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アラフォー社畜のゴーレムマスター  作者: 高見 梁川
第四章
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第百三十五話 ワーゲンブルグ王国の思惑

 パズルの街はデアフリンガー王国の南端に位置する。

 ここから約数十キロほど離れれば、そこはワーゲンブルグ王国である。

 フェルスト海に面し、国土は東西に長く伸びていて農業生産力は高くないものの海運業が盛んで現国王ムラト一世のもと、まずまずは落ち着いた国といえるだろう。

 しかし現在、ワーゲンブルグ王国では問題が起きていた。

 フェルスト海での海運業の主導権争いにおいて、島国であるアイラ王国に敗れつつあるということだ。

 では陸運で挽回するか、というとこれが単純にはいかない。

 隣国であるデアフリンガー王国とは、歴史的に仲が悪く商売敵でもあるためである。

 そこに加えて農産物価格が高騰し始めた。

 これはスキャパフロー王国とコパーゲン王国が一触即発の事態となり、その後も不穏な空気が去らないということが大きな要因である。

 それだけではなく、リュッツォー王国やカテジナ王国まできな臭い空気が漂っていた。

 そもそも半世紀ほど前まで、世界は大小の紛争が当たり前の時代であった。

 ドルロイが製造した魔剣が猛威を振るったのもこのころである。

 その過程でリンダと結ばれる様々なドラマがあったことは、いつかドルロイが酒場で語った通りだ。

 戦争による疲弊や悲劇は、つかの間の平和をもたらしたが、今や各国は戦争を知らない世代に交代していた。

 彼らは己の野心によって過去の教訓を忘れ去ろうとしている。

 人類の歴史上、呆れるほど何度も何度も繰り返されてきたことであった。

 もちろんワーゲンブルグ王国においてもそれは例外ではなかった。

「――――パズルの迷宮が復活しただと? まことか?」

 ムラト一世の声には真実驚きの響きがあった。

 あの迷宮遺跡を解放することは、たとえ国家が総力をあげても無理であると信じていたからだ。

 十数年前、デアフリンガー王国が数多の探索者を招集して行った大規模な調査も失敗に終わった時にはそれ見たことか、と思ったものである。

 むしろ快哉を叫んだものだ。

 なぜそのようなことをムラト一世が知っているかといえば、それはパズルがかつてワーゲンブルグ王国の領土であったからに他ならない。

 ムラト一世の幼少期に起きた戦争の結果、パズルは賠償としてデアフリンガー王国に奪われたのだ。

 かつては自国の領土であったからこそ、パズルに関する史料は数多く存在した。

 そして到達した結論は、いずれもパズルの迷宮を解放することは不可能というものだった。

 なかには湖を干上がらせるという強硬手段も考えられたようだが、そのあたりもぬかりなく細工されていたようで、水をいくらかきだしても水深は一定に保たれて変化することはなかったようだ。

 つまりはワーゲンブルグ王国も幾度も迷宮の解放に挑戦し、結局敗れ去ってきた。

 自国が総力をあげて不可能であった解放を、敵国であるデアフリンガー王国が成し遂げたというだけで屈辱なのである。

 しかしムラト一世が驚いているのはそれだけではなかった。

「かなり有望な迷宮であると言うのは確かであろうな?」

「はい、おそらくはスキャパフロー王国のフェイドルの迷宮を上回るクラスかと」

 ムラト一世は顎に手をやってひとしきり唸る。

 これは到底無視できる情報ではなかった。

 フェイドルの迷宮からスキャパフロー王国が得ている収入は、国家財政にとってなくてはならぬ規模にのぼる。

 だからこそスキャパフロー王国は松田や探索者たちに破格の条件を提示してクスコの討伐を依頼したわけであった。

 そのフェイドルの迷宮を上回るとなれば、その収入は莫大なものとなるであろう。

 経済状態の思わしくないワーゲンブルグ王国にとって、喉から手が出るほど欲しい収入である。

 その収入があれば、海軍を拡張して、アイラ王国から制海権を取り戻すことも可能であるかもしれなかった。

 それだけではない。

 このままではその収入を、歴史的敵国であるデアフリンガー王国が独占することになる。

 デアフリンガー王国はますます戦力を強化させ、ワーゲンブルグ王国はさらなる弱体化を余儀なくされる。

 奇蹟でも起こらぬかぎり、ワーゲンブルグ王国がデアフリンガー王国の風下に立たされることになるであろう。

「まだその情報、デアフリンガー王国には知られておらぬな?」

「御意」


 デアフリンガー王国に先んじてワーゲンブルグ王国がパズルの迷宮の復活を知ったのには理由がある。

 情報を届けたのはクロードだ。

 馬鹿正直にデアフリンガー王国のギルド本部に届けたところで、新たに代わりの職員が送られてくるだけでクロードには何の旨味もない。

 島流し同然にパズルに左遷される前は、クロードもギルドの中堅幹部を任されていた時期もあった。

 それがパズルに飛ばされたのは、何の変哲もないよくある派閥争いに負けたからだ。

 もっともいつ引退してもいい年齢ではあった。

 だからパズルで田舎の空気を吸いながら余生を過ごすのも悪くはないと思っていた。

 ――――パズルの迷宮が復活するまでは。

 この情報をもっとも高く買ってくれるところはどこか、クロードは計算した。

 探索者ギルドは超国家組織ではあるが、国家の影響を排除できるわけではない。

 スキャパフロー王国のような例外を除き、探索者ギルドは迷宮の管理運営を独占する代わりに、多額の税金を国家に収めており、その利率や監査は国家との交渉によって決められる。

 ゆえに国家との友好な関係は、その地の探索者ギルドにとって死活問題なのであった。

 現在デアフリンガー王国の探索者ギルドは、クロードにとって敵対派閥の巣窟と化している。

 まず絶対に情報を漏らしてはならない相手であった。

 自分を左遷した連中がまるまると肥え太り、クロードはあっさり捨てられて終わり、など想像したくもない。

 ではデアフリンガー王国政府は?

 これも得策とは言い難い、とクロードは判断した。

 デアフリンガー王国にはもうひとつ、ロプノールという迷宮があり、探索者ギルドとの関係も良好なものであったからだ。

 ひるがえって現状ワーゲンブルグ王国には迷宮が存在しないため、探索者ギルドも物品を販売するための最小限の施設しか置かれていない。

 ましてパズルの迷宮はデアフリンガー王国との戦争以前はワーゲンブルグ王国のものだったのである。

 その復活の情報をしばらくの間でも独占できるならば、いくら金を払っても惜しくはないと考えても無理はなかった。

 そう判断したクロードは密かにかつての伝手を辿って、ワーゲンブルグ王国の貴族に接触したのである。

 あれよあれよという間にクロードの思惑通り、ワーゲンブルグ王国は国をあげてクロードの情報に食いついた。

 可能な限りデアフリンガー王国に情報を秘匿することを条件に、クロードは死ぬまで贅沢をして暮らせるだけの大金を手にしたというわけであった。

 それどころか大々的に拡張されるであろうパズルのギルド長を任せるという。

 少々問題があるとすれば、情報をデアフリンガー王国に秘匿するために、もうしばらくの間パズルで出張所を管理し続けなくてはならないことであろう。

 早いところ解放され、心行くまで全うにギルドに務めているだけでは味わうことのできない贅沢を楽しみたいものだ、とクロードはほくそえんでいた。

 このパズルが今後どう転ぼうとクロードの知ったことではない。

 天から降ってきた大金で、どうやって暮らそうか夢は広がるばかりであった。

 もともとクロードはどちらかといえば善良な人間だった。

 左遷されて無気力にはなったが、日々神に祈りを捧げる程度には敬虔さも持ち合わせていた。

 しかし人は死が近づくにつれて、自分の生きてきた意味を問う生物でもある。

 それは生きた証としての地位であったり家族であったり、名誉であったりするのだが、そのいずれもないクロードにとって、せめて余生を楽しみたいというのは切実な願いであった。

 そんな願いが目の前にぽん、と現れたとき、人はいともあっさりとこれまでの自分を放り出す。

 いわゆる魔が差すという現象だ。

 この通り魔的な現象は、たとえそれまで善良で小心な生き方をしていたことなど一切あてにならない。

 むしろ普段は高望みをしない、悲観的にさえ思える人間ほど、偶然の好機を逃すまいと食いつく。

 こんな奇蹟的な確率の偶然で出会わなければ、クロードは死ぬまでパズルの閑職に甘んじただろう。

 クロード個人はそれでよいだろうが、彼の決断は国家間の勢力バランスを著しく崩すものだった。

 ムラト一世もまた、降ってわいた迷宮の復活に極彩色の夢を描きつつあった。

「さきごろスキャパフロー王国がコパーゲン王国ともめていたな?」

「はい、今は沈静化しておりますが、今度はどういうわけかデアフリンガー王国国境に騎士団が派遣されているとか」

「……スキャパフロー王国とデアフリンガー王国との関係は良好であったはずだが……なんの理由か調べろ。それと、リュッツォー王国に使者を送れ」

「――――それでは?」

「こんな機会を指を咥えてみていられるものか! あのパズルは我がワーゲンブルグ王国のものだ。そろそろ本来の持ち主に返還されてしかるべきであろうが」

 フェイドルの迷宮を上回る税収、さらに迷宮から採取される秘宝や魔石は、それだけで軍事力を底上げする力となる。

 今パズルを奪還しなければ、ワーゲンブルグは遠からず衰亡の道を辿るだろう。

 追いつめられている者こそ、成功率の低い賭けに出る。

 一か八か、賭けるなら今だ、と思うのはよほど判断力に優れているか、現実に追いつめられているかのいずれかだ。

 ムラト一世がどちらなのかは、今のところ答えを出すことはできなかった。

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