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アラフォー社畜のゴーレムマスター  作者: 高見 梁川
第四章
131/166

第百三十一話 サーシャの回想 

「え……と、サーシャさん?」

「お姉さんです? わふ」

「いったいどこから飛んできたのよ……」

 あまりに意外な人物の登場に松田やステラたちは困惑の声を上げる。

「えっ? うそっ! 貴方たちなの?」

 サーシャは見知った松田やステラの姿を見つけて、驚いたようであった。

 スキャパフロー王国の市場にいた市井の商人風のいでたちとは違い、今のサーシャは少々露出の多い巫女服のような衣装を纏っている。

 確か戦士長といっていたから、あるいはこれも戦装束のひとつなのかもしれない。

 松田とステラの間を何度か視線を往復させたサーシャは、ようやく納得がいったように頷いた。

「いったいどうやって封印を解いたのかと思ったけど、よく考えたら貴方のゴーレムなら簡単な話よね。さすがにそれは盲点だったわ……」

 並みの探索者が百人単位で押し寄せてきても絶対に解除されない封印に仕上げたつもりだったのに、とサーシャは続けた。

「――――あんたがこの遺跡の封印したってのかい?」

 ノーラの背後にゆらりと怒りのオーラが立ち上っていた。

 無意識に腰の剣に手がかかっている。

 無理もない。

 彼女の妹や村の仲間たちが、時の流れに取り残され、死んだも同然の状態である。

 いったい何を封印したのか、どうして封印したのか、怒りとともに真実を知りたいと願うのは当然の反応であった。

「――――貴女は?」

「この遺跡のせいで、時間を止められてしまった娘の姉さ」

 怒気を含んだノーラの言葉に、サーシャは愕然として悲鳴をあげた。

「まさか……封印が解けたのって今日じゃないの?」

「ふざけるな! 妹の時が止まって何年になると思ってるんだ!」

 ノーラの言葉にサーシャは愕然とした。

 破壊することができずに、念入りに封印を施したはずの遺跡にいったい何があったというのか。

「ありえない! 封印は正常に稼働していたはずよ!」

「…………それについては、とある事情があって、まあ、そちらに責任はないと思うけどね」

 キッとノーラに睨まれて松田は肩を竦める。

 しかし客観的に見て、危険な封印を力づくで歪めてしまったのは件の探索者であろう。そこまでサーシャを責めるのは筋違いというべきだった。

 少なくとも松田は因果関係のないことについてはパワハラだと確信している。

「同期の××が退職するらしいが、恥ずかしいとは思わんか?」

 なんでやねん。同期入社ってだけでほとんど口をきいてもいない相手なのに、どうしてこっちに矛先が向くねん。

「なんで仕事A社に取られてんだよ! このカスが!」

 それ前所長が事故やらかして、うちが切られただけですやん! 前もってわかってましたやん!

「うるせえ! そこをなんとかするのが手前の役割だろが!」

 とまあ、流れ弾が被弾するのは社畜には割とよくある話だが、それを理不尽と思わなかったわけではない。

 短絡的な探索者が派手な魔法をぶちかました責任が、サーシャにあるとは松田には思えなかった。

「……その言い方、何かあったのね?」

「どうもこの遺跡を探索したがった馬鹿がどでかい魔法を門にぶっ放したらしいよ」

「その人よほど才能があったのね。生半可な火力じゃびくともしないはずなんだけど……」

「なんでも当時は伝説級に一番近い探索者、なんて言われてたらしいよ」

 憮然としたままノーラが補足した。彼女も自分の怒りが理不尽な者であることは自覚していたらしい。

「全く、なんて馬鹿なことを……」

 サーシャは呻くように言う。

 封印するからには封印しなければならない理由がある。

 その理由を人間に明かしていなかった自分たち人狼にも落ち度があるかもしれないが、人狼が不老不死の妙薬だと信じる人間と折衝するのは自殺行為であることも確かであった。

 実はこの遺跡は、人狼が不老不死の妙薬と誤解された原因と密接に関わっている。

 ますます外に出せる話ではない。

 である以上、人間が自らの利益を求めて封印を解こうとするのも当たり前の話ではあった。

「再封印……これを? できるのかしら? 少なくとも私じゃ無理ね……」

 非常に歯切れの悪いサーシャの反応に、女の勘がノーラに何かを囁いた。

「再封印すれば妹の呪いは解けるのかい?」

 それこそがノーラにとっては何より大事なことであった。

 逆に言えば、妹が戻らなければ封印できてもノーラにとっては何の意味もない。

 予感通り、サーシャの答えはノーラの望むものではなかった。「再封印しても、すでに出てしまった影響までは戻せません。気の毒ですが……」

「それじゃどうやったら、妹の時間をもとに戻せるんだっ!」

ノーラは絶叫する。

 彼女は妹のために正しく人生を懸けた。

 無理ですと言われて、はいそうですか、と納得できるなら、最初から探索者などやってはいない。

「サーシャ、君にも事情があるとは思うが、これだけは聞いておかなくてはならない」

「――何かしら?」

 半ば以上、松田の問いを理解していながら、サーシャは問い返した。

 それは二人の間の暗黙の通過儀礼のようでもあった。

「貴女が――貴女方が封印したのはいったいなんです?」

「話せない、と言ったら?」

「あの遺跡を探索して真実に迫るだけです。どちらにせよ放置してはおけませんから」

「…………そうなるわね。正直、これは私の一存で話すことだから他言は無用よ」

「わかった」

 先を促すような視線をサーシャに向けられて、ノーラも不満そうに頷く。

「わかったよ。話さなければいいんだろっ!」

「大丈夫です。わふ」

「お父様に恥はかかせません」

「まあ、ステラちゃんとディアナちゃんは心配してないけど」

 少し言いづらそうにサーシャはひとつ咳払いをする。

「ここはね、とある魔法士と人狼が不老不死の研究をして盛大に失敗したその跡地なのよ」

 静かな沈黙が訪れた。

 その沈黙を破ったのは、意外にもディアナである。

「その魔法士というのは、名をライドッグというのでは?」

「よくわかったわね」

 最初からそんな予感がしていた。

 この遺跡からはライドッグが使用した魔法や秘宝の気配が色濃く漂っている。

 クスコも同様に感じていて、もしかしたらここに絢爛たる七つの秘宝が封印されているのではないかと疑っていた。 

 というより確信している。

 そうなるとここに封印されているのは、クスコが唯一情報を手に入れることができなかった名無しのゼロか、あるいは伝聞で入手したほかの秘宝に関する――悠久の癒しグローリアの情報が間違っていて、実はここに封印されていたことになる。

 しかしおそらくはあの寡黙で風変わりな、唯一ライドッグに意見を求められるという存在だった名無しのゼロが関わっている、そんな気がした。

「どこから話せばいいかしら――――」

 松田やノーラが固唾をのむ空気を察して、サーシャは若干引き気味に嗤う。

 これから話す内容は、決して耳障りのよいものではないからだ。

「人狼は何も昔から今のように人目を忍んで隠れ住んでいたわけではないわ。もちろん不老不死の妙薬にされてしまったことも大きな原因だけれど、人狼の、とある女性が本気で不老不死を目指していたの。その女性はライドッグと手を組み、人狼を捕えては実験を繰り返した。現在、過剰なほど人狼が居住地を隠しているのは、本来ライドッグに対する備えなのよ」

 ライドッグには絢爛たる七つの秘宝がある。

 つまり場所を特定されてしまえば宝冠コリンで、どこからでも転移してくることができる。

 そして魔力結界による隠蔽がなされていなければ、万物を見通す眼イリスに見つかってしまう。

 宝石級探索者すらいまだ人狼の里を発見できないのには、それなりの理由があるのだった。

「造物主様はあまりに敵が多すぎました。もちろんそんな敵に負けるようなことはありませんでしたが、造物主様の親族は大半が殺されたり裏切ったりして、晩年はほとんど不老不死の研究に没頭しておられました」

 不老不死になれば、もう裏切りも騙し討ちも怖くない。安心して魔法の研究に打ちこめる。というより、不老不死の相手を殺すことなどできないのだから、さすがに愚かな人間も敵対を諦めるだろうというのがライドッグの考えだった。

 その予想はある意味で正解であり、ある意味で間違っていた。

 実際にライドッグは、その才能と力を恐れた人間によって殺されたが、たとえ不老不死になったとしても、人間がライドッグを狙うことに変わりはなかっただろう。

 人間はあまりに完璧なものを恐れる。どこかに弱い部分を見出さなければ安心ができないのだ。

 そう思えるようになったのは、皮肉にもライドッグの支配からディアナが離れることを決意したからだった。

「…………ところでディアナちゃん、どうしてライドッグが造物主なの?」

 そういえばスキャパフローの街での邂逅では、それほど多くの情報を交換していなかった。

 メインはステラが人狼であることや、どうして松田がステラのご主人様になったのか、という経緯の説明だった。

 そのためサーシャはディアナの存在は知っていても、彼女が実は絢爛たる七つの秘宝のひとつであることまでは知らなかったのである。

「そちらが話すのに、こちらが隠すわけにもいかないよな……信じられないかもしれないが、ディアナはライドッグの絢爛たる七つの秘宝の一、終末の杖なんだ」

「いやいや、あなた何を言っているの?」

 モルダー、あなた疲れてるのよ……とでも言いだしそうなサーシャに、ディアナは少々気まずそうに答えた。

「いえ、本当に私は絢爛たる七つの秘宝の一、終末の杖、そしてこの娘は不可視の盾フォウです」

「…………ごめんなさい。さすがにマツダのロリコンが極まって作り出したゴーレムだと言われた方が現実味があるわ」

「俺は断じてロリコンではない!」

 ステラとディアナとフォウにまとわりつかれていたら、そう誤解されるのも無理はないが、その点について松田は一切妥協する気はなかった。

「サーシャさん、ご主人様が言っているのは本当なのです。ハーレプストさんに身体を作ってもらうまで、ディアナはただの杖だったです。わふ」

「うそっ! いくらなんでもそれは……絢爛たる七つの秘宝なのよ? 世界を滅ぼすかもしれないと言われた厄災なのよ?」

「どうです、お父様。これが普通の反応なのですよ?」

 どやあ!

 こら、可愛い女の子が鼻の穴なんか膨らませるな!

「世界の厄災とか言われているけど?」

「そこは愚か者が自分の理解できないものを恐れているだけですから」

 どうやらディアナにとっては、世界の厄災認定より、絢爛たる七つの秘宝が空前絶後の歴史的秘宝アーティファクトであることのほうが重要らしい。

 殲滅が好きすぎて、松田に頼られる機会が少ないのも影響しているのだろう。

 松田にいい顔を見せたいのは、クスコやフォウという新しい仲間の手前譲れないところなのかもしれなかった。

「――えっ? えっ? まさか……本当なの?」

「信じられないのも無理はないとは思いますが。なんというか、秘宝がこんなにわがままなものとは俺も思いませんでした」

「ひどい侮辱ですわ! 秘宝は基本的に主の命令には絶対服従です!」

「ディアナはいつもご主人様に逆らってるですよ? わふ」

「それはお父様が命令を下さないからです! 命令ではなくただの要望程度なら、秘宝が意思を主張することは許されているんです!」

「…………ディアナにはきつく命令しておいた方がいいと思うです。わふ」

 そう、いかにディアナが人間のように思考し、どれほど人間じみた行動をしようとも、彼女は結局秘宝であることに変わりはない。

 彼女の術式プログラムには主人に対する絶対服従の命令が組みこまれており、彼女は彼女の意志で主人の命令に反逆することはできないのだ。

 ともすれば忘れがちになることであるが、ディアナはいかに人間のようにみえても、決して人間とイコールではない。

 とはいえ、改めて言われなければ思い出さないほどに、命令というものからディアナが遠ざかっていたのも確かなことであった。

 これがライドッグの秘宝であったころであれば、そもそも命令ではない要望など聞く機会さえなかったに違いない。

(――もしお父様に命令をされたら――)

 秘宝である自分としては喜ぶべきなのだろう。いや、本能として命令を待ち望む自分がいることも確かであった。 

 そもそも秘宝とはそうしたものだ。

 それなのに今はその事実が無性に怖い。それがどうしてなのかわからないが、ディアナは背筋に冷たいものが走るのを感じた。

 残念ながらディアナに冷や汗をかく機能は付加されていないが、もし付加されていたとしたら、きっと服が濡れるほどであったに違いない。

 松田という男が、まさにディアナたち秘宝が、命令に逆らえないからこそ心を許しているという事実をディアナは知っている。

 もちろんフォウは知らないし、ステラも正確に理解しているかどうかわからないところもあるが、ディアナにはこれまでの経緯を理解するだけの知性があった。

(お父様はどうお考えになっているのでしょうか……)

 いや、聞くまでもない。

 松田にとってディアナやフォウは頼りになる秘宝だ。そうでなくてはならなかった。

 個人はともかく、国家や組織には裏切られ続けている現状では特にそうである必要があった。

「絢爛たる七つの秘宝が知性ある秘宝インテリジェンスアーティファクトだとは聞いていたけれど、こんなに人間味のある知性体だったなんて……」

 魔法技術の常識が壊れる、とサーシャはいまだ信じられなそうに震える声で呟いた。

 そのどこか畏れるような呟きに、ディアナはようやく思考から現実へと復帰した。

『もとからこんな人間味があったわけじゃありませんわ』

 控えめにクスコがサーシャに抗議する。

 身体を持たぬ秘宝にすぎなかったころのディアナは、こんな我がままで好き嫌いの激しい性格ではなかった。

 むしろクスコのように自由意思のままに行動する使い魔を見下していた感すらある。

 主人には無条件で従うもの。

 寵愛を強請ったり、報酬を欲しがる使い魔なんてライドッグの僕の風上にも置けない。

 そう迷いもなく断じたディアナをクスコはまだ覚えていた。

「…………そんなに大層なものなのか? 絢爛たる七つの秘宝とやらは」

 ライドッグの死後千年以上が経過した今、散逸した絢爛たる七つの秘宝の情報をノーラは知らなかった。

 実際のところ、長寿のエルフでもなければまず覚えている者もいない。 

 かろうじて言い伝えの中に存在する伝説そのものである。

「私も当時の情報は長老からまた聞きしただけだけど、ライドッグとその僕だけで全世界を敵に回せると言われているのよ。国家も伝説級探索者もひっくるめて」

 実際のところ、正面から細工なしに戦闘となれば、全世界が総力をあげてもライドッグを倒すことはできなかった。

 だからこそ謀略による暗殺でライドッグは殺されてしまったのである。

 呪詛だとも毒殺だともいわれるが、その手段はいまだ定かではない。

 そんなライドッグの絶大な戦闘力の、半分以上が秘宝と使い魔によるものだとされていた。

 一人で使える魔法や思考は限られるが、自立して思考する秘宝の存在はそれだけで脅威だ。

 いわばそれぞれが優秀極まる魔法士である。

 そのひとつひとつが、国家に匹敵する戦略兵器であればなおのことであった。

「絢爛たる七つの秘宝を破壊することは結局どこの国にもできなくて、封印するにとどめるしかなかったのよ。今では失われた技術をもってしても不可能だったの。下手に触って滅亡した国もあったしね」

「お前ら、そんな物騒なもんだったのか…………」

「なんですかっ! その目は! お父様は私の身体をむくつけき男どもにいじられても平気なの?」

「…………それで一国を滅亡させるのは正直どうなの……」

「ちがっ! わわわ、私じゃないわ! ちょっと派手に抵抗はしたけど……国ごと吹きとばしたのは私じゃないわ!」

 さすがにディアナの禁呪をもってしても国ごと滅亡させるには足りない。

 おそらくはよほど腕のいい魔法士が、契約に直接介入するような術式を施して自動防御機能が働いたのだろうとディアナは創造しているが、それにしても一刻を滅亡させたというのは尾ひれのついた噂であろうとディアナは思う。

 ――もし尾ひれのついた噂だとすると、やはり犯人はディアナであるという可能性も高くなるのだが。

(あら? やっぱり全力で王都まるごとだと……私が滅ぼしたことになるのかしら?)

「…………すごく信じられないけど、なぜか納得したわ。マツダも十分非常識だしね」

「不本意な言われようですね」

「常識的な人間は何百体もゴーレムを操ったり、人狼や秘宝と旅したりしないわ」

「それをいわれるとつらい……」

 まだ心にかつて社畜日本人ジャパニーズビジネスマンであった記憶を残している松田にとっては認めがたい話である。

 もっとも説得力がまるでないのも確かであった。

「――――まさか貴方たちまでライドッグに関りがあるだなんてね。これも縁というものかしら」

 ひとまずサーシャは松田やディアナの事情を受け入れることにした。そうしないと話が先に進めなそうだからだ。

「まずはどこから話たらいいかしら…………」

 ふう、と長い溜息を吐いて、サーシャは記憶を振り返るように目を細めて天を仰いだ。

お待たせしました。

しばらく連続更新します!

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