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アラフォー社畜のゴーレムマスター  作者: 高見 梁川
第二章
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第五十話  災難の始まり

 「――――驚かせやがる」

 メッサラは少女の人形にそれほどの感慨は抱かなかった。

 確かに美しいのは美しいが、メッサラの好みからいえばいささか成長が足りな過ぎたし、そもそも人形に欲情するような特殊な性癖は持ち合わせていない。

 それにハーレプストのような人形師と呼ばれる男をメッサラも知らないわけではなかった。

 美しいだけの愛玩品に、それほどの価値があるとは思えなかったのである。

 とはいえ、この迷宮の異常さを考えると少女の人形が恐ろしく高価な可能性も高かった。

 「もしかするとレアな古代の遺物かもしれんしな」

 今から数千年以上も昔、現代では理解することも再現することもできない文明が存在したことは知られていた。

 その古代文明をいささかなりとも再現したのが、かの稀代の魔法士ライドッグである。

 しかし彼もまた、その技術を弟子や子供に受け継がせることなくこの世を去った。

 高度すぎる彼の知識を吸収するだけの受け皿がなかったのだ。

 そして以来、世界はいまだ古代の叡智の足元にすら辿りつけずにいる。

 万が一この少女が古代文明の遺物であるとすれば、メッサラの報酬は莫大なものになるはずであった。

 金級探索者が持つなかでも、最高級の武具をひと揃えすることも夢ではない。

 魔法付与された高級素材を使用する武具の値段は天井知らずであり、その効果もまた桁外れであることをメッサラは知っている。

 その装備を手に入れることができれば、メッサラは探索者としてさらなる高みへ進むことができるはずだ。

 極彩色の未来を思い描いてメッサラはニンマリと口元を吊り上げた。

 「さて、どうやって運んだもんかね…………」

 さすがに全裸の美少女人形をそのまま運んでいくのはためらわれる。

 もし他人に見られたら、メッサラの人間的評価は暴落どころの騒ぎではあるまい。

 故郷にそんな汚名を残すのはメッサラも真っ平ごめんであった。

 「…………ていうか、リアルに造りすぎ。どこの幼児嗜好者だこれを造らせたのは。業が深すぎてため息がでるわ」

 ――――素材不明のチューブや魔石がなければ、メッサラも一目で少女を人形と看破できたかどうか。

 こうしてよく見れば皮膚が磁器のように滑らかすぎたり、血管がないことによる血の気の無さに気づくが、素人目には人間そのものと言ってよいだろう。

 「おっ? このシーツが使えるか? 顔も隠したほうがいいかなあ……いやだぜ、この歳でロリコン扱いされるのは……」

 自分はアイリーナのようにダイナマイトな女が好みなのだ。

 発育途上どころか、そもそも発育すらしていない蕾に興味はない。

 そうしてメッサラが少女の裸体にシーツを巻きつけようとしたときである。不意に何かが高速回転しているような甲高い音が響いた。

 「――――なんだ?」

 耳障りではあるが、ごくごく小さな駆動音。

 そしてメッサラが不審な音を発しているのが少女自身であると気づいたその瞬間、愛らしい大きな瞳がぱっちりと見開かれた。

 「……試作マリオン006の起動を確認、同調システムの劣化、および人造神経の劣化により稼働障害の恐れ五十八%……」

 「しゃ、しゃべった?」

 メッサラは驚愕して目を剥いた。明らかに意思を持った者のつぶやきであった。

 毎回同じ音声メッセージを繰り返す人形とは違う。

 伝説にすら聞いたことのない、意思を持ち自立行動する自動人形が今、目の前にいた。

 彼女が世間の知るところとなれば、どれほどの名声を得られるものか、とメッサラは興奮に鳥肌が立つのを自覚した。

 「マスター? 緊急の修理を必要と認めます。平時自立プログラムでは対応ができません。マスターによる新たな命令が必要です。マスター、マスター、マスター」

 まるで幼子が父親を捜すかのように、少女は小さな頭を動かして、自らの創造者の姿を追い求めた。

 しかしメッサラにとって、そんな少女の感慨を理解できるはずもない。なぜならメッサラは少女を人形だと認識しているからだ。

 「お前のマスターは俺だ! 俺の命令に従え!」

 迷宮内で取得した秘宝は、発見した探索者の所有物となる。

 通常ならギルドに手数料を取られるが、ここはギルドが管理する迷宮ではない。

 少女の所有権をメッサラが主張するのはごく当たり前のことであったが、それを少女がどう捉えるかはまた別の話であった。

 「遺伝子照合……一致点ゼロ……魔力パターン照合……一致点ゼロ……音声パターン照合……一致点ゼロ、不法侵入者と認識します」

 少女は怒っていた。

 目の前の男がこれほど自分が切望するマスターの名を騙ったことに。

 未成熟で単純な感情回路だからこそ、強く強く少女はマスターへの忠誠を抱き続けていた。

 メッサラはまさに少女の逆鱗に触れたのである。

 「なんだ、てめえも魔物の仲間か?」

 不穏な空気を察知したメッサラは慌てて少女から飛びのいた。

 ――――が、その決断はあまりに遅すぎ、その予測はあまりにも甘かった。

 「マスターに創造されたこの体を魔物などと…………!」

 自分の身体に対する侮辱はマスターに対する侮辱。マスターの名を騙ったばかりかマスターの御業にまでケチをつける愚か者を、もはや生かしておく必要を少女は認めなかった。

 「第一級防衛体制を発令、速やかに野蛮で愚かなこの鼠を駆除せよ」

 あのシトリを相手にした時以上の、かつてない猛烈な危機感がメッサラを襲う。

 生存の危機に関しては理性よりも本能に従うことが、往々にして必要であることをメッサラは熟知していた。

 「ちぃっ! 手ぶらでお帰りかよ!」

 口ではそういうものの、メッサラは微塵の躊躇もみせずに少女に背を向けて隠し部屋から逃げ出したのである。

 「――――逃がしません」

 静かな怒りとともに少女は立ち上がる。

 だが長い年月の間に劣化した伝達系が、ぐらりと少女をふらつかせた。

 おかげでメッサラは、少女の視界から無事消え去ることに成功した。それがなければ赤い魔力光を収斂しつつあった少女に貫かれていたことだろう。

 「守護獣を起動します。侵入者を抹殺しなさい」

 これまで迷宮内を巡回していたのは、最下級の守護虫だった。

 少女の言葉に応じて豹型と蜂型の守護獣が迷宮に解き放たれる。そして獅子型守護獣が主要地点の拠点防御任務についた。

 今やこの迷宮はマクンバの五十階層すら凌駕する凶悪なキリングフィールドと化した。

 「くそっ! くそっ! 気配隠匿が通じやがらねえ!」

 スカウトの本領はその隠密性にある。

 だがこの正体不明の迷宮ではその隠密が通用しないことにメッサラは苛立った。正確には少女の起動によって通用しなくなったのだが。

 ぶんぶんとうるさい蜂型の魔物にまとわりつかれ、かろうじて急所への攻撃を防ぎつつメッサラは呪った。

 倒すのは容易いが、間違いなくこの蜂型の魔物は毒を持っている。回復役のいない今のメッサラにとっては最悪の相手であった。

 「――――頼むぜ? これが効いてくれないとやべえ」

 こめかみから冷たい汗を流しつつもメッサラの目に諦めの色はない。

 短い解放呪文キーワードを呟くと、少女の部屋に置いてきた秘宝アーティファクトが爆発した。




 「古の精霊樹か。しかもこれ亜種じゃないか」

 松田が素材を持ち帰るとハーレプストは破顔して喜んだ。

 あっさりとステラに倒されてしまった古えの精霊樹ではあるが、実は非常に稀少な素材なのである。

 なぜなら古の精霊樹は精霊樹を従えているため、なかなか倒すことができないうえ、そもそも精霊樹は獲物が罠に飛び込むまでは擬態を解かないので素材を得るのは難しいのだ。

 その枝は魔力伝導率が高く、魔法士の杖などに加工するため需要が高く非常に高価な値段で取引されている。

 もちろん終末の杖たるディアナには遠く及ばないが、十分金級探索者の使用に耐えうるものであった。

 しかしハーレプストが喜んだのは枝を杖に加工するためではない。

 「よほど時を経た精霊樹だな。もう少しで精霊樹の王になっていたかもしれない」

 精霊樹はその年に応じて、古えの精霊樹、精霊樹トレントキングへと進化する。

 王といっても人間のような王とは違い、一帯の精霊樹に対する絶対的な支配権を得る程度にすぎないが、滅多なことで見れるものではなかった。

 精霊樹の王を素材にしたものとなると、金級の探索者でも持てるものは少ないだろう。

 ステラが倒した古えの精霊樹は、ちょうど精霊樹の王に進化する途上のものであったようであった。

 「これなら、僕がやりたかった加工ができるぞ!」

 完全に趣味に走った目でハーレプストは鼻息を荒くする。

 「それじゃそろそろ私は――――」


 ガシリ


 ドワーフ特有のごつい巨腕が松田の肩を鷲掴みにした。

 「この枝から繊維を取り出すんだ。まさか嫌とは言わないよなあ?」

 「い、今討伐から帰ったばかりですので…………」

 「可愛い人形のために頑張るのが男の甲斐性ってもんじゃないか! 仕事だと思うから仕事なんだよ。女の子に奉仕すると思えば造作もないだろう?」

 「それ、ダメな男の典型ですからああああああああああ!」

 だがハーレプストは松田の目を覗き込むと、悪魔のように囁いた。

 「この枝を加工して造り出した繊維は、人間と同様の表情筋の再現を可能にする。あの可愛い子が微笑んだり悲しんだりする顔が見たくないのか?」

 「うっ…………」

 見たくないといえば噓になるだろう。

 表情があるとないとでは、感情移入に雲泥の差が出る。

 ディアナとは念話での会話が可能だが、もし感情が表情にでるならぜひとも見たいというのが本音であった。

 まして年齢は小さくなってしまったが、ディアナの造形には松田の理想が詰まっているのだ。

 上目遣いに微笑まれたら、と考えると心が躍る。

 『主様マイロード…………』

 ディアナのいかにも期待しています、という思念が伝わってきて、松田はあえなく白旗をあげた。

 ここまで期待されて、それを裏切るのは松田には不可能だった。

 これは断じて残業ではない。

 可愛い女のためのボランティアなのだ。

 「やりましょう!」

 「よくぞ言った! それでこそ我が同志!」

 「――いえ、師匠といえど同志というのは断固として拒否させていただきます」

 悪いがハーレプストの業をともに背負うつもりはなかった。

 「いいじゃないか! 君もこの子が可愛く笑うところを見たら気分も変わるさ!」

 有無を言わさず松田はそのまま地下の工房へと連行されていった。


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