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アラフォー社畜のゴーレムマスター  作者: 高見 梁川
第二章
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第三十九話 討伐依頼

 表向き今日は休日である。

 すでに一週間分働いたのだから、休むのは当然の権利だ。

 ――だがしかし、早くディアナに身体を与えたい気持ちがあるのも事実。

 ならばこれはサービス残業ではない。

 余暇の有効な過ごし方のひとつであろう。

 「乗りましょう! このビッグウェーブに!」

 「おおっ! さすがはマツダ君だ! シトリの加工については任せたまえ! 僕の全精力をこめて君の期待に応えよう!」

 二人の男は固く手を握り合って微笑んだ。

 「わふ? ご主人様、どうしてハーレプストさんと見つめあうですか?」

 男たちの熱い語らいについていけなかったステラが、困惑したように視線をさ迷わせていた。



 久しぶりに探索者ギルドの扉をくぐると、室内はいつにも増した喧騒に包まれていた。

 「おいおい、見たか? 昨日の…………」

 「ああ、剛腕リューベックだろ? 片腕じゃ引退するしかないだろうぜ」

 「まさかトップパーティーの北極星ポラリスがなあ……」

 どうやら昨日のシトリ出現に関する話題らしい。

 それでもどこか他人事風なのは、ここにいる人間が下層攻略には関りがないからであろう。


 「ああっ! マツダさん! 今までどこに行ってたんですか! ちょっとこちらへ来てください!」

 先日松田を銅級に昇格してくれた受付嬢が、人混みのなかからいち早く松田の姿を見つけ出し、憤慨したように声をかけてきた。

 「俺に何か?」

 「もう! いいから早く!」

 気の強そうな赤毛をひるがえし、やや釣り目がちな目が松田を睨みつけていた。

 なまじ美人であるせいか、小心者の松田はたちまちその圧力に屈した。

 「わかりました。そう怒鳴らないでください」


 初めて聞いたが、受付嬢の名前はシーリースというらしい。

 松田がシーリースの名を知らなかったことを知って、シーリースはひどく衝撃を受けた様子であった。

 「…………わたしもまだまだですね……」

 マクンバの探索者ギルドのアイドルと呼ばれ、誰が鉄壁の彼女の心を落とすかでひそかに賭けの対象にもなっている彼女であった。

 自分の容姿をことさら誇っていたわけではないが、全く知られてもいないというのは、それはそれでやりきれない思いを感じる。

 これも乙女心の難しいところであろうか。

 「こちらでお待ちください。マツダ様にはギルド長よりお話があります」

 「ギルド長? 俺はマクンバに来たばかりの駆け出し探索者なんだけど……?」

 「駆け出し探索者は四十階層を突破したりしません!」

 ある意味、何年もかけて二十階層を突破する本来の銅級探索者に対する冒とくに等しい。

 便宜上銅級探索者にはしているが、松田は限りなく銀級探索者に近い存在なのである。

 否、実力に関して言えば銀級探索者を凌駕しているかもしれなかった。

 「銀級探索者にはみな同じようにギルド長からのご指示がありました。マツダ様は事実上銀級探索者なのですが、このところギルドに姿を見せてくれなかったので……」

 「ああ、すいません。ちょっと鍛冶師に弟子入りしておりまして」

 「ええええええっ? まさか? マツダ様、探索者辞めちゃうんですか?」

 シーリースがうろたえたのも無理はなかった。

 松田自身は知らぬことだが、松田はこのマクンバのギルドで一番の有望株である。

 順調に成長してくれれば、迷宮を一番に攻略するのは松田ではないか、と呼び声も高い。

 松田をパーティーに迎えようと、複数の銀級探索者パーティーが勧誘の手を伸ばしていたのだが、肝心の松田が行方不明となってしまっていたのである。

 その松田が探索者を引退するなど、ギルドとしては悪夢に近い話であった。

 「いえ、まだ辞めるつもりはありません。ですが、鍛冶師と錬金も私にとっては必要なことですので」

 「――――錬金はともかく、鍛冶も必要とは奇特なことだな」

 「ギルド長!」

 突如会話に割り込んできた男性の声に、シーリースは驚いて振り返る。

 そこにはおよそ四十代も半ばと思われる金髪のナイスミドルがいた。

 二メートル近い長身に丸太のような二の腕。苦み走った彫の深い顔で、秘めた実力を感じさせる。

 それもそのはずギルド長はこのマクンバで唯一の金級探索者であった。

 「私がこのマクンバのギルド長ホルストナウマンという。できればもう少し早く来て欲しかったぞ」

 「――――あまり私に期待されても困りますが」

 「正直、私は君にもっとも期待しているのだ!」

 ホルストナウマンは困りきった顔で憤然と松田の対面のソファに腰を下ろした。

 現状がよほど腹に据えかねているらしかった。

 「今のマクンバの迷宮の状況は把握しているかね?」

 「ええ、なんでもトップパーティーが魔物シトリに遭遇したとか」

 「そうだ。このマクンバでもっとも攻略を進めていたトップパーティーであり、もっともバランスのとれたパーティーと考えられていた北極星ポラリスが壊滅した」

 現在のマクンバで四十五階層を突破した銀級パーティーは三つしかない。

 北極星はそのなかでも頭一つ抜けた存在だった。

 リーダーである魔法士の采配、前衛で無類の攻撃力を誇る戦士と騎士、高レベルのスカウトにクレリック。

 その彼らが鎧袖一触に倒された。

 前衛の戦士は片腕を失い、リーダーの魔法士と騎士は死亡。かろうじてスカウトとクレリックだけが無事に生還した。

 クレリックが無事でなければ戦士もまた死んでいただろう。

 いずれにしろパーティーとしての北極星は失われたも同然であった。

 この事実を知った探索者の間で、四十階層以降に潜るパーティーが激減した。否、皆無となってしまった。

 「確かに北極星はマクンバでもっともバランスのとれたパーティーだった。しかし攻撃力に限れば決してトップというわけじゃない。二パーティーで組めば勝てない相手じゃないだろう! 探索者が迷宮を攻略しないで何をするというのだ!」

 要するにホルストナウマンとしては、一刻も早く四十階層から先へと探索者を送り込みたい。

 そのためにはシトリを倒さなくてはならなかった。

 ところが頼みの銀級探索者パーティーは尻込みしてしまって出てこない有様である。

 このままではマクンバは三十階層代の収益しかあげられない。

 これはギルドや迷宮の格付けにおいて、非常に困った事態となるのであった。

 「そんなに強いんですか? そのシトリって魔物」

 「…………上位魔物の一種で、金級探索者が相手するのが妥当だろうな」

 『主様、シトリはキマイラのような魔物というよりは知性ある魔神です。万一にも侮れる相手ではありません』

 「それ、尻込みするの当たり前じゃないんですか?」

 ライト級にヘビー級と戦えと言われて無理なのは当然である。

 世の中にはマッチングというものがあって、中小企業のひら営業マンに大企業の大口契約をとってこいと言っても無理なのだ。

 これを口にする上司は、大抵コネの小口契約しかとっていない場合が多い。

 だから地方の零細企業にジャニーズの仕事取ってこいとか言ってんじゃないよ! 東○電○とか、お茶漬けも出てきやしねえんだよ!

 「それでもなんとかしなくてはならんのだ!」

 「お、おう……」

 貧すれば鈍すという言葉が示すとおり、じり貧で博打に出ると失敗するのがセオリーなのだが、あえて松田は突っ込もうとは思わなかった。

 なんとなくフラグが見えたからである。

 「頼む! マツダ君、どうかシトリを退治してこのマクンバの探索者たちに未来を与えてやってくれ!」

 ほらね

 「条件が二つあります」

 「可能な限り君の要望は叶えよう。何かな?」

 「ひとつ、勝てそうになければ逃げますよ? さすがに死ぬまで戦う義理はないことですし」

 「当然だな。せっかくの貴重な探索者を失う心算はないよ」

 「二つめ、シトリの素材はすべて報酬として私がいただくということで」

 「むっ……シトリの素材は非常に高額だが……討伐が確認できれば魔石以外は無料で君に引き渡そう」

 「よろしいのですか? ギルド長」

 基本的に素材は価格の二割を収めるのがギルドの掟である。

 ましてシトリの皮膚と羽は、好事家の間で目を剥くような高値で取引されていた。

 「構わん。このまま一週間以上攻略が停滞すれば、そのほうが遥かに被害は大きくなる」

 四十階層を境にして、迷宮は面積が広がるとともに魔石や素材も段違いに高額なものとなっている。

 だからこそこのまま四十階層が封印されてしまうのが問題なのである。

 「――――では、微力ながら努力してみましょう」

 「そうか! やってくれるか!」

 計画通り! とホルストナウマンが思ったかどうかはしらないが、松田にとってもシトリの素材をこのまま見逃す手はなかった。

 なにせあのハーレプストが加工を引き受けてくれるうえ、その技術を余すところなく松田に伝えてくれると言っているのだ。

 となればディアナのゴーレム化達成も近い。

 『私はまだ主様のいう造形を認めたわけではありませんからね!』

 残念だったなディアナ。上司が黒といえば白であっても黒となるのが現実。すなわち君が貧乳となるのは確定なのだよ。

 『主様の社畜! 鬼! 経営者!』

 「…………君の意見は必ず参考にすると約束しよう」

 さすがの松田も経営者ちくしょう呼ばわりされるのは心に痛いらしかった。





 四十階層へと降りる階層エレベータ。

 ホルストナウマンが言うには誰も近づかないという話であったが、二人ほど先客がいるようである。

 「貴方がタケシ・マツダですか?」

 純白に赤いラインが走った神官服に身を包んだ美少女、そして傍らにいるのはスカウトらしき瘦身の男。なるほど、彼らは――――

 「そうですが、貴女は?」

 「おい、止めとけアイリーナ。こりゃどうみても無理だ」

 どうやら松田はスカウトの男の眼鏡には適わなかったようである。

 しかしあっさり男の言葉を無視して、アイリーナと呼ばれた少女は松田に膝をついて懇願した。

 「私は北極星のクレリックでアイリーナと申します。決して足手まといにはなりませんから、どうかシトリ討伐に同行させてください!」

 「お断りします」

 「即答?!」

 〇、二秒で断った松田にアイリーナは信じられないとばかりに目を見開いた。


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― 新着の感想 ―
[一言] いや、流石に可哀想過ぎるやろ 本人の身体なんやから本人の注文通りにしてやれや ちょっと流石に笑えないわ
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