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アラフォー社畜のゴーレムマスター  作者: 高見 梁川
第三章
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第八十五話 策動の迷宮

「よくぞ参られましたマツダ様」

 フェイドルの迷宮の入り口には、先日迷宮管理所で受付をしていたミネルバが居住まいを正して待っていた。

「なんだか感じ変わってません?」

「宝石級の探索者に同じ対応はとれません。過日の無礼をお許しください」

 宝石級以上の探索者はある種の特権階級であるらしい。特にこのスキャパフロー王国ではその傾向が顕著なようだ。

「それでは迷宮に入り前にご説明を申し上げます」

 こほん、とミネルバは咳払いする。できるキャリアウーマン風なミネルバがやるとなかなかに様になるものだ。

「まずこのフェイドルの迷宮は平原型、森林型、ダンジョン型で構成されています。最初の百階層までは平原型で広大な空間から長時間の連続戦闘を強いられます」

 ランクテストでデビットから聞いたとおりである。騎士団が力を発揮できているのも平原型だからで、これがダンジョン型であれば騎士団はより消耗を強いられていただろう。

「攻略した階層は入口の魔力登録を操作すればスキップすることができます。必ず登録してから攻略を開始してください」

 なるほど、そのあたりはマクンバとは違うな。ふと松田はマクンバで苦戦したシトリとの対決を思い出した。

 白狐があれより強敵だとすれば、決して侮れない。それどころか命の危険を覚えるほどであった。

「現在平原エリアは王国騎士団と探索者がほぼ制圧を完了しております。ですが百階層から先、白狐の壁をどうしても乗り越えることができません」

「初歩的なことをお聞きしますが、白狐を倒さなくては先に進めないのですか?」

 エリアボスであればボスを倒さなくては先には進めない。しかしディアナのいうとおり白狐が使い魔であるのならば、放っておいても先には進めるはずだ。はたして、ミネルバの答えは松田の想像のとおりであった。

「白狐はイレギュラーで、実際百階層以外にも出現します。おそらくは先に進んでも問題はないでしょう。ですがあの化け物を無視して進むのは無謀です! 騎士団が総がかりでも排除できないんですよ!」

「ああ、選択肢のひとつとして聞いてみただけだよ」

 そういいながらも松田はなんとか白狐を突破して、自分のペースで戦いたいと考えていた。

 ほぼ間違いなく、王国は松田がマクンバの英雄と知ってその能力を監視しているに違いないからだ。

 全開のゴーレムマスターの力を彼らに見せるのは危険であるお松田は考えていた。

「大丈夫! ステラにお任せなのです! わふ」

「お父様! 私が殲滅しますから!」

 全く、お前らといるとことの深刻さを忘れるよ。

「…………これは私の勝手な独り言と認識していただきたいのですが……」

 ミネルバは視線を明後日のほうに向けて小さく呟いた。

「――――王国も一枚岩ではありません。私の知らないところで動いている勢力がいます」

 顔を伏せ、声を潜めてミネルバは続ける。

「実は昨日から管理所内で独自の動きをする者が出始めていて、今日も特例で登録された探索者が複数迷宮入りしています。どの筋かはわかりませんが、十中八九上の意向が働いているはずです」

 国王のジョージは比較的温厚で国民の信望も厚いが、宰相のバッキンガム公はリアリストで氷の宰相などと恐れられているし、スペンサー伯をはじめ宰相をよく思わぬ貴族も多い。

 この騒動を政治的に利用しようとする貴族がどこにいても不思議ではないのだ。

「ありがとございます。いずれにしろ誰かの手を借りるつもりはありませんので」

 騎士団はもちろんのこと、同じ探索者とも共闘するつもりはない。

 松田はステラとディアナだけでこのフェイドルの迷宮を攻略するつもりであった。

「ご武運をお祈りいたします」

「それでは行ってまいります。ミネルバさん」



「オマエタチシツコイ」

 白狐は昨日よりさらに余裕のない声で、騎士団の前に立ち塞がった。

「化け物め! 今日はいつものようにはいかん!」

「グギギギ……オロカ……オマエタチデハムリナハナシダ」

 心なしか白狐も何か予感めいたものを感じているのか、言葉に勢いがない。

 それに勇気づけられるようにして騎士団は前進を始める。

「なんとしても探索者が来る前に倒せ!」

「騎士団の誇りにかけて!」

「我が命、戦場に捧げん!」

 要するに彼らとしては、ここまで犠牲を払った相手をぽっと出の探索者にさらわれたくない。

 まして軍務卿であるスペンサー伯にも面子というものがある。他国からやってきたエルフに国が救われたなどということになっては軍の威信に関わる問題だった。

 そのため、今日の騎士団には次期将軍として将来を嘱望されたアルドバラ侯爵家の嫡男マイルズも参戦している。

 歴史ある侯爵家の後継ぎとして、これまで投入を見合わせてきた虎の子だ。

 もし彼が敗れるようなことがあれば、騎士団に残された戦力は将軍しかいない。

「よいか! 今日という日は撤退の二文字は無きものと思え!」

「おおおおおおおおおおっ!」

 もはや損害には目をつぶり、兵の命をすり減らしても白狐を倒す。

 その覚悟を漲らせ、マイルズは指揮杖を振り下ろした。

「――――突撃!」

 なんの工夫も感じられない歩兵の突撃に、白狐は鼻白む。この程度の攻撃が避けられないと思っているのなら随分と馬鹿にされたものだ。

炎壁ファイアーウォール!」

 白狐を包囲するように巨大な炎の壁が出現する。

 攻撃魔法を放っても当たらない。罠を仕掛けても見破られる。となれば最初から行動を封じるよりほかない。

 費用対効果の悪いやり方だが、実際に白狐は困惑しているように見えた。

「逃げ場はないぞ? 化け物!」

「コザカシイ」

 だが結果からいってこれは悪手であった。

 白狐は主から与えられた命令を忠実に守っていたにすぎなかった。

 だからこそ騎士団はこれまで少ない被害で見逃してもらえていたのである。

 遊ばれていた、といってもよい。

 だがこの瞬間から、白狐にとって騎士団は遊びの相手から、倒すべき明確な敵となった。

 ようやく敵として認識された騎士団ではあるが、それは必ずしも彼らにとって幸福なことではなかった。

「さあ年貢の納め時……どわあああああああ?」

「ユルサヌ、ワガシメイヲオカスコト、ケッシテユルサヌ」

 白狐がまさに雪のような純白の炎を発していた。その白という色に籠められた熱量を知っていた魔法士は驚愕に叫んだ。

「いかんっ! 魔法障壁全開!」

「ヌルイ」

 百名近い魔法士が全力で展開する障壁が、白狐の炎の前にまるで紙のように溶かされていく。

 いかに防御力に定評のある騎士といえど、あの白炎をまともに食らえばただでは済まない。

「力を振り絞れ! 我々が食い止めなければ騎士団は終わるぞ!」

「ぐううううっ! これでもまだ押し負けるのかっ!」

 かろうじて白炎と障壁は拮抗しているが、障壁を構築する速度よりも溶ける速度のほうがわずかに早い。

 このままではいずれ障壁は突破され、騎士団に決定的な破局が訪れるであろう。

「た、対魔法防御!」

 無駄とは内心で思いつつも騎士たちは魔力付与された盾を並べ、訪れるであろう障壁の崩壊に備えた。

 今日こそはこの白狐を倒すのではなかったか?

 まさかここまで力の差があるなどとは思いもよらなかった。ここで自分たちが全滅してしまったら王国の守りはどうなる?

 様々な思いが去来しながらも、彼らは騎士として戦意だけは失わなかった。

 ――――まさにそのとき。


「なんだ、そこで遊んでいるなら俺たちは先に行くぜ?」

「ナンダト?」


 グリフォンゴーレムに跨った松田たちが、風を切って白狐の頭上を追い越していったのである。



 ここで時間は少し遡る。

 ミネルバとの会話の後、フェイドルの迷宮に足を踏み入れた松田は、数百はいるはずの探索者の姿が見当たらないことに気づいた。

「もう先に行ったのか?」

「……探査にはかかりません。お父様」

 確かにわざわざ一階層をうろつく探索者もいるまい。そう思ったのだが、七階層まで降りてもだれ一人として遭遇しない。 

 それどころかまるで誰一人探索者など通らなかったかのように、灰色狼が群れをなして襲ってくるのである。

 さすがの松田もこれが異常であることはすぐに察した。

 どうやらこれも先ほどミネルバが言っていた妨害のひとつなのだろう。

 当初の予定ではすでに探索者によって灰色狼は排除されていて、松田は最短で白狐のもとへたどり着けるはずであった。

 それが現実にはまるで倒された気配のない灰色狼が迷宮内を闊歩している。

 間違いなく松田に進んでほしくない人間の工作に違いなかった。

「まあ、俺は別に急がなくても構わないんだが…………」

 松田としては特別スキャパフロー王国に対して義理はない。

 王国がどんなに苦しんでいようと、松田はこの迷宮を攻略して、そこに隠されているであろう絢爛たる七つの秘宝を手に入れることができればよいのだ。

 あえて嫌がらせのようにゆっくり攻略しても、松田は何一つ困らない。

「それでも、それはしないのでしょう? お父様」

「うん、わかっているなディアナ」

 社畜であったころならば触らぬ神に祟りなしを通したかもしれないが、この世界では我がままに生きると誓った松田である。

 あえてリスクを負うつもりもないが、売られた喧嘩を黙って受け入れる気もない。

「どうするですか? ご主人様、わふ」

「うん、ゴーレムマスターをなめるなってところかな」


「――――召喚サモンゴーレム!」


 不敵に嗤って松田はグリフォンゴーレムを召喚した。

 このフェイドルの迷宮、特に平原型は破格に空間が広い。つまり飛行型の利点を生かす余裕がある。

 そして決定的なのは灰色狼に空を攻撃する能力はないということだった。

「さくっとショートカットさせてもらいますか」




「ちょっと! 聞いてないわよ! あんなのズルじゃない!」

 隠蔽の秘宝アーティファクトで潜伏していたリノアは憤慨して立ち上がる。

 通信用らしい秘宝が赤く明滅して言葉を発した。

「どうした?」

「あいつ、グリフォンのゴーレムで空を飛んでいっちゃったのよ!」

「…………なるほど、その手がありましたか」

 盲点であった。

 飛行の魔法を使う魔法士はそれなりにいるが、魔法士だけで突破しても後衛の魔法士だけでは戦えない。

 騎士もいっしょに飛行させられるほどの魔法士はほんの一握りということで、これまで無視されていた手法である。

 巨大なグリフォンを数体同時(と思われている)に制御できる松田であれば、一個小隊ほどは楽に随伴させられるだろう。

 どこまでも規格外な男であった。

「とりあえず追ってください。いくらあの男でも白狐は簡単には突破できますまい」

「本当にこの私が探索者なんてやってるのよ! もしうまくいかなかったら呪うわよ!」

「どうかご安心を。必ずやリノア様のご期待に添います」

 もちろんその結果リノアがどうなろうと知ったことではないが、少なくともリノアの希望のひとつは叶えられるだろう。

 通信の秘宝の向こうで、男はうっそりと暗い笑みを浮かべた。


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