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アラフォー社畜のゴーレムマスター  作者: 高見 梁川
第三章
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第八十三話 解けぬ因縁

「――――宝石級の探索者が現れた?」

 スキャパフローの王宮では、予期せぬ救世主の登場に歓喜したといってよい。

 相変わらずコパーゲン王国は国境で不穏な行動を続けているし、一部は国境を越えてきたという報告もある。

 デファイアント山脈でも、何者かによる超高熱魔法が使用された形跡が発見されたらしい。

 その威力は下手をすると伝説級に匹敵するようで、正体の確認が急がれていた。

 この世界に伝説級の探索者はほんの一握りであって、そのほとんどは所在を知られている。

 もし未知の伝説級が国内に入り込んだとすれば、その動向は国家の浮沈にかかわる問題であった。

「このくそ忙しいときに……」

 もっとも伝説級の探索者が協力してくれるなら、現在のフェイドルの迷宮で発生した混乱はたちまち終息させてくれる可能性が高い。

 ただし依頼料は莫大なものになるはずであった。

「で? 見つかった宝石級の探索者とやらは使いものになりそうなのか?」

 宰相のバッキンガム公は軽く首をかしげて答えた。

「それがエルフと少女が二人ということで、いささか戦力としては疑問符がつくところです。しかしデビットが太鼓判を押すのですからある程度の期待はできるかと」

「まさかその探索者がデファイアントの件に関係していないだろうな?」

「ゴーレム使いということですし、少女二人は金級と銀級ですから、その可能性は低いでしょう」

「気に入らんな。よりにもよってエルフとは」

 現状スキャパフロー王国にとって、宝石級の探索者は喉から手が出るほど欲しい。

 しかしエルフに助けられるというのは、どうしても種族的嫌悪感が拭えなかった。

「エルフといえば、先日ドルロイの奴が弟子にした男がおったろう?」

「そういえばそうでしたな…………」

 五槌でも筆頭格であるドルロイが弟子をとるのは極めて珍しいことだ。

 その弟子というのがエルフであるということで、ドワーフ評議会は蜂の巣をつついたような騒ぎとなった。

 王国としては優秀な鍛冶師であるドルロイにはもっと多くの弟子を取り、その技術を次代に伝えてほしい。 

 どうしてエルフなどを弟子にする必要があるのか。

 評議会どころかドワーフという種族全体を敵に回しても、ドルロイは敢然と松田を弟子にすると主張した。

 もしそれが要られないならば、王国も五槌も捨て、一介の鍛冶師として二度と戻らない、と。

 過日の戦争以来、ドルロイが自分の技術を外部に伝えることに忌避間を覚えていることは知る人ならば知っている。

 そもそも彼がマクンバの街で生活するようになったのも、より強力な武器を貴ぶスキャパフロー王国の気質に嫌気がさしたということが大きい。

 下手をするとドルロイは本気で国外に亡命し帰ってこない可能性があった。

「誓ってこれは我らドワーフのためとなることである」

 どうしてエルフを弟子にすることがドワーフのためになるのか、ドルロイは黙して語らなかったが、ドルロイほどの男が鍛冶神に誓った以上、その言葉を疑うことはできない。

 条件つきでマツダの弟子入りは認められた。

 それがハーレプストによる監視である。もし松田がドルロイの弟子として相応しくなければ、殺すことも視野に入れる。

 実はハーレプストは刺客としての使命も帯びていたのである。松田が彼と分野を同じくする心の病を患っていたのは幸いだった。

 単純に松田の能力だけを知ったならば、ハーレプストは松田を危険視して殺していたかもしれなかった。

 まさかハーレプストがそれほどの覚悟をもってマクンバを訪れていたとは、松田もドルロイも想像だにしないことであった。

「ハーレプストからその後連絡は?」

「特にはありませんな。腕のよい弟子になりそうだとは言っておりましたが」

「…………まあ、よい。今はそのエルフに構っている余裕はない」

 問題は国境の緊張への対策と迷宮の正常化だ。

 どちらも一刻も早い対応が求められていた。

 国境は一段と緊張が増し、コパーゲン王国がいつ越境してくるかしれないし、迷宮も噂が諸外国に広まり始めている。

 正常化できたとしても、探索者が戻ってきてくれなくては迷宮の収益は回復してくれないのだ。

 フェイドルの迷宮は十分に探索者にとって魅力的な迷宮である、ということを、諸外国にまで周知する必要があった。

 そのためには可能ならあと一週間のうちには正常化を成し遂げたい。

 国外に出た探索者を呼び戻すには、あまり長い時間を経過しないほうがよいのである。

「――――陛下」

「なんだ?」

 侍従の一人が口を挟んできたことで、機嫌悪そうに国王ジョージは眉をひそめた。

 何もかもがうまくいかないこの現状で、さらに問題が増えるような嫌な予感がしたのだ。

「それがマクンバ伯爵より問い合わせがまいりまして、なんでも迷宮の氾濫から街を救った英雄がそちらに向かった可能性があるゆえ確認を願いたい。そして願わくば英雄をマクンバで顕彰するためお引き渡しいただきたい、と」

「迷宮が氾濫した? そのような報告は受けておらんぞ?」

 迷宮の氾濫となれば国際的な関心事であり、大災害とみなすべきであった。

 その割にはマクンバからの通商が停止したという噂も報告もない。

 もっとも大規模な氾濫が起きた際には、一国そのものが滅亡したケースもあるのである。

 そんな一大事が周囲に漏れないはずがなかった。

「どうも短期間に終息したらしく、マクンバではほとんど人的被害も出ていないとのことでして」

「人的被害がない? 迷宮の氾濫で?」

 侍従の言葉に激しく反応したのは宰相バッキンガム公のほうであった。

「その迷宮氾濫の規模は小さかったのではないのか?」

「いえ、マクンバ伯爵の言葉が真実であれば、その規模はパラザードの氾濫に匹敵した、と」

「馬鹿な? あの氾濫は一万人以上の被害を出した大災害なはずだぞ?」

 三つの街と八つの村を壊滅させたパラザードの氾濫は、ちょうど戦後復興から間もないこともあって、バッキンガム公の記憶に鮮明に残されていた。

 それがたかが地方領主にすぎぬマクンバ伯爵が単独で短期に鎮圧するなどありえない。

 あれは国家が総力を挙げて対応すべき脅威なのである。

「その英雄というのは…………?」

 我知らずごくりと生唾を飲み込む音が、静寂に満ちた室内に響き渡った。

 その音を誰が発したのか、気にする余裕さえなかった。

「それがにわかには信じられぬことですが――見た目は二十代ほどの優男のエルフである、と」

「なんだとっっ?」

 偶然が二つ重なることはある。しかし偶然が三つ重なったらそれは必然だ。

 長く権力の座にある国王と宰相は一瞬で視線を交わし互いに頷きあった。

「ただちに宝石級に認定したというエルフを連れてまいれ! くれぐれも丁重に、だ!」

「御意!」




 リノアがスキャパフローに到着したのは松田に遅れること一日ほどであった。

 それでもろくな準備もなく、たった一日の遅れで到着できたのは、リノアが体力と悪運に恵まれていた証であろう。

「確かこの宝石を両替商に持ち込めと言ってたわよね……」

 リノアにの手に握られているのは、デファイアント山脈で偶然助けた商人アランから手渡されたものだ。

 虎の子のポーションを使用して救われた命の対価として、金貨百枚が多いのか少ないのかはわからない。

 しかしほとんど身一つで故国を脱走してきたリノアにとっては、宝石よりはるかに貴重なものであった。

「本当はすぐにでもあの疫病神をぶち殺しに行きたいけど……」

 いつのまにか松田への名称が疫病神に決定したようである。

 彼女にとって、松田という存在こそが今の苦境をもたらした元凶だということなのだろう。

「あ、あった! あれね!」

 慣れぬ街をさまよい、ようやく両替商を見つけたリノアのおなかが、可愛らしくクウ、と音を立てて鳴った。

 思わず赤面してリノアは周囲をきょろきょろと見回す。最後の二日は食糧が尽き、ろくなものを口にしていない。

 ようやく腹いっぱい食事がとれると思えば、おなかの一つも鳴ろうというものだ。

「これも全部あいつのせい……!」

 理屈ではなく感情によって、リノアは松田に対する理不尽な怒りを募らせていった。

 もっとも、身体は正直で本人も無意識のうちに、両替商へと向かう足は小走りに近くなっていた。


「――――間違いない。アランの宝石為替だ」

「当り前よ! 私が偽物をだすはずがないでしょう!」

「そういうな。金貨百枚なんて大金を渡すんだ。念入りに確認するのは当然だろう」

 白い石灰をふんだんに塗り、眩しいほどに光り輝く両替商のなかでは、頭頂部の禿げ上がった初老の男が苦虫をかみ潰したような渋面をしている。

「なによ! 私にかぎって疑いなんてあるはずがないでしょう?」

 一事が万事この調子というか、リノアは正義である自分が疑われるということにひどくプライドを傷つけられたらしく、先ほどからずっと文句をつけていたのである。

 ようやく鑑定が終わった男は金貨百枚の入った袋を乱暴にリノアの前の卓に叩きつけた。

「お目当てのものはこれだろう? 間違いなく金貨百枚ある。しっかり確認してくれ」

「私はあなたと違って疑い深くないから別に必要ないわ。それじゃ、いただいていくわよ?」

「とっとと持っていってくれ!」

 うんざりしたように男は肩をすくめた。これが最近やり手として名の通り始めたアランの客でなければ、少々手荒いことになったかもしれなかった。

(あのアランがどうしてこんな女に関わったのかは気になるところだがな)

 アランはいろいろと後ろ暗い噂のある男でもある。

 もしかしたら目の前の女は、そんなアランの隠された一面を暴き出すことができる可能性があった。

 ――――ほんの数瞬、男は考えたがすぐに頭を振ってその可能性を打ち消した。

(地雷に手を出すのは愚か者のすることだ。こっちが利用するつもりでも必ず災厄の巻き添えにする。あれはそういう性質の女だ)

 伊達に長い人生経験は積んでいない。

 男は正確にリノアの本質を察知し、近い将来における危機から遠ざかることに成功した。



「さて、まずは…………」

 どこで腹ごしらえをするべきか、飲食店を物色するリノアに近づく影がある。

「失礼、リノア様でいらっしゃいますか?」

「誰よあなた?」

 胡乱な目でリノアは男をにらみつけた。

 年のころは四十代も半ばというところだろうか。品のよい服を身に着け、雰囲気は温厚そうな紳士である。

 しかしこのスキャパフロー王国に知り合いのいないばかりか、リュッツォー王国から逃亡してきたリノアにとって、突然話しかけてくる男など警戒の対象でしかない。

「これはお気を悪くさせてしまいましたか。私の名はモルガン。アランの番頭を務める者です。主人より貴女の手助けをするよう仰せつかっております」

 正確には嫌がらせ程度に手を貸せという伝達を受けたのだが、もちろんそんな真実をリノアに話す気はない。

 精々道化役を演じてもらって、松田の邪魔をしてくれればよいだけなのだから。

「あら、気が利くじゃないの。さっそく役に立ってもらおうかしら」

 どんな思惑があるにせよ、リノアの態度はなにひとつ変わるものではなかった。

 それが当然のものであるように受け入れると、リノアは愉快そうに笑った。

「私のできることでございましたら」

「簡単なことよ。この街で一番美味しい店に案内なさいな」


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