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アラフォー社畜のゴーレムマスター  作者: 高見 梁川
第三章
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第百七話 造物主

 三体のガーディアンが倒されたことで、封印の扉へと続く回廊を邪魔する者はいなくなった。

「おっ?」

 レベルアップの淡い輝きが松田とステラを包む。それほど苦戦したわけではないので正直ありがたい。

 あるいは、迷宮攻略のトロフィーのようなものなのかもしれないが。

 無人となった回廊の先、ガーディアンを倒した者にだけ解除を許された扉に松田は手をかけた。

「さて、いったい誰が眠っているものかな」

 ようやくこのときが来た。あまり成り上がることに興味のある松田ではないが、さすがに物が絢爛たる七つの秘宝ともなれば興奮もひとしおである。

 終末の杖たるディアナに最強の使い魔クスコ、そして人狼ステラに新たな秘宝が加われば、無敵ではないにせよ国家と肩を並べることはできる。

 国家という巨大な組織を相手に、嫌だ、とはっきり言える爽快感は筆舌に尽くしがたい。

 NOと言える日本、NOと言える俺、万歳!


「――――ほう、ガーディアンを倒したか。だがそこから先は貴様ごときが近づいてよい場所ではない」

「誰だ?」

 松田だけではなく、ステラもクスコも驚愕した。

 ステラもクスコも、動物的な勘と鋭い嗅覚、聴覚を有し無意識に周囲の警戒にあたっている。

 間違いなく背後には誰もいなかった。

 突如としてその男はいずこともなく出現したのである。

『貴様…………!』

 声の主を確認して、クスコは唸り声とともに憎悪の視線を向けた。

 忘れもしない。陰気なこの世の何もかもに絶望したような暗い暗い瞳。亡き主ライドッグの名を騙る忌まわしき男。大事なライドッグとの契約を、いとも無造作に断ち切った男であった。

「――――ほう、契約を強制切断されてなんともないのか? 所詮畜生は畜生ということだな」

『使い魔などその程度です』

 感情の起伏に乏しいが、使い魔より己が上だと主張する確固たる意思。

 遠い昔の記憶を今こそ鮮明に思い出したディアナとクスコは異口同音に叫んだ。

「まさか――コリンなの?」

『宝冠コリン、貴女なの?』

 絢爛たる七つの秘宝のひとつにして、魔法による結界の及ばぬ場所であるなら、世界中のどこにでも転移が可能な究極の移動型秘宝。

 神出鬼没の原点で、ライドッグが国家の掣肘から自由である大きな力であった。

 いかに国家の誇る軍の力が強大であるとしても、大陸の裏側まで瞬時に転移されてしまえば追う術はない。

 単純な戦力としての脅威もさることながら、ライドッグが稀代の魔法士として君臨できたのは、彼の行動範囲の広大さと自由度にもあったのである。

 その中心にいたかつての僚友を、ディアナトクスコが忘却することなどありえなかった。

『造物主様のご恩をあだで返す恩知らず。昔から私はクスコ(あなた)のことが気に入りませんでした』 

 もはやクスコはライドッグの使い魔ではない。

 あのころは言えなかった(とはいえディアナともども態度には出ていたが)言葉がいとも簡単に紡がれる。

『造物主様の名を騙る、陰険そうな狐顔に仕えてる貴女はなんなのよ』

『愚かな。造物主様の外見など私たち秘宝にとっては些細な事。容姿に仕えた覚えはありません』

 控えめに陰険狐顔であることを肯定されて、地味に凹むリアゴッドであった。

『そもそもリアゴッド様が造物主の名を騙るなどありえません。なぜならリアゴッド様は我らが造物主様その人なのですから』

「――――何を言っているのコリン?」

 その瞬間、ディアナは背筋に氷を放り込まれたような壮絶に嫌な予感を感じた。

 その答えをディアナは本能的に悟っていたのかもしれない。

『――――そこのツルペタはどうして私を知っているのかしら?』

「誰がツルペタよ! 私だって好きでこうなったわけじゃないわああああああ!」

 同じ秘宝であった僚友にツルペタ扱いされる切なさプライスレス。

「それはあとで問いただすとして! 造物主様とその男が同じってどういう意味なの?」

『口を慎みなさい。リアゴッド様こそ、ライドッグ様の記憶と魂を受け継ぎこの世に転生した姿なのです!』

「なんですって?」

 まさか、と思い、心のどこかでやはり恐れていたことを言われてしまった、とディアナは思う。

 よくよく考えればライドッグとクスコの特殊な契約を強引に破棄することのできる魔法士などいるはずがない。

 ――――ライドッグ本人でもないかぎり。

 何よりディアナは知っているのだ。同じ魂を受け継ぎ、新たな人生を送る松田という新たな主の存在を――。

「ラ、ライドッグ様…………」

 あれほど憧れ、忠誠を尽くした比類なき魔法の王であるが、心のどこかが否定する。

 違う。違う。この人はあのライドッグ様ではない。

 そのとき、ふとリアゴッドの視線がディアナへと向いた。

「おい、そこの娘。なぜ貴様から我が秘宝ディアスヴィクティナの気配がする?」

『リアゴッド様! ディアナはこんなツルペタ娘ではありませんわ!』

「お願いだから胸のことは放っておいて!」

 クスコといいコリンといい、よほどこの身体に恨みがあると見える。

『私は認めない!』

 困惑するディアナをよそに、クスコは決然として言い放った。

『たとえ記憶と魂が同じでも、お前はライドッグ様なんかじゃない! ライドッグ様はそんな暗い目をしないし、使い魔を畜生呼ばわりもしない! お前はライドッグ様の記憶に振り回され勘違いをした愚かな男。ただそれだけ』

 クスコの批判はリアゴッドの痛いところをついたようであった。

 あからさまに顔を顰め、リアゴッドは親の仇でも見るようにクスコを睨みつける。

 彼は彼なりに、かつてライドッグであったころに遠く及ばぬ今の自分を歯がゆく思っていたのだ。

「畜生に鴻鵠の大望はわからぬわ! そんなことより、答えよ小娘!」

「わ、私は――――」

 お前はディアスヴィクティナかと問われれば、間違いなくそうであると答えることができる。

 しかしライドッグの所有する絢爛たる七つの秘宝のひとつかと問われれば、なぜか素直に頷けない自分がいた。

 こんな迷いを感じたことなどなかった。

 そもそもディアナは人格を持つとはいえ秘宝であり、物として扱われることに疑問を感じたりなどしなかった。

 使い魔と主ライドッグの寵を争ったことも、あくまでも愛用の物としてである。

 自分はどうすればよいのだろう。

 リアゴッドがライドッグの記憶と魂を受け継いだとするならば、自分は今なお彼の持ち物なのだろうか?

 いや、彼が強制的にクスコとの契約を破棄したということは、そういうことなのだ。

 だがひとつ違うことは、あのときクスコには新たな主がいなかったが、ディアナには契約を交わした正当な主がいるということであった。

「どうした? 答えよ! 貴様はディアスヴィクティナなのであろう? どうやってその身体を手に入れたのかはわからんが、まずは見事な技前と褒めてやる」

 この世界で記憶を取り戻してから、初めて感嘆すべきものにあった、とリアゴッドは思った。

 人間と寸分も違わぬ見事な人造身体。驚くべきはその身体に絢爛たる七つの秘宝を内包することが可能だということだ。

 ライドッグは自立行動する秘宝として、絢爛たる七つに秘宝を製作したが、今のディアナはそのライドッグの理想をさらに推し進めた進化型であるといえる。

『ずるい……ずるいですよディアナ!』

 リアゴッドの頭の上に乗った宝冠コリンは、僚友が人間と同様の身体を手に入れたことに嫉妬を覚えたらしかった。

 今までは秘宝として考えもしなかったことだが、現実に身体を手に入れ主人と触れ合えることを目の当たりにすれば、コリンがうらやましがるのも当然であろう。

「さあ、我に従え! 我が秘宝の一、ディアスヴィクティナよ!」

 絶対命令権を有する造物主の命令に、ディアナは従うしかない。それが秘宝である身に定められた運命であるはずだった。

 しかし相反する感情に困惑したままディアナは動かない。いや、動けなかった。

 それはディアナが秘宝であるならありえないことである。

 いかに松田がディアナとの契約者といえど、造物主の命令はそれに優先する。

 いってみればそれは、電化製品の保守メンテナンスを請け負うメーカー側は、ユーザーの知らないコードを優先して使用できるようなものだ。

 宝冠コリンがそうであったように、ライドッグの命令権がリアゴッドに引き継がれていれば、その命令をディアナが拒絶することは理論上ありえない。

「――――貴様! ディアスヴィクティナに何をした!」

 リアゴッドが吠えるように松田へ叫んだ。

 松田が自分のいない間にディアナに何か細工をした。それ以外にこの状況の原因は考えられない。

「これが最後だ。ディアスヴィクティナよ。今すぐその汚らわしい偽りの主人を殺せ!」

 もともとこの世のすべてを憎悪しているような冷たく暗い目をしたリアゴッドだが、そこに悶えるばかりの怒りが加わった。

 人に裏切られ、人に殺され、そして使い魔にまで裏切られた彼にとって、秘宝こそは最後に残された心のよりどころであった。

 術式に支配された秘宝ですら自分を裏切るというのなら、いったい何を信じればよいというのか。

 道具である秘宝だけは絶対に自分を裏切らない。この世のすべてを愚かで醜いと断じるリアゴッドにとって、そこだけは譲ることのできぬ一線であった。

『記憶と魂を移植すれば同一人物なんて、秘宝といったい何が変わるの? 両親に産んでもらった貴方の人生はどこにあるの?』

「聞いたような口を!」

『私が絶対に認めない! 主様は貴方みたいな醜い男ではないわ!』

 過去の記憶に囚われて、絶大な力を持ちながら世界を憎むことしかできない。

 かつて輝いていたころのライドッグは決してそんな存在ではなかった。

 虐げられてきた今生での記憶と、光り輝く過去の栄光とのギャップが、リアゴッドを狂気へと駆り立てるのだ。

『死ぬ前の記憶に踊らされるなど愚かなことです。生まれるということはそれだけで素晴らしいことなのに』

 クスコも一度は死んだ。死んで新たな生命として誕生した。記憶も力も引き継がれたが、ライドッグはすでに過去の人である。

 その記憶を懐かしみ、美しいと思うことはあるだろう。だがそれに縛られて生きるのは生に対する冒とくだ。

 新しい人生、新しい目標、新しい絆、そのために生きてこそ産まれてくる意味がある。

 いわばリアゴッドの全否定に等しい言葉であった。

「私は、愚かなる敵対者に復讐し、この世に等しく叡智によって統治される永遠の楽園を築いて見せる! 獣風情が聞いたような口を叩くな!」

 いったい何のために転生の秘術を施したのか。

 自分の理想を理解しようともせず、ただ恐れるばかりの愚かな人間。

 孤独の先に、ようやく見え始めた永遠という理想。

 その夢をかなえるために自分は転生した。この世に生まれたひとりの青年の自我など知ったことではない。

 生きていたところで何かを成しうるような男ならばいざしらず、ただの市井の落伍者になんの価値があろうか。

 ほんの一片たりともリアゴッドは己の信念に疑問など感じることはなかった。

 逆に衝撃を持ってそれを受け止めたのは、リアゴッドとは関係のない松田のほうである。

 正しくリアゴッドはありえたかもしれないもう一人の松田であった。

 世界に絶望し、人間を信じることができなくなった松田が、そのありあまる才で暴力を友としたならば、まさにもう一人のリアゴッドとなったであろう。

 前世の立場が違うといえばそれまでだが、いったいリアゴッドと松田で何が違ったのか。

 恐らく、この世界に共通して二人が抱いている感情は怖れである。

 しかし解決手段が百八十度違う。リアゴッドは世界をまるごと変革しようとし、松田は厄介からは逃げるというのがスタンスであった。

 ――――この世界で新たな人生を生きると決めたとき、我がままに生きると誓った。

 我がままとは前世に引きずられた生き方ではないのか。

 本当に自分はこの世界で新しい人生を生きていると言えるのか。

 クスコの放った言葉は、そのまま松田の胸に突き刺さったのである。

 時を同じくして、ディアナもまた答えの出ない葛藤に苛まれていた。

 松田を殺すなど今のディアナには絶対にできないことだ。

 千年の孤独からディアナを解放し、初めてディアナを対等の人格として扱ってくれた人である。

 その甘露のごとき暖かい触れ合いを知った今、また道具としての自分に戻るなど考えただけで胸が寒い。

 造物主として無条件に、なんら迷いを挟むことなくライドッグに従っていたころとは違いすぎる。

 何より松田を殺すどころか、ディアナは松田に嫌われるようなことすら絶対にしたくなかった。

 その感情にまだ名前はないけれど、かつてライドッグのもとにいたころにはなかった感情だった。

 そう、造物主には従わなければならないと考える一方で、ディアナは従いたくないと考えていた。

 それは秘宝ではありえないはずの感情であった。

「何を迷う必要がある? お前は秘宝なのだぞ?」

 定められた機械のように、主人の言葉を微塵の躊躇もなく実行する道具。

 それが秘宝というものであり、逆に迷ったり間違ったりしていたらそれはもう秘宝ではない。

 主人に逆らったり、誤作動する道具なら、そんな不良品は壊すか捨てるだけだ。

『ディアナ、迷っていることが答えなのよ? 貴女はそもそもどうしたいの?』

「…………お父様といっしょにいたい」

 義務感を除いて素直になれば、ディアナの胸に満たされている感情はそれであった。

「好きなだけここにいろ」

 松田はわれがままにディアナに答える。

 ディアナはうれしそうに微笑むと、決然としてリアゴッドに言い返した。

「私は――もう戻りません。私の居場所はお父様の傍だから!」

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