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アラフォー社畜のゴーレムマスター  作者: 高見 梁川
第三章
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第百一話 狂乱

「ようやく身体から違和感がなくなったか」

 リアゴッドはクスコの妖炎に侵されたわき腹の傷を一瞥して、確かめるようにぐるぐると右腕を回した。

 クスコの妖気によって汚染された傷は、細胞を活性化して回復を促進するリアゴッドをもってしても治るのに多大な時間を要した。

 クスコの単体戦力は絢爛たる七つの秘宝には劣るが、その分搦め手が強化されている。

 その炎は自然治癒することが難しく、またその幻影は魔法以外の手段で見破ることは難しい。

 ゆえにクスコは絢爛たる七つの秘宝から嫉妬されるほどにライドッグの信頼を勝ち得てきたのだ。

 それほどの力を持つクスコが敵に回ったという事実は大きい。

『許せません。あの裏切り者……』

 秘宝のコリンは、もし身体があれば怒りで震えだしそうな気配に包まれていた。

 彼女のような秘宝にとって、造物主は神であり、そもそも逆らうという感情自体ありえないものである。

 ただただリアゴッドを崇め、彼のために力を振るう。それだけが秘宝としての彼女の在り方であった。

 そういう意味では、ディアナの在り方のほうがおかしい。

 主である松田が理想とする身体を追い求め、より主に身近な存在としてあろうとするのは、主のためというよりは自己の欲求の追求だ。

 もしコリンが今のディアナを見たならば目を剥いて驚くことは確実である。

 秘宝はあくまでも主人の道具であり、主人の役に立つために存在する。

 主人にとって、愛用の大切な道具となれることは秘宝にとって何よりの喜びであるはずだった。

「まあ今頃は狂気の果てに死ぬか殺されているであろう。私もあれをもう一度使う気はない」

『当然のご判断かと』

 リアゴッドがその気になれば、クスコを屈服させ再び契約の呪で縛ることはできないわけではない。

 しかし一度裏切られた道具を許す寛容さは、今のリアゴッドには無縁であった。

 こうして身体の治癒に無駄な時間を取られていると、昔の記憶ばかりが蘇る。

 この身体がまだバッカスと呼ばれていたころ。

 魔力ばかりが大きくて制御が不安定な自分、出来損ないとよばれ、いつもいじめられていた自分。

 忌まわしい、忘れたいのに忘れられない記憶であった。

 そもそもエルフは肉親の情が薄く、同族の共同体を家族よりも優先する傾向がある。

 その共同体でつまはじきものであったバッカスは、両親にも冷たく扱われた。

 人口の少ないエルフの共同体では、無能に対する風当たりは強い。

 誇り高いエルフという種族に、無能者が生まれること自体が恥だとすら考えられている。

 バッカスは生きるための最低限の糧だけを与えられ、いつか無能という汚名を返上しようと努力してきた。

 二十年、三十年という月日が過ぎ、それでもバッカスの魔力制御は一向に上達しようとはしなかった。

 ――――そして運命の日

 生活領域を争う人間との間で小競り合いが発生し、バッカスの所属する共同体は劣勢を強いられていた。

 魔法を扱わせれば人間に負けるエルフではないが、十倍以上の数の差を覆すほどではない。

 まして敵に正規の訓練を受けた貴族の私兵が参加しているとなれば彼らに勝ち目は薄かった。

 かといって人間に膝を屈するなどエルフの誇りが許さない。

 そんな彼らの選択は――生贄であった。

 同族であるエルフを生贄の触媒として、その生命そのものを限界を超えた魔法力へと変換する禁呪。

 数百年以上も使われたことのない同族殺しの生贄に選ばれたのは、もちろんいなくなっても負担のないバッカスであった。

 心底バッカスが恐ろしかったのは死ぬことではない。同族のエルフがバッカスを犠牲にすることになんら負い目を感じていなかったということだった。

 一人の命で村が救われるのなら喜んで命を差し出すべき、という同調圧力にこそバッカスは恐怖した。

 どうして当然のように自分に死を要求するのか。

 冗談ではない。自分は生きたい。生きて無能などではなく、自分が生まれてきた意味を見出したい。

 誰にも顧みられることなく他人の肥料となって一生を終えるなど許容できるはずがなかった。

 そんなバッカスの抵抗もむなしく、特製の磔台に縛りつけられ彼の命は、生命力を吸収し、増幅する生命樹に吸い取られたかに思われた。

 ――――そのときである。

 これまで制御できなかったバッカスの魔力が生命樹に吸収されたことで、生まれて初めてバッカスは自分の魔力を完全に制御することができた。

 もっともそれは、バッカスをいささかも幸福にはしなかった。

 異物が体内に侵入するような違和感とともに、膨大な記憶がバッカスの脳内を土石流のように侵食した。

「ぐあああああああああ!」

 やめろ! やめろ! やめろ!  

 痛いどころか、そんな意識、自我を保つことさえできない。

 五感すら感じられなくなり、限界を超えた電流を流された電線のようにバッカスの意識はショートした。

 ブツン、とブラックアウトする意識の裏で、とてつもない怨念が増殖する。

 死にたくない。まして殺されることに怒りを覚えないではいられない。

 殺せ殺せ殺してしまえ。たとえ神であろうとも、自分という存在を消し去ることなど許さない。

 意識ではなく、誰の物とも知れぬ怨念が破局を呼んだ。

 生命樹に吸い取られた魔力は、魔法へと昇華することなく、高濃度の呪いそのものとなってバッカスの村を覆いつくした。

 指向性のない怨念に飲み込まれたエルフも人も、誰一人として生きていられるはずがなかった。

 そんな怨念の根源となったバッカスもまた、正気を取り戻すことはなかった。

 膨大な情報量に意識を混濁させたまま、バッカスは通りすがりの人間によって奴隷とされ、一種の狂人として扱われながらも、単純な労働作業を強制された。

 情報の過負荷がようやく整理されるまでに十年近い年月が過ぎた。

 塩田に重い水桶を担いで水を撒いていたバッカスは、その日唐突に意識を取り戻した。

(ふむ、どうやら転生は成功したか?)

 高レベル過ぎてバッカスとは規格が合わなすぎるがゆえに、生まれ変わった魂との同化を調整することができなかったライドッグの魂が、ついに千年余の時を超えて蘇ったのである。

 それは同時に、バッカスという不幸な青年の自我が永久に消失したことを意味していた。

 再び自我を取り戻したライドッグの魂の強さに比べれば、バッカスの魂は情報量も強度も圧倒的に足りなかった。

 例えるならば一トンの水に飲み込まれたわずか一リットルの水のようなもの。

 かろうじて彼のせいではない理不尽な不幸に対する怒りと絶望が、ライドッグの魂の片隅にわだかまる汚濁のようにしてその名残をとどめるのが精一杯だった。

 しかしその汚濁は確実にライドッグの魂へも影響を及ぼした。

 過去の自我を思い出したとはいえ、バッカスの記憶はライドッグへと引き継がれている。

 偉大なる魔法士として全世界に君臨したライドッグにとって、それは決して容認することのできない屈辱の記憶であった。

 ライドッグはその記憶を、いかなる者とも共有することを認めなかった。

(この私を奴隷とするなど決して許さぬ)


 ライドッグのあまりに突出した力が恐怖を呼び、国家から警戒され常に命を狙われていたときから、彼の人間に対する信頼が失われていったのも確かであった。

 ――――急速に肉体が衰弱し、死を意識したライドッグの精神は疲弊していた。

 自分自身に転生の魔法を施しつつ、彼は復讐を誓っていた。

 この衰弱が誰の仕業であるのかはわからない。

 わからないが転生したら必ずやその正体を暴き、復讐してくれよう。

 いや、偉大なる魔法士ライドッグを殺すような人間は、全て管理されるべきだ。

 もう二度と、■■■のような犠牲者を出さないために――

 誰一人、妄執ともいえるライドッグの決意を咎めるような者はいなかった。

 なぜならそこにいたのは全て、秘宝と使い魔、すなわち人に非ざる者たちだけ。

 もしそこに人がいたとするなら、ライドッグをこう表現したであろう。

 ライドッグはすでに正気を失っていた、と。

「そういえば私を狩りたてようとした愚か者がいたな」

 暗い漆黒の瞳を瞬かせてライドッグ――いや、リアゴッドは薄く嗤う。

 この地上の支配者となるべきものが、逃げたままでいることなど許されない。

 全くの気まぐれ、全くの逆恨み。

 しかし彼の八つ当たりにも似た衝動を止めるものはいない。

『目にもの見せましょう。造物主様』

 すべては造物主の望むままに。

 そのためには塵芥にひとしき人間が何千何万死のうと知ったことではなかった。


 コパーゲン王国とスキャパフロー王国の国境での捜索は、規模を縮小していまだ続いていた。

 あまりに手がかりがないため、実は王都付近で潜伏しているのではないか? あるいはもうスキャパフロー王国へ入国しているのではないか? と上層部が捜索の方向性を変えたためである。

 しかしだからといって国家の貴重な財源であり資源でもある迷宮を使用不能にした極悪人の捜索を打ち切るはずもない。

 幸いなことに迷宮の混乱は収束に向かいつつあるが、投入した資金と消耗した生命を考えれば、幸いなどと考えることは不可能であった。

「もういい加減やめりゃいいのに…………」

 いかに忠誠心の高い騎士団と言えど、同じ場所を何か月も捜索して一切手がかりが見つからなければそう思う。

 彼らは決して捜索に手を抜いていたわけではない。

 それでも手がかりが見つからないということは、標的はここにはいないということなのだ。

 あるいは明日、明後日現れるかもしれない、という期待は袖に裏切られた。

 あとは命令であるから仕方がないという惰性。

 だがその不本意ではあるが平穏な日々は唐突に打ち破られた。


「――――どちらが狩る者で、どちらが狩られる者か、貴様らの思い違いを正してやるぞ?」


 禍々しいその声は、彼らの上空から聞こえてきた。

「貴様……まさかっ!」

 黒髪黒目のエルフ。陰気でこの世のすべてを憎んでも憎みきれないような凶相の男。

 間違いなくそれは彼らが数か月の時を費やして追い続けてきた迷宮暴走事件の犯人に他ならない。

「捕らえよ! 決して逃がすな!」

「弓隊! 展開を急げ! 奴を蜂の巣にしろ!」

「奴を空から引きずり落とせ!」

 さすがの騎士団も空の敵に対抗する手段はそれほど多くはなかった。

 弓による射撃か魔法による間接攻撃である。

 リアゴッドを地上に引きずり落とせば、あとは数の暴力が力を発揮する。

 迷宮をいかなる手段で混乱させたのか、情報を取るためには生かして捕らえるのが最上だが、逃がす可能性がある場合、最悪でも殺すようにというのが上層部の命令であった。

 騎士団は忠実にその命令を実行に移した。すなわち、空中という逃走しやすい場所にいるリアゴッドを全力で殺しにかかったのだ。

「――――立場を間違えるな。死ぬのは貴様らだ」

 数百を超える矢と魔法の一斉射撃は、空しく誰もいない空間を通り過ぎていった。

「き、消えた?」

『連続瞬転』

 転移に特化した伝説の秘宝だけが可能にしたコンマ秒単位の連続転移。

 一方的に転移したリアゴッドから魔法を浴びせられ、騎士団はなすすべなくその数を減らしていく。

「ひ、卑怯だぞ! 正々堂々と戦え!」

「貴様のいう正々堂々というのは、千に近い軍勢でたった一人を蹂躙するということか」

 くっくっとリアゴッドは意地悪そうに嗤う。

 叫んだ騎士は言葉を失い、悔しそうに唇を噛みしめた。

 そうだと肯定することは、リアゴッドの戦い方を肯定するということでもある。

「どうした? 攻撃してこないのか? 仲間はどんどん死んでいくぞ?」

「くそっ! 貴様の好きにはさせん!」

 しかしリアゴッドの挑発は罠であった。

 当たる、今度こそ当たると思わせておいて、ほんのわずかにタイミングをずらし、彼にとっての同胞を殺させる。

 狙い通りの同士討ちにリアゴッドは腹の底から愉快そうに笑った。

「愚かだ! 貴様たちは本当に愚かだ! その愚かさゆえに人は導きすら拒否する!」

「ふざけるな! この犯罪者めが!」

「仲間を殺したお前は犯罪者ではないとでも?」

「くそっおおおおおおおお!」

 哄笑してリアゴッドは蹂躙を再開する。

 殺し、殺し、殺し、一切の希望を与えず、許しを乞われても微塵も容赦せず、ただただ殺しつくす。

 人はまず分際を知らなければならぬ。

 優秀な人間に素直に敬意を抱き、正しい道を素直に受け入れるには、人類にはまだまだ絶望が足りない。

 小賢しい自由や希望を求めるからこそ、人は優秀な人間の足を引っ張り正しい道を外れる。

 そんな狭隘な心の在り方が、かつて人類の理想郷を目指したライドッグを排除させたのだ。

 今度こそ、すべての人類を導く圧倒的な力を取り戻し、不老不死という究極の存在となる。

 リアゴッドはまさにゴッドとして、君臨しなければならぬ。

 かつてはあと一歩まで不老不死へと近づきながら、何者かの邪魔によって失敗した。

 ライドッグによる統治をよしとしなかった為政者たちか、あるいは宗教家の仕業か。

「愚かさを認めよ、人間。再生はまずそこから始まるのだ」

 竜の攻撃から救った王国、迷宮の氾濫から助けた王国、泥沼の戦争から仲裁してやった王国、その他ライドッグの強大な力を利用してきた有象無象は、全てライドッグの支配を受け入れようとはしなかった。

 一時は人間に絶望し、ライドッグは秘宝や使い魔と新たに迷宮を作って引きこもろうとしたこともあった。

 迷宮の候補としたあの地で■■■と出会い、不老不死の謎に迫らなければ――――

 ああ、■■■とは誰だ?

 せっかく転生したというのに、力も記憶も不完全なままとは歯がゆいことこのうえない。

 イライラする。はたして人間に導く価値などあるのか?

 秘宝なら主人に逆らわないというのに、いっそ人が秘宝になってしまえばいいのに。

 リアゴッドは知らない。秘宝のはずのディアナはもはや自分の作り出したディアナではなく、006と同化してより人間らしく感情を成長させているということを。

 興味を失ったようにリアゴッドは運よく腰を抜かして倒れていた騎士に吐き捨てた。

「愚かなる人間よ。貴様だけは生かして返してやる。我がリアゴッドの名を畏れとともに広めるがよい」

 ようやく安定を取り戻しつつあったコパーゲン王国とスキャパフロー王国の緊張が再燃するのは、それからもう少し先のことであった。

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