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体験談

作者: おむつ

 これは十年ほど前、まだ私が学生だった頃の体験談です。


 季節は梅雨にさしかかり、その日は朝から生温かい雨が降っていたのを覚えています。


 講義を終え、友人と一緒に帰ろうとした矢先、傘立てに置いてあったはずの私の傘がまるで蒸発したように消えていることに気付きました。


 生協で傘を買えば済む話なのですが、バイトの給料日前ということもあり、今は数百円の出費も抑えたい気持ちでした。


「困ったなぁ……」


 そう呟いた私に、友人は雨が止むまで付き合ってあげるよ、と持ちかけてきました。


 彼女の友情に感謝をしつつも、その言葉に甘え、構内でお喋りでもしながら、私たちは時間を潰すことにしました。


 雨音が時間を刻んでいくのにも関わらず、その雨脚が途絶えることはありませんでした。


 窓の外はすっかりと夜の帳が降りてしまい、これ以上付き合わせることに申し訳なさを感じた私は、そろそろお開きにしようと切り出しました。


 まだ付き合ってもいい、という彼女の申し出を断って、私たちは部室を後にしました。


 駅までは友人の傘に入れてもらったので、濡れることはありませんでした。


 友人と別れた後、最寄り駅からアパートまでの間は傘をささずに歩きました。


 何度も何度も通った道です。ものの数分でアパートには着くのだから、当然途中のコンビニで傘を買うようなことはしませんでした。


 私の長い黒髪を、生温かい水滴が流れていきます。


 部屋に着いたら風呂に入ろう、そんなことを考えながら早足で道を急ぎました。


 家は駅から三分くらいの場所にある安アパートです。女がひとりで住むには少しボロいけれど、それでも大学からの距離や交通の便を考えると月三万円は破格だと思いました。


 アパートを目前にして雨脚が強くなってきたので、私は鍵を開けると転がり込むように部屋へと入りました。


 風呂の湯を貯め、適当に置いてあったバスタオルで濡れた髪を乾かしていると、インターフォンが鳴りました。


「はいはい」


 私は聞こえるはずもない返事をしながら、何の警戒もせずドアを開けました。


 ドアの前には男が立っています。右手にはどこかへ隠していた金属バットを持って。


 一人暮らしの女の部屋に、男がバットを持ってすることは決まっていました。


 逃げようとする前に、私たちは部屋の中へとなだれこみました。


「お前の思わせぶりな態度がずっと気に入らなかったんだ!」


 恫喝すると、右手に持ったバットを高く振り上げました。


 一発、二発、三発、頭を狙って正確に振り下ろしました。衝撃の度に、頭蓋骨が凹んでいくのがわかりました。


 バスタオルが血を浴びて真っ赤に染まっていきます。


 私の長い黒髪を、生温かい血液が流れていきます。


 死を目前にして、高揚していく意識の中、これが狂気の色なのだと知りました。


 ふと、冷静になると、目の前の友人はもう動かなくなっていました。





 この事件の犯人は、まだ捕まっていません。

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