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アラフォー社畜のゴーレムマスター  作者: 高見 梁川
第四章
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第百三十話  迷宮の解放


 ノーラが話しかけたそこには、一人の少女が驚いたような顔で固まっていた。

 微動だにしないその姿に、思わず人形ではないかと疑う松田である。

 しかし人形にしてはあまりに肌や瞳に生気がありすぎる。

 どれだけ精巧に作った人形でも、生きている気配というものはどうしても真似できぬものだ。

 心を持つディアナやフォウのような例外でもないかぎり。

「可愛いだろう? 私の妹でね、マリーカというんだ」

「随分年の離れた妹さんだね」

 腰まで伸びた赤毛に大きな碧の瞳、おそらくは十歳から十二歳ほどだろうか。

 ノーラが小さいころはこんな少女であったかもしれない、とイメージを膨らませる少女であった。

 将来が楽しみな可愛い娘だ。

「信じられるかい? これでもマリーカはもう二十三歳になるんだよ?」

「さすがにそれは…………いや、これは冷凍? それとも呪いか?」

 そこで冷凍睡眠という言葉が思い浮かんでしまったのは、松田が元現代人であるからだ。

 マリーカが生き生きとしていながらも、人形のようにとまってしまったのはなんらかの魔法か呪いの仕業であろう。

 今にも動き出しそうな生きてそこにいる感触がある。だからこそそれを見守らなければならない家族にとってはやるせないものに違いなかった。

「……今も夢に見るんだ。あの日、私とマリーカはこの湖で遊んでいた。探索者の馬鹿が力技で遺跡の扉をぶち破ろうとするとは夢にも思わずに、ね」

 湖の水面が真っ赤に染まったかと思うと、バケツをひっくり返したように空から水が降ってきた。

 何事かと驚き、慌ててすぐそばで遊んでいた妹を見つけたノーラは…………。

「気がつくとそこには物言わなくなった妹がいた……」

 突然の爆発に大きく口を開けて驚いた表情の妹が。

 そして二度と妹がノーラに言葉を返すことはなかった。

 以来ノーラは妹を救うためだけに一心不乱に生きてきた。

 そしてたどり着いたのが、探索者としてパズルの迷宮を攻略するという道だった。

「いろいろ伝手を辿って救いを求めたが、全部無駄だった。要するに妹と私とでは時間の流れが違うらしい。あれからもう十年以上が経ったけど、妹にとってはほんの一秒か二秒ほど前のことなんだ」

 ノーラの言葉を引き取るようにクロードが語りだす。

「被害に遭ったのはノーラの妹だけではありません。他にも四人ほどの子供が時を止められています。一番新しい被害者の子供は去年です」

「迷宮の歪みが時を止める、と?」

「おそらく」

 よく見れば洞窟の奥にはさらに四人の子供が笑ったり、泣いたりした表情のまま動かなくなっていた。

 稀に見つかるこうした子供たちを密かにギルドが管理しているそうだ。

 身体を引き渡したがらない家族もいるが、何年も止まったままの子供と暮らしていると、心が病んでしまって結局ギルドに返してくるらしい。

 ギルドとしても、一連の事件にはいささかなりとも責任を感じているので、クロードのような管理人を派遣して細々と調査を続けているというわけだった。

「時間を操る魔法なんてこの世界には存在しない。とされてはいるが、迷宮に常識は通用しないからね」

「さすがに俺も時間を操る魔法なんて見当もつかないよ?」

「そこまで求めてるわけじゃない。もちろん、それができれば話は早いけどね。マツダ、私があんたに頼みたいのは迷宮の扉を開けることさ」

 そうノーラに言われても松田には迷宮の扉を開ける方法が見当がつかない。

 そんな松田の様子がおかしいのか、ノーラはからからと豪快に笑った。

「湖の底に何百も意味不明な装置があるって言ったろう?」

 得意げにノーラは語る。

「私だって遊んでたわけじゃない。この湖の遺跡についても調べるだけ調べたさ。装置っていってもそう複雑なもんじゃない。基本的にレバーを押すか引くかだけなんだから」

 湖の底に沈んだ謎のレバーか。シュールな光景だな。

「これは私の勘だけどね、あのレバー全部同時に動かさないと作動しないんじゃないかな」

「なるほど、その条件だと確かに俺はぴったりですね」

 ただでさえ水中で作業させる人員は少ない。

 数百のレバーを正確に同時に動かすのは、探索者の共同作業では不可能だろう。

 だが松田のゴーレムなら?

 なんの問題もない。何時間水中で作業させようと関係ないし、コンマ数秒のレベルで全てのゴーレムを同調させることも可能だ。

 もしノーラの予想が真実であれば、確かにこの遺跡の扉を開けることができるのは、松田をおいて他にはいないであろう。

「それじゃ、さっそく探ってみましょうか。――召喚サモンゴーレム!」

「ど、どひええええええええええ!」

 まるでお芝居のような悲鳴をあげて、クロードが突き飛ばされたかのようにひっくり返った。

 八百体ものスキュラ型ゴーレムが目の前に現れたら、予備知識のない人間はひっくり返るのも無理はない。

 世界中のどこを探してもこんな数のゴーレムを同時召喚できるのは松田以外にはいないのだ。

「行け!」

 次々に湖へ潜っていくゴーレムたち。

 とはいえさすがに百平方キロメートルは伊達ではなかった。

 松田のいた日本でいえば、猪苗代湖に匹敵する面積である。

 並みの足では一日で一周することさえ難しい。

「害意や敵意のある相手や魔力を発する装置ならサーチの魔法が利くのですけど……」

 残念そうにディアナは唇を噛んだ。

 松田の前で、役に立って見せられないのが悔しいようであった。

「契約者様、見つけた装置は私が盾で目印をつけておきます」

「すまないな。ありがとうフォウ」

「ああっ! フォウったらずるい!」

「ディアナ、ちょっと水中を照らしてもらえるか?」

「はいっ! お父様、任せてください!」

 水深が三十メートルを超えると、急速に明るさは暗くなり、水深百メートルともなればほぼ暗黒に近い。

 これを考えてもこの仕掛けを施した奴は、きっと悪魔のように底意地の悪いやつだろう。

 ディアナのライトの魔法を頼りに捜索すること三時間。

 すでに判明していた装置の位置情報をクロードが教えてくれたこともあって、捜索は効率的に進んでいた。

 結局、湖の底に設置されていた装置の数は全部で四百十二機だった。 

(なるほど、これを全部一斉に動かせと言われても困るだろうな)

 松田は半ばノーラの予想を信じる気になっていた。

 というより、これでさらに複雑な条件を設定されていたら、誰も遺跡を攻略することなんてできなくなってしまう。

 この封印を施した奴とて、スタンドアローンで制御不能な状態にしておくのは不本意なはずだ。

 半ば祈るように松田はそう思っていた。

「さて、意図的に隠している装置がなければこれで全部のはずだけど、どうする?」

「まさかこんなに早く……つくづくゴーレムってのは反則だな」

 血のにじむようなノーラの十年以上の苦労を、あっさり達成してしまった松田に嫉妬めいた感情は浮かばなかった。

 本来ノーラはとても前向きな性格の女性である。

 だからこそ最短距離で命の危険を犯しても強さを、迷宮を攻略できる力を求めたといえる。

 不思議なことに、ノーラとシェリーは同じく強さを追い求めて探索者になったはずだが、その心のありようは大きく違っていた。

「さすがは私の見込んだ男だよ」

 もし妹が助かったら、絶対に松田を逃すまい。

 心ひそかにそう誓って、ノーラは大きく息を吸い込んだ。

「やっちまっとくれ」

「了解、ゴーレム、レバーを手前に引け」

 正直なところ押すか引くかの選択に根拠はない。

 確率は半々だが、どうやら松田の勘も捨てたものではないようだ。

 轟音とともに湖の中央へと続いていた飛び石が動き出し、湖底を塞いでいた迷宮の扉が動き出した。

「こら魂消た……本当に開けちまったのか」

「やったあああああああああ! マツダ! 私はあんたを信じてたよ!」

 松田の鼻先に自慢の巨乳を押しつけるようにして、ノーラは松田に抱きついた。

 慌ててステラとディアナがノーラを引きはがしにかかる。

「ご主人様から離れるです! わふ」

「そのでかいだけの垂れた乳をどけなさい!」

「お姉さま、それはちょっとお下品……」



 ところがそのとき、西の空から一筋の赤い光の塊が飛んできて、迷宮の扉に降り立ったかと思うと、一人の美しい女性の姿に変わった。

 その姿に見覚えのあった松田が声をかけようとする間もなく、女性はびしっ、とこちらを指さすと怒鳴り声をあげた。

「せっかく封印してた迷宮を解放するなんて、あんたたちなんてことをしてくれるのよ!」

 その姿は忘れもしない。

 スキャパフロー王国で出会った人狼の女性サーシャの姿にほかならなかった。

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