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アラフォー社畜のゴーレムマスター  作者: 高見 梁川
第三章
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第六十八話 やはり銃殺するべきなのか

 「やれやれ、とんだ女に引っかかったもんだ」

 「あのまま山賊に攫わせておいたほうが良かったでしょうか」

 「…………あの女の人、怖いです。わふ」

 それぞれに不吉な思いを抱いて、三人はランカスターの門をくぐった。

 デファイアント大山脈への出発点と言われるだけあって、ランカスターの街は予想以上に活気にあふれていた。

 飛び交う複数の言語、荷物を満載して行きかう人馬。誰もがどこか忙しそうに殺気立っている雰囲気は、マクンバの街にはなかったものである。

 危険は伴うが、利益も大きな山脈越えの販路をもつ商人たちは、どれも一筋縄ではいかない者ばかりであった。

 そのほとんどは傭兵を雇うか、自前で武装した者ばかりであり、そんな人間が多数存在するランカスターの街がいささか殺伐としているのは当然のことであった。


 「おおっ? ずいぶん可愛い連れてるじゃねえか!」

 ステラとディアナに目をつけたらしい中年の男が、馴れ馴れしく松田の肩を抱いた。

 長い赤毛を無造作に後ろで束ねた三十代後半ほどの男で、妙に警戒心を鈍らせる人好きのしそうな男であった。

 が、男に抱かれて喜ぶ趣味のない松田は、たちまち鳥肌を立てて、振りほどくようにして男から距離を取った。

 「な、何をする?」

 「ノリが悪いなあ。商談だよ、商談。あんた奴隷を売りに来たんだろう?」

 「なんでやねん」

 自分のどこをどう見たら奴隷商人に見えるのか、思わずペタペタと顔をまさぐってしまう松田であった。

 もしかしたら幼気な少女を食い物にする悪者に見えるのだろうか?

 だとしたら嫌すぎる。

 「違うのか? でもそれならどうしてエルフが人間の幼女を連れてこんなところにいる?」

 「ああ、それには深い理由わけがあってだな……」

 なるほど言われてみれば自分がエルフなのを忘れていた。

 松田がエルフである以上、ステラやディアナと血縁であることはほぼありえない。

 そんな松田が危険な大山脈を前にした宿場町に幼女を連れているのだ。奴隷商人に間違われるのも不思議ではなかった。

 「実は師匠の命令でスキャパフロー王国へ行かなければならないんだ。彼女たちはこれでも銀級探索者だよ」

 正確には銀級探索者なのはステラだけであるが、実力的にディアナがそれに劣るわけではない。

 「ほえええっ! 驚いた! 人は見かけによらないもんだな!」

 目を丸くして男はステラとディアナをまじまじと見つめた。

 見るものが見ればディアナの隠しても隠しきれない秘められた魔力や、ステラの動物的な狩猟能力を察することもできたであろう。

 しかし素人にそれを察しろというのは無理がある。

 一見したところでは、松田は二十代(といってもエルフの外見年齢はあてにはならないが)そこそこの美青年であり、ステラとディアナは見目麗しい十いくつの美少女であるからだ。

 エルフの奴隷商人というのも聞かぬ話だが、そのほうがよほど納得できるというものであった。

 「こんなちっこい娘が銀級探索者ねえ……」

 無遠慮な男の視線にディアナは不機嫌そうに頬を膨らませた。

 「あまり女性を眺めるのは紳士のふるまいではありませんよ?」

 「こりゃ失礼した」

 自分が紳士などという人種からはほど遠いことは自覚していたので、悪びれなく男は笑ってディアナから視線を逸らした。

 「大変興味深いものを見せてもらった。俺の名はアラン・ヴァランタイン、奴隷から化粧品まで金持ちの嗜好品ならなんでも取りそろえるのが売りの商人だ。ちょうど護衛のなり手を探していたんだが、どうだい?」

 「……いつごろ出発のご予定で?」

 「まだ仕入れに二日はかかるかな? その気があればこの先のホテルタイランドまで訪ねてくれればわかるようにしておくぜ?」

 「ありがとうございます。では少々考えさせてください」

 「そうか、楽しみにしてるぜ?」

 ニヤリとやり手の商人らしい太い笑みを浮かべ、アランは軽く手を振ると現れた時と同じように人混みへと消えていった。


 「――――よろしいのですか?」

 ディアナは松田があの怪しい男の誘いを断らなかったことに若干の驚きを覚えていた。

 いつもの松田ならば、口調は柔らかくとも絶対に断っている相手であった。

 「まあ、胡散臭い奴であることは否定しないけどね」

 平然と少女の奴隷を買おうとする男である。しかもディアナとステラを商品扱いしたのだ。到底許せるものではない。

 だが松田の第六感は、ここであの男と敵対するのは得策ではないと告げていた。

 ――――おそらくはアランは相当やり手の商人であり、その能力に相応しい資金と権力を持っていると考えるべきであろう。

 一般人と同じような格好をしていても、金持ちと一般人には歴然とした格差が存在することを、松田は経験的に知っている。

 松田の見るところ、その差は例えばスーツではなく、ハンカチやベルト、靴下や装飾品に現れることが多い。

 中流以上のサラリーマンともなれば、スーツや靴にはそれなりに気を遣うものだ。

 特に役職者でお偉いさんと接触する機会を持つ営業職などは、相応に着るものにも金をかけている。

 だが悲しいかな靴下はし○むらの四足千円であったり、ハンカチはデパートで売っている一枚五百円から千円のものなのだった。

 そんなところにまで潤沢な金を使えというのは、中流サラリーマンには酷というものであろう。

 松田はアランに、そんな金持ちだけが持つ余裕を感じ取ったのであった。

 「あれで悪意はないようでもあるし、俺たちには山越えのノウハウもないわけだしね」

 「なるほど、そういうことですか」

 デファイアント大山脈は、商人の交易路となるだけあって、決して人跡未踏の秘境ではないが、それなりに遭難者の出る難所でもある。

 そのうえ山賊たちが襲ってくるため、いくつかの商人が協力して集団で移動するのが一般的であった。

 松田たちの力を秘匿するのも必要であるが、ディアナやステラを連れて三人だけで山に登って大丈夫かは考える余地がある。松田はそう言っているのだった。

 「まずは腹ごしらえしようか?」

 「わふぅ! お肉! お肉がいいです!」

 「私は食べられないですから何でも構いませんが…………」

 「ゴーレムに味覚と食欲を覚えさせるというのも難題だよなあ」

 「私はこのままで何も不満はありませんよ?」

 「俺が納得できないから却下だ」

 それこそ可能な限り、松田はディアナを人間に近い存在にするつもりであった。

 松田の歪んだ欲望を埋めるためには、ただの秘宝ではない限りなく人間に近い仲間が必要なのだから。



 「ば、馬鹿にして!」

 頭の先まですっぽりと埋まった落とし穴から這い上がったリノアは、髪にまとわりついた土を不快げに払った。

 「あんな可愛い子を洗脳するなんて、鬼畜の所業だわ!」

 リノアの脳内ではディアナやステラが望んで松田に従っているという選択肢はないらしい。

 それにしてもあの男、身体ぴったりの落とし穴にはめるとはいやらしい手を使う。おかげで手を伸ばすことも折り曲げることもできなかったので脱出に時間を食ってしまった。

 リノアとしては今すぐ追いかけたいが…………。

 「う、う~~~~ん……」

 リノアを襲った山賊を放置というわけにもいかない。これならいっそ殺しておいてくれれば良かったと思うリノアであった。

 「絶対に逃がさないんだからっ!」

 可憐な少女を救うためにはいかなる犠牲も厭わない。

 この山賊どもを牢にぶちこんだら、必ずやあの怪しい男を見つけ出して見せるという決意を胸に、善意の破壊人たるリノアの暴走が始まろうとしていた。



 無能な働きものにも内向きと外向きの二種類が存在する。

 もっとも無能ぶりを発揮するのは必ずしも全方向というわけではない。

 家庭人としてはしごくまともな男性が、サラリーマンとしては最低であったりするのがそのよい例であろう。

 なぜか仕事方面でその威力を発揮するのが無能な働きものたる所以である。

 内向きの無能な働きものの最たる例は、部下や同僚の手柄を横取りする人間だ。無能ゆえに成果をあげられないが、行動力だけはある人間が生き残るためにはそれしかないともいえる。

 こうした人間が上司になると、部下にとっては悪夢というほかはない。

 九割九分まで決まった契約の最後にしゃしゃり出て挨拶だけして、俺のおかげで契約が決まった、松田は客にいいように振り回されているだけだった、と言いきった常務のドヤ顔を松田は一生忘れることはないだろう。

 ところが往々にして下手に逆らうより、手柄を献上してでも、それで上司に引き立ててもらえばよいと考えるのが社畜である。

 松田にもそんな記憶がないわけではなかった。

 もちろんそれはあくまでも少数で、大概の部下はやる気を失い結果的に会社の業績は悪化していくものだ。

 だがそれでもそれは社内で済む話でもある。

 問題が大きいのは外向きの無能な働きものである場合だ。

 また無能な働きものの傾向として、自分の非が認められないという点があげられる。

 注意を受けると逆に意固地になって指摘された問題を拡大させるのである。

 松田の会社では売上を達成するために、時給四百円で給与を払っても赤字になるような契約を三千万以上も結んできてドヤ顔をした男がいた。

 営業ノルマでどやしつけられた翌日の出来事だった。

 彼らの辞書に自重の文字はない。常識ではありえないと思っているところから、さらにニトロで歩道を走ってくるのが彼らである。

 いくらなんでもそんなことはありえない、と甘く見てはいけない。

 穴掘るの面倒くさいね~~、そうだ! 核兵器で吹き飛ばせば良くね? で放射能被害を拡散させまくったソ連と同じ、それが無能な働きものであった。

 ――――そんな恐ろしい生き物が、筋違いの怒りと方向違いの正義を胸に動き出そうとしている。


 「この街に少女誘拐犯が紛れ込んでいるわ! 関所を封鎖して臨検するのよ!」

 「はあああああああああああああああ?」


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