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アラフォー社畜のゴーレムマスター  作者: 高見 梁川
第一章
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第三話  絢爛たる七つの秘宝

 ダンジョンのなかは意外に広く、天井までの高さは三メートルほどで、薄く光る燐光のようなものがダンジョン内部をぼんやりと照らしていた。

 薄暗いが松明が必要というほどでもない。

 しかしせっかく召喚した巨大ゴーレムを入れるほど広くないのも確かであった。

 「残念だが仕方がないな。もっと小さいのを召喚するか……」

 魔力を少なくすれば、あるいは小さなゴーレムをイメージすればよいのだろうか。

 まずは試しとばかりに松田は精神を集中させて目を閉じた。

 「召喚サモンゴーレム!」

 ――求めるのは騎士。昔映画で観た全身鎧フルプレート両手剣トゥーハンドソードを装備した重量感のある頼もしい姿を松田は思い浮かべる。

 鎧も剣もない丸腰の松田としては、精神衛生上、見かけも頼りになるゴーレムにそばにして欲しかった。

 はたして、イメージがよかったのだろうか。現れたゴーレムは正しく想像したとおりの見事な騎士の姿をしていた。

 ズッシリと重量感ある鋼鉄の鎧。その頼もしいフォルムに並みの攻撃ならはねかえしてくれそうだ、と松田は満足そうに頷く。

 「よし、先導しろ!」

 ゴーレムは松田に言われるままにダンジョンの奥へと歩を進めた。

 ――いったいどこまで続いているかわからぬダンジョンを進んで五分ほど経った頃、早くも松田は自分の決断を後悔し始めていた。

 得体のしれないダンジョンで、ゴーレムと二人きり。しかも松田は非武装であるところが甚だしく心もとない。

 もし強力なモンスターなど現れれば一瞬で死に至るのではないか。そんな恐怖が松田を苛んでいた。

 「やっぱ帰ろうかな……」

 『ここまで来てなにを言ってるんですか! 見捨てないでください。お願いします』

 いかにも本音は怒鳴りつけたいのだが、本当に帰られてしまったら困るから泣いてすがりつく、といった風情の心細そうな声であった。

 「やれやれ、ここで見捨てるのも寝覚めが悪い…………か?」

 松田がぼやくのと同時に、前方の大きく張り出した岩の陰から複数の人影がわらわらと姿を現した。

 身長百二十センチほどの矮躯、鋭い牙と不相応に大きな赤く光る目。その特徴には何かの本で読んだ記憶があった。

 「……ゴブ……リンかよ」

 「ギャッ! ギャッ! ギャギャ!」

 松田という獲物を見つけたゴブリンたちは目の色を変えて駆け出した。

 「わわわっ!」

 素手の松田がどうこうできる相手ではない。情けない声を漏らして松田は本能的にあとずさる。

 そんな状態にもかかわらず頼りのゴーレムはピクリとも動かなかった。たちまち数匹のゴブリンがゴーレムの脇を通り過ぎて松田へと肉薄した。

 『何をしているのです! 早くゴーレムに命令しなさい!』

 言われて初めて松田はゴーレムに先導しろ、としか命令していなかったことに気づく。

 「ゴーレムよ! 俺を守れ!」

 命令と同時に攻撃に移ったゴーレムの力は圧倒的であった。

 剣は容易くゴブリンの小さな身体を両断し、逆に鋼鉄の全身鎧はゴブリンたちが持つショートソードを全くと言ってよいほど寄せ付けない。

 仮に鎧を貫いたとしてもゴーレムに傷つけるべき内臓や筋肉はなく、痛みすら感じないのだ。ゴブリンごときが相手になるはずがなかった。が――――

 「ひえええええええええええええっ!」

 松田にそれを観察している余裕は微塵もなかった。

 ゴーレムをすり抜けてきた三匹のゴブリンが無防備な松田に襲いかかってきたからである。

 こんなあからさまな殺意を感じた経験もない。ましてなんの武器もない松田はひたすら逃げ続けるしかなかった。

 「ひえっ! どわわわわわわ」

 チリリ、と痛みが走りゴブリンのショートソードが右足をかすめたことに気づく。

 一撃でも食らえば死は免れないだけに松田は必死だった。

 「ギュア?」

 「ギャギャギャ!」

 「何言ってるかわかんねえよ!」

 たとえわかったとしても碌でもないことだろう。くそっ! ゴーレムの助けはまだか?

 チラリと横目にゴーレムのほうに視線を走らせたのがいけなかった。

 ほんの一瞬の隙をついて一匹のゴブリンが松田の足にしがみつき、大きくバランスを崩した松田は仰向けに地面へ倒れこんだ。

 (――――だめだ! 殺される!)

 倒れた松田に向かって、二匹のゴブリンが牙を剥き出しに嗤ってショートソードを振り上げるのが見えた。

 薄汚れた鋭い牙から粘着質の涎が漏れている。

 せっかく転生したのにこんなところで殺されてしまうのか? 松田は正しく絶望した。

 『ちょっと貴方、土魔法士でしょう? 岩弾ロックブリッドとか青銅槍ブロンズランスくらい使えないの?』

 「ブ、青銅槍ブロンズランス!」

 ほとんど反射的にそう叫んで松田はギュッと目を閉じた。

 ――――あのショートソードが振り下ろされたら松田の命は終わる。

 無意識に赤子のように身体を丸め、松田は息をするのも忘れて来たるべき衝撃に備えた。

 ――――しかしいつまでたってもこない衝撃に恐る恐る目を開けると、そこに松田の鼻先で剣を停止させ、絶命しているゴブリンの姿があった。

 三匹のゴブリンは全身を複数の青銅槍に貫かれて即死していた。

 あとコンマ一秒でも遅れていたら、鼻先で止まっている剣は松田の顔を刺し貫いていただろう。

 それをやや遅れて自覚した松田は、ガチガチと歯の根が合わないほど震えあがった。

 これほど明確に死を意識したのは、前世で本当に死んだ時以来であった。

 いつの間にかゴーレムの重い足音も、ゴブリンの耳障りな叫び声もしなくなっている。

 どうやら残るゴブリンは、ゴーレムがすべて駆逐したらしかった。

 『……どうしてあれほど見事なゴーレムを制御しているのに、たかがゴブリンごときに苦戦しているのですか?』

 「余計なお世話だっ! ど素人に無茶言うな!」

 『はあ? ど素人?』

 困惑を露わにして声は沈黙した。

 『と、とにかくあと少しですから! お待ちしております』

 「……悪いが腰が抜けたからしばらく時間をくれ」

 松田がようやく重い腰をあげることができたのは、それから一時間ほど経過してからのことであった。


 念のため岩弾ロックブリッドも試射してみる。

 拳ほどの大きさの岩が、まるで通り雨のように数百発の弾丸となって射出された。防御力の高いゴーレムに効果はなくとも、軽装のゴブリンを殲滅するには十分だろう。

 「さて、気を取り直していくか」

 その後幾度かの襲撃はあったが、ほとんどゴーレムが撃退してくれた。

 思ったよりもこの騎士ゴーレムは強いようで助かる。コボルドなんて本当に一撃でミンチにされてたし。

 さらに歩くこと三十分、松田は遂に終点とおぼしき大きな祭壇を備えつけたホールへと到達した。

 『よく来てくれました。どうぞそのまま祭壇へ進んでください』

 言われるままに黒光りする大理石の階段を上ると、そこには複雑な魔法陣と、鎖でぐるぐる巻きにされたおよそ一メートル半ほどの小さな箱があった。

 『私に続いて解放の言葉をお願いします。アロイスの太陽は上り、光はその力を取り戻せり』

 「アロイスの太陽は上り、光はその力を取り戻せり」

 『されば深き永久の闇は去り、今こそ戒めの鎖は解き放たれん!』

 「されば深き永久の闇は去り、今こそ戒めの鎖は解き放たれん!」

 解放の言葉に反応したのか、ひときわ大きく魔法陣は青く光輝き、ひとつ、またひとつと鎖が音を立ててちぎれていく。

 すべての鎖がちぎれ落ち、祭壇には神々しい光に満ちた白い箱が残された。

 『どうぞお開けください』

 「……ゴーレムよ、箱を開けろ」

 素人の現代人である松田にすらわかるほどの莫大な魔力と、胸が押し潰されるような圧迫感。

 息をのむ松田の前でゆっくりと箱の蓋が開き、封印されていた内部が明らかとなる。

 「――――杖?」

 そこに現れたのは古びた木製の杖であった。からみあう二匹の竜が、互いに太陽を飲み込もうと争っている見事なデザインで、恐ろしく精緻な象嵌が施されていた。

 もしもこれが日本にあれば、間違いなく国宝級の美術品であろうと松田は思う。

 『千年の長き拘束より助けていただいてありがとうございます。これよりは末永くお傍に』

 「って、千年も自宅待機してたのか?」

 『自宅待機ってなんです?』

 「給料ももらえず、さりとて会社を退職させてももらえず、ひたすら自宅でかかってこない電話を待ち続ける拷問だよ!」

 『よ、よくわかりませんが、すごくつらそうですね……』

 「平日コマンドが仕事しかないから社畜なんだよ! 平日コマンドが休むとか遊ぶになったら、もうそいつは社畜じゃねえんだよ!」

 怒りのあまり暴走しかけた松田を、冷たい声が抑えつけた。

 『いいから落ち着いてください。――私が冷静でいられるうちに』

 「正直すまんかった」

 『それではお手数ですが私を箱から出してくれませんか?』

 その言葉を聞いた松田は目を丸くして箱を眺めた。もしかしたら二重底かもしれない、と箱を持ち上げてもみたが変わった様子は見受けられない。

 祭壇からホールを隅から隅まで見回して、首をひねりながら松田は尋ねた。

 「どこにいるの?」

 『ああ、言ってませんでしたか。何かの前ふりかと思いました。私の本体はその杖です』

 「なにいいいいいいいいいいいっ?」

 『造物主デウスエクスマキナ絢爛ブリリアントたるセブンスつの秘宝アーティファクツの首座である終末アポカリプスコーンディアスヴィクティナ――ディアナとおよびください。主様マイロード

 「なにこれ、同じ社畜かと思って助けたらマルチ商法だった。クーリングオフはよ」

 『クーリングオフが何かはわかりませんが、既に主様マイロードのオーラパターンの登録を完了いたしました。死が二人を分かつまで決してお傍を離れません。ええ、それはもう絶対に』

 「クーリングオフもないとか、地球よりもブラックな世界だった。あの野郎かみ、いったいどこに好意があるんだ。訴訟も辞さない」

 『終末の杖たるこの私に何か不足があるとでも?』

 「――――末永くよろしくお願いいたします」

 涙目で松田はがっくりと肩を落として現実を受け入れた。かつて務めていた会社の社長と同様、彼女に逆らえる気が微塵もしなかった。

 のちにゴーレムマスターの称号と共に、最凶の右腕として名を馳せることになるディアナとのこれが最初の出会いであった。


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