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アラフォー社畜のゴーレムマスター  作者: 高見 梁川
第四章
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第百六十話  誤解

 リュッツォー王国のグリンゴ二世は情緒不安定な状態が続いていた。

 バリストンを松田にけしかけたのはよい。

 そのままバリストンが松田を消し去ってくれれば、悩みも晴れるというものだ。

 だが万が一、松田が勝利してしまった場合。これが恐ろしかった。

「…………さすがに無傷ということはあるまい」

 バリストンは不死の呪いによって一国を滅ぼした伝説級探索者である。

 そのバリストンを倒したということは松田が一国の軍事力を凌駕するということ。

 もしかするとその虎の尾を踏んでしまったかもしれないと思うと、グリンゴはいてもたってもいられなくなるのであった。

 かといって放置するということもできなかった。

 本当ならば土下座でもなんでもして松田に敵対しないよう懇願するべきだった。

 松田のメンタリティーでは土下座無抵抗の相手を攻撃することはほぼありえない。

 しかし生まれながらの王族であり、一国の国王として君臨しているグリンゴに、そんな発想すら思いつくことは難しかった。

 それにデアフリンガー王国よりの立場をとってしまった松田は、すでにグリンゴにとって仮想敵以外の何物でもなかったのである。

「……さすがに不死のバリストンを倒すとは思えませぬが……」

 誰にも殺せないからこそ、バリストンは各国があえて手を出さずに放置されていた。

 そんなことはありえないとばかりに宰相は首を振る。

「殺せなくとも、あの迷宮からバリストンを出られなくするということもあろう。あえて倒さずに封じ込めるというのもゴーレムマスターならありえるのではないか?」

「それは――――」

 対バリストンとして王国が考えていた作戦のひとつではある。

 しかし実現性は微妙なのでお蔵入りしているものだ。

 そもそもそんなことを言ってしまっては、最初からバリストンをけしかけたりしなければよかったということになる。

 すでに賽は投げられた。

 ならばそれを利用するしかない。

 確かに伝説級探索者同士が戦うということは、この数百年一度もなかったことだ。

 それどころかこのところは伝説級探索者が誕生することすらなかった。

 グリンゴにしても、近隣で伝説級探索者が誕生するのは生まれて初めての経験なのである。

 だからこそその距離感を判断することが難しかった。

 伝説級探索者とは、いわばたった一人の国家である。

 その国家が、自分の領内を好きに歩く。

 これは為政者にとっては恐怖以外の何ものでもなかった。

 自国の秩序内に異物が存在するということは、為政者にとっては恐ろしいストレスなのだ。

 ゆえにこそ伝説級探索者は住む場所を追われ、迷宮へ居を移すことになる。

 しかし今回の場合はタイミングと手段が悪かった。

 いや、悪かった可能性があると後になって気づいた。

「下手に生かしておけばデアフリンガー王国との戦いで奴は敵に回る。パリシア王国とて同盟国。無下に反対はすまい」

「パリシア王国が同意するならば」

 消極的に宰相が頷くと、グリンゴは吼えるように言った。

「では即刻使者を送れ!」

 最悪の判断であった。

 己の影に怯えて吠える犬のごとき愚かさである。

 だが松田は知らない。

 伝説級探索者という存在は、そんな愚かな決断をさせるほどに恐れられているのである。

 悠然と懐に入れたフェッターケアンが例外なのであり、案の定パリシア王国国王はグリンゴの提案を受け入れたのであった。


 ――――ところがその様子は、すでにイリスが発見するところとなっていた。

 軍事行動のような派手な動きがイリスに察知できないはずがない。

 彼らとはすれ違いに松田たちはグリフォンゴーレムの背に乗って、バリストンに託されたカゲツ支族のもとへ向かっていた。

 リアゴッドが手あたり次第に絢爛たる七つの秘宝の情報を集め、ようやく万物を見通す眼イリスの所在を突き止めたのはまさにそのときであった。

 松田がとうに逃げだしているとも知らず、運命の迷宮を包囲した三万の兵士たちの目の前に、リアゴッドは宝冠コリンの力を借りて転移してきたのである。

 もとより動員された兵士たちで、松田の顔を知るものなどほとんどいない。

 彼らはエルフとその一党としか聞かされておらず、転移してきたダークエルフであるリアゴッドの邪悪なオーラと相まって、リアゴッドと松田を誤認したのである。

「――――そこのエルフ! 国王陛下の命である! 大人しく縛につけ!」

「なんだと?」

 転移したそうそう大軍の出迎えを受け、リアゴッドは即座に激高した。

 彼にとって、こうして国家に命を狙われるのは日常茶飯事であり、転生してリアゴッドとなった今もそれを当然のこととして受け取ったのである。

「所持している絢爛たる七つの秘宝を差し出せば命だけは助けるとの国王陛下よりのお言葉である!」

 もちろんそんな約束を守るつもりはグリンゴには毛頭ない。

 目的は手段を正当化させるというのが為政者の考えなのは、古来より変わらぬ真実であった。

「相も変わらぬ猿どもがっ!」

 実に千年もの月日である。

 自分が転生してその記憶を取り戻すまで千年以上が経過してきた。

 にもかかわらず人間の愚かしさは何一つ改善されていない。

 それどころか魔法技術まで劣化し、ごくわずかな例外だけが古代に伍する力を所有していた。

 リアゴッドは自分の理想が間違っていない、と改めて確信した。

「貴様らに教えてやる。本当に尊ばれる力というものがどんなものか。王権などという木っ端とは格が違うのだ」

「手向かうか! 伝説級探索者だからといって、軍を嘗めるなよ!」

 リュッツォー王国軍の指揮官であるメイベル将軍は好戦的な野心家である。

 デアフリンガー王国との戦争を望み、この松田討伐をひとつのきっかけにしたいと目論んでいる。

 軍というものは平時ではなかなか出世の機会が少ない。

 そのなかを将軍にまで成りあがったのだから、メイベルも決して無能な将軍などではないのだが、いかんせん彼は伝説級探索者というものがわかっていなかった。

 そのため彼の考えでは伝説級探索者とは、宝石級探索者のなかで頭一つ強い、という程度である。

 対人戦闘だけを訓練した精強な軍団にとって、宝石級探索者は

それほど手ごわい存在ではない。

 もちろん単体としては脅威なのだが、物量でどうにでもなる相手だった。

 メイベルのそんな侮りは、リアゴッドの逆鱗に触れた。

「蟻が群れをなせば巨象も倒せるというのは間違いだ。いくら群れようとも所詮蟻は蟻にすぎぬ」

『造物主様、行きます!』

「うむ」

 リアゴッドの身体が虚空に溶けるように消えた。

 その誰もいなくなった空間を、数千の雨のような弩が通り過ぎていく。

 突然標的が消えたことに動揺が走った。

「どこだ? どこに消えた?」

「――――ここだ」

 リアゴッドの現れたのはメイベル将軍の真上であった。

「なっ…………!」

 驚愕に目を見開くメイベルを、リアゴッドは毛虫でも見るような目で見下ろした。

 この程度のことで驚くとは、いったいこの男はどこまで自分を見損なってくれたものか。

「愚かであることは罪だ――これから俺の造り出す世に、愚か者は必要ない」

「愚か者は貴様のほうだ!」

 メイベルは絶叫した。

 確かに不意を衝かれたことは認めよう。

 しかし本陣であるメイベルの周辺は、逆にいえばもっとも警戒が厳重な場所でもある。

 総予備として控えていた魔法師団の精鋭が、一斉に詠唱していた魔法を解き放った。

 総勢二千に上る魔法士たちの一斉攻撃をあざ笑うかのように、リアゴッドの姿が再び消える。

「芸のないことだな。せめてこのくらいの芸は見せて欲しいものだが」

 リアゴッドは不敵に嗤う。

「あそこだ! 今度こそ逃がすな!」

 今度は魔法師団の上空に出現したリアゴッドに再び魔法が飛ぶ。 

 それを待っていたかのようにリアゴッドはコリンの転移を発動させた。

 ただし自分ではなくメイベルに向かって。

「な……ぎゃあああああああああああああああ!」

 気がついた時には千を超える攻撃魔法の光が、メイベルへ直撃していた。

 ただの人間であるメイベルにそれを耐えきれるはずがない。

 つんざく悲鳴だけを残してメイベルは絶命した。

「口ほどにもないな。俺ならあの魔法が直撃したところでさしたる痛みにも感じぬが」

『たとえかすり傷でも造物主様につけるのは許せません』

「わかっている」

 コリンは憤然というが、リアゴッドの魔法防御力からすれば、魔法師団の全力でも致命傷にはなりえない。

 そのうえどんな重傷も、生きてさえいれば完治させる悠久の癒しグローリアがいる。

 優れた個人は集団の力には無力であるものだが、その前提を覆す一人で国家を超える戦力を持つ者、それが伝説級探索者なのであった。

「将軍閣下が!」

「おのれ!」

 指揮官を倒され激高する兵士たちをリアゴッドは侮蔑した。

 この期に及んでも互いの力の差を理解していない。

 圧倒的な力の前には抵抗することに意味などない。虫の努力が報われることなどないのだ。

 だからこそリアゴッドが目指す世界に虫である人々が交じり合う余地はない。

「身の程を知るがよい」

 リアゴッドの逆襲が始まった。

 無詠唱での広域魔法の連打がリュッツォー王国軍を襲う。

「そんな馬鹿な……!」

「ありえない!」

 精鋭魔法師団の魔法抵抗力をもってしても、あっという間に三分の一が戦闘不能となった。

 広域魔法は本来複数の魔法士が協力して詠唱する類の性質である。

 それをあっさり無詠唱で連打されるなど誰も想像すらしていない。

 彼らはあまりにも伝説級探索者を嘗めすぎていた。

 伝説級探索者というものを身近に感じる機会のなかったための悲劇である。

 リュッツォー王国軍の惨状を目にしたパリシア王国軍はいともあっさりと友軍を見放した。

「――撤退するぞ!」

「あの伝説級探索者に手を出すな!」

 実のところそれは問題の先送りである。

 リアゴッドはたとえ敵対していないとしても、パリシア王国のような既存勢力を生かしておくつもりはない。

 とはいえそんなことを彼らが知る由もないこともまた確かであった。

「パリシア王国軍が逃げるぞ!」

「魔法師団が壊滅した! これ以上の抗戦は無意味だ!」

 よく訓練された軍だからこそ、その秩序が崩壊してしまうと自分で考えることができず周囲に流されてしまう。

 一部の集団が戦意を喪失して逃げ始めると、全軍がたちまち雪崩を打ってリアゴッドから少しでも離れようと走り出す。

 そんな様子をリアゴッドは失望とともに見下ろしていた。

「なんとも下らぬ有様よな。人というものは時の経過とともに進化するのではなく堕落するものか」

 千年以上前、ライドッグに敵対したいくつかの王国はもっと手強かった。

 一人では勝てないかもしれない、と危機感を抱いたからこそ絢爛たる七つの秘宝は生み出された。

 しかしこの体たらくはどうだ?

 絢爛たる七つの秘宝の力を借りるまでもない。

 こんなもののために俺は千年を無駄にしたのか?

 こんな生きる価値もない連中のために、〇〇〇は死んだのか?

「許さぬ! 報いを受けよ! 愚かなる虫どもよ!」

 ――――変わらない。

 人間の本質は変わらない。

 人はどこまでも愚かで救われず、その愚かさゆえに優れたものはいつも排除される。

 彼らは本当に優れたものを理解することができず、理解できないものを恐れるからだ。

 リュッツォー王国国王グリンゴが松田を亡き者にしようとしたのも、まさに制御不能の存在を恐れたからに尽きる。

 仮に一時その恐怖を押しとどめることができたとしても、いつか持たざる虫は牙を剥く。

「やはり俺は間違っていなかった! この世界から消えてなくなれ愚かなる者よ!」

 しかしそんな愚かな者のなかから優れた者が生まれるのも事実である。

 平凡な人類が滅亡すれば、そこから生まれる優れた人材も存在しない。

 だからこその不老不死。

 優れた者だけが永遠に世界を進化させ続ける理想の世界。

 誇大妄想にしか思われなかった――あるいは真実誇大妄想にすぎないのかもしれないが――理想をリアゴッドは確信へと変えた。

 これはその始まりである。

「そのための見せしめとなれ! 暴食オーバーレイティングレインボー

 鮮やかなアーチを描いて巨大な虹が描かれた。

 しかしその虹が不可視のゲートとなったように、虹の下をくぐった兵士たちは一人の例外もなく生命力を吸い取られて絶命していった。

 阿鼻叫喚の地獄絵図が繰り広げられる。

 虹を避けようとしても、虹のゲートは巨大すぎ、後ろから逃げてくる友軍の圧力に押されて一人また一人の死へのゲートをくぐっていった。

 無事にリュッツォー王国までたどり着けたのは、実に王国軍の二割程度にすぎなかった。

 かつて大陸中の国家が協力して排除すべき脅威とされたライドッグは、いまだ健在であることを証明した。

 リアゴッドはあずかり知らぬところであるが、松田に撃退されたワーゲンブルグ王国に続き、リュッツォー王国も戦力を大幅に低下させたことで、大陸間の軍事バランスは大きく揺り動かされた。

 これはのちに大きな大陸間戦争の遠因となるのであるが、それはまた別の話である。

 まさに鎧袖一触、リュッツォー王国パリシア王国の連合軍を蹴散らしたリアゴッドは、当初の目的であった運命の迷宮の入り口に立った。

「…………結界が解けているな」

 すでにギルドから派遣されていた門番は、先ほどまでの戦闘をみてとうに逃げ去っていた。

 彼ら門番にも見とがめられない形で、松田は逃げ去ったあとだったので、迷宮は変わらず結界を解いたままだった。

「これは……まさか……」

『絢爛たる七つの秘宝も気配は感じます。でもこれは……むしろ残滓のような……』

 グローリアの意見にコリンも同意する。

『まだそれほど時間は経っていないと思いますが……どうやら一足遅かったようですね』

「やはりあのマツダの仕業か?」

『どんな手段によるものかはわかりませんが、現状絢爛たる七つの秘宝を制御できる人間は、造物主様のほかにはあのマツダがあるのみです』

 厳密にはもうひとり制御できる人間があるが、グローリアはあえて触れなかった。

「……万が一ということもある。念のため迷宮を探索してはみるが……」

 リアゴッドの目が危険な色に光る。

「もはや初めて会ったときの俺でないことを教えてやる必要がありそうだな」

 松田がレベルアップしたように、リアゴッドもまたレベルアップしているのだ。

 そしてもともとリアゴッドにはライドッグであったころの知識と経験がある。

 それでも怪我が治らないうちは不安があったものの、グローリアを得た今、その懸念も解消した。

 今度こそ松田と雌雄を決するべきではないか。

 何より与えられた屈辱を放置しておくほど、リアゴッドのプライドは安いものではなかった。

「それにしても……いくらスキルとはいえ、絢爛たる七つの秘宝を制御できるとは……」

 屈辱は晴らす。

 しかし限られた優れたものたちだけの世界を作るというリアゴッドの理想への思いはそれ以上に強い。

 敵対さえしないのならば、松田の命を生かしておいてやってもいいかもしれない。

 無能で見苦しい軍勢を相手にしたからだろうか。

 リアゴッドはそんなことを考え始めていた。

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