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アラフォー社畜のゴーレムマスター  作者: 高見 梁川
第一章
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第二十一話 要塞都市マクンバその2

 「まあ、そのつもりですが」

 あまり目を離しておくのも不安だし、そもそもステラ自身が承知しないだろう。

 ここが日本であれば警察に相談するか、仕事上問題がなければ家庭で保護するところである。

 しかしそうしたセイフティーネットもない。さらにステラの人狼という種族はバレたら命を狙われるほど稀少だという。

 自助努力して強くなるしかないじゃないか、というのが松田の言い分であった。

 目の前の男に言っても詮無いことだが。

 「リジョンあたりの田舎もんが同じ気分でマクンバの迷宮に潜られちゃ迷惑なんだよ! 死なないうちに尻尾巻いて帰りな! それとも帰りたくさせてやろうか?」

 身長は二メートルに達するだろうか。

 典型的な戦士スタイルであるが、軽装で皮鎧と胸甲しか身に着けていない。

 腰に差した武器は円月刀シミターかカトラスであろう。

 「そういうわけにもいかない理由がありましてね。これでもそれなりに戦えると思いますよ?」

 『殲滅いたしますか? 主様』

 (そろそろ殲滅から離れてくれよ!)

 松田の毅然とした態度は男のプライドに障ったらしく、男は顔を怒りに赤らめてぶるぶると拳を握りしめた。

 「たかが鉄級のルーキーがいっぱしの口叩くじゃねえか! その言葉が嘘か本当か確かめてやるぜ!」

 「やれやれ、貴方に確かめてもらう必要があるんですかね?」

 「てめえっ!」

 男が拳を振りかぶって松田の顔面に叩きつけるよりも早く、松田はゴーレムを召喚した。

 「――召喚サモンゴーレム」

 バキッ!

 骨が折れるいやな音がギルドに響き渡った。

 男の拳が全力でゴーレムのタワーシールドに叩きつけられたために、骨が衝撃に耐えられなかったのである。

 「うぎゃああああああああああっ!」

 激痛に絶叫して、男は拳を押さえて蹲った。

 突如出現したゴーレムの姿に、ギルドはたちまち物見高い野次馬が騒ぎ出す。

 「おい見ろよ! ゴーレムなんて初めて見たぜ!」

 「いいゴーレムだ。おそらく銅級でも上位の力はあるぞ」

 「鉄級でもエルフはエルフってことか……」

 まさか骨が折れるほど本気で殴りかかってくるとは思っていなかった松田は、心配そうに蹲った男に声をかけた。

 「――――大丈夫ですか?」

 「大丈夫なわけがあるか! 嘗めやがって!」

 憤懣やるかたなくゴーレムの守りから顔を出した松田に、男は再び拳を繰り出すが、その拳は全く意外な人物によって止められてしまった。

 「なん…………だと?」

 「ご主人様に手を出すのはステラが許さないです! わふ」

 可愛らしい十歳ほどの美少女に、あっさり拳を受け止められてしまったことは、男に計り知れない衝撃を与えた。

 ある意味骨折よりもダメージの大きな衝撃であった。

 そんなことがあるはずがないのだ。

 男は銅級でも上位、将来の銀級が約束されている実力の持ち主であり、そのせいで天狗になっていたとはいえ少女にあしらわれるような生易しいものではない。

 自分の人生観を根こそぎ否定されたような思いで、男はがっくりと座りこんでしまった。

 「ステラを甘くみるものはステラに泣くのです! わふわふ」

 (まあ、人狼化しなかったのは褒めてやるべきだな)

 期待に満ちた表情でくるりと松田を振り向いたステラの頭を、よしよしと優しく撫でる。

 もはやルーチンワークと化していると感じる松田であった。


 このあまりに非常識な光景は、これまで傍観していた探索者たちにも戦慄を走らせた。

 鉄級であるが銅級上位のゴーレムを召喚するエルフ、そして膂力で銅級上位を上回ってみせた幼い少女。

 いずれもマクンバのギルド始まって以来の珍事であり、その目で目撃しなければ到底信じられない出来事であったからだ。

 「――――素晴らしい! 実に素晴らしい腕をお持ちですね」

 数瞬の沈黙を乾いた拍手の音が破った。

 魔法士らしい紺色のローブに身を包んだ一人の青年が、糸のように目を細めて松田に拍手を送っていた。

 「魔法消費量の高いゴーレムをあえて使うとは、さすが魔力量の多いエルフの方です」

 一般にエルフは魔力量の多い種族であると言われている。

 人間の魔法士とエルフの魔法士では、よほどの差がないかぎり倍は違うと言われるほどだ。

 であるならばエルフがゴーレムを使うのもそれほど驚くべきことではない。そう青年は言っているのであった。

 「…………使いたくはなかったのですがね」

 馬鹿な男が喧嘩を売ってなどこなければ、迷宮に入るまで出すつもりはなかった。

 それでもきちんと一体で抑えたあたりは松田もステラ同様成長したということであろう。

 「私の名は銀級探索者のメイリー・ステラートと申します。お名前を伺っても?」

 「タケシ・マツダ。鉄級探索者だ」

 松田がやはり鉄級であったことをはっきりと知らされて、再び野次馬のなかに動揺が走る。

 さらに彼らの憧れの存在である銀級探索者のメイリーは松田に遜っているのが、なんともいえず不快に感じられた。

 「非常に珍しい杖をお持ちのようですが、ちょっと拝見させていただけますか?」

 言葉は丁寧であるが、明らかにメイリーは断られるということを想定していないようであった。

 自然とディアナへと伸ばされたメイリーの手は、冷たく断固とした言葉によって撥ねつけられた。

 「――――お断りします」


 『いやです! いやいや絶対に嫌! 主様以外の魔法士に触られるなんて鳥肌が立ちます!』

 (おいおい、どうやったら鳥肌が立つんだよ)

 『やはり殲滅します! 髪の毛一つ残さず完璧に!』

 (勘弁してどうぞ)


 そんな葛藤が松田のなかであったのをメイリーが知る由もない。

 顔は笑顔のままだが、彼の胸の奥で不満がうずまいているのは営業経験も長い松田には隠せなかった。

 言葉では遜っていても、内心では自分のほうが立場が上だと確信している人間によくある反応であった。

 大口の取引先営業が、自分の要求を真っ向から拒否されて「えっ?」と固まってしまうのによく似ていると松田は思う。

 「失礼しました。貴重な品とは思いますが決して粗末には扱いません。どうか後学のために手に取らせてはいただけませんか?」

 (――ディアナ?)

 『ありえません! 恥辱プレイですか? 私は主様にご満足いただけないのですか? 私が寝取られてもいいっていうんですか?』

 「すいません、もうお腹いっぱいです」

 「はぁ?」

 「…………申し訳ないが実は一族の掟でして。ご勘弁いただきたい」

 ディアナがいい感じで壊れ始めたので、エルフであるのをいいことに松田は種族の因縁話をでっちあげることに決めた。

 下手に触らせたらこの場でディアナが星を砕くものをぶっぱなしかねない。

 「そうですか――そういうことなら仕方ありませんね」

 本当は納得などしていないのだろう。メイリーの視線は相変わらずディアナにロックオンされたままであった。

 「では私はここで失礼を」

 メイリーの頼みをはねつけたからだろう。これまでは面白そうに見ていた探索者たちの視線が険悪なものに変わりつつあった。

 こうした同調圧力が馬鹿にできないことを松田は知っている。

 早くこの場から離れてしまうべきであった

「買い取りのカウンターはどこになりますか?」

 ことの成り行きに呆然としていた受付嬢は、すぐに職業意識を発揮して見事な営業スマイルを浮かべた。

 「そちらを左に曲がってすぐにございます」

 「ありがとう」

 自業自得かもしれないが、骨折して呻いている男はそのまま誰からも放置されていた。


 買い取りのカウンターは五人ほどの中年男性が担当で鑑定にあたっており、まだ時間的に早いのか並んでいる探索者は二十人足らずほどであった。

 最後尾に並んだ松田は数分と待たずにカウンターへとたどり着いた。

 「何を買い取りますか?」

 「ああ、前の迷宮で売るのを忘れていた魔石をお願いします」

 いろいろとありすぎてリジョンの町の迷宮で入手した魔石は売却せずに持ち続けていた。

 ディアナを封印していた未管理の迷宮の分もあるので、そろそろ持ち歩くのが億劫になりつつあったのだ。

 「ではこちらにどうぞ」

 「ステラ、そっちの鞄のも出しなさい」

 半分の魔石はステラの肩掛け鞄に入れていたので、自分のものと合わせて松田は魔石を残らずカウンターの台にぶちまけた。

 「――――なんだこりゃあああ?」

 ざらざらと零れていく魔石の数が異常であった。

 よくよく考えると松田たちは、鉄級探索者たちが何か月かけても攻略できないリジョンの町の迷宮を一日で踏破したのである。

 しかもゴーレムの数に物を言わせて乱獲したから数が尋常じゃないことになっていた。

 なかでも彼らを驚かせたのはひと際大きな碧色の魔石であった。

 人間の拳大の魔石はよほど強力な魔物でないと落とさないはずのものだ。

 このマクンバの迷宮でも、最低三十階層より下層でないと到底見つかる物ではない。

 「こ、これ何を倒して手に入れたんですか?」

 「はぁ? キマイラですが……」

 「そそ、それは何階層で? マクンバでキマイラ出現の情報は…………」

 「リジョンの町の最下層ボスでしたが何か?」

 「あんな町の低階層迷宮にキマイラが出た? いや、そんなはずは……だがこの魔石は……」

 「とりあえず早く換金して、どうぞ」

 「こ、これは失礼しました。金貨三十二枚銀貨六枚銅貨二十六枚になります」


 松田たちの会話は当然その場にいた探索者の耳にも届いていた。

 「おい、キマイラってたしか……」

 「銀級か銅級でも十人以上でかかってどうにかって話だぜ?」

 「それをあのエルフが倒したってのかよ……」

 見たところ松田が際立って優れた探索者であるようには間違っても見えない。

 強者特有の覇気というものが欠片も感じられないからだ。

 松田の種族がエルフであるということを差し引いても、違和感を感じざるを得ないところである。

 買い取りカウンターのざわめきを聞いて、メイリーは興味深そうに笑った。

 「……キマイラ、ですか。私でも一人では倒す自信はありませんね」

 それどころかパーティーで戦っても、はたして犠牲者なしで倒せるかどうか。

 「気になりますね。あの杖、どう見てもただの木の杖じゃありません。もしかすると伝説級……下手をしたらエルフの里にあると伝えられる世界樹で作られた物かも……」


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[気になる点] 頭痛が痛いとか死体が死んでるとか違和感を感じるとかの表現はあまり好きではないです こういうのを見ると違和感を感じてしまう
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