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アラフォー社畜のゴーレムマスター  作者: 高見 梁川
第二章
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第六十四話 旅立ち

 あまりの衝撃に石化した松田の驚きぶりに、少女ディアナは茹ったように顔を赤らめてワタワタと両手を振った。

 「これは……その、間違い、です。いや、正確には間違いではないのですが……どうやらこの娘(006)もともと娘の複製として造られたのだから当たり前なのですが、マスターに父性を求めていたようなのです」

 要するに少女の魔核を取り込んだことで、少女の潜在意識がディアナに影響を与えているということか。

 「それにしてもお父様はないだろう」

 確かに容姿から見れば、松田の精神年齢的には娘には十分かもしれない。

 しかし家庭を持った経験のない孤独な社畜であった松田に、思春期近くの娘はさすがにハードルが高すぎる。

 「ダメ……ですか? お父様」

 「ぐふっ」

 松田あえなく吐血。

 ちょうど少女とディアナの特徴が合わさって、ディアナ以上に人間らしい造形になった美少女が瞳を潤ませて見上げてくる破壊力たるや恐ろしいものである。

 女っ気のない人生を送っていた松田にそんな耐性などあるはずもない。

 「そ、それで彼女の気が済むのならしばらくの間はいいだろう」

 そう松田が了承してしまうのも無理はなかった。

 「ありがとうございます! お父様!」

 ディアナは破顔するとうれしそうに松田の右腕にすがりついた。

 なんだか見ず知らずの女の子に抱き着かれているようで、不覚にもどぎまぎしてしまう松田であった。

 「――――ディアナなのですか? わふ」

 くんくんと鼻をひくつかせてステラは戸惑っていた。

 魔核が移植されたというのは、彼女にはなかなか実感のできぬものであるらしかった。

 さすがに匂いを嗅いだところで、少女の体臭がディアナと同じはずもない。


 そんな三人をよそにハーレプストは笑う。

 「――――さて、いろいろと話しを聞く必要がありそうだね」

 目だけは一切笑っていない笑顔で、ハーレプストは松田の肩に有無を言わせず手を置いた。

 「ですよね…………」


 このときになって初めて、松田は念話ではなく素でディアナと会話していたことに気づいたのである。

 これはやらかしてしまった、と松田のこめかみを汗が伝った。


 結局松田は洗いざらいハーレプストに告白することにした。

 自分のスキル、そして偶然迷宮で手に入れた絢爛たる七つの秘宝、歴史に名を遺すライドッグの秘宝のことを。

 ハーレプストは心底驚愕したといっていい。

 人形のディアナは、薄々松田が操っているものではないとは思っていた。

 しかしさすがに伝説の大魔法士ライドッグの秘宝がその正体であった、などいったい誰が考えるだろう。

 しかもそれが知性ある秘宝であるなど、ハーレプストの想像の埒外にあるものであった。

 ライドッグの常軌を逸した発想と技術には驚嘆を禁じ得ない。どうやって秘宝に人格を付与したのか想像もつかないが、人造生命を造るよりは確かに現実的に思われた。

 だがそれ以上に驚くべきは、松田の魔力とスキルである。

 なんといっても絢爛たる七つの秘宝といえば、大陸上の国家が総力をあげても解析一つできなかった代物であるはずであった。

 なかにはこの秘宝のせいで深刻な損害を受けた国家もあり、ところによっては絢爛たる七つの秘宝は悪魔の呪具であるとも言われている。

 いかに持ち主であるライドッグが既に存在しないといっても、それを平気で使いこなす松田が信じられなかった。

 秘宝とは松田が考える以上に危険なものなのである。

 最初ハーレプストが少女の身体に触れるのを躊躇したように、伝説級の秘宝は往々にして主人でないものが手を触れることに抵抗することが多い。

 松田のスキルはその障害をほぼ無力化するものであった。

 もしも絢爛たる七つの秘宝が発見されたならば、松田はそのすべてを使用することができるかもしれなかった。

 語り継がれる秘宝の恐ろしさの半分でも真実であるならば、松田はこの大陸の覇者になることすらできるかもしれないのだ。

 「――――この国から離れたほうがいいな」

 ハーレプストの決断は非情であった。

 だがいくら考えてもそうならざるをえない。

 松田の力は危険すぎる。まず間違いなく、このままでは松田は殺されるか戦力として飼い殺しにされるかのどちらかであろう。

 「やっぱりそうなりますか」

 ハーレプストに話したときから覚悟はしていた。

 自分の力を秘匿するために秘かに迷宮へ赴いたまではよかったが、予想以上に魔物が手ごわかったこと、そして最後に松田が殺人蜂を一掃したのが決定打である。

 全く少女を助けようとして柄にもないことをするからこんなことになる、と松田は自分の迂闊さを呪うしかない。

 だが同時に、せっかくこの世界で思うがままに生きようとしているのに、少女を見捨てるような自分で良いのか、という思いもある。

 事実松田はそれほど自分の行動を後悔していないのであった。

 「まず間違いなく褒美のついでに囲いこまれるだろうからね。もしかしたら騎士爵とか与えられて、いきなり戦場って可能性もある」

 「もしかして戦争でも――――?」

 「ここ数年、国境がどうもキナ臭くてね」

 王宮でも若い世代を中心に戦争を望む貴族が増えていることをハーレプストは知っていた。

 彼らは父の世代に発生した戦争で、功績をあげたものが爵位や土地を加増されたのをうらやましく思っていたのである。

 対外戦争でもないかぎり、彼らに大きな功績を立てる機会はないからだ。

 特に老人たちのポストを順番待ちしている、中堅貴族ほどその傾向は強かった。

 そしていつの世も、こうした中間層が実際に国の動きに影響を与えるものなのであった。

 王国は着々と戦争の準備を整え始めており、あとは口実を待つだけとなっている。下手をすれば松田という存在はその引き金になるかもしれなかった。

 「英雄に祭り上げて――というわけですか」

 「あくまでも可能性だが……事実になってからでは間に合わないからね」

 もちろん王国が松田に手を出さないという可能性もある。

 どこの馬の骨とも知れぬ、しかもエルフを出世させるなどもってのほか、と言うものもいるだろう。

 だが王国が松田を利用するつもりで懐にいれてからでは遅い。

 逃げるなら今しかなかった。

 「――――僕の紹介状を持ってスキャパフロー王国へ行くといい」

 「スキャパフロー王国?」

 「僕たちドワーフの元老評議会のある王国で、国王もドワーフだ。エルフには居心地は悪いかもしれないが安全は保障する」

 スキャパフロー王国はリュッツォー王国を北に向かい、デファイアント大山脈を超えたところにある大国である。

 人工の七割をドワーフが占め、大陸のドワーフの約四割が生活するという。

 工業力では文句なく世界一で、ドルロイを除く五槌はすべてこの王国で工房を運営していた。

 何よりそこは、探索者ギルドではなくスキャパフロー王国が直轄で迷宮を運営しているという数少ない例外であった。

 それはすなわち、探索者ギルドを通さずに松田が迷宮に入れるということを意味していた。

 探索者ギルドで魔力パターンを登録した松田は、他国であってもギルドに顔を出した時点で所在がバレてしまう。

 ハーレプストはそれを嫌ったのである。

 「ありがたいですけど……いいのですか?」

 「ドルロイとリンダには僕から話しておくから。心配しなくてもドワーフには恩試という伝統もあることだし」

 「恩試ってなんですか?」

 「ドワーフが弟子のひとり立ちにあたって与える試練のことさ。さしあたって僕としては、スキャパフロー王国の迷宮の攻略にしておこうかな」

 いくらマクンバの伯爵でも、領民でも国民でもないハーレプストや松田の師弟関係に口を出すことはできない。

 文句を言いつつも見逃すしかないだろう。

 下手にドワーフを敵に回せばマクンバの街は立ち行かないのだから。

 「参考までにその迷宮が攻略されたことは?」

 「過去に一度だけ国王自身によって攻略されたとは聞いているけれどね。その国王というのがライドッグと同世代のお人なのさ」

 ふと、そこで気づいたようにディアナは松田の袖口を引いた。

 「そういえば造物主様のお知り合いにドワーフの国王がいた記憶があります」

 そこでいかにもほめて欲しそうにキラキラした目で見上げるのは反則だろう、と松田は思う。

 「よしよし、その調子で思い出したことがあれば教えてくれ」

 優しく頭を撫でられて、ディアナはうれしそうに糸のように目を細めた。

 心の一番深い場所が満たされていくような幸福感。それは006がずっと求めていながら手に入れることができなかったものなのだろう。

 「イエス、マスター、コピー」

 「ん?」

 「ああっ、すいません! あの娘の口癖が出てしまって…………」

 困ったものだ。これから慣れるまでにどれほど時間がかかることか。そんな苦笑いにもどこか幸せの残り香を感じた。

 「うらやましいなあ……僕も新しい子造ろうかなあ…………まあ、それはともかく、その迷宮には語り継がれていることがあってね」

 「初代国王の幽霊が出る、とか?」

 「当たらずとも遠からず、というところかな?」

 そういってハーレプストは意味ありげにニヤリと笑った。

 「使うことも破壊することもできなかった秘宝を封印しているというんだ。どこかで聞いた話だと思わないかい?」

 「――――マスター!」

 ディアナの期待に満ちた視線を見るまでもなく、松田の心は決まっていた。


 「師匠の恩試、謹んで受けさせていただきます!」


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