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アラフォー社畜のゴーレムマスター  作者: 高見 梁川
第四章
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第百五十三話 伝説級探索者就任

 王都シュペーの探索者ギルド、そのギルド長であるシニガンは冷や汗を流していた。

 新たな伝説級探索者となる松田が来訪するというだけでも大ごとなのに、それに輪をかけて恐ろしい人物がいるからだった。

「まだ現れぬのか? そのマツダとやらは」

「先ほど城門に到着したらしい。それほど時間はかかるまいよ」

「意思ある秘宝、早くお目にかかりたいものだな」

 枯れ木のようにやせ細った身体を萌黄色の貫頭衣で覆った男は、ししし、とかすれた声で笑った。

「……お主でもそんな機嫌のよいときがあるのだな」

「当り前じゃ。わしをなんだと思っておる?」

「伝説級探索者にして迷宮ロプノールの主、大導師ロータスであろう?」

「大層な名だが、わしにとってはただの飾りよ」

 もともとロータスは王立魔法学院の研究者であった。

 研究の過程でいくつかの古代魔法を復活させ、大導師などと持ち上げられたが、おかげで古代魔法を狙ういくつかの国に目を付けられ迷宮に隠棲することになった。

 フェッターケアンはものわかりのよい君主だから、こうしてたまにシュペーを訪れることもできる。

 言ってはなんだが、先代のデアフリンガー国王とはそりが合わなかった。

 なにせ戦争に協力しなければ討伐隊をさしむけると来たものだ。

 もちろん屁とも思わなかったが。

 しかしいちいち討伐部隊を迷宮に送りこまれるのも面倒極まる。

 ロータスは研究者であって戦闘者ではないのだから。

 そんなお互いの利害から、フェッターケアンとロータスの間で協定が結ばれてからもう十年になる。

 ロータスの究極の研究目的はホムンクルスの創造であった。

 その研究の過程でゴーレムについてもかなり詳しく学習している。

 だからこそマツダのあまりの規格外さを誰よりもよく承知していた。

 ほとんど外界に姿を現さないロータスが、わざわざこうしてギルドまで出向いているのはそれが理由だった。

「陛下、マツダ様が到着されました」

「うむ」

 侍従の一人に促され、フェッターケアンは鷹揚に頷いた。

「……私は師匠に、陛下にはご自重いただいたと伺ったのですが」

 満面に笑みを浮かべた国王と、怪しい貫頭衣の男に出迎えられた松田はがっくりと肩を落とす。

 立場を自覚していないわけではないが、小市民の松田に国王直々のお出迎えはストレスであった。

「むむっ? その娘が絢爛たる七つの秘宝であるのか?」

 貫頭衣を被った怪しい老人が身を乗り出してきたので、ディアナとステラは警戒感も露わに後ずさった。

「――――この方は?」

「マツダ殿と同じ伝説級の探索者でな。名をロータス殿という。ロプノール迷宮の主でホムンクルス研究の第一人者だ」

「ロータス・ロプノールだ。ふむ、恐ろしい魔力だが技術的にはまだまだだな。やはり特殊なスキルをもって生まれたか」

「わかりますか」

 松田の純粋な魔法士としての技量はそれほど高いものではない。

 かろうじてドルロイとハーレプストに仕込まれた鍛冶師と錬金術師としては一人前というところか。

 やはり見る人が見ればそうしたことはすぐにわかってしまうものらしい。

「何も卑下することはない。研究者としては忸怩たるものがあるが、千年の研究も一瞬の発見には及ばないものだ。持って生まれた力を誇るがいい」

「ありがとうございます」

 ロータスの感覚を松田はよく知っている。

 努力は報われる確率をあげてくれるが、決して報われるという保証ではない。

 それよりも単なる偶然、運の要素のほうが努力よりも容易く人生を左右する。 

 こうして松田が転生していること自体、運以外の何ものでもないのだ。

 しかしそれをあっさりと認めてしまえるロータスが松田には驚きだった。

 なかなかこの境地には至れない。

 世の中は不公平だ、と理不尽を呪うか、あるいはかつての松田のように世の中そんなもんさと諦めてしまう。

 その一事だけでロータスは尊敬に値すると松田は思った。

「それでだな。いったいどうやって意思ある秘宝を生み出したのだ? なぜ人間のように動ける? あの人形ドールマスター、ハーレプストでもこれほどの人形は作れぬはずだ」

 充血した目を爛々と見開いて、鼻息も荒く迫るロータスに、再び評価を改める松田であった。

 尊敬に値するといっても、お付き合いしたくない人というのはいるものなのだ。

「生憎とほとんどわからないんです。ディアナの身体は未発見迷宮で会った意思ある人形ゴーレムを使用していますので」

「…………あの女さえいなければ……私のCカップは……」

「ディアナは小さいほうが可愛いですよ? わふ」

「私がステラに小さいと言われるなんて……この屈辱、絶対に晴らして見せます!」

「わふ?」

 まだ根に持っていたのか、と松田は苦笑する。

 ディアナにとってもそこは譲れぬところなのだろう。

「こんなところで立ち話でもあるまい。マツダ殿の伝説級探索者就任式も執り行わなければならないしな」

「それ、やっぱりやるんですね……」

 目立つことが嫌いな松田は観念したように肩をすくめた。


「お初にお目にかかります。私が当ギルドのギルド長、シニガンです」

 傍目にも明らかにシニガンは緊張していた。

 本人が意図したことでは決してないが、権力闘争に敗れてパズルの街に追いやったクロードが何をしたかをシニガンは知っていた。

 松田が怒っても仕方のないこと、いや、確実に処刑に値するレベルのことをクロードはやらかしている。

 そのクロードの雇用者であり、パズルへ派遣した張本人こそがシニガンなのだから、彼が緊張するのは至極当然のことであった。

「そう緊張するでない。マツダ殿はいたって鷹揚な方だ」

「ははっ、この度の我がギルドの不始末、心よりお詫びを申し上げます!」

「気にしないで下さい。あれは止めようとして止められるものではありません」

 パズルの迷宮の解放、という奇跡のような偶然がクロードの目の前に転がりこんだ。

 二度とないぼろもうけの機会を与えられて、職務に忠実であることを期待するのは無理であろう。閑職に追いやられて不遇をかこっていたものならば特に。

「感謝申し上げます。我がギルドの力が必要であればいつなりと」

「それでは式典会場のほうに来てもらえるか? 略式にはしたつもりだが、伝説級探索者が誕生するのにあまり粗略にはできなくてな」

 デアフリンガー王国にとっては一世紀以上前にロータスを指名して以来のことである。

 むしろ一度も誕生したことのない国のほうが圧倒的に多い。

 伝説級の探索者とはそうした存在であった。

 しかし松田ほど短期間の間に伝説級まで駆け上がった例は皆無であろう。

 エルフだから年齢についてはあやふやにされているが、本来伝説級の探索者になるとすれば四半世紀は研鑽を積んだうえでなるのが普通だ。

 才能だけではたどり着けない領域にあるからこそ、あのライドッグすら不老不死に憧れた。

 転生の特典と、ディアナやステラとの奇跡的な出会いがなければ、松田はまだ底辺で、そもそもこの世界で生きていられたかどうかも怪しい。

 それを自覚しているだけに、松田は伝説級と持ち上げられてもどうにも過大評価に思えてならなかった。


 そんな松田の自己評価とは別に、式典会場は今代の英雄を一目みようとする上流階層の人間で満ち溢れていた。

 その数およそ五百名。これでもシニガンとフェッターケアンが削りに削った数である。

 人間は社会的な動物であり、一人ひとりの個人は弱くて脆い。だからこそ人は組織に所属することで自らの安全を図るのだ。

 いかに強力な個人の力でも組織の力を上回ることは難しい。

 国王であるフェッターケアンといえども個人の力としては松田に遠く及ばないであろう。

 個人の力が組織をも凌駕する。

 伝説級というのはそうした突出した個人の力の象徴であり、人が一度は憧れる自由そのものと言えた。

「伝説級探索者タケシ・マツダ殿、前へ」

 司会に促されて大きなステージまで延ばされた赤い絨毯の上を松田は歩いていく。

 一斉に万雷のように鳴り響く拍手。

 気恥ずかしさはあるが、それより不思議と喜びがある。

「さすがです。お父様」

「ステラのご主人様はすごいです! わふ」

「ぶれないな。お前たちは……」

 松田は困ったように苦笑した。

 ドルロイが、リンダが、ハーレプストが、ラクシュミーがうれしそうに拍手している。

(そうか、認められたことがうれしいのか)

 社畜であったころには努力が報われなかった。

 たまたま上にいた人間が次々と退職した結果地位だけはそれなりに上がったが、責任と義務に見合うものではなく、扱いもひどいものだった。

 この世界は決して優しくはない。

 貧しく不便で、殺し合いや裏切りも日常茶飯事で、間違いなく現代日本よりも生きづらい場所であろう。

 それでも――報われ認められる出会いがあった。

 伝説級の称号は、松田のとってその証のように思われたのである。

「ワーゲンブルグ王国の手より我がギルドの迷宮パズルを守り、また過去数百年以上にわたり封印されていたパズルを解放した功績はまことに甚大で比類ない。その実力を認めここに伝説級探索者の称号を授与する」

 声を張り上げシニガンは恭しく松田に特注の魔法付与された勲章を差し出した。

「ご厚情ありがたく」

 軽く頭を下げ、松田は自らのその勲章を胸につける。

 同時に爆発的な歓呼の声が会場の空に響き渡った。

「伝説級探索者、タケシ・マツダ万歳!」

「デアフリンガー王国万歳!」

「ざまあみろワーゲンブルグ王国め!」

 ……どうも火事場泥棒を働こうとしたワーゲンブルグ王国に対する敵愾心も大きく作用しているようだ。

 いずれにしろ松田に対する好意的な反応であることは確かであった。

 だがその喧騒のなかにも、不穏の目はある。

「――――やれやれ、タケシ・マツダがデアフリンガー王国に取り込まれるのは避けられんか」

 もちろんフェッターケアンがそのデモンストレーションを兼ねてこの式典を企画していた。

 松田の後ろ盾としてデアフリンガー王国がついていることを知らしめると同時に、デアフリンガー王国と敵対しようとしている国々に対し、伝説級探索者を相手にする可能性があるぞと脅しているのである。

 たとえ松田にその気がないとしても、他国は決してそうは受け取らない。

 そもそも安全保障とは、可能性に対する対処要領である。

 制御不能な松田という可能性を安全保障から排除できないのは当然であった。

「ロータスのように迷宮にこもっていれば世話はないのだが、な」

 生憎と松田はまだ表の世界との接触を断つつもりはない。

 その結果意図せずして政治的な天秤が揺れるのは松田のせいではないが、それを座視できない勢力がいることもまた確かであった。

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