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アラフォー社畜のゴーレムマスター  作者: 高見 梁川
第四章
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第百三十六話 残されし者

 ――スキャパフロー王国フェイドルの迷宮

 マリアナとシェリー、ナージャのパーティーは、ついに最下層に達しようとしていた。

 前回松田たちの後を追っていたときとはわけが違う。

 あのときは松田たちが、迷宮の魔物を一掃してくれていたから、ほとんど戦いらしい戦いがなかった。

 そうでなければあれほど早く最下層の松田に追いつくことはできなかっただろう。

 だが今や彼女たちは、松田には及ばぬまでもそれに次ぐ勢いで迷宮を踏破しようとしていたのである。

覇道剣シュプリームソード!」

 あの日以来、パーティーの最大火力は完全にシェリーのものだった。

 触れるものすべてを切り刻む圧倒的な剣技で、シェリーはストラトゴーレムを一瞬で砂の山に変える。

 ストラトゴーレムはその巨体と、異常なまでの対物理耐性を持つ魔物だが、雑魚同然の扱いであった。

「あれ、姫様でも倒すのに苦労しますよね?」

「負ける心配はないが……手こずるのは確かだな」

 盾役としてのマリアナ、火力のシェリー、もはやナージャがついていける次元の戦いではない。

 心底このパーティーから解放してほしいと願うナージャであった。

 ――――あの日、シェリーがヒュドラに致命傷を負わされ、何かを呟いた瞬間から、シェリーは変わった。

 無惨な骨折と出血は瞬時に回復され、まるで別人のように魔力が漲っていた。

(いえ、まるで、というより本当に別人なのかもしれない…)

 それまでのシェリーは、クールで実力ある探索者ではあったけれど、どこか夢見る乙女のような幼さがあった。

 探索者としての荒波にはもまれていても、世間一般の当たり前の少女が経験すべきものを何も経験していないような無垢さ。

 そんなアンバランスさがシェリーにはあった。

 しかし今のシェリーはもう、アンバランスどころの騒ぎではない。

 強さだけが突出し、それ以外が全く目に入っていないように見える。

 それ以外の人間として当たり前の感情が、ほとんど欠落してしまったようにナージャには思えた。

「ぼさっとするな!」

「わひゃっ!」

 ぼうっとそんなことを考えていたナージャめがけて、針毛熊ニードルベアから毒性付与された針が飛んできたのを、マリアナが盾で弾き返した。

「女神のイージス展開エクスパンド!」

 マリアナとて成長していなかったわけではない。

 もとより天稟てんぴんは人並み外れてあったマリアナである。

 以前はまだ使いこなせなかった王家伝来の武具も、今はほぼ完全に使いこなしていた。

 針毛熊ニードルベア程度の攻撃など、ものともしない。

「にしても数が多いな。強くなったと思っていたが、これでもまだマツダの力には及ばぬか」

 しいて言うならば、マリアナのパーティーにはディアナのような広範囲殲滅魔法を使えるものがいなかった。

 集団戦を得意とする松田のゴーレム、そしてディアナの魔法がそろっているからこそ、松田たちはあれほど早く最下層へと到達できたのである。

 さらに俊敏さにおいて他の追随を許さず、幻影と炎の魔法を得意とするクスコもいた。

 基本的に戦士職であるマリアナとシェリーが、この最下層まで到達できたのは、それだけで歴史に名を残せるレベルの快挙なのだった。

 しかしそれでもなお、満足することのできぬ思いが、シェリーにもマリアナにもある。

 この先には、松田も苦戦したあの三体のガーディアンゴーレムが待っているのだ。

 こんなところで躓いてはいられなかった。

「聖なる祝福ホーリーブレス!」

 もはや戦力としてはカウントされないナージャは、数少ない向上付与の魔法を使う。

 雑魚敵の相手と後方支援だけが、今のナージャに許された援護だった。

「押し通るぞ!」

 マリアナはシールドバッシュで数体のゴーレムを粉砕する。

 本来ノックバックさせることがメインのシールドバッシュを、純粋に必殺攻撃にしているあたり、マリアナの成長もやはり並みのものではなかった。

千剣サウザンドソード

 マリアナの進路を切り開くように、シェリーは数少ない範囲型の剣技を振るう。

 数百を超える魔物が、その一撃でミンチのように引き裂かれ盛大な血の雨を降らせた。

(――――強い)

 ヒュドラを相手に死にかけたシェリーの面影はもうどこにも感じられなかった。

「死ね! 死ね! 死ね!」

 それでもなお足りないというように、シェリーはひらりと宙に身を躍らせた。

「――火具土かぐつち

 それはナージャでも知っている火属性最強の剣技であった。

 あくまでも聖騎士が到達できる最高レベルという但し書きがつくが、それでもナージャがかつて憧れ、ついに辿りつけなかった技だった。

 高温と衝撃波で、三人に群がっていた魔物の群れはほぼ三割方が消滅する。

 十分に高位魔法士に匹敵する火力であるといえた。

「一旦下がれ! 息が上がっているぞ!」

 当然のことながら、火属性最強の剣技は、肉体と精神に強いる負担も並大抵ではない。

 紅潮した頬を脂汗が伝い、大きく肩で息をするシェリーの姿がその負担を物語っている。

 本当はガーディアンゴーレム戦まで温存しておくつもりでいたが、シェリーは使用した。

 こんなところで時間をかける気は毛頭なかった。

 シェリーを庇うようにマリアナは前方に吶喊し、スキル城壁キャッスルウォールを発動する。

 鉄壁アイアンウォールの上位にあたる防御スキルで、針毛熊やアイアンゴーレム程度の攻撃ではびくともしない。

「――――はぁ、はぁ、この程度で……」

 まだ最後のガーディアンに辿りついてさえいないのに、息切れしてしまう自分の身体がシェリーには呪わしかった。

 あの日、自分は生まれ変わった。

 それまでの何十倍もの力を手に入れ、松田の実力に並ぶことができたと思った。

 今の自分の実力なら、きっと松田とともに戦っても見劣りすることもないと信じた。

 現にヒュドラですら、今のシェリーには退屈な敵にすぎない。

 まともな探索者なら数を揃えて、集団で迎撃するような魔物の群れでさえ、鎧袖一触に薙ぎ払うことだってできる。

 それでもまだ自分は松田に追いつけないのか。松田が突破したガーディアンに辿りつくことこんなに難しい。

 それでも長年の探索者生活で身体に染みついた習慣が、シェリーに休息をとることを強制した。

 回復薬を呷り、シェリーは脱力して剣に体重を預ける。

 ふと顔を上げると、強固なスキル城壁の向こうから、マリアナが槍を回転させるや、石突を床に叩きつけた。

大地狂駆ランドスタンピード!」

 スキャパフロー王国に伝来する宝槍アグニの力は、さすがに国宝の名に恥じぬものであった。

 石突を起点にして溶岩流が情け容赦なく魔物たちを足元から溶かしていく。

 彼女も出し惜しみはやめることにしたらしい。

 鉄だろうと岩だろうと、あっさりと飲みこんでいく恐るべき熱量に、魔物たちも為すすべはなかった。

 火力としてはシェリーの火具土のほうが上回るものの、マリアナのそれは城壁という安全圏から、秘宝の性能に任せてぶっ放しているだけだ。

(…………あれがあれば私ももっと強くなるかしら?)

 ふと浮かんできた考えにシェリーはぶんぶんと頭を振った。

 いったい私は何を考えているんだ?

 彼女はこの迷宮の攻略に必要な仲間だ。

 いくらなんでもたった一人で攻略できるほど、フェイドルの迷宮は甘くはない。

 ――――では攻略が終わったら?

 その先を考えることを意図的に遮断して、シェリーは再び剣を構えると魔物の群れに走り出していた。


 魔物の群れが掃討されると、残るのは松田たちも苦戦した三体のガーディアンゴーレムである。

 特にナージャが戦力として計算できないため、実質シェリーとマリアナで三体を倒さなくてはならない。

 だがその程度できなくて、どうして松田に並ぶことができようか。

 言葉にこそださないが、シェリーも、本人は決して認めようとしないだろうがマリアナもそう思っていた。

「――――行くぞ。準備はいいかシェリー?」

「十分回復したから任せておけ」

 お互いに闘志をむき出しに二人は嗤った。

 ノーラと違い、松田と別れる道を二人が選んだのは、正しく今日この日のためであった。

「虫と不定形アメーバは任せろ。あれには私のスキルが効く」

「ありがたいわね」

 最大火力に優れたシェリーが巨大ゴーレムを担当し、変化に富んだ虫型ゴーレムと不定形ゴーレムをマリアナが請け負う。

 お互いの長所を補いあう布陣であった。

「まずは食らえ、風精結界エアリアルウォール

 不定形ゴーレムがマリアナの放った結界に閉じ込められる。

 威力こそ小さいものの、無数の斬撃によって水分を奪われ、脱出する手段のない不定形ゴーレムは、もはやただ消滅を待つのみとなった。

 一気に倒すには時間のかかる不定形ゴーレムだが、こうして型にはまってしまうと決定力のなさが仇となる。

 虫型ゴーレムも同様に、彼らの攻撃力ではマリアナの鉄壁の防御を突破することができない。

 マリアナの為すべきことは、この虫型ゴーレムをシェリーの方には回さず、少しづつ削り取っていくことだけだった。

「――これも相性というやつだ。さすがにあの巨大ゴーレムは私の手には余るからな……」

 マリアナは知らないが、松田は砲台型ゴーレムを複数召喚し、砲撃の乱れ撃ちで巨大ゴーレムを蹂躙した。

 しかし強力な物理耐性と魔法耐性に、再生能力まで持つ巨大ゴーレムを倒しきるような火力はマリアナにはない。

 今やマリアナをも追いこしたシェリーの技に頼るより方がなかった。

「さすがだな。腕はもちろん、スキャパフロー王国の国宝もだが」

 あっさりと強敵を封じ込んだマリアナを横目に見て、シェリーは不敵に嗤った。

 いかに国宝が優れていても、それだけでは使いこなせないことはシェリーにもわかっている。

 今のシェリー自身の力も、ハインツから譲られた魔剣に大きく依存していた。

 だが、それだけならシェリーはこれほど強くなることはできなかっただろう。

 死の淵から生還し、全生命を懸けて魔剣を使いこなそうとしたからこその現在であった。

 身体能力が向上しただけで、攻略できてしまうほど迷宮は甘くはない。

「それにしても代償がなかったのは僥倖だった」

 魔剣の力を解放すれば、八割の確率でなんらかの代償が必要となる。

 その代償によっては、今頃シェリーの命もなくなっているはずであった。

 幸いにして、解放後もシェリーの身体に目立って変わったことは何もなかった。

 それでは魔剣は何もシェリーから代償を奪わなかったのか?

 それは否である。

 ハインツはシェリーに嘘をついていた。

 八割の確率で代償があるというのは、魔剣による呪いを精神が受け止められなかったことによる副作用にすぎない。

 ほぼ百パーセントの確率で、魔剣は所有者の精神を侵食するのである。

 すでにシェリーの精神は、かつて感じていた限界、才能のない人間の限界を超えてどこまでも強くなることに支配されつつあった。

 いつもいつも嫉妬していた。

 好きならば人に限界などないと信じていた時期があった。

 頑張っていれば必ず報われるのがこの世界だと子供のように願っていた。

 しかしどれだけ頑張っていても天賦の才を持つものに凡人は敵わないのだと嫌でも気づく。

 迷宮という生死を懸けたサバイバルでは、それが誰にでも納得のできる現実として見せつけられていた。

 一時はシェリーも、その現実を受け入れ諦めたはずであった。

(――――いやだ)

 迷うことなく松田の隣に立ったノーラに対する嫉妬が、シェリーの胸を灼いた。

 一度は諦めた夢にもう一度すがろうとしたのは、あの日のノーラに対する敗北感のなせるわざだった。

(強くならなきゃ、もっと、もっと強く――――!)

 そのためなら、いくらでも代償なんて払ってみせる。

 だから巨大ゴーレム、お前に構っている暇なんてないんだ!

限界解除リミットリリース

 魔剣独占モノポリーがシェリーの魔力を吸って淡くも禍々しいピンク色に輝いた。

 シェリーには松田のように数を揃える戦いかたはできない。

 ならばゴーレムの物理耐性や魔法耐性を上回る一撃で、再生もできないほどすりつぶすしかない。

魔力マナフルチャージ」

 一気に体内の魔力を魔剣に送ったことで、脱力感と倦怠感がシェリーの全身を襲う。

 ともすれば倒れこみたくなる衝動を抑えつけ、シェリーは巨大ゴーレムを睨みつけた。

 シェリーが持つ現在最大の単体火力剣技、暴食紅炎グラトニーポロミネンスを撃てば、もうシェリーは立っていることさえおぼつかないだろう。

 一回限りの最終兵器、シェリーのレベルで解放できたスキルでは掛け値なしに最強のものだ。

 もし倒しきれなかったら?

 胸にわき起こる不安をシェリーはねじ伏せた。

 最初から他の手段などない。

 死の淵でこの独占の解放を受け入れたように、シェリーには選択する道などなかった。

 だからこれでいい。あれほど望んでも得られなかった強さを、シェリーは手にしたのだから。

暴食グラトニー――紅炎プロミネンス!!」

 魔剣独占の暴虐なまでの魔力と熱量が、放射状に巨大ゴーレムへと放たれた。

 感情のないはずのゴーレムがもがく。

 まるで巨人の胃袋に溶かされていくように、再生するより早く魔法耐性が高いはずの身体がどんどん空気に溶けていった。

 腕が溶け、足が溶け、ガクンと崩れるようにゴーレムは頭から床に倒れこむ。

 それでもなおプログラムされた攻撃命令の命ずるままにゴーレムは芋虫のように這いながらシェリーを目指した。

 その胴体も溶けはじめ、やがてゴーレムを構成する魔核が姿を現し始めた。

 この魔核を破壊してしまえば、もうゴーレムは起動することも再生することもできない。

「――――くぅっ!」

 だが今のシェリーに魔核を破壊するための余裕などなかった。

 暴食紅炎を維持するだけで精一杯、しかも残る魔力もあと少しで尽きる。

 下手をすれば魔核を溶かす前にシェリーの魔力のほうが尽きそうな気配である。

 早くも魔力切れの頭痛がシェリーを襲い始めた。

 魔剣の出力が落ちていく。

 ズシンという音とともにゴーレムの頭部が落下し、魔核は完全に露出していた。

 あと少し、あとほんの少しであの魔核も溶け落ちる。

 そうなればシェリーの完全勝利だ。

 とうとうゴーレムの身体は全て溶け去って、残るは大きな丸い魔核だけとなった。

 その魔核も表面からゆっくりと溶け始めている。

 ――――勝った。

 毛ほどの厚みもないほんのわずかな気の緩みが、最後に残ったシェリーの力を奪い去った。

 三分の一ほどまで魔核を消滅させたところで、切札である暴食紅炎は放射を停止したのである。

 それでもあるいは倒しきったのではないか、というシェリーの希望はあっさりと打ち砕かれた。

 赤く明滅した魔核が再生を開始したのだ。

 すでにシェリーは戦うどころか指一本も動かすことができないほど消耗しきっていた。

 勝機があるとすれば、魔核が再生を完了するまでのわずかな時間しかない。

「くそっ! 動け! 動け!」

 まだ足りないのか。

 プライドも捨て、生死を懸けた代償を払うことすら許容して、ただひたすらに強くあるために生きてきた。

 それでさえも足りないというのなら、いったい私は何を捧げれば辿りつけるのか。

 あの松田が住む天才の領域に。

「えいっ!」

 ――――パキリと乾いた音を立てて魔核はあっさりと真っ二つに割れた。

 明滅していた光が消え、活動力を失った魔核は黒いただの物言わぬ石へと還る。

 全く戦力外としてこれまで後方に控えていたナージャの一撃だった。

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