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アラフォー社畜のゴーレムマスター  作者: 高見 梁川
第二章
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第四十九話 予兆その2

 しばらく食うに困らないだけの金はある。

 仕事もその気になればいくらでも回してもらえるだろう。

 田舎とは基本的にいつでも人手が不足しているものであるからだ。

 しかしメッサラは今、危険に飢えていた。

 日々の生活には困らないが、娯楽に乏しく、不便が日常化した田舎の生活。

 それは危険と引き換えに田舎とは比べ物にならぬ収入と羨望の眼差しを集めていたメッサラにとって、拷問にも等しいものであった。

 それでも一年二年と過ぎればやがて順応し、退屈を友として生きる道もあったであろう。

 だが幸か不幸か、メッサラは危険な香りのする魅惑の果実を与えられてしまった。

 帰郷して以来不遇をかこっていた第六感が、このネタがかなりやばい案件であることをメッサラに告げている。

 もしここがマクンバであれば、メッサラももう少し慎重に情報と仲間を集めたかもしれないが、ここはそうしたものから断絶した田舎町である。

 現実に動ける人間はメッサラしかいない。さらにメッサラは偵察や探索に特化したスカウトであった。

 まずはその怪しい発光をするという地点を確認するべきだ。

 メッサラは久しく感じなかった高揚が、全身にみなぎってくるのを感じた。

 これだ。これなのだ。このわくわく感とスリルが適度にまじりあった心地よい緊張感。

 やはりまだメッサラの魂は探索者のそれであった。

 「――――任せておけ。すぐに正体を暴いてやるさ」

 その晩、メッサラは久しぶりに探索者の武具を身に着けると、勇躍街道から怪しい光が見えるというポイントへ向かった。



 「こいつはアタリか?」

 幼なじみのロイが言っていたとおり、闇に浮かび上がる不可思議な燐光を発見してメッサラはニンマリと笑った。

 スカウトである彼には、その光がなんらかの魔法によるものであるのは一目瞭然であった。

 場所的にはマクンバとメノラーの村を結ぶ街道から、東におよそ五キロほど離れているだろうか?

 メッサラの足をもってすればそれほど時間のかかる距離ではない。

 道なき道であろうとも、スカウトの踏破能力はそれを大きく凌駕している。

 近づくにつれメッサラは勝手に口元が綻び、自分が笑顔になっていくのを自覚した。

 やはり自分は探索者稼業が好きなのだ。

 失恋に落ち込みはしたが、だからといって田舎で穏やかな生活をしていくのはメッサラの性分には似合わない。

 マクンバの探索者と顔が合わせづらいのであれば、他の街へ拠点を変えるのも悪くはなかった。

 マクンバに居続けたのだって、故郷から近かったのとアイリーナへのこだわりがあっただけのことだ。

 銀級探索者なんて、王都では下っ端のペーペーにすぎないが、いっそ王都で一から出直しというのもいいかもしれない。

 このワクワク感をもっともっと味わいたい。危険の先にある栄光を、いつかきっとこの手に掴んで見せる。

 今こそメッサラは、自分が探索者を志した初心を思い出していた。

 だが厳密にはそれは、探索者の持つひとつの側面にすぎず、人知れず無残な死を遂げるのが日常に転がっている探索者の負の側面をメッサラは忘れていた。


 「――――迷宮だ。間違いない」

 ぽっかりと開いた入口、そこからほのかな青い光が漏れている。

 もちろんそれはただの光ではなく、魔力を帯びた迷宮特有の輝きであった。

 どうしてこんなところに迷宮が発生するのか、と思わなくはないが、本当の意味で迷宮の発生原因がいまだ解明されてはいない。

 主に迷宮の成立には二通りのパターンがあると言われている。

 ひとつは高位の魔法士や魔神が自ら迷宮を建設、構築する場合である。

 伝説級と呼ばれる攻略不能な迷宮のほとんどがこのタイプであるが、それゆえ数は非常に少ない。

 一般的に迷宮と呼ばれるのは自然発生型である。

 地形的条件や核となるなんらかの魔法作用の影響という説が有力であるが、実証されたわけではないのであくまでも仮説であった。

 とはいえ、迷宮が誕生するためには必ずその予兆があり、大地の鳴動や魔力の一時的な枯渇による土地枯れが起こる。

 メッサラの見たところ、目の前の迷宮にはそうした予兆の起きた気配がない。

 ならばどうして今頃突然に魔力光が地上に漏れ出たのか?

 「忘れ去られていた迷宮が、何かのはずみで目を覚ましたのか?」

 莫大な富を生むがゆえに、迷宮が放置されることは極めて稀なのだが、ごくごくまれに秘匿されていた村落ごと滅びそのまま記憶から忘れ去られる迷宮も存在する。

 ベナリス火山の灰に埋もれていたのを発見されたボルドン迷宮などがその例だ。

 しかしこの地で生まれてこの方メッサラは、近くに滅亡した村落や都市があったことなど聞いたことがなかった。

 「――――面白え、面白えじゃねえか!」

 極度の興奮にメッサラはぶるぶると全身を震わせた。

 つまりこの迷宮は、有史以前――――少なくとも数百年以上前から存在する可能性が高い。

 万が一、伝説の彼方の古代文明に属するものであったなら、メッサラの名は大陸中に鳴り響くかもしれなかった。

 失意とともにマクンバを去ったことで、思ってもみなかった幸運がめぐってきた。

 探索者である自分の誇りを取り戻したメッサラにとって、これほどうれしいことはなかった。

 「へっ……お手柔らかに頼むぜ?」

 それもすべては生きて帰ってからのこと。メッサラは興奮に高ぶる精神を懸命に抑えつけ、ついに迷宮へと足を踏み入れたのだった。


 迷宮内で明滅する青い光はまるで心臓の鼓動のようにも感じる。

 だがその様子にメッサラは違和感を抱いた。

 自然発生型の迷宮はこれほど規則正しく活動するものではないからだ。

 整然と整った回廊は、メッサラも見たことのないような金属で作られており、これを持ちかえるだけでも一財産が築けるような気がした。

 もちろん、だからといってこんな入口で引き返す気は毛頭ない。

 「――――背筋が冷たいじゃねえか。こんな気持ちになるのは何年振りだ?」

 シトリは確かにやばい相手だった。

 メッサラが死を覚悟した瞬間も何度となくあったほどである。

 しかし決して未知の存在ではなかった。

 迷宮に出現する魔物のひとつとして、過去の探索者が残した情報のなかに含まれていた。

 だがこの迷宮は、メッサラの知るいかなる迷宮とも異なっている。

 「――――ちぃっ!」

 迷宮内も見たことがないかと思えば、そこにいる魔物もメッサラが初めて見るものだった。

 小さな頭の芋虫状の生物だが、提灯のように頭からぶらさがった黄色の突起物がいかにも不審であった。

 「おわっ!」

 刹那、突起物からメッサラに向かって怪光線が迸る。

 かろうじてこの光線を躱したメッサラは、懐から取り出したナイフで芋虫状の魔物を刺し貫いた。

 「あ、あぶねえ…………」

 速度に特化したスカウトだから躱すことができたのだ。

 もしこれが魔法士や前衛の戦士であれば躱すことは不可能だったに違いなかった。

 恐る恐る後ろを振り向いたメッサラは、そこにあった光景に思わずゾッと背筋を凍らせた。

 まるで酸を吹きかけられたように壁の一部が溶けている。

 それはまかり間違えばメッサラの未来の姿であったかもしれないのである。

 やはり一筋縄ではいかない迷宮であることをメッサラは再認識した。

 「だからといって尻尾をまけるほど落ちぶれちゃいねえ!」

 目先の金に目がくらむくらいなら、最初からマクンバを去ったりはしない。

 自分のアイデンティティーを取り戻した今、メッサラは好奇心の命ずるままにさらに迷宮の奥へと進んでいった。


 どれほど進んだだろうか?

 幸いなことに迷宮の魔物は珍しいだけで、戦闘力はそれほど高いものではなかった。

 しかも行動がまるで規格統一されたかのように均一で、一度慣れてしまえばあしらうのはメッサラにとってそれほど難しくはことではない。

 「――――いかんな。こんなことならもっと準備を整えてくるんだった……」

 当初、メッサラは謎の怪現象を突き止めるため現場にやってきただけだった。

 そのため食料や野営のための準備をしていなかったのである。

 食事は一食や二食抜いてもそれほどの不安はないが、さすがに三食四食となれば問題である。さらにパーティーでなくソロであるメッサラはおちおちと眠ることもできない。

 優秀な探索者は、常に帰り道にかかる時間と体力の配分を考えているものだ。

 メッサラも長年の経験からこのまま探索できる時間は残りわずかであると感じ始めていた。

 「くそっ!」

 これほどのお宝を前におめおめ引き帰さなければならないのか。

 だが運命の女神は常に悪戯好きなものだ。

 それは松田ばかりではなく、メッサラもまた例外ではありえなかった。

 怒りに任せて壁に拳を叩きつけると同時に、キィンと耳鳴りのする高周波が響き、一斉に壁と天井が明滅を開始した。

 「な、なんだなんだなんだ?」

 もしかして自分でも知らぬうちに罠でも踏み抜いていたか?

 全く想像だにしていなかった事態にメッサラは困惑もあらわに左右を見渡した。

 ――――と、視線の先に隠し扉が開かれた部屋が映る。

 つい先ほどまでなんの変哲もない壁であったはずの場所であった。

 スカウトとして今まで数え切れぬ隠し部屋を見つけてきたメッサラである。

 スカウトのプライドにかけて断言するが、そこに隠し部屋の気配はなかった。

 メッサラも未知のなんらかの隠ぺい手段が使われていた証拠であった。

 「いったい何が――――」

 部屋を覗いた姿勢のままメッサラは絶句する。

 無機質な白い壁に囲まれた部屋の中央のベッドには、美しい十代前半ほどの少女が――――否、人形が緑色のチューブを頭部に接続して横たえられていた。

 全裸のまま艶めかしい肌を隠すことなく晒した少女だが――彼女が人間でないのは一目瞭然であった。

 なぜなら――――少女の足はミスリルの魔道具で作られており、のど元には魔核と思しき巨大な魔石が埋め込まれていたのである。


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