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アラフォー社畜のゴーレムマスター  作者: 高見 梁川
第四章
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第百二十九話 ノーラの故郷

 ハーレプストとラクシュミーの結婚式を終え、デアフリンガー国王からそれとなく勧誘を受けながら、ようやく松田たちは目的地のパズルへと到着した。

 デアフリンガー王国の北西部にある小さな街で、ここがノーラの生まれ故郷であるそうだ。

「ここ(パズル)に帰るのも久しぶりさ」

「失礼ですが、ご家族は?」

「まあ、その辺も含めていろいろとあるのさ」

 普段は勝気なノーラが、どこか親に見捨てられた子供のように見えた。

 多分そういう弱さも見せておけば男が放っておかなかっただろうに、と松田は思う。

「今何かむかつくことを考えたね?」

「滅相もありません!」

「ご主人様、ご主人様! すごく大きな湖があるです! わふ」

 ちょうどパズルの街の西に、巨大な淡水湖が太陽の光に反射してキラキラと光っているのが見えた。

 その様子をステラは物珍しそうに眺めている。

「そういえばステラはまだ海を見たこともなかったな」

「海、ですか? わふ」

「デアフリンガー王国からさらに南のワーゲンブルグ王国へ行けば海が見えるよ」

「ステラ、海見たいです! わふ」

「そうだな。今回の件が終わったら、行ってみてもいいか」

「お父様はステラに弱すぎます! 早く他の秘宝を解放しないとあのリアゴッドに奪われますよ?」

 ぷん、と頬を膨らませてディアナが松田の脇腹をつねる。

「そうそう、契約者様はもっとお姉さまに優しくするべきです! もちろん私にも!」

 新たに身体を得たフォウも、ディアナと同じでひどく甘えん坊だった。

 ディアナもフォウも、大概わがままを聞いてやってるがなあ、と松田は苦笑する。

 ハーレプストにも突っ込まれたが、いまだにお風呂もベッドもいっしょというのは、松田にとってもつらいのだ。

 特にステラが身体的に成長してきているせいか、目のやりどころに困る。

 それにディアナが対抗意識を燃やしてくるから始末に負えなかった。

「はいはい、私たちの目的も忘れないでね」

 呆れたように肩を竦めてノーラは歩き出す。

 それでもどこか今までのような覇気が感じられない。

 何か故郷につらい思いでもあるのだろうか。

「それで、古代遺跡パズルってのはどこにあるんだい?」

 ここまでわざわざやってきたのは、ノーラに遺跡の攻略を依頼されたからだ。

 宝石級探索者であるノーラが、一人では絶対に攻略できないと言い切るほどの遺跡である。

『主様、妙な気配があります』

 もはや定位置のように松田の首に巻きついたクスコが、不安そうに告げたのはそのときだった。

「妙な気配ってどういうことだい?」

『もしかしたらここの遺跡に絢爛たる七つの秘宝があるかもしれません』

「――確か、クスコが場所を把握しているのは飛刀アイヤーナと万物を見通す目イリスだったな」

『悠久の癒しグローリアも、当時の人間から集めた情報だけはあるのですが、私にはそこが封印場所だとは思えなくて』

「するとここには悠久の癒しグローリアか名無しのゼロが眠っている可能性があると?」

『絢爛たる七つの秘宝とそれを封印するための力は、伝説級のなかでも特殊なものです。そんな巨大な力の気配が、ここにはあります』

「なるほど」

 これが縁というものか。

 ノーラの依頼が終わったら、飛アイヤーナと万物を見通る目イリスを探しに行こうとは思っていたが、まさかこうして意図せずに絢爛たる七つの秘宝と見えることになろうとは。

『これは……何かしら? 封印が歪んでいるような……あまりよくない気配です』

 ふと松田は話ながらあることに気づいた。

「そういえば遺跡ってどこにあるんですか?」

 ほぼ例外なく迷宮は広大な土地を必要とする。

 地下に広がるタイプのものでも条件は一緒で、入口だけがポツンとあるというケースはほぼありえない。

 ところがこのパズルの街にはそうした迷宮に必要な開けた土地がないように思われたのである。

「そう…………それが遺跡があるのがわかっていながらこのパズルの街にギルドの出張所しかない理由でもあるわ」

 通常、迷宮は莫大な利益を生み出す金の卵のようなものだ。

 これを適正に管理し、利益を搾取するため探索者ギルドが放置しておくなど考えられぬことであった。

「ま、とりあえず見てみたほうが早いでしょうね」

 ノーラは意味ありげに笑うと、湖に向かって歩を進めたのだった。


 面積にしておよそ百平方キロメートル、水深の深さは深いところで三百メートルに達するという。

 遠浅で沿岸部の水深は浅く、水質は良好で透明度が高い。

 そして湖の中央に向かって不自然な岩が飛び石のように続いている。

 その不自然さですぐに松田も理解した。

「ノーラさん、遺跡っていうのは……」

「そう、この湖の底よ」

 なるほど、せっかく遺跡があるのに利用されていない理由に合点がいった。

 利用されないのではなく、利用できなかったのだ。

「――――湖の底だから探索できなかった、って思ったでしょ?」

「違うんですか?」

 ノーラの声音に、苛立ちや後悔や憎悪のような暗いものを感じ取って、松田は問い返した。

 どこか泣きそうな顔でノーラは答えた。

「迷宮なんて金になるものをギルドが見過ごすはずがない。いろんなことを試したらしいよ? 水で呼吸ができるスキルや、結界で水を弾く魔法士なんかが集められて、大々的に調査がされたらしい」

「それでも――迷宮は探索できなかった」

「そうだね。結果的にはそうなった」

 莫大な資金を投入して集められた戦士や魔法士も、ついに迷宮の扉を開くことはできなかった。

 湖の底には何百という意味不明な装置が置かれていて、それをどうにかしないことには迷宮の扉が開かないらしい。

 水中で作業できるような魔法やスキルを持った人間は貴重で、早々に調査は行き詰った。

「ところがその中で一人の馬鹿が暴走したのさ」

 それはそこそこ名の知れた宝石級探索者であったという。

「そんな面倒なことしてないで、俺が扉ごと魔法で吹っ飛ばしてやるよ」

 火力にかけては有数の腕を持っていたらしい男の提案は、調査が完全に頓挫していたため、最終手段として採用されることになった。

「確かに才能はあったんだろうね。男の魔法は扉を開くことはできなかったが、封印された迷宮に歪みを発生させることには成功した」

『たぶん私が感じている歪みはそれが原因ですわ。主様』

 クスコが感じていた違和感もこれで説明がついた。

 それをノーラに告げると、ノーラは自嘲気味に嗤った。

「本当に馬鹿なことをしてくれたよ。おかげでその歪みは現在に至るもこの街をむしばみ続けているというわけさ」

 砂浜から随分歩いた湖のほとりに、みすぼらしい探索者ギルドはあった。

「邪魔するよ」

 ノーラが無造作に扉を開くと、もう七十も近そうな老人が珍しそうに目を見開いて顔を綻ばせる。

「ご無沙汰だったじゃないか、ノーラ」

「ようやく私の目標に目途が立ちそうなんでね」

「後ろにいるエルフの男がそうなのか?」

「まあね」

 老人はうれしそうに松田に向かって頭を下げた。

「よくお出でくだされた。わしはこの出張所を任されておりますクロードと申します」

 本当にこのパズルはギルドには見捨てられた場所なのだな、と松田は思う。

 こんな老人をたった一人で駐在に置いておくだけなのだから。

「タケシ・マツダです。少し事情が飲みこめないのですが」

「なんだ、何も話してないのかノーラ」

「実はまだ、迷宮の攻略を手伝ってほしいとしか、ね」

「……ふむ」

 考えこむように腕を組んでから、クロードは視線をあげた。

「せっかくここまで来たのだ。会っていくのだろう?」

「ああ、長いこと留守にしていたのを謝っておかないとね」

 老人クロードは億劫そうによいしょ、と腰をあげて引き出しから複雑な意匠の鍵を取り出した。

「わしについて来てください」

 小さな造りだと思ったが、ギルドの奥は存外に広く、そのまま裏口から湖内の洞窟へと続いているようであった。

 薄暗い通路をクロードとノーラが先導するように進んでいく。

「あの子に変わりはないかい?」

「変わりがないことはお前が一番よく知っているだろう?」

「そうだったね…………」

 意味ありげな言葉がクロードとノーラの間で交わされる。

 おそらくそれがノーラが松田に助けを求めた理由なのだろう。

 洞窟の奥には巨大な岩と、その隙間を塞ぐようにミスリル製の魔法扉が設置されていた。

 その扉にクロードは鍵を翳し呪言を紡ぐ。

「清浄なるパズルに満ちる気よ。願わくばその力に拠りて我が前に光の道を指し示せ」

 青白い光が鍵から扉に向かって伸びたと思うと、音もなく重量感のある扉はあっさり開いていった。

 明るい人工的な光に満ちた部屋に向かって、ノーラは少し声を震わせて言った。


「――――寂しい思いをさせてごめんね。お姉ちゃん帰ってきたよ」

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