術レベル1(素材なしに魔力から錬金した物質を維持する消費魔力十分の一 位階中級まで)錬金術レベル2(レシピ理解、レシピさえあればなんでも再現できる。ただし性能はワンランク落ちる。位階中級まで)

錬金術レベル3(錬金再現、一度見た錬金を理解し再現することができる)

錬金術レベル4(使い魔創造 触媒によって使い魔を創造することができる。使い魔の強さは触媒と魔力に依存する) 錬金術レベル5(使い魔掌握 触媒とした使い魔の記憶と人格を保存する)←今ココ


「…………要するに今のクスコのまま俺の使い魔として生まれ変わらせるという理解でいいのか?」

「お父様早く!」

「くそっ! 考えてる暇はねえ! 使い魔掌握!」

 今まさに命の火が尽きかけているクスコを前に逡巡している余裕はなかった。

 いろいろと思うところがあるが、松田は躊躇をかなぐり捨ててクスコの額に手を当てる。

 直接触れた手のひらから、クスコの最後の生命の灯が消え去ったのが伝わってきた。

 同時に眩いばかりの光がクスコの小さな身体を覆いつくし、彼女の傷ついた身体を修復していく。

 純白のふさふさとした大きな尾も再生し、襟巻のようにクスコの腹に巻きついた。

 そしてぱっちりと開かれたつぶらな瞳は、理知的で強い生の光を宿していた。

 はたして自分のスキルはうまくいったのか?

 ふと心配してのぞき込む松田の視線と、まだぼんやりとしていたクスコの視線がぶつかった。

主様ぬしさま~~~~♪」

「うわっ!」

 視線があった瞬間、クスコは親愛の情も露わに純白の毛並みを松田の胸にこすりつける。

 ふわふわした尾がしきりと振られ、クスコは松田に抱き着くようにして首筋を舐めた。

「こら、くすぐったいだろうが!」

 といいつつ松田は反射的に艶々したクスコの毛並みを撫でてしまう。もふもふは社畜にとって得難い癒しの存在であり、松田もその衝動には抗えなかった。

主様ぬしさま! 助けてくれてありがとうございます! このクスコ、命果てるまで主様のお役に立ちますわ!」

「おおおおおおお、お父様から早く離れなさいよ! このあばずれ!」

「そうです! ご主人様はステラのです! わふ」

 大胆なスキンシップを目の前で図られていたことに激怒したディアナとステラは、松田の両腕を引いて松田をクスコから引きはがした。

「あら、いけず。でも私が主様の使い魔であることは紛れもない事実ですわ。この絆は何人にも引き裂くことはできません!」

「私としたことがっ! 一時の情で判断を誤ったわ!」

「随分と可愛らしくなりましたわねディアナ。私を助けてくれたのは主様ですけれど、きっかけは貴女だったと感謝しておりますのよ?」

「…………そ、そう?」

 素直にクスコに頭を下げられて、まんざらでもないのかディアナは照れたように頬を染める。

「……ちょろいです。わふ」

 自分は懐柔されないぞ、とばかりにステラは犬歯をむき出しにクスコを睨みつけた。

「ちっ! ごまかされなかったか……」

「今何か言いました?」

「いいえ! なんでもありませんわ!」

 そう言いながらクスコはちゃっかり松田の膝の上で丸くなりコン、と甘えるように鳴いた。


できれば明日も更新します

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