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アラフォー社畜のゴーレムマスター  作者: 高見 梁川
第二章
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第五十六話 ゴーレムマスター出撃

 リンダに首根っこを掴まれるようにして松田はギルド長室へ引き立てられた。

 といってもリンダの身長では松田の首根っこを掴むことはできないので、あくまでも比喩である。

 「――――何か言った?」

 「滅相もない」

 止む無く大人しくついていく松田の左右から、ディアナとステラが挟み込むようにして不安そうに抱き着いた。

 彼女たちなりに、緊迫した空気を感じ取っているのだろう。

 「また随分と懐いたわね。ヤッた?」

 「断固として抗議します! たとえリンダさんでも私をその道に引きずりこむことは許しませんよ!」

 「合法ならいいでしょ。というか何? 私の可愛い旦那ドルロイの趣味にケチをつけようっていうの?」

 「時として人には譲れないものがあるのです!」

 「――――いや、この切羽詰まったときに漫才を始めないでくれるか? お二人さん」

 十歳以上も歳をとってしまったかのように悄然として、ホルストナウマンはリンダと松田をたしなめた。

 いろいろと余裕のないのが明らかに見て取れる。

 ようやく松田も、事態の内容はわからぬが本気で洒落にならないようだということを悟った。

 「――――よく戻ってきてくれた。お前さんがこのまま迷宮から戻ってこなかったらどうしようと正直心配したぜ?」

 「こいつがそんな殊勝な玉であるもんかい!」

 「姐さんはそういうが、万が一が起こるのが迷宮ってもんじゃないか」

 ホルストナウマンにそういわれると、現役時代を思い出してさすがのリンダも言葉を詰まらせた。

 確かにどんなに強いと言われるパーティーでも、迷宮に絶対はない。

 だからこそリンダはドルロイと結婚するにあたって探索者を引退したのである。

 彼女は将来、金級を超える伝説級の探索者になることをもっとも期待されていた優秀な探索者であった。

 それでも心のどこかで死を覚悟しなくてはならない場所、それが迷宮だった。

 「状況は想像以上に悪い」

 ホルストナウマンのもとにバイエルが命がけで収集してきた情報がもたらされたのはつい先ほどである。

 パリザードの氾濫がお遊びに思えるような恐るべき軍団が迫っていた。

 何よりその編成がお互いの弱点を補いあっているのがまずい。

 火力は高いが防御力が皆無な芋虫、そして堅牢無比な彷徨鎧、さらに機動力と偵察能力を兼ね備えた双翼人。

 どこかに攻撃を集中すれば他が援護する。

 そもそもマクンバに駐留する領主軍の火力では、彷徨鎧の壁を突破できるかどうかも怪しいものだ。

 報告を聞いたホルストナウマンは絶望のあまり天を仰いだものであった。

 「マツダ君は迷宮にいて知らなかったと思うが、実は先日、旧世代の迷宮が発見され暴走が確認されている」

 「迷宮が……暴走?」

 「我々はそれを迷宮が溢れる、あるいは氾濫すると呼んでいるがね。迷宮の魔物が地上に出現して街を襲うのだよ」

 「迷宮の魔物って、外に出れるんですか…………」

 てっきり同じ階層から出れないものと思っていた。迷宮の魔力で身体を維持しているわけじゃないんだな。

 「それで、だ。現在数万を超える魔物がこのマクンバに向かって侵攻中だ。遅くとも三日後――いや、すでに二日後だな。数万の魔物が溢れかえるだろう」

 「めちゃめちゃ大事じゃないですか!」

 マクンバの迷宮内で魔物が総攻撃してきても千程度、さすがに数万という数は松田の想像を絶していた。

 「そうなのだ。領主軍だけではとてもマクンバの防衛には足りない。銅級以上の探索者にも、防衛線への参加を依頼――いや、命令しているところだ」

 「ギルドの依頼というのは基本的に任意だったのでは?」

 「基本的に、だろう? 非常事態の際には強制徴収できるのが規約に明示されているはずだ」

 「そうでしたっけ?」

 ホルストナウマンに答えながら、松田の脳内は葛藤していた。

 この先求められることに察しがついてしまっていた。

 「というわけでマツダ君、頼みがあるのだが――――」

 「お断りします」

 思わず反射的に答えてしまう松田である。

 防衛の矢面に立つなど真っ平ごめんであった。自己犠牲という言葉は松田の辞書にはない。

 これにはホルストナウマンも不快げに眉をひそめた。

 「マクンバ存亡の危機だということをわかってくれ。それに拒否するならば探索者を除名のうえ違約金を課することになるが?」

 「命には代えられませんからやむをえませんね」

 マクンバがどうなろうと知ったことではなかった。まずは自分の命と、今となってはディアナとステラの安全が第一であった。

 まさか松田が、こうもあっさりと除名処分を受け入れるとは思っていなかったホルストナウマンは慌てた。

 「ままま、待ちたまえ。この氾濫で功績をあげれば金級への昇格を約束するぞ? それに君に違約金を払えるのか? 高いぞ?」

 「私はドルロイ師匠の弟子でもありますし、鍛冶師として十分食べていけますからねえ」

 ――――しまった。マツダは鍛冶師でもあった。

 そんな初歩的なことも忘れているとは自分もかなり追い込まれているということか。

 顔色を青くして、ホルストナウマンはいったいどうやって松田を説得すればよいのか頭を抱えた。

 残念なことに探索者ギルドは軍隊ではない。

 当然その強制力はかなり緩いもので、探索者の自立性は高く罰金を科すことすら本来は難しいのである。

 その罰金すら受け入れられてしまっては、土下座するより交渉の手がなかった。

 「――――だから言ったろう? 普通の男と思うと話が通じないって」

 「リンダさん、さすがにそれは心外ですよ?」

 「マツダ、あんたには戦う理由が二つ、いや、三つある。それにギルド強制依頼は拒否は不可能だが、達成するための手段は探索者に任されている。そのことをよく考えな」

 「私が――――戦う理由ですか?」

 まあ、死なないために最低限自衛戦闘を行うのはわかるが。

 「まずひとつ……あんた私の旦那ドルロイの工房が壊されて平気かい? まあ旦那は殺しても死ぬような男じゃないが、工房を担いでは逃げられないからね。ハーレプストの工房もいっしょだよ?」

 「それは――――」

 いやだ。言われてみて初めてわかったが、不快極まる話であった。

 繰り返される修行、そして松田が苦労して造り上げた習作の数々、ようやく手慣れてきた錬金道具が工房にはある。

 ある意味それは松田の分身にも等しい存在であった。魔物ごときに蹂躙されるのは到底許容できるものではない。

 ハーレプストの技術の結晶たる人形たちも同様である。

 「二つめ。あんたの化け物みたいな能力を隠してのほほんと修行に精を出していられるのは誰のおかげだい? まさかあんた、それでギルド長に義理のひとつもないとは言わないだろうね!」

 「ぐぬぬ……それは……」

 組織の長としての義務でしょう、と流すことは松田にはできなかった。

 個人情報は私的に利用するもの、というジャイアンな上司には事欠かなったからだ。

 履歴書の扱いなどはその最たるものだ。

 特に出身校や出身地がいっしょだったりすると、このあたりの個人情報など無きに等しい上下関係ができあがる。

 社会生活における学閥の影響力は非常に大きい。

 そうした意味でいえば、なるほどホルストナウマンは珍しく信用のおける貴重な管理者であるといえた。

 「それに状況が悪化すればギルドを飛び越して領主が直接あんたを徴用するでしょうよ。どっちが自由度が高いと思う?」

 「ぐぎぎ…………ギルドでございます」

 この程度の簡単な理屈をリンダに説教されてしまう自分がひどく情けなかった。

 リンダが幼女のような体形であるだけに特に絵面が。

 生前はこれでも危機管理のエキスパートを自認していただけに、余計に情けなさが募った。

 「自分を大事にするのはいいことだけどね。売り時を逃すと不良在庫になるもんなの! 旦那ドルロイもあんたも職人はその辺がわかってないわね」

 「返す言葉もございません」

 ここでホルストナウマンを見捨てることに良心の呵責は覚えないが、結果的により窮地に立たされるようでは意味がない。

 貧乏くじを進んで引くつもりはないが、松田も戦うべき理由があれば戦うのだ。

 まあ、いざというときは何もかも見捨てて逃げ出すつもりではあるが。

 「三つ目、その氾濫した迷宮に入った探索者の情報なんだけどね。あんたらも知ってるだろう? 北極星ポラリスのメッサラってやつさ」

 「ああ、あいつ、故郷に帰ったと聞きましたが」

 主に失恋の痛手で。

 「その故郷ってやつが迷宮の近くのメノラーって村でね。因果なもんさ」

 実はこの氾濫の引き金を引いたのがそのメッサラ本人であることをリンダは知らない。

 というよりそんなことを想像できるはずがなかった。

 眠っていた迷宮を稼働させたのはメッサラではないし、攻撃で損傷した自立人形がマスターを求めて暴走するなど誰が想像できようか。

 「なるほど、引退しようと思って帰郷したら、そこにも迷宮があったわけだ」

 つくづく探索者と切れない縁があるのだろう。

 「そいつが言うには、なんでもその迷宮には人の言葉を話す人形がいるそうだよ。そう、あんたが目指す自立行動型ゴーレムってやつさ」

 「――――なんだって!」

 『なんですって!』

 松田とディアナは異口同音に叫んだ。

 絢爛たる七つの秘宝はひとつ残らず秘宝アーティファクトであり、人形ではない。

 だからこそ松田は手探りでディアナに身体を与えるために、試行錯誤を繰り返さなくてはならなかった。

 その人形の機能や外見がどういったものかはわからないが、自分の意思で会話ができるとすればその体もかなりの精度で人間を模していると思われた。

 松田にとっては――おそらくはハーレプストもであるが――喉から手が出るほど欲しい技術であった。

 「いい顔になってきたじゃないか。それで、ギルドの依頼だがどうする?」

からかうように笑うリンダに松田はしてやられた、と両手をあげて降参の意を表した。

 「――条件次第。私の条件を呑むなら、必ずやご期待に添いましょうとも」

 要するに松田としてはこの規格外の力を――正確にはスキルの内容を、秘匿できれば問題はないのだ。

 戦いに関して完全にフリーハンドをもらえるというのなら、その手段はいくらでもあるというものだった。


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