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アラフォー社畜のゴーレムマスター  作者: 高見 梁川
第四章
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第百二十四話 我がままに生きる道


(やばいっ!)

 心底松田は油断したことを後悔していた。

 パリン、と乾いた音を立てて、フォウの盾が砕け散る。

 天馬疾駆ギャロップ加速アクセルを重ねた貫通攻撃に耐えられなかったのだ。

 フォウはなんとか二枚目の盾を展開してヘルマンを押しとどめようとするが、一度加速に乗ったヘルマンはたちまちその盾を打ち砕いた。

 こんなことならディアナとステラに手を出さないように、なんて言わなきゃよかった。

 ゴーレムの運用試験だなんて調子に乗っていた。

 甘くみていた。戦争を甘くみていた。

 ヘルマンがよく出来た人間だったから、日本にいたころの感覚で考えてしまった。

 ここは現代日本より、あまりに命の値段が軽い異世界なのだ。

「お父様!」

 詠唱が間に合わないと判断したディアナが泣きそうな声で叫ぶ。

 ノーラは横合いからヘルマンに斬りつけようと、スキル神速を発動するが、天馬疾駆ギャロップ加速アクセルを重ねがけしたヘルマンにはわずかに及ばない。

(――――もらった!)

 ヘルマンが勝利を確信したその瞬間であった。

「ご主人様危ないです。わふ」

「へぶあああああああ!」

 脇腹に強烈な打撃を食らって松田は吹き飛んだ。

 それに驚いたのは松田だけではなくヘルマンもである。

 自分を邪魔しに来るのならば対処する準備はできていた。

 まさか松田の方を蹴り飛ばすなど、さすがのヘルマンも想定していなかったのである。

「ステラ! 貴女何をやっているの!」

「だってこうしないと間に合わなかったです。わふ」

 松田の秘宝であるディアナや使い魔であるクスコには、松田に危害を加えるような真似はできない。発想することすらない。

 これはステラが人であるからこそできた判断なのである。

 自由であるからこそ人は傷つけ、裏切ることもある。同時に人の自由意思こそが助けとなるのだと――――このとき松田にそんな思考をする余裕はなかった。

「ごほっ! ごほっ! いや、助かったよステラ」

 ズキン、と鈍い痛みが走る。

 ちょっと肋骨がやばい気もするが助かった。

 正直、ステラの機転がなければこうして会話できていたかどうかも怪しい。

 松田には規格外の土魔法スキルがあるが、逆にいえば、通常の魔法士が所有しているはずの、ダメージ軽減や防御スキルがないのである。

「……力及ばなかったか」

 スキルの発動時間が経過したのか、ヘルマンの加速が止まった。

 もうこの状態から挽回する術はヘルマンにはない。

 ノーラとクスコの挟み撃ちを受けて、愛馬を犠牲にしてかろうじてヘルマンが大地を転がって避ける。

 逃げることもできないことなどわかっていた。

 この決断を選んだときから、生きて帰ることが不可能であることなど百も承知。

 あの馬鹿公子の愚かな願いのために死ぬつもりなどなかったのに、いざ戦場に立てば部下をいたずらに見殺しにすることなどできなかった。

「現時点をもって騎士団は撤退せよ! ただし公都に戻ってはならん! ザルツワイト侯に集合して指示を仰げ!」

 ザルツワイト侯は大公の従兄弟にあたる権力者で、万が一のことがあれば公国の後継者足りうる男だ。

 それに侯のもとで部隊を再編すれば、少なくとも三日はかかる。

 その間にすべては終わっていることだろう。

(――――自分は判断を間違ったかな?)

 家族と国外に逃げることも考えたはずだった。

 騎士団長を解任されたときには、もう公国など知ったことではないと思ったこともあった。

 なのに結局は命を捨てて単身突撃している。

(身に浸みついた習性は消えないってことか)

「人が生き方を変えるなんて、そう簡単なことじゃありませんよ?」

「――私はそんな顔に出ていたかな?」

「自分にも心あたりがあることですし、同じような人も見てきましたから」

 ふと松田は初めてこの世界に来て訪れたリジョンの町のゴドハルトを思い出した。

 今頃はもう少しましな主君に仕えているだろうか。

「仕方がない。それも含めて私という人間なのだろうから」

 国も部下も何もかも見捨てて、家族と逃げるという選択肢は取れなかった。

 残念ではあるが後悔もない。

 覚悟を決めてヘルマンはどかり、と大地に腰を下ろした。

「あつかましい願いだとはわかっているが、部下たちを見逃してもらえると助かる」

「いやいや、無理でしょ。だって貴方の部下、誰も逃げてませんよ?」

「なにいいいい?」

 慌ててヘルマンは後ろを振り向く。

 撤退に移る部下など一人もいなかった。


「くそっ! なんとかゴーレムを突破しろ! ヘルマン殿を見捨てるな!」

「時間差でガウス殿がねじ込める隙間を作るんだ! 急げ!」

「ヘルマン団長! 死なないでください!」


「――――あの馬鹿どもが……」

 我知らず目が潤んで視界がぼやける。

 全く、これだから俺はお前らが見捨てられんのだ。

 戦場で共に生命をかける仲間は、時として家族に勝る。この感覚は実際に戦場で戦った人間にしかわからない。

 生きるか死ぬかの極限状況だからこそ通い合う絆というものがこの世にはあるのだ。

「――――そんなわけで、あの連中引き取ってもらえませんか?」

「なん…………だと?」

「でないとあの人たち殲滅するしかなくなるんですが」

「私はそれでもいいのですけど……」

「ややこしくなるからディアナは黙ってなさい」

 自分の聞いた言葉が信じられずに、ヘルマンは目をこすった。別に目をこすったからどうなるものでもないが、現実であるという確証が欲しかった。

「いや、これでも君を殺そうとした自覚はあるのだが……」

「でも部下を逃がしたいんでしょ?」

 すでに大砲型ゴーレムの召喚は終わっていて、もし騎士ゴーレムの戦線を突破されたら砲撃を開始するしかない。

 さらに今度はステラもディアナも黙ってみてはいないだろう。

 まず半刻と保たず騎士団の戦力は潰滅するに違いなかった。

「も、もちろんだ。正直見逃してもらえるなら大いに助かる。貴殿がラクシュミー嬢を救出するまで決して手出しをしないことは約束しよう」

「それはくれぐれもお願いします。今度は初手から広域魔法でせん滅することになりますから」

「……そんな奥の手まで持っていたのか……」

 どうやら最初から最後まで、自分たちは手を抜かれていたらしい。

 しかしステラが咄嗟に松田を蹴り飛ばしていなければ、松田の命は危なかった。

 戦場慣れしていない松田の油断、というより慢心であったのだろう。

 そして今、自分を殺そうとしたヘルマンをも逃がそうとしている。

「老婆心ながら忠告するが、貴殿のその甘さはいつか命取りになるぞ? 助けてもらっておいてこんなことを言うのは筋違いだとはわかっているが」

 松田が本当にラクシュミーを助けたいのならば、ヘルマンも騎士団も倒しておいて損はないのだ。

 むしろそうしたほうが確実にリスクは減る。まして死ぬ寸前までいった相手を平然と許すなど、命がいくつあっても足りない。

「甘いままじゃいけませんか?」

「はぁ?」

「甘いままでいられるくらい強くなればいいんじゃないですか? 何せ俺は我がままですから」

 甘さが弱みになるというのなら、弱みを補ってあまりあるほど強くなればいい。

 そうして国にも邪魔をされない絶対的な力を手に入れて見せる。

 人を恐れずに済むように。

 人を憎まずに済むように。

 そのための絢爛たる七つの秘宝なのだから。

「驚いたな。確かに甘さと弱さは決してイコールではない」

 そもそもこうしてゴーレム軍団を率い、敢然と公国に立ち向かってくること自体が強さの証明である。

 あるいは松田であれば、戦場では捨てざるを得なかった甘さを持ちえたまま勝利を手中にできるのかもしれなかった。

 かつては自分もまた、強さに制限を設けずに、どこまでも強くなるために諸国を流浪したではないか。

「詮無いことを言った。貴殿の武運を陰ながら祈っている」

 そういって頭を下げると、大きく息を吸い、ヘルマンは意気揚々と立ち上がった。

「この馬鹿者どもめ! 上官の命令を無視しおって! 説教してやるからそのまま私についてこい!」




「もうすぐだ。もうすぐ私のママに相応しくない盗人の首が届く。楽しみにしておけ」

「それは不可能だと申し上げておきます。それと、私は貴方のママじゃありません!」

「私がママだというのにまだそんなことを言っているのか? お前も道理のわからぬ女だな」

「どの口で道理とかいいますか!」

 この男には話が通じない。というより自分に都合のいい言葉以外を聞くつもりがない。

「のこのこと我が国に姿を現すとは、所詮は亜人の知恵などその程度ということか」

 それはどうかしら、とはラクシュミーは言葉にはしなかった。したところで無視されるか馬頭されるのが目に見ていたからだ。

「わざわざドワーフとその片割れに騎士団の大半を派遣してやったのだ。逃げることも絶対に許さんよ」

 七百の騎士とかゴーレムとかほざいていたが、そんなものは見間違いに決まっている。

 いったいどこの世に七百もの軍勢を引き連れて現れるドワーフとエルフがいるというのだ。

「この私としたことが迂闊だったな。ドワーフは生かして捕らえるよう命令するのを忘れていたよ」

「ハーレプスト様が捕らえられることなどありえませんから無用の心配ですわ!」

「はっはっはっ! 強がるのもいい加減にしろ。大丈夫、醜くて気分が悪いけれど、奴の首をみればママも自分の立場を思い出すよ」

「生憎、万が一ハーレプスト様が首になるようなことがあれば、私も後を追わせていただきますわ」

「いつまでそんなことを言っていられるか……楽しみにしているよ。そんなことより――」

 マルグに促されるようにして数人の侍女が入室してきた。

 その手には豪奢なドレスや、レースをふんだんにあしらった下着が握られている。

「そろそろ同じ服を着続けているのも気持ち悪いだろう? 私が手づから着替えさせてやれないのが残念だが、新しい衣装を用意させてもらった」

 ワナワナと怒りに震えながら、ラクシュミーはかろうじて怒鳴りだしたいのを抑えた。

「――――なんですか? 本気で私にこれを着ろと?」

「きっとよく似合うぞ」

「どピンクでやたら胸が大きく開いたデザインなのは気のせいですか? しかも下着は黒ばかり!」

「ママはこの服が好きだっただろう?」

「私はもっと慎ましい白のドレスが好みです! ハーレプスト様も下着は赤がお好きですし!」

「赤など下品だと思わないか?」

「紫も結構好きだったりしますのよ? 服は脱がずに着たままのほうが興奮するとか」

「ドワーフの性癖が歪んでいるとは聞いていたが」

 なんとも業が深い性癖を隠し持っているらしい。どうせ首になる男のことだから構わないが。


「――――あまり僕を異常性癖者みたいに言わないでもらえないか?」


 がっくりと肩を落としたハーレプストを、松田は優しく慰めた。

「だ、大丈夫ですよ師匠! きっとこれもラクシュミーさんの罠に嵌まった結果なんでしょう?」

「あら、気になることを言ってるわね。あとでじっくり聞かせてもらえるかしら?」

「絶対にノウ! マツダ君も余計なことを言わないでくれ!」

「あれ? もしかして素の性癖っすか?」


 かなり間抜けな会話にあっけにとられていたマルグが、気を取り直したかのように叫ぶ。

「き、貴様ら! どこから入った! いや、そもそもなんでここにいる?」 

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