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アラフォー社畜のゴーレムマスター  作者: 高見 梁川
第一章
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第二十八話 迷い

 「ぐおっ?」

 グレイオークはシェリーを覚えてなどいない。

 ただ本能の命じるままにシェリーの斬撃を斧で受け止め、空いたほうの拳でシェリーの腹部めがけて突き出す。

 だがその拳をもう一人のシェリーの剣が突き刺した。

 全く見た目の変わらない同一存在を相手にするという初めての経験に、グレイオークは戸惑い絶叫した。

 「ガオオオオオオオオオオッ!」

 部下たちはリーダーの咆哮に応えるべく、必死にシェリーを倒そうとするが――届かない。

 「いかせないです! わふ」

 剣だけでなく、拳も、足も、全身を凶器と化したステラに外周を削られ、ブルドーザーのごとく損傷を顧みず突進するゴーレムに蹴散らされる。

 とてもではないがリーダーを助けにいくどころではなかった。

 かろうじて致命傷を避けながらグレイオークのリーダーは、小賢しくも前後からの攻撃で確実にダメージを蓄積させてくる人間の雌を睨みつけた。

 ――――どこかおかしい。

 人間が自分たちを殺しに来るのはいつものことだ。そういうものだ、と思っていた。だがこの雌はオークを殺すためだけに戦っているのではない。

 いうなれば憎悪、己の感情のために戦っている。それが屈辱だった。なぜかはわからないがたまらなく歯がゆくてならなかった。

 「ギュオルアアアアアアアアアアアア!」

 「なっ! まさかオークがスキルを……やはり変異種か?」

 残撃――――武器の軌跡が一定時間攻撃の効果を持ち続ける特殊スキルによって、シェリーの分身が重傷を負った。

 この分身はもう使い物にならない。

 戦力としての価値を失った分身をシェリーは本体に戻した。

 二重影は分身を質量ある継続虚体として維持できるメリットと引き換えに、攻撃が軽くなるというデメリットがある。

 「あのとき、変異種だとわかっていれば…………」

 もちろん油断もあった。シェリーの疲労も限界に近づいていた。それでも勝てる相手だと思っていた。

 ――――それが思い上がりにすぎなかったのだ。

 「手伝いましょうか?」

 いつの間にか敵をせん滅していた松田に声をかけられて、昨日とは逆だな、とシェリーは自嘲気味に嗤った。

 「すまない。貴方には何の意味もないことだが、これは私が倒すべき敵なのだ。譲ることはできない」

 「……にとって意味のあることなどこの世にはありませんよ」

 そこに仇敵がいなければ、シェリーは松田の言葉に違和感を持ったかもしれない。

 だが今のシェリーにとって重要なことは、松田とステラがこの勝負に手を出さないという事実であった。

 分身を傷つけられたことで失った体力と、満身創痍で血を流し続けている変異種のグレイオーク。

 消耗具合ではいい勝負――多少シェリーが優位というところか。

 「あの日お前にやられたのは運が悪かったと思っていた。万全の状態であれば決して負けはしなかったと」

 だから運命がほんのわずか微笑んでくれれば今の境遇はなかったのだと。

 「思い上がりも甚だしい。そんな後悔をするくらいなら、最初から探索者になるべきではない。嫌というほどそう聞かされてきたはずなのにな」

 一瞬の油断や増長が死に繋がる探索者の世界では、勝てるはずだった、本気なら負ける相手じゃない、そんな言葉には紙屑の一欠片ほどの価値もない。

 明らかに鋭さを増したグレイオークの一撃を潜り抜けて、シェリーはさらにその内側へと身をさらした。

 皮一枚で避けた斧が、シェリーの長い金髪の半ばほど斬りとり、まるでぱっと花が咲いたかのように金色の髪が宙を舞う。

 「――――螺旋撃スパイラルアタック

 グレイオークの一撃を、危険を冒して踏み込んで避けたときに勝負は決まっていた。

 シェリーの人並み外れた速度と、あの日戦った経験が、両者の天秤をほんのわずかシェリーへと傾けたのである。

 シェリーの片手剣がグレイオークのプレートに接触した瞬間、爆発的に発生した螺旋状の力が肉を引き裂き、血を臓物をまき散らした。

 背中に巨大な破口を開けたグレイオークは、大木が朽ちるかのようにゆっくりと仰向けに倒れ二度と起き上がることはなかった。

 「――――お見事でした」

 シェリーはそんな松田の言葉に返事をすることができなかった。

 悲しいのか嬉しいのか虚しいのか、自分でも制御できない混沌とした感情によって流れる涙を止めることができなかったからだ。

 松田は慰めるでもなく、ただ視線をそらしてステラの頭を撫でた。

 もっとも興奮のあまりいつの間にか人狼化していたステラは、そのままウメボシの刑を受けることになって声にならない悲鳴をあげていたが。


 「恥ずかしいところをみせた」

 「いえ――誰でも感情に支配される瞬間というのはあるものです」

 真っ赤に充血した瞳をこすってシェリーは照れたように笑う。そして晴れ晴れとした顔で次の階層を目指そうとした。そのとき――――

 「これはっ?」

 シェリーにとって決して初めての経験ではない。

 魂の器の拡張、新たなスキルの取得。それは探索者として新たなステージへ上れることへの証である。

 念願の剣への属性付与を取得したことに気づいたシェリーは、少女がはにかむように喜色をあらわにした。

 「よしっ! 早く進むぞ!」

 早く新たなスキルを使いたくてたまらない。

 こんなにわくわくする気持ちで戦うのははたしていつ以来のことか。

 灼熱の炎を剣に纏わせたシェリーは、以前に倍する速度で魔物たちを駆逐していった。

 しびれるような愉悦と全能感にシェリーは酔う。

 ――その日シェリーは、自身初となる三十六階層の突破を成し遂げたのである。



 「たった三人で三十六階層となると稼ぎが違うな…………」

 ギルドの買い取り価格は、昨日の倍以上となるおよそ金貨八枚となった。

 一人当たり金貨二枚と銀貨七枚……シェリーがトロイたちと組んでいたころに比べても倍に近い収入である。

 これなら一週間の間にかなりまとまった金額を母に渡せそうだ。

 シェリーは改めて松田に深々と頭を下げた。

 「本当にありがとう。貴方に出会えて私は運が良かった」

 相手が松田でなかったら、半分どころか三分の一すら稼げたかどうか。まして奴隷落ちの決まった鼻つまみ者の自分に。

 「いえ、明日もまた頑張りましょう」

 「ああ! 明日はいよいよ四十階層を目指すぞ!」

 シェリーの言葉を聞いた探索者たちにザワリと動揺が広がる。

 四十階層とはすなわち、マクンバの探索者のエリート、下層攻略者にもう少しで手が届くということである。

 にわかには信じがたいことであった。

 しかし持ち帰った魔石は間違いなく三十階層以下でないと回収できないものである。

 それに彼らが今朝がた階層エレベーターで三十階層に降りたことは、知る人ぞ知る情報であった。

事実であることは疑いようがない。

 まさか本当に下層攻略者入りしてしまうのか?

 さすがに昨日のようにシェリーを挑発する気にはなれなかった。彼らは下層攻略者がいかに理不尽な力の持ち主かよく知っていたのだ。



 シェリーは自分でも気づかないうちに鼻歌を歌っていた。

 彼女がこんなご機嫌になるのは、おそらくは探索者になって初めてのことである。

 もし彼女をよく知る人物が、今の彼女を見れば、間違いなく別人であることを疑ったであろう。

 それほどに浮かれたシェリーを見ることは珍しい。

 下層攻略者といえば、マクンバの探索者のみならず全住民の憧れの存在であった。

 その身につけた圧倒的な力は騎士をも凌ぎ、収入はときとして貴族にすら匹敵する。平民ならば誰もが憧れるサクセスストーリー。

 シェリーもまた幼いころに下層攻略者に憧れた一人だった。

 もしかしたら自分もその仲間入りできるかもしれない、と思うとまさに天に上るような思いである。

 レベルが上がったのも二年ぶりだ。半年は戦えなかったので厳密には一年半だが、やはりあのグレイオークの変異種を倒したのが大きかった。

 今の自分なら、絶対に四十階層以降も戦える。その自信が全身にみなぎっていた。


 ――――だからこそ奴隷に落ちるという現実が、シェリーの肩に重くのしかかってきた。

 運命であると受け入れたはずであった。

 トロイたちにも迷惑をかけた。夢は挫折して二度と届くことはない。


 ――――せめて松田と出会うのがあとひと月早ければ。

 下層攻略の報酬は破格である。今以上の収入があとひと月続くならば、ぎりぎりシェリーの借金額に届くだろう。

 こんなことを考えてしまうのも松田とステラという戦力が規格外であり、シェリー自身もレベルアップしたからだ。

 昨日までそんなことを考える余地もなかった。

 母に少しでも金を残したいというのもウソではないが、せめて最後まで探索者で最善を尽くしたいというのが本音であった。

 もう諦めていた現実が、実は手に届くところにあった。今さらそんなことを突きつけられてもシェリーにはどうすることもできない。

 こんなことならいっそ知りたくなかった。

 身勝手なことは承知で、シェリーは自分の運命を呪った。

 どうして、どうして、あとたった五日しかない今になって自分に希望を見せるのか。



 「…………浮かない顔ですね」

 ゆらり、と気配を感じさせずに現れた男をシェリーは知っていた。

 その男はシェリーが憧れた、数少ない下層攻略者のひとりであったからだ。


 「幻影のメイリー。あなたがこの私になんの用だ?」


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