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アラフォー社畜のゴーレムマスター  作者: 高見 梁川
第四章
138/166

第百三十八話 アクシデント

 パズルの迷宮の中層も二百階層を超え、終盤に近づいていた。

「わふわふわふわふ!」

「ちょっとステラ! 勝手に前に出ないでください! 私が魔法を使えないでしょう!」

 檻から解き放たれた獣のようにステラが疾駆している。

 もともと目立ちたがりの傾向のあるディアナも、ステラに負けじと前線を飛ぶ。

 ステラに対抗するために使用し始めた飛行魔法であり、その速度はクスコには劣るものの、ほとんどの飛行系魔獣を凌ぐ。

 二人のサポートは不可視の盾フォウが万全の守りを配しており、もはや松田やノーラの出る幕はなかった。

「やれやれ、これじゃ腕がなまっちまうよ」

 そう言いながらもノーラの機嫌は悪くはない。

 こうして戦闘中は松田を独占していられるからだ。

 もちろん油断して色ぼけしているわけではなく、邪魔者のステラとディアナがいないという程度である。

 それでも甘えるようにして松田の胸に背中を預けると、ちょっと困ったように松田の筋肉が硬直するのがわかって、女としての自尊心が満たされる。

 しかし――――

「天剣乱舞(ホーリーソードダンス!)」

 ステラに対する配慮を都合よく無視することにしたディアナが全方位に放った無差別攻撃の余波で、ぐらりと地面が揺れた。

 その拍子に重心を松田に委ねていたノーラはバランスを崩し、態勢を立て直そうとして足を踏ん張った結果――

 唇同士が触れ合う寸前の距離に松田の顔があった。

 それだけでノーラは沸騰したかのように茹で上がって「顔……近っ……」と乙女のように恥じらって顔を逸らしてしまう。

 仲間の男に裸を見られても平然として動揺を見せたことのないノーラである。

 酔っぱらって頬にキスをするくらいはなんでもなかった。

 胸や尻を触られても、お痛くらいで流すことに抵抗はない。

 そのくらいの男勝りでなければ、探索者稼業でソロなどやっていけるはずがなかった。

 処女おとめであることを自分でも忘れてしまうほどに、ノーラの演技は徹底していたといえる。

 見栄えのいい男と、形ばかり恋人として付き合ったこともあった。

 かつてパーティーを組んでいた仲間たちに、ノーラが実は処女だと話したら、一笑に付されて終わるだろう。

 ところが昨夜、自分が処女であることを思い出してしまったら――演技以外になんの男性経験もないことを自覚してしまったもういけなかった。

「あう…………あう……」

 自分が十代の少女に戻ってしまったような――いや、あくまで気分だけの問題だが――心もとなさを感じる。

 どうして昨日まであんなに自信満々でいられたものか。

 松田を誘惑する自分を想像しただけで、胸が高鳴り身体は急に固まって身動きがとれなくなってしまう。

「そこっ! 何いい雰囲気になってるんですかあああああ!」

 固まった松田とノーラに気づいたディアナは、とっさに魔法のひとつを二人の近くに着弾させる。

 もちろん当てるつもりなどなく、八つ当たりに近いものであったがこれがまずかった。

「あっ」

「あっ」

 もともと触れるか触れないかほどに近づいていた二人の唇が、最後の一押しと受けてしっかりとその粘膜が接触してしまっていた。

 ほんの一瞬の硬直の後、二人はぱっと離れて距離を取る。

「ごごごごごごめん!」

「いやいや、私もむしろありがたかったというか、ラッキーというか……」

「ディアナ! 何をやっているですか! わふ」

「このディアスヴィクティナ、一生の不覚ですわああああ!」

 一向に視線を合わせようとしない初々しい二人に、ステラとディアナは血の涙を流さんばかりにして割って入った。

「ご主人様! ご主人様! ノーラばっかりずるいです! ステラも!」

「お父様、西方の国ではハグとキスは親愛を現すのにごく普通の行為らしいです!」

「お前ら落ち着け!」

 ノーラがあんまり初々しい反応をするものだから、思わずつられてしまった松田であった。

 しかし元社畜とはいえ経験がなかったわけでもなく、それほどロマンチストというわけでもない松田は、ノーラより先に自分を取り戻した。

『まだ敵がいなくなったわけではないのですけれど』

 ディアナとステラが戦場を離脱したために、クスコが呆れたように孤軍奮闘している。

「――――召喚サモンゴーレム!」

 右腕と左腕にコアラのように抱き着いたままのディアナとステラを無視して松田はゴーレムを召喚した。

 たちまち展開する五百体のゴーレムが、残り少なくなった魔物たちを蹂躙していく。

 それは砲台型ゴーレムや騎兵、槍兵が協力した完全な諸兵科合同コンバインドアームズであり集団としての戦力で魔物たちの追随を許さない。

 これに対抗できるのはボスモンスターのような突出した個だけであり、集団としての戦術を駆使することができない魔物は狩られていくことしかできなかった。

「さて、全部片づけたか?」

『敵対する魔物の反応はありませんわ、主様』

「クスコはえらいな」

『光栄ですわ』

「フォウは?」

「フォウもえらいぞ」

「ステラは?」

「ディアナは?」

「お前らはもう少し自重を覚えろ」

 大量の魔石と秘宝をゴーレムに回収させ、中層のボスモンスターを残して松田は今日の帰還を決める。

(気づいてはいけないことに気づいてしまった! 私、悪戯ではキスしても、マウストゥマウスは初めてだったんだ! ファーストキスをあんな事故で! せめて感覚を! 感覚だけでも思い出して永久保存しなきゃ!)

 それはあれからノーラが、完全に使い物にならなくなったからであった。

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