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アラフォー社畜のゴーレムマスター  作者: 高見 梁川
第一章
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第二十四話 臨時パーティー

 改めて松田は美貌の女剣士を見た。

 ややくすんではいるものの、見事な金髪は腰まで流れており耳元で一筋髪が編み込まれているのがアクセントとなっている。

 瞳はやや色素の薄いブラウンアイ。人を寄せ付けない雰囲気のある硬質の人形のような美貌は月のように冴え冴えとしていた。

 典型的な軽戦士の装備をしており、上半身を皮鎧で覆っているほかは関節部と拳にアームガードとレッグガードがあるのみである。

 特に足は太ももが大胆に露出していて、その健康的な脚線美がなかなかに目の毒であった。

 「――――申し遅れた。私の名はシェリー・アイランズ。銀級探索者だ」

 「そんな……銀級探索者ともあろう人が、どうして俺なんかに」

 規格外の力を保持している松田だが、自分に対する評価は存外低い。

 もともと組織に所属していた人間だけに、個人の蛮勇をあまり評価しない傾向にあるのである。

 「ギルドでのことは噂になっているぞ? キマイラを倒したそうじゃないか。貴方の実力は十分銀級探索者に匹敵するだろう」

 「そんなもんですか…………?」

 松田はよくわかっていないが、キマイラを討伐するということは個人であれば銀級、パーティーであれば銅級上位と認識されるには十分であった。

 そもそもあのリジョンの町の迷宮にキマイラがいたこと自体がおかしいのだ。

 もし松田がそのあたりの常識がわかっていたら、あのショーン・コネリー似の愉快犯の介入を疑ったであろう。

 「とはいえそれだけが理由でもないのでしょう? 私たちは今日マクンバを訪れたばかりのどこの馬の骨とも知れない新人なわけですし」

 「――――ああ、そう、だな」

 シェリーは何かを言いよどむように愁いを帯びた視線を地面に落として俯いた。

 美女の憂い顔はずるい、と松田は思う。

 自分は何も悪いことをしていないのに罪悪感にかられてしまうからだ。

 「私がマウザーの店にいたのはほかでもない。一週間後、私は奴隷に落ちることになっている」

 苦々しい顔でシェリーは囁くように告げる。

 本人にとっても不本意の事態であることは明らかであった。

 「理由を伺っても?」

 「母の治療がかさんで無理をしたところで私が重傷を負ってな。ようやく治ったころにはとても返しきれないほどに借金がかさんでいた。せめて一人残される母のためにも、より多くの金を残してやりたいんだ」

 「それこそ、私なんかよりもっといい人が――」

 「一人では中層を攻略できないし、何より奴隷落ちする探索者と組みたがる人間などいない!」

 まるで血を吐くかのようにシェリーは叫ぶ。

 このマクンバで奴隷とはただの消費財であり、物なのだ。

 ともに背中を預けあうパーティーが奴隷であるなどありえぬことであった。

 つまり、奴隷になることが内定しているシェリーは、いかに銀級探索者であっても同じ立場にはない。

 どうして奴隷なんかのために自分が命を懸けなきゃならないんだ。

 それがマクンバにおける奴隷の一般的な認識というものだったのである。

 シェリーは十分ソロでも戦える腕利きだが、収入の大きな下層に下りるにはどうしてもパーティーの協力が必要だった。

 しかし今、彼女のためにパーティーを組んでくれる探索者はいなかった。厳密には、いるにはいるが、彼女の弱みに付け込もうという下種ばかりであった。

 松田の奴隷に対する偏見のなさに、シェリーが感銘を受けたとしても不思議ではあるまい。

 「私の教えられる迷宮の知識は全て教える。どうせ一週間後には奴隷になる私には惜しむ価値もないものだからな」

 条件としては悪くはない、が松田には人狼のステラといい絢爛たる七つの秘宝のディアナといいあまりに秘密が多すぎる。

 その沈黙を松田の不満と受け取ったのだろう。シェリーは畳みかけるように両手を広げて主張した。

 「これでも銀級探索者ではそれなりの腕だと自負している。決して足手まといにはならないと約束するぞ?」

 「あ、いえ、シェリーさんの腕に関しては疑っていません。先ほどの剣を見ただけでも十分すごいと思いますし…………」

 「でで、ではっ! やはり私が奴隷になる女だからかっ?」

 その瞬間、張り詰めていた凛とした空気が哀しみに歪んだような気がした。

 昨日までは仲間だと思っていた者が、ある日突然人が変わったように自分を糾弾し始める。

 とあるプロジェクトで上司からやり玉にあがったとき、仲間から急に手のひらを返された松田にはシェリーの気持ちがわかりすぎるほどわかった。

 「――――ステラ、いいかな? 彼女といっしょでも」

 「ステラはご主人様がいっしょならいつでも大丈夫なのです! わふ」

 『一週間だけですよ? 本当は反対なんですからね? 主様のお願いだから仕方なく了承するんですからね?』

 (お、おう…………)

 ほとんど松田には逆らわないステラと、なぜか機嫌の悪いディアナの了解を得たことで、意を決した松田はシェリーの肩に手を置いた。

 「私たちでよければご一緒させてください」

 「ああ! ありがとう! 本当にありがとう!」

 感極まったのかシェリーは松田の手を握って、豊かに実った二つの果実の前で押し頂いた。

 はずみで両脇から魅惑の巨乳が押し上げられてたゆん、と揺れる。

 鍛えられてはいてもやはり女性らしい柔らかさを残した手の感触と、ぶるんと質量を主張する居だな胸に目を奪われたとしても誰が松田を責められようか。

 『不潔です! 主様!』

 鼻の下を伸ばした松田の哀しい男の性質サガに、憤然と抗議するディアナがいた。

 なぜかステラは特別として、ほかの女が松田に接触するのがディアナには不快に感じられてならなかった。



 「うちはステラのように幼い子もいますので、基本的に残業はしません。実働労働時間は八時間まで。休憩は一時間と考えています」

 「はああ?」

 パーティーを組む条件について、とシェリーが切り出すと、松田はいきなりスイッチが入ったように話し出した。

 「ステラは子供じゃないです! もう大人です! わふう」

 「うるさい、お前は黙ってろワンコ」

 「わふぅ…………」

 松田に一喝され撃沈するステラ。その姿は主人に叱られて落ち込むワンコそのものであるのは言うまでもない。

 「報酬は均等割り。なお迷宮で負った怪我に関しては報酬から優先して控除するということでよろしいですか?」

 「ま、待ってくれ。その報酬から控除というのはどういうことだ?」

 「ですから迷宮攻略の必要経費として治療費や薬品は控除して、そこから報酬を分けるということですよ」

 「……それだと前衛を務める私が一歩的に得をすることになるぞ?」

 必ずしも後衛が安全というわけではないが、やはり怪我の確率では断然前衛の方が高い。

 松田の言っているのは、長年の戦いで息の合った熟練のパーティーが採用する話で、短期契約の一時パーティーに適用するべきものではなかった。

 「構いません。私たちも迷宮の必要知識を教えてもらえますから、それで相殺でしょう」

 「……正直、甘いと思うが、助かる」

 困ったような、うれしいような顔をしてシェリーは松田の申し出を受けることにした。

 母のためにできるだけ多くの金を残したいシェリーにとって、決して損をする申し出ではないからだ。

 あのときマウザーの店で感じた自分の勘が正しかったことを、シェリーは確信して胸を撫で下ろした。



 マクンバの迷宮はもっともスタンダードなタイプの地下ダンジョン型である。

 残念ながらこれまで一度も攻略されたことはなく、最も攻略が進んだパーティーは現在五十六階を探索していた。

 伝説級でない以上、おそらくは六十から八十階程度の大きさではないか、と探索者ギルドでは予想している。

 十階ごとに転送エレベーターが設置してあるので、既に攻略を済ませた最寄りの地点から攻略を始めることが可能であった。

 「私は前のパーティーでは三十二階にまで達していた。いかんせんソロではどう頑張っても二十八階あたりが限界でな」

 無理をすれば三十階以降もいけるかもしれないが、それで人生を売るはめになったシェリーは同じ轍を踏むわけにはいかなかった。

 一般に中層と言われる三十階前後からは一気に魔物の出現量が増す。

 いわゆる物量戦になるのだ。こうなると個人ソロの力量だけではどうしても乗り切れない壁がある。

 牽制、防御、火力というバランスが取れたパーティーだけが中層を乗り越え下層に挑むことができるのだった。

 魔物の魔石もこの中層から一気に数と質が向上する。

 マクンバで中層に達した探索者を一人前とよぶ所以であった。

 ついほんの半年前まで、シェリーもまたあと一歩で下層攻略パーティーの仲間入りをしようとしていたのに、自分の運命の変転に思わず自嘲するシェリーであった。

 「そういうわけで三十階から攻略を開始できるが、初日だし二十階から始めてもいいが、どうする?」

 「まだお互いの力も把握しておりませんし、二十階からが妥当でしょう」

 「そうだな。そうしようか」

 多少稼ぎが落ちるのが残念な気持ちがないではないが、シェリーはそこで無理をしようとは思わなかった。

 松田のゴーレムは間違いなく中層でも通用する。

 特に魔法防御力が格段に向上したミスリルゴーレムは集団戦でも威力を発揮するだろう。

 シェリーは松田は軍団制御が可能であることを知らないが、単体でも松田のゴーレムは驚異であった。

 その松田と組めただけでも、シェリーは望外の幸運だった。

 そんなシェリーを見つめる目は冷たい。

 「おいおい……あいつ、奴隷落ちのはずだろ?」

 「物好きな奴がいたもんだな」

 「ま、あの体で色仕掛けされたら……考えんでもないけどよ」

 「いいねえ、あの男もうまくやったもんだな」

 いやらしい視線が胸や腰のまわりを嘗め回すようにまとわりつくのをシェリーは自覚した。

 だがいつもなら身が削られるように感じる彼らの言葉も、今日は自然に受け流すことができる。

 松田が受け入れてくれたということは、シェリーのなかで自分が思っていた以上に大きなことであったらしい。

 「――――では行こうか」

 シェリーは今まで見せたことのない柔らかな微笑みとともに階層エレベーターのスイッチを押した。


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[気になる点] 「……それだと前衛を務める私が一歩的に得をすることになるぞ?」
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