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アラフォー社畜のゴーレムマスター  作者: 高見 梁川
第三章
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第七十六話 デファイアント山脈を越えてその5

 翌朝、松田が目覚めるとそこには荒野が広がっていた。

 赤茶けた大地は、今なお焼けた余熱を放ち続けており、むっとする熱い空気に思わず松田はむせった。

 「ごほっごほっ! なんなんだいったい…………」

 「お目覚めですか? お父様」

 すまし顔でこちらを見つめているディアナの姿に松田はある程度の事情を察する。

 「眠らされたのか…………」

 「はい」

 考えてみればこんな眠りづらいテントで一度も目覚めることなく熟睡していること自体がおかしいのだ。

 ましてこんな真夏の熱帯夜のような暑さで、寝苦しいと感じることさえなかった。

 もともと職業柄眠りが深くない松田からしてみれば異常以外の何物でもない。

 アランの悪意によって眠らされたと考えるべきであった。

 後頭部のあたりに冷たい氷柱を押し当てられたような、冷えた感覚が全身に染みわたるかのような感覚に、しばし松田は瞑目した。

 「――――助かったよディアナ」

 「い、いえ、私は当たり前のことをしただけですから」

 そういいながらも松田に頭を撫でられて、まんざらでもなさそうにディアナは頬を染めてはにかむ。

 「で、でも、ぎゅっとしてくれるとうれしいです……」

 ディアナ自身も、今となってはディアナに取り込まれた006も、松田に褒められ認められることに飢えているのだ。

 しばしの間、恍惚としてディアナは松田の胸に顔を埋めた。

 「あの連中ですが、ステラが人狼であることに気づいたようです。どうやらパリスという男が人狼と交戦した経験があるらしく」

 「そりゃまた運の悪いことだな」

 これほど人狼に稀少価値があるのだから、人狼の姿を見た人間すら少ないであろうにまさか実際に交戦した人間がいようとは。

 いつの時代も信じられないような不幸なめぐりあわせというのはあるものだ。

 これからはステラの戦いかたにも注意をさせなければなるまい。

 まだまだ自分は甘かった、と松田は思う。

 ディアナが人ではなかったから助かったものの、もしそうでなかったら自分はここで命を落としていたのである。

 規格外のゴーレムの力に知らず知らずに自惚れていた。

 悪意から身を守るには松田の力は弱く、常に警戒していなければ危険を避けることもできない。

 この世界を生き残るための根本原則を松田は思い出した。

 それにしても――――。

 「暑い! なんでゆっくり寝てられるんだこいつは!」

 「わふ?」

 松田にこつんと額を小突かれたステラは、それでも寝返りを打つと松田に抱き着くようにしてスヤスヤと眠り続けた。

 「――――大物だな」

 「凍らせますか?」

 氷魔法を使おうか、というディアナに松田は苦笑して答えた。

 「涼しい風を吹かせてくれるだけでいい」



 リノアが現場に通りかかったのは松田達が出発してから数時間後のことであった。

 アランがディアナのサーチ魔法に引っかからなかったのは全くの僥倖である。

 瀕死であったことと、所有していた高価な魔道具による隠ぺいが、運よくアランの生存を隠し通したのだ。

 もしアランが軽傷で済んでいたら、間違いなくその命はなかったであろう。

 さすがのディアナも油断した、といえなくもないが、これほどの偶然をあらかじめ予測しておくのは不可能といえる。

 結局のところ、アランか、あるいはリノアの悪運が運命を捻じ曲げた結果であった。

 「ううっ…………」

 貴族であるリノアでも、滅多には使うことのできない秘薬。瀕死に陥った当主を助けるための命綱として実家に大切に保存されていた秘薬は期待を裏ぎらなかった。

 「あら、貴方……」

 秘薬の力で焼け爛れていた皮膚が回復してくると、リノアもアランの顔に見覚えがあることに気づく。

 忘れもしない。リノアを今の悲惨な境遇に追いやった元凶、松田の隣にいた商人ではないか!

 「こ、ここは――――」

 意識を取り戻して怪訝そうに首を振るアランに、リノアは一切容赦しなかった。

 その胸倉に掴みかかり、怒涛の勢いでアランの上半身をシェイクし始めたのである。

 「貴方! いっしょにいた男はどこ? あの松田って疫病神と可愛い女の子二人はどこに行ったのよおおおおお!」

 「そそそそそんんんんななななな、やめやめやめてえええええ!」

 シェイクされすぎて一時的に貧血状態に陥ったアランはたまらず失神する。

 リノアが口元からよだれを垂らして白目を剥いたアランに気づくまでに、なお一分ほどの時間を必要とした。

 「ぜえ、はあ、ぜええ、はああ」

 「わ、悪かったわね。すぐに答えない貴方も悪いのよ?」

 「どこに答える余裕があったというんですかっ!」

 「な、何よ! それが命の恩人に対する言葉なのっ?」

 「…………そういえば私はどうして助かったんですかね?」

 「私が家宝にも等しい貴重な秘薬を使ったからよ!」

 この女何を考えているのだろう?

 助けてもらっておいてなんだが、アランはリノアの正気を疑った。

 ほとんど瀕死であったアランをここまで回復させるということは、豊富な資金力を持つアランですらなかなか手に入らぬ貴重品であろう。

 まず間違いなくリノアが一生懸けても手に入らない逸品であることは確実である。

 それを見ず知らずの行き倒れに使う?

 ある意味自分の正義に忠実に生きているリノアだからこそできる所業であった。

 往々にして明後日の方向に努力が空回りする女だが、そのおかげでこうして生きていられるのだから自分の運も捨てたものではない、とアランは密かにほくそ笑んだ。

 「それはまことにありがとうございます。この御恩は必ずお返しいたしますので」

 「期待しておくわ。うちの先代が偶然手に入れた貴重品らしいから、安いもんじゃないわよ」

 「もちろん、十分承知しております」

 本当の金額を言ったらこの女はどう思うだろう? もしかしたら大きな屋敷が買えたかもしれないといえば。

 「――――そんなことより!」

 リノアはいともあっさり秘薬の値段交渉を打ち切り、ずい、とアランに詰め寄った。

 「あのまつだはどこへ行ったの?」

 明らかに狂気を孕んだ瞳にアランは冷や汗をかきつつ答えた。

 「そ、それが聞いてください! あの男は私を脅し、無理やり同行させたあげく人目のない山深く来た途端攻撃してきたのですよ!」

 「なんですって?」

 「見てください。この惨状を! 私以外一人も残さず全滅です。あの男は真実を知る目撃者を一人も生かして帰すつもりはなかったのです」

 いろいろと穴のあるアランの言葉をリノアはあっさりと信じた。

 何より現実離れした、大地も人も木々も、何もかも焼け焦げた荒野の光景がリノアにそれを信じさせたのである。

 アランもまた、改めて自分が生き延びたのが奇蹟であることを再認識して背中に冷たい汗をかいた。

 「やっぱり……私の目に狂いはなかったわ!」

 きっとステラとディアナもなんらかの事情で脅迫、あるいは洗脳されているのだろう。

 あれほどこっぴどくステラに嬲られたにも関わらず、リノアは相変わらずステラの本意で戦ったわけではないと考えていた。

 自分の都合でものを考えるのも、ここまで来るといっそ立派である。

 「貴方もそう言ってくれれば私が騎士の地位を失うこともなかったのに!」

 「無理を言わないでください。これほどの殲滅魔法を使う男ですよ? 私には逆らうことなどできなかったのです」

 「結局やられてりゃ世話ないじゃない!」

 「ま、まあ結果を見ればその通りなのですが…………」

 実も蓋もない言われようであるがアランとしても否定できない。

 まさかステラを誘拐するために松田を暗殺しようとして返り討ちにあったなど言えるわけもないのである。

 「あいつを放っておいたら、どれだけ犠牲が出るかわかったもんじゃないわ。早く捕まえて抹殺しないと」

 「とてもではありませんが個人の手には余ります。ご領主様の軍勢でもなければ……」

 ディアナの魔法だけでもあの威力である。果たして地方の小領主程度で相手になるかは甚だ疑問であった。

 率直にいえば国軍が数千の兵を動員してようやく勝負になるだろうとアランは考えている。

 手下を全滅させられたとはいえ、絶対に正面から敵には回したくない相手だ。

 だからといって松田に対する恨みがなくなるわけではない。

 復讐するなら搦手から。まず手始めには目の前の地雷女からである。

 「リノア様、助けていただいたお礼にこれを」

 そう言ってアランは懐から宝石をひとつ取り出した。

 「宝石? あまり質のいいものではないようだけど」

 「これは商人が為替代わりに使う魔宝石でして、街の両替商に持ち込めば金貨百枚と交換してくれます」

 「――――百枚!」

 軽くリノアの年収を超える金額であった。

 「私の命の対価としては安いものですが、今は持ち合わせがそれしかありませんで」

 「ありがとう。大事に使わせてもらうわ」

 「ええ、リノア様が本懐を遂げますよう陰ながらお祈りさせていただきます」

 如才なくアランはリノアに言う。

 金貨百枚は人生を買えるほどではないが、リノアのような女性が人を雇ったり装備を整えるには十分な額だ。

 その金を有効に使って松田を追い詰めろ。言外にアランはそうけしかけているのである。

 必ずしも成功する必要はない。

 要するに割のいい嫌がらせであった。

 リノアが死んだところでアランは良心ひとつ痛まないのだから。

 それにアランの見るところ、リノアという女は自分が意図せずに最悪のタイミングで最悪の判断をする女であった。

 こういう女は一人で自滅すればよいが、なぜか決まって誰かを道連れにする。

 その道連れに松田がなってくれれば万々歳だ。

 「気前がいいわね。安心しなさい! 貴方の仇は私がとってあげるわ!」

 計画性は皆無でも、路銀については心細く思っていたリノアは愁眉を開いた思いであった。

 「時間が惜しいでしょう。私はまだ本調子ではありませんので後からゆっくり参ります。リノア様は先をお急ぎください」

 「そんなわけにはいかないわ。山賊が出てきたらおしまいよ?」

 「このあたりはもう山賊の勢力圏ではありません。もう少し歩けば山人の領域を出ますから心配はいりませんよ」

 自信満々で答えるアランに、リノアもすぐに納得したようであった。

 なんといってもアランはこの山脈越えの専門家であり、リノアは素人である。それに今はこれほどの殺戮をやらかした松田のほうが気にかかる。

 「……気をつけなさい。無理するんじゃないわよ」

 「ええ、わかっています」

 意気揚々と松田を追うリノアの姿が遠ざかり、視界から消えるとアランは大きくため息を吐いて呟いた。

 「やれやれ、ようやく疫病神が離れてくれたか」

 リノアが傍にいる間は、あの地雷女がどんな斜め上の反応をするか気が気ではなかった。

 これでようやく次の仕事に移ることができる。


 「さて、このまま指をくわえて見逃すにはちょっと人狼は惜しすぎるな」


 嫌がらせのついでに隙を窺うくらいはやっておくべきだろう。

 商人として名が売れてきたアランにとって、次に狙うのはステイタス、大貴族や王族とのパイプである。

 人狼という存在はそのパイプを保障するものであった。

 アランは懐から魔法を封じこめた宝石を取り出すと、それを口元に近づけて呟いた。

 「腕の立つやつを五人ほどよこしてくれ。当座の軍資金もな」

 すると宝石の向こうから呆れたような声で返事がある。

 「やれやれ、山人の領域を通過するのは骨なんですがね」

 「山人なら痛い目にあわせてやったから、簡単には出てこないさ」

 「わかりました。それにしてもあの連中パリスたちを雇ってから、こんな連絡を受けるのは随分と久しぶりで」

 アランは皮肉気に低い声でくつくつと嗤う。

 「――――仕方あるまい。万が一にも商人アランが実は山賊の親玉だと知られるわけにはいかないのだから」


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