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アラフォー社畜のゴーレムマスター  作者: 高見 梁川
第一章
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第二十六話 過去の亡霊

 その後も松田達の無双は続き、三十階に達するまでに要した時間はなんと五時間にも満たなかった。

 マップと索敵が完璧であるとはいえ、並みの探索者であれば一階層を突破するだけでも一日がかりであることも決して珍しくはない。

 その恐るべき速さに探索者たちに戦慄が走る。

 三十階層に到達するパーティーはマクンバの探索者のなかでも四割程度。

 さらに四十階層ともなると一割強にまで激減する。いとも容易く三十階層に到達した松田たちが注目を集めないはずがなかった。

 「どうせすぐに奴隷落ちするくせに……」

 誰に言うともなく零されたつぶやきに、シェリーの肩がビクリと震えるのを松田は見逃さなかった。

 これほど美しく強い彼女でも、社会的セイフティーネットがなければ奴隷として身を売らなければならないのがこの世界なのだ。

 「金貨三枚になります。この短時間でなかなか素晴らしい戦果ですね」

 清算所の女性職員がにこやかに笑って松田に金貨を差し出した。

 宿代から類推するに、大雑把に言って金貨一枚の経済的価値は十万から十五万というところだろう。

 実働五時間の報酬としては高いというべきか。あるいは命がけの値段としては安いというべきか判断に迷うところではある。

 「では契約通り三等分ということで」

 「良いのか? 私はなんの損耗もないが、貴方は大分魔力を消耗しただろうに」

 ゴーレムが損害を引き受けてくれたことで、シェリーは無傷で剣や鎧もほとんどメンテナンスしなくてよい状態であった。

 ソロであったころは、生傷は絶えなかったし、このメンテナンス代が馬鹿にならなかった。

 報酬がほぼ儲けとなるのは、シェリーにとっても初めての経験であった。

 「もちろん構いません。そういうお約束ですし」

 シェリーは誤解しているが、松田の魔力にはまだまだ余裕がある。

 ステラはというと、狩猟本能を満たして非常にご機嫌だが、頑張りすぎて眠さに負けそうになっていた。

 小さな頭が先ほどから不規則に揺れている。

 「それじゃ明日の朝9時にまたここでお会いしましょう」

 こっくりこっくりと船を漕ぐステラを、優しく抱き上げると松田はにっこりと笑う。

 その笑顔につられるようにシェリーも相好を崩して微笑んだ。

 「ありがとう。それではまた明日」

 こんなすがすがしい気分で帰宅できるのはいつ以来のことか。

 シェリーは自らの幸運に感謝した。この幸運ができるかぎり長く続けばいい。一週間後に終わることはわかっているけれど。


 羽のように軽いステラの身体を背中に背負った松田は、路上にたむろする探索者の一団がこちらに視線を向けていることに気づいた。

 首から下げた探索者証から見るに、銀級探索者であるらしい彼らが自分になんの用があるのかと、松田は不思議そうに尋ねた。

 「――――私に何か?」

 三十代ほどのリーダーらしい男は、松田を一瞥するとひょろりと細い長身のスカウトらしい男に不審そうな目を向ける。

 「おい、本当にこいつか?」

 「疑いたくなるのも気持ちはわかるよ。俺も自分で自分の情報が信じられん」

 失礼な連中である。

 エルフといえばその魔力と魔法技術はあなどれない、というのが相場であった。

 だが松田の物腰からは、そんなエルフらしい高貴さや人並み外れた背骨バックボーンが感じられないのだ。

 まるでド素人の優男、熟練の探索者である彼らが松田を見てそう思ってしまうのも無理はなかった。

 「ゴーレムでひと暴れした新米のエルフってのはあんたか?」

 「まあ、エルフでゴーレム使いといえば私くらいなものじゃありませんかね?」

 自分の使うゴーレムが、どうやら手荒くマイナーな存在であることくらいは松田にもわかる。

 だからといってここまで胡乱な目でみられる覚えはなかった。

 「気に障ったのから許してくれ。俺たちは今四十二階層を攻略しているパーティー、赤錆という。俺がリーダーのトロイだ」

 「――――タケシ・マツダです」

 トロイは歴戦の戦士ではありそうだが、日本にいたころの松田よりは若い。むしろちょうど似た部下を持っていただけに他人のような気がしない松田であった。

 「あんた、俺たちと組む気はないか?」

 「おっしゃっている意味がわかりませんが?」

 シェリーのようにやむにやまれぬ事情があるならばともかく、少女を連れてゴーレムで戦う松田は異端もいいところである。

 望んで仲間にするとは思えなかった。まして相手は下層を目前に控えた銀級探索者なのだ。

 「まあ、この目で見るまでは正式ってわけにはいかないだろうが。下層を前にして前衛の強化は必須なんでな。あんたのミスリルゴーレムが欲しいのさ」

 トロイにとって、もし噂が事実であればミスリルゴーレムは非常に魅力的な代物だった。

 壊れても懐は痛まない。結果仲間の負傷は減り、経費も抑えられる。しかもミスリルゴーレムは魔法抵抗力が高いのも大きい。

 防御力不足によって攻略速度が低下してきた赤錆にとって、松田の加入は画期的な役割を果たすはずであった。

 「残念ですがお断りします」

 それを一顧だにせずマツダは即答する。

 まさか即答されるとは思わなかったトロイは、こめかみに青筋を立てかろうじて自制した。

 トロイ以外の仲間の同様である。特に魔法士らしい女は、今にも噛みつきそうな顔で松田をにらみつけている。

 (そんなに怒っていたら内定辞退とか精神的に耐えられんだろ)

 勧誘を断られるというのは、松田にとってそれほど珍しいことではなかった。

 わざわざ面接にきて、内定を出したにもかかわらずそれを辞退されることさえ日常茶飯事なのである。

 もちろん入社を期待していただけに、他社に行かれると思うと思わずコーヒーでもぶちまけてやりたくはなるくらい腹立たしいのは確かだ。が、彼らは面接の段階ですらない。

 断られたからと言って怒るのは筋違いも甚だしかった。

 最初から断られることすら想像していないような自意識過剰は、松田がもっとも苦手とする人種である。

 「ちょっと、自分がどれだけ貴重な誘いを受けたかわかってるの?」

 「わかりませんね」

 人を食ったような松田の言葉に、女魔法士は我慢の限界を超えたのか詠唱を開始する。

 「――――召喚サモンゴーレム!」

 女魔法士の詠唱が完成するより松田がゴーレムを召喚するほうが早かった。

 立ちはだかったミスリルゴーレムの雄姿を前に、女魔法士は目を丸くして絶句した。

 「そ、そんな……こんな召喚が早いなんて……」

 「驚いたな。噂どおりどころかそれ以上じゃないか……!」

 さすがは銀級探索者である。彼らは一目で松田の規格外ぶりを見抜いた。

 まずミスリルゴーレムの完成度が尋常ではない。

 魔法抵抗力はいうに及ばず、膂力も防御力も十分銀級探索者に匹敵する。否、松田の魔力が続く限りいくらでも補修可能なのだからそれ以上だ。

 しかも召喚速度が通常の魔法より三割ほど早い。これでは遠距離戦を挑む魔法士は一方的に叩きのめされるだけであろう。

 「悪いことは言わん。俺たちと組めば明日にでも下層探索者になれるぞ?」

 トロイの声が上ずっていた。彼はその夢のために十年以上も生死の境であがいてきたのである。

 そのための手がかりが今、目の前にあった。

 これに興奮するなというほうがどうかしていた。

 「いえいえ、正直申し上げていきなり魔法攻撃をしかけてくるような方と迷宮をともに戦える気がしません。それに私はすでにパーティーを組んでおりますので」

 その一言でトロイたちの顔色が変わった。

 「もしかしてそれはシェリー・アイランズのことか?」

 表情にも声にもはっきりと表れる不満の色に、松田は違和感を抱いた。

 今日出会ったばかりではあるが、松田はシェリーの人格に一定の信頼を置いている。

 全幅の信頼には程遠いが、少なくともリジョン子爵やラスネイルのような外道ではないはずだ。

 これから奴隷に落ちるというのは、それほどこの街の禁忌に触れることなのだろうか?

 「あの女がどういう女か知っているのか?」

 「一週間後、奴隷に落ちるということくらいは」

 「はんっ! お上品なエルフ様には奴隷がどういうものかわかってないのかい?」

 いかにも馬鹿にしたような女魔法士の言葉に、もう松田は不快さを隠そうとはしなかった。

 「生憎とエルフですので、人間のくだらない線引きには興味がないのですよ」

 「なんだって! こいつ!」

 自分でエルフを馬鹿にしておきながら女魔法士は逆切れする。どうにも沸点の低い女だ。また攻撃されても困るので、松田も女から注意を離さない。

 「アンナ、言葉遣いには気をつけろ。あの女と彼は関係ない」

 「でも…………」

 口を尖らせて抗弁しようとするアンナをトロイは一瞥もせず松田に向き直った。

 「だがマツダといったか? この街の流儀を知らないのなら教えておく。奴隷に大きな顔をさせておくとお前も処罰されるから気をつけろ」

 「大きな顔?」

 「この街は一度奴隷の反乱で壊滅寸前までいった過去がある。そのせいか奴隷を人と同様に扱うことは忌み嫌われているのさ」

 ようやくこのとき、松田は探索者たちのシェリーに対する反感の理由を知った。

 同じ仲間が奴隷に落ちるからというだけで、どうしてそこまで冷酷になれるのかが不思議だったのだ。

 「奴隷に落ちるってのは人じゃなくなるってことさ。人でないものを人として扱えば排除される。当たり前の理屈だろう?」

 要するに江戸時代の穢多・非人と同じ理屈か。

 納得はできないが、長い歴史的背景としてそういう土壌があるのは理解できる。

 「言いたいことはわかったが、まだ彼女は奴隷ではない。彼女を捨ててそちらと組む理由にはならないな」

 「――――わからずやだな。あんた」

 トロイはもどかしげにガリガリと頭をかきむしった。

 長身のスカウト、女魔法士、そして先ほどから無言の弓士の三人もトロイと同じように睨みつけている。

どうにも嫌な塩梅だ。

 彼らがシェリーを忌み嫌う理由は、彼女が奴隷になるからだけではない。そんな気がした。

 「あんたのために言っておくぜ? あの女を信じると馬鹿を見る――――これは根拠もなく言ってるわけじゃないんだ。何せ――――」

 トロイは心底口惜しそうに俯いて、吐き捨てるように言った。


 「――――あの女は仲間を一人殺してるんだからな」


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