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アラフォー社畜のゴーレムマスター  作者: 高見 梁川
第一章
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第二十話  要塞都市マクンバ

 リュッツォー王国の要塞都市マクンバ。

 西部国境の要であり、街の規模はリジョンの町の五倍を優に超える。

 山々に囲まれた盆地に位置し、街へと続く山間の街道を巨大な関所を築いて封鎖したため、要塞都市の名がついた。

 住人には商人が多く、リュッツォー王国、パリシア王国の東西をつなぐ交流の拠点となっている。

 両国は決して仲がよいというわけではないが、そもそも国家に親友など存在しない。

 まして商人にとっては、商品を売り買いするのにそんな事情などなんの価値もなかった。

 またマクンバには伝説級とまではいかなくとも、間違いなく上級といえる規模の迷宮が存在している。

 そのため探索者や、探索者が採取する魔石や秘宝を加工する鍛冶師、錬金術師が門を構えており、いかにも猥雑な街路を形成していた。

 人はそこを、マクンバの魔窟と呼んだ。


 「――でかい門だな」

 高さはおよそ二十メートル程度だが、厚みと備えつけられた防御機構がリジョンの町を大きく上回っている。

 リジョンの町から三日ほど歩き続けた松田は、予想以上のマクンバの威容に驚いていた。

 『主様のゴーレムなら一撃です』

 「いや、どうかな? 壊せても半分程度だろう」

 少なくともリジョンの町ほどもろくはないはずだ。もしかしたらなんらかの魔法も付与されているかもしれない。そうなると半分どころか三分の一も壊せれば上等であろう。

 「せっかくだからいろいろと学ばせてもらうさ」

 『――悔しいです。私ももっと錬金術を学んでおくべきでした』

 心底悔しそうにディアナはこぼした。

 彼女たち知性インテリジェントある秘宝アーティファクトにとって、主の役に立つことが一番の存在理由である。

 松田が土魔法しか使用できないのがディアナには残念でならなかった。

 「探索者ギルドは第三街区の中央だ。行っていいぞ」

 「ありがとうございます」

 丁寧に頭を下げた松田に少し驚いたような顔をして、門衛の男はすぐに次の人間の受付に向かっていった。

 はて、この世界のエルフはそんなに居丈高なのだろうか。

 『私が封印される前にはなかった都市ですね。それに迷宮があったとも聞いていません』

 「いつできたのかは知らないが、活気があっていいな」

 日本にいたころは都会の喧騒より田舎の長閑な田園風景に憧れたものだが、リジョンの町にいたら途端に便利な都会の暮らしが懐かしくなったから現金なものである。

 門衛に言われた第三街区はマクンバの町の東南に位置していた。

 賑やかな商業街区を通り過ぎ、街の風景がどこかくだびれたような荒んだものに変わっていく。

 表通りはにぎやかだが、一本はずれると雑然とした下町のようである。

 その猥雑な光景でひと際異彩を放つものがあった。

 「――――あれはなんだ?」

 まるで愛玩用の犬のような狭い檻に入れられた人間。

 杭から伸びた鎖を首輪に巻きつけて、感情の色のない瞳で呆然と空を眺めている人間。

 その何かを諦めきった目に松田は覚えがあった。

 『ああ、奴隷ですね。それなりの規模がある迷宮や鉱山がある都市ではよくある光景です』

 おそらく身体を拭いてさえいないのだろう。

 饐えた匂いにステラも顔を顰めて鼻をつまんだ。匂いに敏感な彼女にはかなりきついらしい。

 「そうか、奴隷か…………」

 そうだよな、異世界だもんな、と松田は力なくつぶやく。

 『お買い上げになりますか? 主様は秘密が多いですし、絶対に裏切ることのできない奴隷は有用かもしれません』

 持ち主に絶対服従の奴隷は、隠し事や契約の秘密事項の多い商人も重宝している。

 また報酬が発生しないため、奴隷落ちした探索者や兵士は迷宮での即戦力として探索者に購入されることが多かった。

 基本的に彼らは、主人の気まぐれで奴隷から解放されないかぎり死ぬまで奴隷の身分のままである。

 そのせいか大半の奴隷は能動的な気力を失くしていた。

 「――――裏切れないだけの人間が信用できるかっ! 俺だって逆らえるもんならアホ上司に腹パン食らわしたかったわ!」

 失業による生活の不安から家族を守るため必死で耐えた同僚がいた。

 それでも耐えきれずに失踪した部下がいた。

 裏切れないからといって、奴隷がどれほどの怨念を胸に蓄えているかは松田の想像を絶する。

 殺せるものなら殺してやりたい、と心の中で松田が何度呪詛を唱えたことか。

 あのくそ上司のために、業務外で何かしてやるなど死んでもありえない。むしろ奴の不利益になることなら喜々としてやったろう。

 あるいは松田も部下からそうした目で見られていたかもしれない。

 いつの世も、上司に怒鳴られ、部下の憎悪を引き受けなくてはならないのが中間管理職のつらいところなのだ。

 もし仮に怨念を蓄えていないとするならば、それはもはや生きる気力をなくしているだけだ。

 いずれにしろ社畜として神経をすり減らした松田が行動をともにするには、奴隷とはあまりに精神的ストレスが強すぎる相手だった。

 「命令に逆らえないということと、消極的な不利益を働くことは両立する。あまり奴隷を信用しすぎると痛い目をみるぞ?」

 『私の考えが浅はかでした。謝罪いたします』

 「わふぅ! ステラはずっとご主人様の味方ですよ?」

 快活に迷いのない声でステラは答えた。

 よしよしと松田はステラの頭を撫でる。その生命を危険にさらして松田を助けてくれたステラは貴重な例外である。

 それにここまでご主人様大好きワンコ属性の少女を疑うのは、よほどの人間不信であっても難しい。

 「おや、エルフの旦那がこんなところにいらっしゃるとは珍しい。いかがです? 良い奴隷を揃えていると自負しておりますが」

 松田の会話を聞いていたのか、愉快そうに笑って一人の商人が現れた。

 顔は笑顔であっても、その裏にある感情は巧妙に隠されている。

 ピクリと眉を跳ね上げて、松田は如才ない男を胡散臭そうな目で見た。

 「悪いが奴隷に興味はないよ」

 「なんともったいない! 拝見したところお二人は探索者である様子。いまならちょうどよい前衛をご紹介できますぞ?」

 やはり油断ならないな、と松田は思う。

 松田はともかくステラまで探索者であることを男は見抜いていた。

 ステラの耐久力が低いことを考えれば、確かに松田のパーティーに必要なものは前衛であると思うだろう。

 もっともそれは、ゴーレムをいくらでも前衛にできる松田には無用なものだ。

 「すまないな。ともに迷宮へ入るなら信頼できるもので、と決めている」

 正確には秘密を共有するに足る人間と、であるが。

 「――――なるほどお見事なご見識。されど、奴隷が信用能わぬとは誤解でありますぞ? 機会があれば是非お訪ねくだされ」

 「……そのときはよろしく頼む」

 社交辞令ではあるが、松田はそう答えた。ことさら男の言葉を否定できる根拠もなかったからである。

 「私の名は奴隷商人のマウザー・ホトラントと申します。お近づきのしるしにこれをお渡ししておきましょう」

 そういうとマウザーは松田の手に幾何学模様の板細工を握らせた。

 「これは……?」

 「これを店で見せていただければ最優先で奴隷を手配いたしますし、取り置きも承ります。本来はお得意先様への優先権のようなものでして」

 「なぜ今日会ったばかりの俺に?」

 「さて、そこは私の商人としての勘と申しておきましょうか」

 勘であるとすれば大外れだな、と思いつつも松田は口には出さずに板細工を受け取った。

 「せっかくの好意だ。ありがたくいただいておこう」

 「ではまたお会いする日を楽しみに」

 深々とお辞儀するマウザーに軽く手を振って、松田は歩みを速めた。

 一貫してまっとうな商人に見えたマウザーだが、松田の第六感がしきりと警鐘を鳴らしていたのである。


 松田の姿が見えなくなったのを見届けると、マウザーは店の中からじっと二人のやりとりを見守っていた女に声をかけた。

 「命令に逆らえないということと、消極的な不利益を働くことは両立する、か。うまいことを言う。なぜエルフが奴隷の本質をわきまえているのかは疑問だがな」

 そう、実は奴隷はある意味では積極的に主人の不利益を図ろうとする生き物だ。

 慈悲がなく扱いの悪い主人ほどその傾向は強い。

 貴重な情報を聞いても主人に教えない。甚だしい者になるとあえて勘違いしそうな言葉を用いることで主人の破滅を画策することもある。

 決して心を許してはいけない。逆らえないからといって決して油断してはいけない。そんな人間ほど結果的に奴隷を大事に扱い無駄な消耗をさせないことをマウザーは経験的に知っていた。

 「よい主人になりそうだ。どうだ? 売りこんでみるか?」

 マウザーの言葉を女は口惜しそうに聞いた。

 「――――ふん、慈悲深い主人なら、この屈辱が晴れるとでも言うつもりか?」

 「こちらは商売なのでね。いやなら奴隷になどならなければいい。誇りとともに死ぬというものひとつの生き方だ。それを止めるつもりはないよ?」

 「くっ…………」

 最初から死ねるくらいなら、女も自分を身売りしようとしたりはしない。

 「君には残念だが、一週間後までに貸し付けた金を返せなければ、奴隷になることは確定だ。世の中は同情では覆せないことが多すぎる」

 「…………そのことについて反論する気はない。では金はいただいていくぞ?」

 「お気をつけて、シェリー」

 くすんだ金髪をなびかせ凛然とした少女シェリーは、自嘲気味に哂うとマウザーの店を出た。

 「この世界が優しくないことなど、とうに知っているさ」




 探索者ギルドはリジョンの町より遥かに大きく喧騒に満ちていた。

 「わふう……リジョンより人がいっぱいです!」

 (思ったことをすぐ口に出してしまうのは、ステラのいいところでもあるが悪いところでもあるな)

 松田はステラに軽く目で黙っているように言うと、すぐにステラ察したようで顔を俯けた。

 そのシュンとなった姿に罪悪感が湧くが、これも躾けと松田は心を鬼にした。

 「迷宮探索の許可をお願いしたいんだが」

 「かしこまりました。それではギルド証明書カードをお願いします」

 リジョンの町で発行されたギルド証明書は大陸共通であるらしい。

 いったいどうやってインターネットもないこの世界で情報を共有しているのか、いささか気になるところではあった。

 『それは同一存在から分割されたものが、知りえた情報を共有する現象を秘宝アーティファクトライズしたものです』

 ディアナの言うところでは、千年前にはすでに確立した技術で、なんでも巨大なスライムが数千体の子スライムを産みだし、そこから情報を集めていたことがあったらしい。

 その同化共有現象を解明し秘宝化した錬金術師がいたのだそうだ。

 造物主ライドッグも憧れていたというからよほどの術者であったのだろう。

 「結構です。探索許可証を発行します。ただし許可期間は一か月ですので、それ以上探索を続行するのであれば必ず延長申請を行ってください」

 「ありがとうございます」

 手のひらサイズの探索許可証を受け取ると、松田は魔石の買い取りカウンターを探した。

 ディアナが眠っていた迷宮で集めたものがかさばっているのである。

 「おいおい、そんな餓鬼を連れて迷宮に行こうってのか?」

 ――――テンプレというべきか。

 巨漢が薄笑いを浮かべて松田の前に立ちふさがったのはそのときだった。


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