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アラフォー社畜のゴーレムマスター  作者: 高見 梁川
第三章
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第六十七話 善意の破壊人

 「お前が山賊を見たというのはこのあたりなの?」

 「……ええ、そこに大きな楢の木があるでしょう? その影からいきなり矢を打ってきたんですよ」

 「――――下がっていなさい」

 油断なく剣を引き抜いてリノアは気配を探った。

 行動に問題の多すぎるリノアではあるが、ただひとつ剣の腕に優れていることだけは間違いない。

 じりじりと近づきながら皮膚感覚で数名の気配があることを察知した。

 (――本当に数名だけなの? どうして逃げもしないでここに……)

 「危ないですよ?」

 「ふえ?」

 限界まで緊張していたところに、不意に後ろから声をかけられて、リノアは間の抜けた声を零した。

 緊張の解けた瞬間ほど注意力が失われるものはない。

 この大事なときに何を、と怒るまもなく、リノアは突如崩れた足元に下半身を呑みこまれた。

 「くっ……貴様っ!」

 こうなってようやくリノアも理解した。

 目撃者と思っていた男は最初から敵の仲間であったということに。

 落とし穴からなんとか抜け出ようとリノアがもがくよりも早く、隠れていた三人の山賊たちがリノアの白い首筋に剣を突きつける。

 「ざまあねえな」

 「味方殺しの能無しにはお似合いじゃねえか?」

 屈辱にワナワナと唇を震わせるリノアに、勝ち誇ったように目撃者を装っていた男が笑いかけた。

 「安心しな。あんた見た目だけはいいからな。騎士より売女のほうが似合ってるぜ?」

 「無礼な! 騎士であることを辞めるくらいなら死んでやる!」

 「ろくに領民を守りもしない騎士なんてお笑いだよ? 誰もあんたを騎士だなんて認めてないってことに気づきな」

 「何を言う! 私は身命を賭して領民の安全を守るために奉仕してきた!」

 自信満々に言い放つリノアに、男は困ったように頭を掻いた。

 「いや、ね。こんな見え見えの罠に嵌るのはあんたくらいだし、俺もあんただから安心して罠にかけたんだよ? 普通騎士に手を出すなんてリスクのあることはしないから」

 「――――どういうことだ?」

 確かに下級とはいえ貴族である騎士を誘拐、ないし殺害することにはリスクがある。

 領主にも面目というものがあり、騎士を害されて放置しておくことはお世辞にも外聞がよいとは言えないからだ。

 「あんたがいなくなっても誰も困らないからさ。むしろいなくなってほしいと思ってる。だからあんたの部下も俺が山賊の仲間であると気づいてたのに何も言わなかったのさ」

 「そんな――――!」

 嫌われているとは思っていたが、まさかそれほどまでであったとは。

 リノアの脳裏に、どこか呆れたように視線を逸らした部下の不満そうな顔が蘇った。

 彼はこうして自分が罠に落ちることを承知で見逃したというのか。いったい自分がなにをしたというのだ、とリノアは内心で叫んだ。

 「ま、迷惑かけるしか能のないあんたでも、身体で男を悦ばせることくらいはできるだろうさ」

 男のいやらしい視線が自分のたわわな果実のように膨らんだ双丘に注がれていることを感じて、リノアは思わず剣から手を放して両手で胸を覆い隠す。

 「あっ!」

 かたり、と音を立てて倒れた剣を、山賊の男が手際よく回収してしまい、リノアは最後の抵抗する手段さえ失ってしまった。

 剣の技量があるからこそリノアは騎士たりえるのであり、素手になったリノアは到底男の膂力には敵わない。

 己のよすがを失ったリノアは顔色を変えて乙女のように震えあがった。

 剣のないリノアは、もはやその辺の村娘となんら変わることがないのを本人自身が自覚していた。

 「全く、最初からそう身の程を知っておけば、俺たちの捕まることもなかったろうに」

 「いやっ!」

 ぐい、と男におとがいを持ち上げられ、臭い吐息を吐きかけられたリノアは絶望に身を浸しながら必死に男から遠ざかろうと身をよじる。

 そんな形ばかりの弱弱しい抵抗は、むしろ男の加虐心を燃え上がらせた。

 「ぐへへへへへへ」

 「いやっ! 近寄らないで!」

 自分がこんな野外で凌辱されようとしていることを悟り、リノアは狂ったように泣き叫んだ。

 しかし下半身が落とし穴に嵌り、武器もない乙女の抵抗など無いも同然。たちまちリノアの両腕は二人の男に拘束され、豊かな双丘へと男の手が伸びる。


 「――――さすがにこれは正当防衛が成立するよなあ」

 「誰だっ?」


 獣欲に我を失っていた男たちは、いつの間にか近づいていた松田たちの気配を全く察することができなかった。

 慌てて剣を引き抜こうとするも、すでにその瞬間には一陣の風と化したステラが懐に飛びこんでいる。

 「この女の敵……滅びるです。わふ」

 生々しい男と女の情交を感じさせる光景は、いささかステラには気恥ずかしいものであったらしい。

 いつもの溌剌としたステラらしからぬ赤く上気した顔で放たれた拳は、死なない程度に手加減はされていたが、欠片も容赦のないものでもあった。

 たちまち拳の連打を腹部に食らった男たちは、口々に胃の内容物を吐き出しながら転げまわって悶絶した。

 「く、くそっ! こんなところで捕まってたまるか!」

 胸を吐しゃ物塗れにしつつも、一人の男がもつれる足を懸命に動かして逃走を図る。

 「――――甘い。雷撃ライオット

 「ぐげっ!」

 全身を痺れさせた男は一言もなく気を失って仰向けに倒れた。

 あわや凌辱の危機を助けられたリノアは感謝の視線を松田に向け――――たりはしなかった。

 どうにか落とし穴を抜け出し、下半身の土を払うと開口一番リノアは松田に食ってかかったのである。

 「こんな小さい子に戦わせるなんてどうかと思います!」


 「お前は何を言ってるんだ?」

 松田が眉を顰めて唸るように言ってしまったのも無理はない。

 明らかに男に凌辱されかけている美女を助けたら、逆に詰問されたのだ。

 別にリノアの美貌に下心があったわけではないが、一言礼を言うのが筋というものだろう。

 そんな松田を軽蔑するようにリノアは太い鼻息を漏らした。

 「大丈夫? 貴女みたいに可愛い女の子が……嫌なら嫌とはっきり断ってやりなさい! 私は貴女の味方よ?」

 「わふぅ……この人、怖いです」

 言葉が通じない美女に迫られて、ステラは恐る恐る松田の背中に隠れた。敵対してくる人間には容赦はしないが、善意を振り撒く意味不明の人間というのは、ステラにとっても初めての経験であった。

 「私たちは自分自身の意思でマスターにお仕えしています。貴女にとやかく言われる筋合いはありません」

 「まさか……美少女の使用人を戦わせているというの? なんて非道いことを……!」

 何か途轍もない衝撃を受けたように顔色を青ざめさせるリノアに、松田は閃くものを覚えた。

 かつて社畜であった時代に、この手の人間を何度も見てきた覚えがあったからである。

 すなわち善意の破壊人ナチュラルクラッシャーだ。


 ワイマール共和国軍で上級大将を務めたハンス・フォン・ゼークトという人物がいる。

 彼は軍事組織における人物評価を次の四タイプに分類した。

 有能な怠け者は指揮官にすればよい。怠け者ゆえに的確に仕事を振り分けるであろう。

 有能な働き者は参謀にすればよい。働き者ゆえ何事も自分でやらねば気が済まぬからである。

 無能は怠け者は兵士にすればよい。生き延びるために必死で戦うだろう。

 無能は働き者は勝手に判断を誤って事態を悪化させるから銃殺せよ。

 というものである。

 ところが日本の社畜風土というものは、往々にして無能な働き者を保護し、周囲の迷惑を増大させる傾向にある。

 頑張るということが美徳とされる文化があるからだ。

 その結果、全くの善意ではあるのだが、勤務中に取引先の仕事を手伝い逆に責任問題を押しつけられたり、二時間近くも早く出勤してサービスで清掃や雑務を引き受けるので、後任がひどく怠け者に見られてしまう場合がある。

 彼らは自分の行為が、結果的にどんな問題を引き起こすかということを決して疑わない。

 なぜなら心から善意でしているからだ。

 自分はこんなにも頑張っているという確信があるからだ。

 しかしその結果、負担を押しつけられるのは社内の同僚なのである。

 なにせ善意でサービスしまくりなので、一部それで利益を得ている人にはひどく受けが良いのがまた性質が悪い。

 松田はこうした同僚や部下を数多くみている。

 そうして社畜を必要とするブラック企業においては、彼らのような無能は働き者が貴重な戦力であることも熟知していた。

 この手の善意の破壊人に遭遇した場合のもっとも有効な手段はひとつであった。

 すなわち、関わり合いにならない。

 もっとも上司である場合にはそういうわけにもいかないので、さらに悪夢であるのは内緒である。

 「貴方! 今すぐ彼女たちを解放しなさい!」

 傲然と胸を張るリノアに松田は一言だけ呟いた。

 「さようなら」

 「ちょっと、待ちなさい! どこに行くうひゃああああ!」

 土魔法で開けられた数メートルほどの穴へと吸い込まれたリノアを尻目に、松田はとっとと逃げ出すことにしたのであった。


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