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アラフォー社畜のゴーレムマスター  作者: 高見 梁川
第三章
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第七十八話 国境での勧誘その2

 『茶房フォーション』はメッシナの街でも人気の軽食店で、国境の交易都市らしく様々な茶葉を取りそろえている。

 茶葉の種類もさることながら、酒や料理も充実しており店内の内装も上品で客層もなかなか悪くない。

 これなら日本にいたときでも常連になってもいいな、と松田は思う。

 ひとまず冷えた麦酒でも注文したいところではあるが、人待ちするのにアルコールが入っているのは社会人としてのマナーが許さなかった。

「お茶とこの娘に果実水を」

「こちらのお嬢様はいかがなさいますか?」

 品の良い笑みを浮かべるウェイトレスに、ディアナは冷たい声で答えた。

「私は結構です」

 そういいながらも視線は松田を容赦なく捕えている。早く食事ができるように改造を、と訴えているのは明らかだった。

 そんな微妙な二人の空気を察したのか、厄介ごとから離れるようにウェイトレスは慌てて踵を返した。

 店の扉が開きようやく待ち人が現れたのは、松田がおかわりのお茶を飲み干したころだった。

「――――お待たせしました」

「いえ、こちらもゆっくりしていましたからお気になさらず」

 軽く会釈を交わしながらも、松田は鎧を脱いだ女騎士の姿を眩しく見つめた。

 青を基調にしたゆったりとした身体のラインが見えにくい平服であるが、それでもなお女騎士の巨大な胸を隠すには不十分である。

 会釈するのに前かがみになることで、否応なく強調された深い谷間から、かろうじて松田は意識を外した。

 女性は男が考える以上に周囲の視線に敏感であることはすでに身に染みて知っていた。

 イケメンにはほど遠かった松田は、髪を切ったことやウェストが細くなったことに気づいて、褒めるつもりで女性社員に声をかけただけでセクハラ認定されたことがある。

 化粧っ気が出て、彼氏でもできたのかと微笑ましく思っていたところをセクハラ親父扱いされた苦痛は筆舌に尽くしがたい。

 なんと理不尽なことだろうか。イケメンならいくらでも見てもよい、というか見て欲しいが、おっさんに見られたらセクハラ! キモい! 

 ブサメン社畜には自由に美しいものを見る権利すらないというのだろうか。

 電車のなかで偶然視線があっただけなのに親の仇のような目で睨むのはやめてくれ女子高生! おっさんのライフはもうゼロよ!

 呪われろイケメン! 断固反対顔面差別! 格差は会社の中ではないのだ! 救われなければならないのは決して社畜だけではない!

「あ、あのご気分でも?」

 心配そうに女騎士が顔を近づけてくる。彼女の体臭なのか、あるいは身だしなみの香水か。どこか百合に似た香り松田の鼻腔をくすぐった。

「お気になさらず。お父様はたまにちょっと現実を認められなくなるのです」

「ご主人様? よしよしなのです。わふ」

「…………ありがとう。俺はセクハラ野郎じゃないよね?」

「セクハラが何かはわかりませんが、お父様はなにひとつ恥じることのない素敵なディアナのお父様ですわ」

 ディアナに優しく慰められて、ようやく松田は愁眉を開いた。

「お見苦しいところをお見せした」

「い、いえ……きっとマツダ様もおつらい思いをされたのですね」

 松田が正気に戻ったので、女騎士は対面に座りなおすと本題を語り始めた。

「まずは――まだ名乗ってもおりませんでしたね。私はアリス・ヴァットマンと申します。メッシナに駐屯する国境派遣隊の騎士です」

 アリスが頭を下げると同時に、下ろされた見事な金髪がサラサラと流れるようにテーブルに落ちていく。

 騎士姿とはうってかわって女性らしい色香を感じさせる仕草であった。

「ご丁寧にどうも……それで、アリス様のような騎士まで駆り出されるような何があったというのですか?」

「…………これから話すことはどうかご内密にお願いします。人の口に戸は建てられませんが、本国ではまだ情報が規制されておりますので……」

 そういってアリスは話し始めた。


「ご承知の通り、我が国では探索者ギルドではなく王家が直接迷宮を管理しています。もちろんそれは王宮の後背にあるスパルキアの迷宮にかぎってのことです。これは王家の初代が迷宮と関りがあるからだと言われています」

「なるほど」

 ハーレプストが言っていたライドッグと同世代のドワーフ王は何代目になるのだろうか?

 いずれにしろ迷宮と王家には何らかの繋がりがあるということらしい。

「フェイドルの迷宮は国王の許可を得た探索者しか探索することができません。これは噂ですが、探索者に持ち出されては困るものが迷宮内にあるからだと言われています」

 アリスの説明では、フィエドルの迷宮で得た秘宝アーティファクトは一応スキャパフロー王国が買い上げることになっているらしい。もっともそれほど珍しくないものについては探索者が引き取るようだが。

 これはハーレプスト師匠の予測が当たりっぽい、と松田は内心密かにほくそ笑んだ。

 それほどに流出を警戒しなければならない秘宝が、スパルキアの迷宮に眠っていると言っているも同然であるからだ。

 だが同時に問題もあった。

 仮に絢爛たる七つの秘宝を発見したとしても、スキャパフロー王国に所有権を奪われる可能性が高い。

 そんな松田の葛藤には気づかず、アリスは先に話を進めた。

「ところがです。ちょうど二月ほど前に迷宮で異変が発生しました。地鳴りと振動が止まらず迷宮への立ち入りが禁止されました。ようやく収まったのは三日後だそうです」

「迷宮が崩落でもしたのかい?」

「いえ、迷宮はいくら損傷しても自己修復するものですし、特に変わった様子は見られなかったようです。ただひとつだけ問題がありました。今まで存在しなかった魔物が大量に増殖していたのです」

 魔物の増殖ときいて松田はマクンバでの暴走スタンピードを思い出した。仮にも王都であるスパルキアとなれば金級や宝石級の探索者がいるだろう。

 そのレベルで対処できないほどであるとは松田には思えなかった。

「増殖していたのは灰色狼グレイウルフの亜種です。亜種だけあって多少は強いですが上級の探索者の相手ではありません。駆逐するまでそれほど時間はかからないと思われたのですが……」

 苦虫を噛み潰したようにアリスは渋面で呟いた。

「いくら駆除しても駆除しても彼らの数は一向に減りませんでした。いかに高レベルの上級探索者といえど休みなしに戦い続けられるわけではありません。物量に押し切られるようにして中層を前に駆除は停止しました」

 斃した数は優に数万を超えるとアリスは言う。

 確かにそれは松田が経験した暴走を遥かに上回るものだ。

 ――――だがそれでも、対応するのは可能だと松田は考えていた。そんな松田の心を読んだかのようにアリスは頷く。

「時間と予備さえあれば、あるいは迷宮を解放することもできたかもしれません。事実私たち騎士団の一部も迷宮に投入され、駆逐作業は順調であるかに見えました」

 アリスも動員された騎士のなかの一人だった。

「ですが探索者の一部がストライキを起こし、フェイドルの迷宮を去る者が出始めたことで迷宮の攻略は停止を余儀なくされます」

「そんなにやばい相手でも出たの?」

 探索者は迷宮でしか糧を得ることのできない職種である。

 その彼らが迷宮での活動を放棄するなど、よほど危険な魔物が出たとしか考えられない。マクンバがそうであったように死ぬとわかって戦う探索者もまたいないのだ。

「いえ、戦闘にかぎってはそれほど危険があったわけではありません。ただ雲霞のごとく群がる灰色狼が死んでも魔石ひとつ得られない――――ただ働きになるのが唯一最大の問題でした」

 迷宮というものは魔物からドロップされる魔石を収入とすることで成り立っている。一切魔石も何もドロップしないということは、探索者というビジネスモデルの崩壊を意味していた。

 戦って得られるものがないとなれば探索者が迷宮を放棄するのも当然だった。

 彼らも生活のためには収入が必要であり、ボランティアをするために迷宮で命を懸ける酔狂はいないのである。

「もちろん王国も予算を組みました。今もその手当をもらって戦ってくれる探索者はいます。でも、さすがに宝石級の探索者を長期間満足させられる予算は組めず……なにせ収入がない以上全部こちらの持ち出しですので……」

「…………うん、うん、、わかるよ。予算は結局収入のなかでしかやり繰りできないからね」

 受注金額が安ければ、仕出し弁当はおにぎりに化け、移動の貸し切りバスは安レンタカーのバンに変わる。

 格安でレンタルした、エアコンが壊れたバンで遠征したときの灼熱の苦しみを松田は一生忘れないだろう。すべては貧乏が悪いのだ。

 そして貧乏のしわ寄せが真っ先に直撃するのが社畜であることは言うまでもない。ガソリン代どころかボールペン一本すら自己負担を強いられたことを松田は昨日のことのように思い出す。

「あ、ありがとうございます……」

 松田の意外にも寛容な台詞にアリスは一瞬面食らったようであった。

 もしかしたら罵倒されるかもしれない、と覚悟していたのが嘘のようである。

 松田ならばこの窮状を理解してくれる。アリスは言葉に力をこめた。

「現在銀級を中心に探索者の大量投入と騎士団の支援で再び攻略は動き始めています。しかし最上位の宝石級が抜けた穴は大きくて、一人でも多くの探索者の協力が必要です。その……日当はお支払いできるかどうかわかりませんが」

 先ほどまでの同情はさておき、松田はにっこりと目だけは笑わずに言い放った。

「気持ちはわかるけど、この話はなかったということで」

 サビ残は認めない。絶対にだ。

「あああっ! お願い! 見捨てないでください!」

 アリスは身体ごとぶつかるようにして、松田の腕にすがりついた。

「先月も減給で、今月も減給になったら、おかずがもやしで嵩増しとかじゃなくて純粋にもやしだけになっちゃうのおおおお!」

 もやしは貧乏人の味方として心強い食材である。

 松田も若いころは、もやしと卵のマヨネーズ炒めとか、天かすとキャベツにソースをかけただけごはんとか食べたものだ。

「同情はするがただ働きは認められない。それと泣き落としは社畜には通じないから止めなさい」

「あ、はい」

「はいじゃないが」

 女性の涙は強力な交渉手段である。

 しかし女性の涙で動かされるようなら、まだその人の心には余裕がある。

 本当に追い込まれた社畜は、女性の涙という理不尽なまでの暴力にすら注意を払う余裕がない。

「泣いたって納期は延びないんだよ」

「すいませんでした! 徹夜してでも終わらせます!」

 我ながら人としてそれはどうなのよ、と思ってしまう松田である。


「――それで今の攻略状況はどうなのかな?」

 まだ松田の腕を胸の谷間に抱え込んだままのアリスを片手で牽制して松田は苦笑しながら言った。

「そうですね……およそ三分の一の攻略を完了したところでしょうか。言い伝えではフェイドルの迷宮は三百層とされていますがようやく百階層に到達したところですから」

「思ったより進んでいないな」

 途中で退場したとはいえ宝石級までいたのだ。もう少し進んでいてもおかしくないはずだが。

「はあ……本来なら百五十階層くらいまではいける予定だったのです。ところが百階層で接触した一匹の白狐のために戦線を押し戻されてしまいまして。ただでさえ金にならないのにそれで心が折れてしまった探索者も多いのです」

「白狐、ですって?」

 それまで黙ってアリスと松田の会話を聞いていたディアナが血相を変えて声を張り上げた。

「お父様! この国の迷宮は諦めてどこか別の場所に行きましょう!」

「はあああああああっ?」


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