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アラフォー社畜のゴーレムマスター  作者: 高見 梁川
第三章
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第七十四話 デファイアント山脈を越えてその3

 獣が飛びかかる前のような前傾姿勢から、ステラは新たに現れた山人の群れへと飛んだ。

 「ぐふぉ?」

 そのあまりの速さに、何が起こったのかわからぬままに山人の首が飛ぶ。

 もともとステラの速さは素人には反応すらできないほどだった。が、今や長年の実戦に鍛えられた玄人でも反応できない。

 (――――これほどか!)

 思わずパリスが唸ってしまうほど、ステラの動きは速すぎた。

 それはもはや山人の兵士とはいえ、一般兵に敵うようなものではなかった。

 「わふわふわふわふ!」

 解放された力を楽しむように、縦横無尽にステラは飛び回る。

 松田もかろうじて、ステラが着地した瞬間を確認できる程度で、空中を紫電の速さで飛び回るステラを全く捉えることができない。

 あっという間に十人近い輩を殺され、山人の集団は恐慌状態に陥った。

 無理もない。彼らが王国正規軍であったとしても、今のステラはまともに戦闘することさえできないであろう。

 「わおおおおおおおおん!」

 山人のリーダーの雄たけびを合図に、山人たちは負傷者を収容しまるで溶けるように森の中へと消えた。

 それでも数十を超える無残な遺体が残された。

 「――――ほう! ほう! ほう!」

 山人のリーダーが何かステラに向かって言っている。

 意味はわからないが、おそらくは覚えていろ、とか定番の台詞を吐いているに違いない。

 それにしてもパリスは最後まで本気は出さないつもりか。

 倒そうと思えば倒せたであろうに、そのままパリスとナルガクは山人のリーダーが逃げるのを無理に追おうとはしなかった。


 「――――被害は?」

 剣を鞘に納めたパリスは油断なく周囲を探りながらロビンに尋ねた。

 「傷ひとつない。エルフの旦那がいてくれて助かったぜ」

 ロビンの言葉に相変わらず座ったままだったケテルがうんうん、と無言で頷く。

 それは嘘偽らざるロビンの本音であった。

 ケテルが早々に使い物にならなくなったこともあって、商隊の守備を一手に引き受けていたロビンの負担を軽減してくれたのは間違いなく松田のゴーレムであった。

 この巨体を生かした防御力があればこそ、商隊は被害を被らずに済んだのである。

 もちろん敵をなぎ倒したステラの活躍も特筆に値するのは言うまでもない。

 少数精鋭で腕には絶対の自信のあった護衛隊としては、まさに面目丸つぶれというところであった。

 「さすがはアラン様は人を見る目がある、ということかな」

 太々しく渋い笑みを浮かべて、パリスは親し気に松田の肩を叩いた。

 「おかげで助かったよ。この規模の襲撃はうちも初めての経験だったんでね」

 よく言うよ、この狸が、とは言わずに松田は肩を竦めて苦笑するに留めた。

 「ご主人様! ステラ頑張ったです! わふ」

 高速戦闘のため返り血から免れたのか、ほとんど衣服を汚さぬままのステラが松田の腰に抱き着いた。

 「すごかったぞステラ。よく頑張ったな」

 「ご主人様のためならお任せなのです! わふぅぅ」

 頭を撫でられるとご満悦の表情で、ステラは目を閉じて松田の腰に額を擦りつけた。

 「嬢ちゃんも見直したぜ。あの地雷リノアと戦ったときから、かなりできると思ってはいたが…………」

 あの戦闘力とスキルはパリスの想像を超えていた。

 それも無理はない。

 パリスの想像が正しければあのスキルは――――


 「素晴らしい! 実に見事だね!」

 アランは松田の力量を手放しで褒めたたえた。

 「これで今回は商品の損耗を考えなくて済みそうだよ」

 「いつもはどのくらいの損害が出るんですか?」

 「一概には言えないが、今日ほどの戦闘を考えるなら二割程度は覚悟しなくてはならないだろうね」

 全滅ではなく二割、ね。

 おそらくは被害を極限できて思わず本音が零れたのだろう。

 パリスが実力を隠したままだと、松田がいない場合全滅していてもおかしくはなかった。

 逆にいえば、パリスが本気を出しても二割の損害を覚悟しなければならないほどの強敵であったということか。

 いや、それすらもミスディレクションで、パリスの実力を低く見させるつもりなのかもしれないな。

 あえて隙を見せて相手の油断を誘うのは、営業の常とう手段だ。

 「今上司に許可を取りますので」と目の前で上司に電話をかけ、必死に嘆願する小芝居や、客の目の前で電話をかけさせ忙しいから、と依頼を断る小芝居を松田を日常的に見てきた。

 見積もりでも一段底ではなく、二段底、三段底にしておくのは当たり前であり、それが当たり前でないならもはや社畜ではない。

 (――て、いかん。また昔の癖が)

 アランが信頼できるかどうかは別として、常に相手の裏を読む癖はあまり褒められたものではないな、と松田は苦笑した。

 「できればこのままずっとうちの商隊の護衛をお願いしたものだね」

 「残念ながら師匠の約束があるのでね」

 「そうかい? でも師匠の約束が果たされたらいつでも声をかけておくれ」

 「機会があればそうさせてもらうよ」

 その機会は永久にないだろうが、そう答えておくのは礼儀のようなものだ。行けたら行くよと言われて来たためしがないのといっしょである。

 「まあ、お前らなら探索者としてすぐに金級にあがれるだろうけどな」

 パリスは松田とステラを本心からそう評価していた。

 これほどの探索者は自分が現役であったころもそう出会った覚えはない。下手をすると同僚の金級よりも手ごわいかもしれなかった。

 「ではとっとと山人の縄張りを抜けてしまいましょう。ここさえ抜けてしまえばしばらく危険はないはずです」

 アランに促されて、一行は慌ただしく山人の縄張りを駆け抜けていった。

 幸いなことにその後の山人からの襲撃はなかった。


 「本日の勇者に乾杯!」

 「い、いいんですか? まだ奴らの襲撃があるんじゃ?」

 見晴らしのよい山頂からやや下った窪地で、野営の準備を始めた商隊はささやかながら宴席を用意した。

 山人の撃退にアランが奮発してくれたということらしい。

 とはいえまだ山越えの途中での宴席というのはやりすぎではないか?

 松田の困惑をよそにナルガクはすでにひと際大きなマイカップで豪快にエールを喉に流し込んでいる。

 「こらっ! ナルガク! みんなの準備ができるまで待ちなさい!」

 「へっへっ! 不寝番にならずに済んでこんなにめでてえことはねえ…………」

 ケテルの叱責もどこ吹く風、ナルガクは早くも二杯目を注ぎ始める。

 「こりゃいかん! ナルガクに飲み干される前に我々も飲むぞ! 不寝番の者には悪いがつかの間の祝いだ!」

 「おおおおおおおおおおっ!」

 護衛隊は三人が不寝番として、残り五人は宴席に参加するようであった。

 そのほかにも商隊の御者や手代など、非戦闘員数十人が明るい笑顔を浮かべてはしゃいでいる、

 彼らもあれほどの数の山人の襲撃には肝を冷やしていたのだ。

 戦いに敗れたときの非戦闘員は悲惨である。街と違ってこの山中で一度捕まればまず救出は期待できない。

 アランは決して無情な雇い主ではないが、捕まった使用人のために救出隊を編成するほどおひとよしではないのである。

 また重傷を負った場合、商隊に治癒魔法を使える者がいないと、山を下りるまで治療を受けられないことになる。

 即死するだけでなく、重傷を負っても、捕虜となっても、死とほとんど変わらないという過酷な現実を彼らはよく承知していた。

 だからこそこうして誰一人欠けることなく危機を免れたことがうれしいのだ。

 「乾杯!」

 「乾杯!」

 「乾杯!」

 そこかしこで木製のカップをぶつけ合う鈍い音が響いた。

 「さあ本日の勇者ヒーローもぐっと行こうか!」

 パリスは陽気に笑うとその野太い腕でがっしりと松田の肩を抱いた。

 手の中には松田の分のエールが握られている。

 背後にケテルとロビンの気配を感じた松田は、これがすでに予定されていた罠であることを察した。

 ――――すなわち、出る杭は打たれる飲み会Ver!

 たまたまゴルフコンペでホールインワンを出したとき、杯を断ることのできないおえらいさんから次々と嫌がらせのように飲まされたことを松田は覚えていた。

 活躍した人間にお祝いといいつつ、潰れるまで飲ませるアルコールハラスメント!

 場の空気を読む日本人にこの罠を突破する術はない。

 しかし社畜人生数十年に及ぶ数々の理不尽を耐え抜いてきた松田に隙はなかった。

 「いただきますっ!」

 味わおうとしてはいけない。喉に流し込むようにして一気にエールを呷る。あとは意図的にテンションをあげて酔っているフリをするのである。

 基本的にコミュニケーションが取れなくなるほど酔った人間に酒を勧める人間はいない。

 あとはいかに無理なくそれを演じられる状態に自分を持っていくかということだ。

 次から次に差し出されるカップを飲み干し、のどを焼くアルコールの感覚がゆっくりと心地よく酔いを広げるのを自覚する。

 ここで気を抜くと、酔うのを演じる余裕がなくなるので要注意だ。

 あくまでも場を乱さぬ制御された醜態だからこそ、社畜の醜態は笑って許されるのである。

 本気で記憶がなくなるほど飲んで暴れる奴に社畜は務まらない。

 (――――俺ってやつぁ、いったいどこまで……)

 魂にまでこびりついた社畜の残滓に思わず心で涙する松田であった。



 したたか酔った松田は二十以上の杯を飲み干したところで呂律が怪しくなり、ほどなくして眠りに落ちた。

 果実酒を与えられていたステラはそれよりも早くすやすやと眠っている。

 宴席の主役である二人が寝込むと、三々五々宴は終了し各々もまた眠りについた。

 ただ一人ディアナだけは一滴も酒を飲んでいなかったが、松田とともにテントに入るとすぐに寝息を立て始めた。

 戦いの疲れもあっただろう。たちまち商隊の面々は野営とは思えぬほどに深い深い眠りに落ちていった。


 「――――あれほど飲ませて起きるとは思えんが……」

 「念には念を、ですよ。貴方もあの力を見たでしょう?」

 「ああ、ありゃ正直まともに戦うのは骨だぜ」

 それでもパリスは骨だとは言っても勝てないとは言わなかった。

 その静かな自負をアランはたのもしく思う。パリスの実力と本性を知るからこそ、アランは彼を部下にしたのだ。

 「……それにしてもあの娘が人狼ってのは本当なのかよ?」

 「以前ちょいと戦ったことがあってな。仲間を見殺しにして逃げるしかなかった。俺がだぜ?」

 「そりゃどんな化け物だよ……」

 「ま、あの娘はそいつの足元にも及ばんがな」

 そう話しながらもアランとその護衛隊の人間は、慣れた手つきで魔様紋の刻まれたマスクを口に装着した。

 「無味無臭、本来なら王侯貴族を相手につかうようなとっておきなんだがな」

 「人狼を捕獲するためにはやむを得ないよ」

 アランが用意したのは睡夢の魔香、そのなかでもとびきりの逸品であった。

 要人の誘拐や暗殺のための切り札としてとっておいたもので、そんなものを持っているアラン自身も後ろ暗い闇を持っていることを窺わせた。

 「――――これで朝まで腹を切り裂かれても起きやしねえ」

 これまで何度も実際に使用してきたパリスにはその確信があった。

 強力無比にして無味無臭の魔香は、どれほど強い剣士も魔法士も抵抗することができない。それこそ伝説級レジェンドの探索者ですら。

 ましてあれほど泥酔していた松田が抵抗できる可能性は限りなく低かった。

 ステラにいたっては最初から問題にもされていない。

 「悪く思うなよ? 人狼なんてお宝を連れてるお前が悪い」

 それでもパリスは油断なくテントの中を窺う。

 思った通り、松田もステラもぐっすりと夢の中でみじろぎ一つしなかった。が――――


 「残念でしたね。生憎私はお父様と違って呼吸も食事も必要としない者。酒も毒も私には効きません」


 ただひとつの誤算はディアナが意地の悪そうな笑みを浮かべてこちらを見つめていたということであった。


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