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アラフォー社畜のゴーレムマスター  作者: 高見 梁川
第三章
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第百四話 迷宮の外は

「もう奴ら二百階層を突破したというのか!」

 軍務卿のスペンサー伯は信じられないとばかりに声を張り上げた。

 あまりに予想外の速度に、やはり松田はあの妖狐の黒幕なのではないかと本気で信じかけたほどであった。

「そればかりではありません。王女殿下もすでに百八十階層に達しようとしており、このままでは数百年ぶりに迷宮が攻略されるのも時間の問題かと」

「忌々しい! これで伝説の秘宝でも発見されては目も当てられぬわ!」

 このままでは松田の功績は政敵でもあるインガル伯ハインツに奪われ、国王の信を失いかねない。

 それでなくとも軍は先日の迷宮での消耗と、コパーゲン王国との国境の緊張でよいところがなかった。

 さらに問題なのは――――

「まさかあの王女が男に目がくらむとは……」

 三十路まで結婚願望をこじらせていた王女マリアナが、ここにきてまさかの反転攻勢である。

 誰もが目を疑ったが事実であった。

 あの王女が毎日嬉々として護衛の侍女を引き連れ、迷宮へ挑んでいく。

 松田が何階層まで攻略したかを聞いては一喜一憂する様は、どうみても恋する乙女のそれであった。

 もっとも行動の方は恋する乙女には程遠いものがあるが。

 実はマリアナにはスペンサー伯の息子もタコ殴りにした前科がある。

 今さらあのお転婆をどうにかするつもりはないが、それが得体のしれぬエルフの物になるとなれば別問題だ。

 しかもそのエルフは迷宮管理所の息のかかった探索者なのだから。

 少なくともこのときスペンサー伯はそう考えていたし、政治的に松田の所属をそう考えるのは常識でもあった。

「――――どうやら宰相閣下もあちらに転びましたそうで」

 忌々し気に吐き捨てたのは五槌の一人であるマニッシュである。

 ゲノックはただドルロイへの対抗意識で松田に反発しているにすぎないが、マニッシュは生粋のドワーフ至上主義者であった。

 スペンサー伯もマニッシュほどではないが、ドワーフ評議会の幹部としてかなりドワーフよりの考えの持ち主である。

 マニッシュのいう宰相が転んだというのは、バッキンガム公がマリアナの婿として松田の取り込みに走ったというこだ。

 ドワーフ至上主義の二人にとって、王家にエルフの血が入るなど唾棄すべき暴挙に他ならなかった。

 かといって正面から王宮に逆らうことも難しい。

 国王も人の子、娘にようやく訪れた春を応援したいであろうし、宰相まで国益に叶うと判断した以上、反対しても一蹴されるのがオチであろう。

「我々ドワーフ鍛冶師にとっても、もっとも忌むべき事態です」

 よりにもよって炎による破壊を嫌うエルフがドワーフ鍛冶師の技を受け継ぐなど。

 まして実力では五槌筆頭と目されるドルロイの跡を継ぐなど絶対に認められることではなかった。

 まだクスコの退治が終了した段階では可能性は低かった。

 しかし今となっては可能性の比率は逆転している。

 もしさらに松田が迷宮を攻略するようなことがあれば、彼の価値はマリアナの夫とするには十分すぎるものになる。

 理屈としてはマニッシュもわかっているのだ。

 松田の持つスキルと技量は、王国の貴重な戦力となりうるということを。

(――――わが命に代えても絶対に認めぬ)

 そもそも松田がドルロイの弟子であることも気に入らない。

 ドルロイの鍛冶師としての腕は認めるが、その精神性には憎悪すら感じている。

 よく斬れるだけの剣、人を殺すために特化した数々の武器、彼の作り出す武器が戦いを呼び、マニッシュの親しい友人たちも幾人かが犠牲となった。

 鍛冶師が作品に求めるのは、品格でなくてはならぬ。斬れればよいだけの剣など下の下でしかない。

 あんな下品が五槌を名乗ること自体がおこがましいと思っている。

 残念なことにドルロイの名声はいまだ大きく、ドワーフ評議会でも彼を擁護するものがいるのも現実であった。

 国外で好き勝手をやりながら、こうして無視できぬ影響力を持つドルロイがうとましくて仕方がない。

 かといってドルロイがスキャパフロー王国へ戻ってくるのも言語道断である。

 そうした複雑な思いがあるところに、エルフで、ドルロイの弟子であるという松田が王女の伴侶として目されたのだ。

 マニッシュが松田を目の敵にするのも当然といえよう。

「……ゲノックの伝手で頼んだ探索者もあてにはできぬ様子。最悪の場合に備える必要がありましょう」

 ノーラに松田の暗殺を依頼したのも、今となっては拙速であった。

 ノーラが目的としている貴重な秘宝は、松田が攻略を達成したあとでなければ手に入らない。

 それどころか攻略速度ですでにかなりの差をつけられてしまっている。

 下手をすれば松田が攻略を先に達成して、手も足も出ないという可能性もあるのだ。

 こんなことなら最初から秘宝を餌になどせず、金で暗殺を依頼しておけばよかった。

 ゲノックがいうには、腕利きの探索者にとって、稀少な秘宝は現金より遥かに勝るらしいが、所詮は探索者風情など金を積めばいくらでも転ぶはずであった。


「……あいつはいいやつなんだが、鍛冶師以外を低く見すぎだ」


 作品に対するこだわりや名誉欲もあるゲノックはマニッシュに比べればまだ探索者に対して理解がある。

 たとえ金貨を数千枚積まれても、ノーラは松田の暗殺を引き受けることがない。

 迷宮内で秘宝トロフィーを争うことはあっても、日常で殺し屋の真似はしないというのが、宝石級探索者であるノーラのプライドである。

 となると王国内の探索者で目下最大の戦力は期待できないということになる。

 マニッシュとしてはスペンサー伯しか頼る相手がいないというのが本音であった。

「…………陛下に会わせる前に身柄を抑えるしかあるまい」

 迷宮の攻略が達成されたとなれば、迷宮管理所から王宮へ必ず連絡がある。

 そうなれば国王との謁見、披露、祝典と話は進むはずであり、その段階から工作することはあまりに危険が高すぎた。

 謁見の前に葬り去るしかない。ノーラが始末してくれればそれにこしたことはないが、できぬとあらば軍の力を借りてでも。

「私に危ない話を渡らせるのだ。見返りは高くつくと思え」

 自らの政治的環境は無視して、恩を売るようにスペンサー伯はマニッシュを見て嗤う。

 それを指摘するほどマニッシュも子供ではなかった。

 いずれにせよスペンサー伯の力が必要なのは事実なのである。

「無論、我ら五槌一門は閣下の宰相就任に向け、全力で支援するでありましょう」

「うむ、期待しておるぞ」

 本来ならば、コパーゲン王国との間で国境が緊張したのを奇貨として戦端を開きたかった。

 せっかくの戦力を迷宮に割くなど、国王の命令でなければ一考する価値もなかった。

 軍を率いる者は戦争でしか功績をあげることができない。

 平和時の軍など、閑職にも等しいものだとスペンサー伯は思う。

 事実かどうかはともかくとして、少なくともスペンサー伯はドルロイと時の国王の野心が引き起こした戦争で軍功を挙げて今の地位に就いた。

 功績をあげなくては宰相の地位を奪うことはできないと考えるのは、やはりスペンサー伯が本質的に軍人のままだからであろう。

「コパーゲン王国との国境からガルバーニ将軍が帰還するまでいましばしの時間がある。マニッシュよ。お前も準備をしておけ」

「かしこまりました。閣下も迷宮管理所に足をすくわれませぬよう」

「ふん、これ以上ハインツにでかい顔はさせぬよ」

 そもそも迷宮管理所はお世辞にも王国で花形部署とは言い難い場所だ。

 そこで曲がりなりにも存在感を発揮するハインツは、彼自身の家柄とキャラクターに負うところが大きい。

 飄々として出世意欲の欠片もないくせに、肝心なところでしっかりと、あるいはちゃっかりと存在感を示す。

 今回の迷宮騒動でも、失態となるべきはずが、松田というヒーローの登場でしっかり漁夫の利を得ている。

 もし松田が迷宮を攻略、さらに王女の婿となるようなことがあれば、さらに立場が強化されるのは明らかだった。

 あんな気ままな人間が運で成り上がるというのは、スペンサー伯には到底許容できることではなかった。

「どんな秘宝が手に入るものかは知らぬが、せいぜい我が軍で役立たせてもらおうか」

 いかに松田が特筆すべき実力を誇ろうと、所詮個人は集団には勝てない。

 クスコには後れを取ったが、個人戦闘の核である将軍がいるといないとでは軍の戦闘力は全くといっていいほど異なるのだ。

 もっとも、そんな力を振るったりしなくとも、切り札はこちらにあるのだが。

「――――マニッシュよ。ハーレプストの到着を急がせよ」

「御意」

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