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アラフォー社畜のゴーレムマスター  作者: 高見 梁川
第二章
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第六十三話 誕生

 『そんなっ!』

 ディアナが涙ぐまんばかりの悲愴な声をあげる。

 「――なんとかなりませんか?」

 松田も必死に頭を下げるが、ハーレプストは力なく首を振るばかりであった。

 「僕も万能ではないんだよ。そもそもこの娘に使われている技術は僕も初めてみる高度なもので、本来なら触れるのも躊躇うくらいなんだから」

 こと人形に関しては第一人者である自負がハーレプストにはある。

 たとえ五槌であろうと、王宮の錬金術師であろうとその事実は変わらない。

 ハーレプストに不可能なことは、ほかの錬金術師にも不可能であるということなのだ。

 『そんな…………』

 それではあまりにこの子が報われない。

 マスターに捨てられただけでなく、破壊を望むほど憎まれていたなど、どれほどの絶望的な苦しみであるか想像にあまりある。

 だからこそ彼女にはマスターとの信頼ある時間を過ごさせてやりたかった。

 「まあ、僕もそれなりに研究してきた自負がある。彼女の素体と組織については理論上ではあるけど理解できるよ。だから手を加えるのもできないというわけではない」

 「――――だったら!」

 理論上というぶっつけ本番でも、助かる可能性に賭けてみたい。

 そう言おうとした松田をハーレプストは右手の平をあげることで止めた。

 「確かに、無理を押して修復作業をすることは可能かもしれない。だが僕は人形師としては一流でも錬金術師としては二流の上といったところだ。彼女の制御術式ブラックボックスには手を触れられない」

 他人の手で悪用されぬように、秘宝には必ずといってよいほど持ち主の制御術式が刻印されている。

 多少上質なもの程度ならハーレプストでも上書きが可能であろう。

 しかし類まれな失われた技術の結晶たる、人造人間の制御術式に手を加えるなど恐ろしくてできるはずがなかった。

 大抵の場合そうした不正アクセスに対する対応措置は死だ。

 さすがのハーレプストもそこまで分の悪い賭けに命をベッドする気はない。

 『主様、主様なら制御術式は無効化できます!』

 (どういうことだ?)

 『主様のスキル、秘宝アーティファクト支配コントロールは直接他人の支配下にある秘宝を奪うことはできませんが、主を失った無主の秘宝なら制御することができます! そうすればハーレプスト様がどうなさろうと報復はありません!』

 あの迷宮のなかで、少女はマスターゴルディアスの死を認識した。

 現在まだ彼女には過去の命令が生きているが、それはマスター権限による絶対命令ではなく、通常業務命令にすぎない。

 松田が彼女のマスター権限に介入できるならば最悪の事態は回避できるはずであった。

 「――――ハーレプスト師匠」

 「いやだな。嫌な予感がひしひしとするよ。もしかしてなんとかなっちゃう?」

 「実は私、秘宝支配というスキルをもっておりまして……」

 「そのうち刺されるから気をつけなよ? 君」

 ハーレプストだから呆れる程度で済ましてくれている。

 それがわかってホッと松田は胸を撫でおろした。

 信じてはいたが、松田自身これを話すには、たとえ相手がハーレプストであっても二十メートルの飛び込み台からプールに飛びこむ程度の勇気は必要であった。

 全くの他人であれば決して話すことはなかったであろう。それがたとえ少女を助けるために必要であったとしても、だ。

 それほどに松田のスキルは稀少で、かつ危険なものであった。

 各国の王家には、大抵の場合国王だけが使うことのできる戦略級の攻撃型秘宝が存在する。

 そんな危険な秘宝が国王以外にも、ただの市井の探索者が受け継げるなどということが知れれば、たちまち暗殺の手が伸ばされるに決まっていた。

 「つまり制御術式は心配しなくてもいい、と?」

 「はい…………それならどうでしょうか?」

 「――――難しい、けれど百パーセント不可能というわけでもなくなった。微力を尽くすとしようか」

 「ありがとうございます!」

 『ありがとうございます!』

 愁眉を開いたように松田とディアナは安堵のため息を漏らした。

 不思議な気分である。

 少女は迷宮で戦った敵だというのに、どうしてこんなにも心が動くのか。

 彼女の報われなさが社畜時代の自分に重なるのか、あるいはディアナと同じ知性ある秘宝に心が惹かれているからなのか。

 「安心するのはまだ早いぞ? これは僕にとっても未知への挑戦なんだから」

 ハーレプストにそう言われて、二人は気を取り直した。

 まずはスタートラインについただけ、これから先は何より運が大量に必要であると思われた。

 「それじゃ手術を始めようか。マツダ君、彼女を手術台へ運んでくれ」



 ハーレプストは改めてみる少女の完成度に目を見張った。

 人間と同じ機能を持ちながら、何十倍もの強度と性能を持つ生体組織がいったいどうやって作られたものか想像もつかない。

 少女が助かる唯一の希望は、人間と違い素体の修復は素材と魔力があれば可能であるということである。

 もし人間であれば完全に致命傷というのが彼女の現状であった。

 「――――とっておきを使うか。マツダ君、この貸しは高くつくよ?」

 彼女を救うためには素材の出し惜しみはできない。

 今の世界では目が飛び出るように貴重な素材でさえ、少女に使用された素材に比べれば劣化代替品にしかならないだろう。

 これほどの技術が二度と失われるようなことがあってはならない、とハーレプストは敢然と心に誓った。

 人工物とはいえ、少女のような生体秘宝は生命活動の停止とともに、魔力と制御を失って分解してしまう。

 ハーレプスト自身は知らないことだが、迷宮に放置してきた少女の姉、005は今頃正体の知れぬ液体に姿を朽ちさせているはずであった。

 「私にできる限りのことは」

 「いいだろう。アリアスの針を解除してくれ」

 入手のためにハーレプストが四十年をかけた秘蔵の生命の水を手に、ついに手術は始まった。


 ――――うとうととした微睡のなかで、006は温かな想いに包まれていた。

 造物主からはついに与えられなかった物。

 それがなぜ今になって感じることができるのか、疑問には思ったが冷静に考えるには006はあまりに夢見心地であった。

 マスター、私はマスターを愛してはいけないのですか?

 そのとき006はかつては感じなかった不思議な違和感を覚える。

 006がマスターに対して抱いていた報われぬ思いや、鬱屈した感情が綺麗に拭いさられているように思えたのだ。

 マスター?

 何十年も、何百年も思い続けてきたマスターの顔が、なぜかピンボケしたかのように朧気にしか思い出せない。

 いや、それよりもっと大事な人がいたような…………



 「縫合完了――くそっ! 生命の水が足りん! 誰だこんな損傷させた奴は!」

 「す、すいません……」

 「魔力供給を絶やすなよ? それも長くは保たないだろうが、やらないよりはましだ」

 思った以上に深い損傷にハーレプストの表情に焦りの色が広がっていた。

 現状、外科手術と生命の水による素材代替だけが少女を治療する唯一の手段である。

 だが思っていた以上に少女の傷は深く、さらに致命的に治りが悪い。

 まるで少女自身が治ることを拒絶しているかのようであった。

 「手持ちはこれだけなんだ……頼むぜ」



 夢のなかで誰かが難しいことを言っていた気がする。

 006は次第に自分という自我が希薄になっていくのを察した。

 いよいよ消滅の時が来たらしい。

 むしろ今まで消滅していなかったのが不思議なくらいであった。あのときのディアナの攻撃はそれほど容赦なく強力なものであったからだ。

 (――――あの女)

 チクリ、と006の心に鋭い痛みが走った。

 間違いない。あの女は自分と同じ。

 あの目は――忠誠を誓う主人に捨てられた絶望を知る目だった。

 にもかかわらず、あの女は新たな主人を手に入れ、その庇護を手に入れている。

 どうしてあの女だけが。

 どうしてあの女だけが。

 どうしてあの女だけが。

 自分だってマスターに愛されたい。マスターに必要とされてマスターのためだけにこの力を使いたい。

 マスターマスターマスターマスターマスターマスターマスターマスターマスターマスターマスターマスター…………。

 あのディアナだけがマスターのぬくもりに包まれているなんて許されない。

 ふと、006の脳裏に松田の顔が思い浮かんで…………




 「…………だめだ」

 力なくハーレプストは瞳を閉じて項垂れた。

 『そんな! どうして!』

 「いったい何が問題なんですか?」

 「…………肝心要の魔核に生命の水が効かない。生命の水でも駄目だなんて……どれだけすごい素材を使ってるんだ?」

 人造人間の心臓であり、脳であり、中枢神経でもある魔核。

 少女の魔核は造物主であるゴルディアスが造り出した最高傑作の宝珠である。

 並みの賢者の石など相手にもならない。

 「くそっ! もう時間がない! 魔核さえなんとかできれば……」

 だがどう考えても、生命の水すら受け付けぬ魔核を補修する手段をハーレプストは思いつくことができなかった。


 『――――私が彼女の魔核を吸収します!』

 少女に残された時間はもうわずかであり、今さら新たな素材を探す時間も代替手段を考える余裕もない。

 残された手段はひとつ。せめてディアナが少女を吸収し、その思念の一部なりとも残すことだけだった。

 (できるのか、そんなこと?)

 『私の魔核はこの子より数段格上です! もうこれしか!』

 もちろん危険がないというわけではない。少女ほどの強力な魔核を吸収して、自分にどんな影響がでるかはディアナにもわからなかった。

 だがディアナには少女より格上であるという自負があり、少女を見捨ててはいけないという自分にも制御のできない使命感があった。

 「師匠! すいません!」

 「マツダ君、何をしようというのかね?」

 少女の魔核がついに魔力反応を停止しようとしているのを、諦念の目で見つめていたハーレプストは驚いたようにのけぞった。

 「詳しく説明している時間はありません!」

 (信じるぞディアナ!)

 『お任せください!』

 「――――分離パージ!」

 終末の杖からディアナの魔核を分離すると、松田は少女の魔核に直接ディアナの魔核を押しあてた。


 血のように赤い閃光が煌めき、一瞬にしてディアナの魔核と少女の魔核は大きなひとつの魔核に統合された。

 魔核の正常な可動とともに少女の身体は自動的に修復され、最適化される。

 数分の時を経て、少女は傷ひとつない美しい肉体を取り戻した。

 それでもやはりディアナの魔核が主体となったせいだろう。美しかった金髪はあでやかな黒髪に変わり、瞳も黒曜石のような黒に変わっている。

 そして少女の目が松田を捉え――――少女ははにかむように笑った。


 「…………お父様♪」

 「はああああああああああああああああ??」


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