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アラフォー社畜のゴーレムマスター  作者: 高見 梁川
第三章
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第百話  悪意の行く先

 そんな乙女の葛藤が繰り広げられているとは露知らず、松田は数の少ない空中型の魔物を掃討しつつ、早くも百階層を突破していた。

「――主様、百二十階層からは空に障害物が設置されていますから、一旦地上に降りたほうが」

「空に障害物?」

 なんだそれは? 空の魔物が増えるとかではなく?

「……迷宮というのは一般常識から超越したようなところがありまして」

 クスコがいうには、エアレースなどで使用されているアドバルーンのようなものが多数浮いていて、それが近寄ると自爆する空中機雷のようなものらしい。

「――――なんじゃそりゃ」

 意味が分からない。誰が何のために、どういう目的で、どんな進化をしたらそうなるのか。

 もっともそれは現代人松田の感想だ。

 迷宮という場所は、そうした理屈を考えたら負けなのだろう。

「私だけでしたら、身体も小さいので簡単に抜けられるのですけれど」

「グリフォンの図体でそれは無理だな。降りよう」

 そもそも百二十階層まで、ほとんど速度を落とさずにこれただけでも恐ろしいことなのだ。

 まともな探索者は、一階層一階層、苦労して何度も何度も迷宮に出入りを繰り返して攻略を進めていく。

 このフェイドルの迷宮にはマクンバと違って、階層エレベーターは三十階にひとつしかない。

 それだけ攻略の難易度は高く、探索者は長時間の緊張と消耗を強いられる。

 伊達に千年近く迷宮攻略が達成されていないのはそれなりの理由があるのだった。

「――――送還アンサモン

 地上に着地すると松田はグリフォンゴーレムを送還した。

 そしてすぐに騎士ゴーレムを召喚しようとする。

 巨大なグリフォンの姿を警戒した魔物が、四方から松田を目指して集まりつつあったからだ。

「主様、ここは私にお任せを」

「お父様! 狐ごときに任せなくとも私が禁呪で根こそぎ殲滅いたします!」

「お前はいつも全力で殲滅しないと気が済まんのか!」

 確かに禁呪を使用すれば、有象無象の魔物など鎧袖一触であることはわかっている。

 しかしそれはあくまでも松田の魔力を利用してのものであり、無駄な魔力の消費を控えるべきなのは言うまでもない。

 そうした意味で、単体で自立行動する使い魔という存在は大きかった。

「…………主様には正気を失っていた私が本質だと思わないでほしいですわ」

 殺到する魔物の数およそ数百。彼らは久方ぶりの獲物に飢えていた。

 クスコが探索者と騎士団を寄せつけなかったため、獲物らしい獲物もない日々。ようやく現れた彼らの敵に、本能が赴くままに歓喜の叫びをあげて牙を突き立てた。

「がうっ?」

 間違いなく柔らかく脆弱で、美味しそうなヒトの肌に牙を突き立てたはず。

 だが牙と舌から感じる感覚は、分厚い獣毛と鉄さびた血の味であった。

「我が妖狐の権能、幻炎の妙味、御賞味いただけたかしら?」

 ほんの一瞬で魔物の群れは、激しい同士討ちで半数近くに消耗していた。

 視覚も嗅覚も、勘すら狂わす究極の幻覚。

 狂っている間は力押ししかできなかったクスコの本来のスタイルである。

「…………お父様、私のような秘宝には一切効きませんからご注意ください」

「ステラにも効かないです! わふ」

 なるほど、秘宝や、ある程度魔法耐性のある者には通用しないということか。

 実際松田の目にも、魔物が勝手に同士討ちを始めたようにしか見えない。

 とはいえ、これで雑魚に手を煩わされることはなさそうだ。

「ぐぬぬぬ…………」

 そのことがディアナにはお気に召さないようだ。

 使い魔という契約は、道具にすぎない秘宝よりも自由性が高い。

 そのため主人の命令がなければ動けない身体を持たぬ秘宝であったディアナにとって、自らの判断で主人の意思を先回りしようとするクスコは不遜極まりない存在に思われた。

 それは身体を得て、自分を人間のように扱ってくれる松田のおかげで大幅に軽減されているが、やはりクスコが奔放にみえてしまうのはどうしようもない。

 いや、問題の本質はそこではない。

 クスコは主人のためであると信じるならば、主人の命令に逆らうことすらできる。

 それが自由意志を認めた使い魔契約。

 もちろん逆らえばそれなりの応報はある。使い魔より遥かに格上の実力を主人が持つからこその使い魔契約だ。

 下手をすれば用無しとして処分される可能性すらあった。主従の絆が強固な使い魔契約は、それが破棄されただけで、正気を失うほどの衝撃を伴うという。

 先日クスコが、ライドッグとの契約を破棄されて狂ってしまったのはそういうことだ。

 それでもなお、使い魔という存在の在り方が、自由がディアナの心を無自覚にざわつかせるのである。

 ――――自分の活躍の見せ場を奪われてストレスがたまるという説もあるが。

「お父様! お父様! お願いですから次は私に!」

「あ~あ~わかった! わかったから全力で袖を引っ張るな!」

 どんどんディアナが外見相応の子供になっていくかのようであった。

 あるいは心というものは、外見の年齢につられるものなのかもしれない。

 それが秘宝というプログラムであってもそうであるかは松田にはわからなかった。

 昔から泣く子と地頭には勝てないという言葉があるが、この状態のディアナを説得するのはいささか松田には荷が重い仕事であった。

「わかったからぶっぱなせ!」

「お父様、素敵!」

 喜び勇んでディアナは詠唱を開始する。

 禁呪をぶっぱなしたのはあの山脈で、松田が寝ている間に襲われた時以来だろうか。

「ふふふふふふふふふふふ……」

 人ではない秘宝の身ではあるが、ディアナはこの極大火力で敵を蹂躙するのが好きだった。

 火力を期待されて造物主に生み出されたディアナのイデンティティであるのかもしれない。

「行きます! 禁呪第十三法、真紅スカーレット溶岩流ラバフロウ!」

 ディアナを中心としておよそ九十度前方に、煮えたぎった灼熱の溶岩流が出現した。

 その温度は容易く鋼鉄や岩石すら溶かす。まして魔物の肉など飴のように溶かすなど造作もなかった。

 しかもそれがおよそ時速四十キロ近い速度で押し寄せてくるのである。

 自己防衛本能に従って逃げ出すも、ごく一部の魔物以外は全てその身体を溶岩の一部にされていった。

 そんな光景が前方数キロにわたって出現したのである。

「迷宮だけど、自然破壊だろ、これ…………」

 青々とした森林は全て溶岩に飲み込まれ、煮えたぎる溶岩と白い煙がたなびくばかり。

「…………というか、どうやって先に進むんですの? これ」

「あっ!」

「あっ! じゃないだろう!」

 これでは下の階層へ降りる階段も探しようがない。熱くてとても進めないし、そもそも階段が無事であるかもわからなかった。

「迷宮は時間が経てば勝手に再生しますけれど、このままでは探せませんわね」

「当分禁呪は使用禁止!」

「そんな! お父様ぁ…………!」

 その後結局氷雪の魔法を駆使して、下層へと降りる階段を発見するまで半日近い時間が必要であった。

「……熱いのは苦手です。わふ」




「今頃どうしてるかねえ。マツダ君は」

「きっと楽しく過ごしてらっしゃるのでは? 可愛い娘に囲まれておりましたし」 

 なるほどそれは確かに男の夢だな。

「まあ、可愛い娘というのには同意するがね。でも彼にとっては恋愛の対象にはならんだろう?」

「あら、男が恋愛対象にするかどうかなんて、女には関係ありませんわ。だって振り向かせればよいのですもの」

 そういってラクシュミーはハーレプストに熱のこもった視線を向ける。

 とんだ藪蛇であった、とハーレプストは慌てて顔を背けた。

 あの日松田をマクンバから見送って以来、研究に身の入らない自分がいる。

「――わしの弟子を、勝手に恩試になど出しおって!」

 ドルロイはハーレプストの判断にひどく怒った。

 ハーレプストが今まで見たことがないくらいに怒りまくった。 

 その怒りは激しくて、いまだハーレプストはドルロイの工房に近づくことができない。

 師匠は弟子を守るべき存在であって、たとえマクンバ伯爵が松田を利用しようとしても、ドルロイなら守ることができる。いや、守らなくてはならないと考えたのだろう。

 ドルロイの名声があれば、それは必ずしも不可能ではないが、それを松田が望むかといえば別問題であった。

 権力を振りかざした圧力や、民衆を扇動した嫌がらせ、ありとあらゆる手段で伯爵はドルロイから松田を引き離そうとするだろう。

 松田の気性からいって、それに長く耐えうるとは思えない。

 どこかで決定的な衝突を引き起こし、その責任はドルロイやリダにも向けられるに違いなかった。

 災厄のなかには立ち向かうのではなく、逃げるしか選択肢のないものがある。

 一度は戦うことを選び、そして戦い方を間違えたドルロイとしては、そんなハーレプストの考え方を容認することは死んでもできまい。

 だからハーレプストは松田にドルロイとは会わずに逃亡することを勧めた。

 今でもその判断は間違えていなかったと胸を張って言える。

 何よりあの迷宮を攻略すれば、松田は権力に抗えるだけの力を手にすることができるはずであった。

 絢爛たる七つの秘宝の力はそれほどに重い。

 もちろん扱う方にも技量が要求され、ディアナもまた本来の力にも程遠いが、絢爛たる七つの秘宝が二つ、しかもレベルアップも果たせればもはや国家といえど松田と敵対するには覚悟と勇気が必要となるであろう。

「――――そう、僕は間違っていない……」

 なのになぜ、あれから何の気力も湧いてこないのか。

 確かにハーレプストにとって、松田は刺激的な存在だった。

 長く、人生を懸けて追い続けてきた永遠にも新たなヒントを得られた。

 彼は、というより彼の才能は、本当にハーレプストが目指した永遠へ手が届くかもしれない。

 にもかかわらず、ハーレプストの心は以前ほど踊らないのだ。

「そうですね。旦那様は間違ってはいないと思いますけれど、ドルロイさんには謝っておいたほうがよいのでは?」

「聞く耳を持つとは思えないのだけどね」

 もっとも、そろそろ頭の冷えたころではないか、とも思う。

 そしてハーレプストの判断が、ドルロイも松田も思いやってのことだと理解するはずだ。

 というより、リンダがいい加減業を煮やしてドルロイを物理的に説得するだろう。

 それに松田にはこんなところでとどまって欲しくない。

 彼にはもっと大きな、大きな舞台が必要なのだと思うから。

「――――旦那様」

「うん?」

 物思いにふけっていたハーレプストをラクシュミーが呼んだ。

 声から察するに、あまり喜ばしい話題ではなさそうであった。

「ラクシュミー、その、旦那様はやめなさい」

「あら、最近あまり嫌がらなくなってきたと思ってるのだけれど」

 そういってラクシュミーはハーレプストの瞳を覗きこむ。

 ハーレプスト自身も自覚していることである。

 もうつらい過去、恋しい女性との別れが以前のようにハーレプストを苛むことはない。

 松田という刺激をきっかけに、新しい一歩を踏み出そうと心のどこかが望んでいる。そんな気がしていた。

「何かあったのでしょう?」

 ハーレプストはそういって話題を変える。もっと飄々とラクシュミーのアプローチを躱していたころとはえらい違いだ。

「故国からのお手紙のようですよ?」

 見覚えのある蜜蝋の封印をみてハーレプストは身体をこわばらせる。

 それはドワーフであれば容易には逆らえない権威ある集団を表す紋章であった。

「――――ドワーフ評議会……」

 間違いなく厄介事で、それが松田に関するものであろうことをハーレプストは確信した。

「思っていた以上に早い。マツダ君、いったい何をやったんだい……?」


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