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アラフォー社畜のゴーレムマスター  作者: 高見 梁川
第一章
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第二十三話 邂逅

 緋緋色鉄ヒヒイロガネの再現はドワーフの悲願ともされている。

 非常に強力な魔力封じの特性があり、また熱量を増幅することでも知られている物質で、魔法銀ミスリルよりもさらに軽い。

 いつかその目に焼き付けたいとは思っていたが、ドルロイほどの鍛冶師でも国宝級の秘宝は、なんらかの功績を立てないとお目にかかれるものではなかった。

 まさかその悲願が今日こうして叶えられてしまうとは、さすがのドルロイも想像の埒外のことであった。

 「…………すでに加工を施した形跡があるな。それも恐ろしい魔法付与エンチャントの痕跡がある。間違いなく伝説級レジェンドのものだ」

 上下左右から嘗め回すように欠片を観察していたドルロイは、太い溜息とともに松田に向き直った。

 「――――一週間時間をくれ」

 この機会を逃すならそいつは断じて鍛冶師ではない。いや、ドワーフですらない。

 ドルロイの心は、もはや緋緋色鉄の謎を解明するという鍛冶師の本懐を果たすことだけに集中していた。

 一週間というのは、ドルロイが元老評議会を説得するための最短の時間という意味である。

 松田を拝み倒す勢いでドルロイは両手を床につけて懇願する。

 「この命懸けて必ず爺いどもを説得してみせる! この俺に伝えられるものは全てお前に伝えよう。どうかその緋緋色鉄を俺以外のところにもっていかないでくれ」

 まさかのドワーフ土下座に松田は慌てた。この世界にも土下座はあったんだと驚く余裕もなかった。

 「そういうことでしたら否やはありません。ですが口約束だけというのもなんですから、文書にしておきましょうか」

 正直ここまでの反応を見せられるとは松田にも予想外だった。

 鎖の欠片どころか、まだある程度原型を保った鎖を丸ごと所有しているなどと知られたら監禁されてしまいそうな勢いであった。

 「お、おう、そうだな。リンダ頼む」

 「はいはい…………全く困ったものね、うちの宿六は」

 呼吸のあった二人のやりとりに松田はとある想定をして思わず愕然とした。

 「……お二人はもしかしてご夫婦ですか?」

 「ん? リンダはもう五十年は連れ添った古女房だが?」

 「勝手に人の歳をばらしてんじゃない! せっかく若く見られてんだからその辺、気を使いなさいよ!」

 またリンダの回転回し蹴りが決まった。幼い見かけによらず暴力的な人である。もしかしたらこの店が恐れられてる暴力はリンダの仕業なのかもしれない。

 ちょっと見えてはいけないものが見えていた気がするのは内緒だ。

 それにしてもステラと同じくらいにしか見えないリンダが、まさかむくつけき野獣にしか見えないドルロイの妻とは…………。

 「ドルロイさんって、もしかしてロ…………」

 「その先を言ったら戦争だろうが! わかってんのか? ああんっ!」

 「返す言葉もございません」

 その後松田とドルロイは互いに文書を交換した。

 一週間後、ドルロイは緋緋色鉄の欠片を得ること。その代わり松田はドルロイに弟子入りしてその技を教えてもらうことである。

 「手付けだ。持っていけ」

 そう言ってドルロイは松田に一枚の紙を差し出した。

 「これは?」

 「俺なりのミスリルの加工のレシピが書いてある。お前ほどの魔力があればちっとは形になるだろうさ」

 ただレシピ通りに錬金したものは、鍛冶師が丹精をこめて加工したものには及ばない。

 しかし素材が変わればダイレクトに効果が変わるのも事実である。

 ミスリルの錬金レシピを使えば、間違いなく松田のゴーレムは大幅に性能をアップするはずであった。

 「ありがとうございます!」

 「こっちも一週間の間にいろいろと準備しておく。お前もその間もう少し自分を鍛えておけ」

 それはつまり、迷宮に入ってレベルをあげろ、ということである。

 ドルロイは松田がその莫大な魔力量とは裏腹に、非常に低レベルであることを見抜いていた。

 レベルが低いままでは取得できないスキルがある。ドルロイは本気でこの風変わりなエルフに自分の持つ全ての秘儀を伝えるつもりであった。

 緋緋色鉄の秘密は、それでもなお釣り合わないと思えるほどに貴重なものであったのだ。

 「可能な限り、鍛えてお目にかかります」

 松田は感謝とともにドルロイに頭を下げた。


 ドルロイの店を出た松田はさっそく迷宮へと向かうことにした。

 ステラもちょうどよい片刃剣をドルロイに見繕ってもらっており、戦う気満々である。

 『あのドワーフ、思ったよりいい腕をしていましたね』

 あっさりミスリルのレシピを渡したあたり、きっとドルロイにとってはそれほど価値もない技術なのだろう。

 おそらくはミスリルと他の金属との合金や、属性付与まで行っている可能性が高い。その鍛冶師に全てを伝えると言わせたことの意味は大きかった。

 『主様のスキル、土魔法の習得三倍があればそれほど大きくレベルを上げなくとも彼の技術を吸収できるでしょう。さすがに二レベルでは厳しいでしょうが』

 「とりあえず地道に三レベルを目指すとしようか」

 まずは迷宮でミスリルゴーレムを試してみよう、と松田が意気揚々と錬金街を出ようとしたときであった。

 風のように近づいてきたみすぼらしい少年が、ごく自然な手つきでディアナへと手を伸ばしたのである。

 明らかに手慣れた盗人の技であった。

 ――――が。

 「あばばばばばばばばばばば!」

 『主様以外が私に触れようなんて千年早いですわ!』


 少年の手がディアナまであと数ミリ――触れるか触れないかというところで青白い電撃が走り、少年はビクビクと全身を痙攣させて昏倒した。

 ディアナが非殺傷型の電撃魔法を行使したのである。

 さすがに殺すことは差し控えたらしいが、何せディアナには研究されることを拒んで施設ごと吹き飛ばした前科があるのだ。

 ディアナに触れる前に昏倒することのできた少年は運が良かった。

 「てめえっ! フェッティに何しやがる!」

 「ここが誰の縄張りかわかってんだろうな!」

 「身ぐるみ置いていくなら見逃してやっても構わないぜ!」

 出番待ちしていたかのような、テンプレのごろつき集団に比べれば間違いなく運が良かったと言えるだろう。

 「ご主人様になにするです! わふ」

 「待て! ステラ、せめて剣は使うんじゃない!」

 「わふう、わかってるです! ご主人様!」

 敵の存在を確認するや飛び出したステラは、小柄な体からは想像もできない膂力で彼らの腹部に悶絶の一撃を叩きこんでいった。

 まさに出オチ。わずか数秒で、そこには地面にお好み焼きを量産する男たちが六人ほど蹲っていた。

 『主様、まだ終わってはおりません!』

 「――――召喚サモンゴーレム!」

 遠距離から放たれた炎弾が命中するよりも早く、召喚されたミスリルゴーレムが事もなげに炎弾を受け止める。

 これが鋼のゴーレムであれば、あるいは核まで破壊されていたかもしれないが、飛躍的に魔法防御力が上昇したミスリルゴーレムは無傷であった。

 ごろつきを倒し終えたステラが隠れた魔法士を追おうとするが、松田は慌ててそれを止める。

 「こら! 追うんじゃない! 待ち伏せされてたらどうする!」

 「わふっ?」

 松田の呼びかけに応えて一瞬ステラの集中力が途切れた。

 まさにそれを待っていたかのようなタイミングで、一本の矢が弩から放たれた。

 「なっ!」

 咄嗟に土壁を生成しようとするが、それよりも早くステラを狙った矢は疾風迅雷のごとき鋭さで、一人の剣士によって切り払われていた。

 「――――大丈夫か?」

 「はい……ありがとうです。わふ」

 そのときになって自分がどれほど危なかったのかを自覚したステラは震えていた。

 頭に血が上ると目先のことに集中してしまう彼女の悪い癖である。

 ギラリと瞳を怒らせて剣士は矢の飛んできた方向を睨みつけるが、次の矢が飛んでくる気配はなかった。

 『――マーキングしました。いつでも追えます』

 (逃げたのなら今はそれでいい)

 心底肝を冷やした松田は怒るよりも先にステラを抱きしめて、助けてくれた剣士に深々と頭を下げる。

 「本当に助かりました。私は探索者のタケシ・マツダと申します」

 「ああ、知っている」

 すでに相手がこちらを知っていたことに松田は首を傾げた。

 同時にフワリと風に髪がなびいて、隠れていた剣士の素顔が露わとなる。

 思わず息を呑むほどの美貌であった。

 戦いで日焼けした肌や、毛先が痛んだ金髪もその美貌を曇らせるには足りない。

 もしエステティシャンが存分に彼女を磨き上げたら、いったいどれほどの美女になるか松田には想像もつかなかった。

 少なくとも松田がいた日本では接触の機会もないほどの美女であることは疑いなかった。

 「――実はちょうど貴方を探していたところだったのだ」

 真摯な瞳で美女は松田を見つめた。

 それだけで美女を相手にした場数が少なすぎる松田は、何を答えたらいいかわからなくなる。

 『もう……! 主様ったら、もう……!』

 ディアナが何か言っているようだが全く頭に入らぬ松田であった。

 「は、はあ……どうして私のようなものを?」

 まだこの要塞都市マクンバを訪れてそれほど時間が経っているわけではない。

 もし松田の名前が知れるとすれば、それはリジョンの町の一件くらいのものであった。

 だが目の前の美女が、リジョンの町での野盗とステラをめぐる一件で松田を探していたようにはどうにも思えなかった。

 「さきほどマウザーという奴隷商人から板細工をもらっただろう?」

 「なぜそれを?」

 「私はあのとき、あの店のなかにいたのだ。貴方の奴隷に対する識見は非常に興味深かった」

 ――――この世界で初めて奴隷というものを見て、随分と青いことを言ってしまったような気がするが。

 感心した面持ちでこちらを見つめる美女に松田は困ったように赤面する。


 「一週間でいい。私を貴方のパーティーに入れてもらえないだろうか?」

 「えええええっ?」


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