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アラフォー社畜のゴーレムマスター  作者: 高見 梁川
第三章
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第八十話  スキャパフロー王国

 スキャパフロー王国とコパーゲン王国の間に横たわるマルカリの森。

 シェルダン丘陵を越えた先にあるこの森で、騎士たちはまさに血眼になって一人の男を探していた。

「ええ~~いいっ! まだ見つからんのか!」

「まさかと思いますが、もうスキャパフロー王国に逃げこんでいるのでは……」

「ありえん! 奴がいかに優秀な魔法士であろうと我が騎兵より早く国境を超えるなど!」

 絶対にあってはならないことだ。

 そう部下に言い聞かせながらも連隊長であるピエリ・マギヌスは自分の言葉を信じられずにいた。

 すでに捜索が開始されてから二日、動員された兵力はこのマルカリの森だけで二個連隊。

 王都やその周辺を含めれば軽く二個師団を上回る。

 それは傍目からみれば準軍事行動ともとれることをピエリは承知していた。

 下手をすればほんの偶発的なきっかけで両国の戦争の火種にもなりかねない。

 だからといって見逃すという選択肢はピエリにはない。

 あの男、探索者リアゴッド・モーフィアスを見つけることは史上命題なのだから。

 コパーゲン王国の迷宮が、王国の官吏を離れて完全に無秩序と化してしまった原因は、リアゴッドの仕業であることははっきりしている。

 なんとしても捕え、その原因の一端でも解明しなくてはならなかった。

 迷宮は管理の難しいところではあるが、国家にとっては貴重な収入源であると同時に、国家にとって有益な秘宝アーティファクトをもたらしてくれるところでもある。

 その迷宮が事実上使用不能となったということは、コパーゲン王国の格を問われる非常事態なのであった。

「このことが他国に知れる前に、なんとしてもリアゴッドを捕えるのだ!」

 国王にそう厳命された以上、騎士であるピエリに命令を果たす以外の選択肢はない。

 しかしこれほどの大人数を動員しても発見できないとは、いったいリアゴッドはどこにいるというのか?

 聞けばフラリとコパーゲンの王都に現れた探索者であったらしい。

 はじめは鉄級探索者であったらしく、ほとんど見向きもされなかったが、恐ろしい秘宝の使い手でたちまち金級探索者にまで駆け上がった。

 不愛想で誰とも徒党を組まず、裏では彼の持つ秘宝を狙って、脅迫、買収、襲撃などが横行していたという。

 宝石級探索者であるパイン・オーブリオンが行方不明になったのは、リアゴッドの仕業であるというのがもっぱらの噂であった。

 リアゴッドの力量が宝石級探索者に匹敵するのであれば、彼を捕えるために二個連隊が動員されるのは決して過剰なこととはいえない。

 まして宝石級をすら凌ぐ可能性があるのであればなおのことである。

 あまりに急速な攻略ぶりに、彼ならばついに王都の迷宮を攻略した第一号となるのではないか?

 そんな噂が王宮に到達するまでそれほど時間はかからなかった。

 宝石級や伝説級の探索者は、国家にとっても無視できない存在となる。

 王宮はリアゴッドを宮廷魔法士として雇用することを打診したが、リアゴッドはこれを一言のもとに断った。

「我はあと六つの迷宮を攻略しなくてはならぬゆえ、仕官は断る」

「あと六つとは?」

「…………さしあたりはこのフェイドルの迷宮であるな」

 残る五つの迷宮の名をリアゴッドは話さなかった。

 しかし探索者ギルドから情報を収集したかぎりでは、リアゴッドはスキャパフロー王国から重傷を負ってやってきたという。

 彼ほどの探索者がなぜ、という疑問はあったが、それを詮索するのはタブーとされていた。

 迷宮を渡り歩くボーダーレスな探索者には過去に傷を持つ者も少なくないからだ。

 今となってはそのあたりも深く探っておくべきであったとピエリは臍を噛む。

 もしかしたらそこに謎を解くカギがあったような気がしてならないのである。

 神ならぬ身のピエリは、今まさにスキャパフローでも迷宮に深刻な異変が生じていることを知らずにいた。

「せめて手がかりのひとつも見つけなければ帰るに帰れん。陛下の勘気を被るのは御免だぞ……」

 そんなことになれば最前線の消耗品扱いされることは目に見えている。

 なんとしてもリアゴッドを見つけなければならない。しかしそのための手段はただ闇雲に国境付近を捜索するしかなかった。



 スキャパフロー王国王都ハイランド――ドワーフの元老評議会が本部を置く場所でもあるそこは、住民の大半をドワーフが占めている。

 スキャパフロー王国全体でドワーフが占める割合は七割に満たないが、こと王都に関しては九割以上をドワーフが占める。

「み、見分けがつかん……」

 さすがに師匠であるドルロイやハーレプストはわかるが、王都を闊歩するドワーフ男性たちがみんな同じ顔に見えてしまう松田であった。

「わふぅ……ドルロイさんがいっぱいです」

「やはりリンダさんは特別であったようです。お父様」

「そこに触れてやるな。敏感な問題だからな」

 いつの世も女性の年齢は特にデリケートさを要求される話題である。

 ただ年齢より若く見える事務員に、アンチエイジングの秘訣を聞いただけなのに、秘訣を教えろ派、そんなのはセクハラだ派、自意識過剰なんじゃないの派が入り乱れて、社内が混沌カオスと化した記憶が蘇る。


「減るもんじゃないし教えてくれてもいいじゃない! どこの製品使ってるの?」

「別に大したことしてるわけじゃないのよ? 食事制限と運動するだけなの」

「そんな見栄を張らなくたっていいじゃない!」


「努力もしないで痩せようなんて甘いのよ!」

「なんですって?」

「もう喧嘩しないで! 本当に特別なことしてるわけじゃないから……」

「ずるくない? 自分だけ痩せて少しは分かち合おうとか思わないの?」

「痩せた理由を根ほり葉ほり聞くなんてセクハラよ!」



「――――おい、この混沌カオスの女の修羅場、男の俺にどうしろっていうの…………?」


 理不尽な女の論理を前に男は常に無力だ。

 それ以来、松田は女性の年齢に関して極力関わり合うのを避けることにしている。

「まあ、リンダさんが規格外であることは否定しないが」

 もしかしたらドルロイ師匠に愛され続けるために彼女も人知れず努力しているのだろうか?

 だとすれば合法ロリ恐るべしと言わざるを得ない。

 まあ、あのツンデレ具合から察するに当たらずとも遠からずというところだろう。

「マツダ様! こちらです!」

 まるで自分のもののように胸を張り、アリスが指さした先には、『スキャパフロー王立迷宮管理所』の看板が、どうだと言わんばかりに屹立していた。

 松田は巨大な看板広告には慣れているが、ステラとディアナはそうではない。

「…………馬鹿?」

「すっごく大きいです。わふぅ」

 どうやら彼女たちには、下手をすると建物より巨大な看板はいささか過剰に感じられたようであった。


「ようこそスキャパフロー王立迷宮管理所へ……あら、アリス?」

「ご無沙汰してるわねミネルバ。紹介するわ、迷宮正常化に力を貸してくださる探索者タケシ・マツダ様よ」

 入口の分厚い扉を開けた瞬間、二人はすぐに息の合った挨拶を交わした。

 受付嬢らしい凛としたショートカットの大人びた女性は、親し気な目でアリスを見、そして松田へと視線を移す。

 どうやらアリスと長身の受付嬢は旧知の仲であるらしい。

「これはこれはありがとうございます。我が王立迷宮管理所はマツダ様の献身を心より感謝いたします」

「ああ、いや、まだそれは条件次第というか……」

 松田としてはわざわざただ働きをしてやる義理はない。迷宮に眠る可能性の高い絢爛たる七つの秘宝だけが問題なのだ。

 その条件だけは譲るつもりはなかった。

「そうそう、それで探索者の秘宝所有権について直訴したいんだけど、所長はいるかしら?」

「秘宝所有権……? ついさっき、王宮から通達があって、三つまでは所有を認めることになったらしいけど」

「本当に? やった――! 交渉の手間が省けるわあ!」

 肩の荷が下りたとばかりにアリスは喜色満面に飛び撥ねる。思ったより素のアリスは砕けているようである。

「それで、迷宮の状況はどう?」

「相変わらず一進一退よ。この通達で宝石級が戻ってきてくれればいいんだけど」

「ほとんど国境を越えて他の迷宮に移動しているからねえ」

 正直なところ王宮の決定は遅きに失したとミネルバは考えている。

 貴重なフェイドルの迷宮の秘宝が手に入るとなれば食指が動くかもしれないが、わざわざ他国から攻略を中止してまでやってくるには弱い。なんとしても探索者が国内にとどまっているうちにつなぎとめておくべきであった。

 残念ながら現在投入されている正規軍は、迷宮で実力を発揮できるようには訓練されていない。

「失礼、このスキャパフロー王国へようこそ。エルフの探索者さん、マツダ様といったかしら?」

「ああ、それからこの娘はステラ、こっちはディアナだ」

「可愛らしい探索者さん。これからよろしく」

 にこやかに微笑みながらも、ミネルバはあまり松田たちには期待できないと考えていた。

 なにしろステラもディアナも明らかに十代前半の少女であるし、それを引き連れた松田も碌なものとも思われなかった。

 むしろ幼女嗜好家死ねとすら思っていた。

「恐縮ですがマツダ様はフェイドルの迷宮は初めてでいらっしゃいますか?」

「ええ? はい。初めてですが」

 一部の隙も無いミネルバの微笑みに、どこかうすら寒いものを覚えて松田はがっくりと項垂れた。

 それはマクンバの街でシーリースに受けたものと同じ性質のものに思われたのである。

 この手の誤解は言い訳すればするほどドツボに嵌ることは経験上知っている。時間が解決してくれるのを待つしかない。

「ご存知かもしれませんが、このスキャパフロー王国は探索者ギルドではなく王国が迷宮を直轄管理しております。ですので探索者ギルドでのランクはあくまでも暫定として、当方のランクテストを受けてもらうことになりますがよろしいですか?」

「もちろんです」

 信用されてないな、と松田は思う。

 猫の手も借りたい状況とはいえ、足手まといはいらないということか。

 もっとも実力とランクが比例していない松田たちにとっては、むしろ正当な評価を得る機会であるともいえる。

「それではお手数ですが管理所裏の判定所までご足労いただけますか? 担当が簡単な実技試験をさせていただきますので」

「わかりました」

「戦うですか? ご主人様? わふ」

「銀級などお父様には相応しくありません。少しお父様の実力というものを思い知らせておくべきですわ」

「…………ほどほどに頼む」

 強さは力であるが、強すぎれば警戒を生む。マクンバから逃げてきた理由を綺麗さっぱり忘れきったような二人の少女に、松田は深々とため息を吐くのであった。

 三人が判定所に続く廊下の奥へと消えていくのを見計らって、ミネルバはアリスに問いかけた。

「使い物になるの? あれ」

「私の勘では今までで一番期待できると思うけどな~~。なんか隠し事多そうだし」

「ま、私は早く迷宮を正常化してくれれば文句ないけど」

「そうなのよね。そろそろノルマを果たすのもきつくなってきたし、自分が迷宮に派遣されるなんて考えるだけで寒気がするわ」「そういいながらいつもきっちり生贄を連れてきて、報酬まで攫っていくんだから、あんたも大したもんよ」

「そこはほら、か弱い乙女のささやかな抵抗ってやつ?」

「――彼に同情するわ」

 アリスが探索者を連れてこなければ減給されるというのは嘘ではない。

 しかし逆に連れてくれば臨時報酬ボーナスが発生し、現在のところ獲得臨時報酬トップがアリスであることを、神ならぬ身の松田は知る由もなかった。


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