第二話『囲(かこい)』
後日、加筆訂正すする可能性があります。
ストーリーは変わりません。
彼女がこの部屋308号室に引っ越してきたのは、春休みの真っ只中だったある日のことだ。
たくさんの荷物を抱えてやってきた彼女は、一人暮らしを楽しみにしていたようだ。
食器やベッド、テレビといった簡単な家具は一通り揃えてきて、
初日は楽しみで興奮していたのだが、それから数日間、徐々に落ち込むようになっていった。
一人暮らしに起こりがちなホームシックだ。
しかし、彼女は慣れるのが早かったのか、三週間もしない内に元気を見せ始め、
一人暮らしを満喫するようになった。
「このあたりって何かお店あるのかな?」
ある日の朝、彼女はパソコンを起動し、近所に行ってみたくなるお店があるかを探し始めた。
しばらく探していたが見つからなかったらしく、
結局その日は部屋でパソコンでネットをしながらのんびりと過ごしていた。
その後も彼女の日常に変化はなく、外へ出かけるも誰かと一緒に遊ぶわけではなかった。
カラオケも、ボーリングも、映画館も、すべて一人で行っていた。
友達がいれば少しは違うのかな、なんて思ったようだが、
急に友達ができることは当然なく、結局一人で楽しんでいた。
そんな日が1週間ほど続き、ある日彼女に異変が起きた。
「遊びすぎて筋肉痛になっちゃったかなー」
体が思うように動かなくなったらしい。
軽く体操をしながら、彼女は自分の体を確かめる。
「ま、そのうち治るでしょ」
若干の違和感は覚えるものの、不自由は感じなかった。
彼女はそのうち治ると思い、その日は特に気にしなかった。
さらに数日後。
「うーん……。やる気が出ない……」
気の弱い声で彼女はそんなことを漏らした。
ゴロゴロと床を寝転び、外に出るのが嫌になったようだ。
そのためこの日は一度も外へ出ることはなく、部屋の中でパソコンをしたり、
軽く料理を済ませる、なんでもない一日ご過ごした。
だが、その翌日。
「あー……。なんだろう……だるい……」
ベッドの上でそう声をあげる彼女。
どうやら今日は、起き上る気力が湧かないほど力が出ないらしい。
声も昨日以上に覇気がない。
「どうしたんだろう……。風邪かな……。なんかもう……」
そう言ったあと、誰が聞くわけでもなく、声を出すのも精一杯だった彼女は、
それ以降その日は一切喋らず、ベッドから立ち上がることもなかった。
そして、さらにその翌日。
「あ……あ……」
目が覚めると、彼女の声が出なくなっていた。
枯れたような声で、なんとか声を出そうとする。
「うっ……!」
体に異変が起きたのか、痙攣を起こしたように彼女の全身がビクンと動く。
「た……たす……け……て……」
彼女はベッドから転げるように床に落ち、外へ出ようと這い始める。
「だれ……だ……だれ……か……」
玄関に向かって床を這いながら、助けを求めるように手を伸ばす。
届かない、誰も触ってくれない。
そんな悲しさを胸に込めながらも、彼女は外へと出ようとするように見える。
だが、その願いは叶わなかった。
「……あっ……」
まだ半分というところで、バタン、と彼女は力尽きた。
そして彼女から、プシューという空気が抜けるような音が出た。
全てが止まったかのように。
「あーあ、またこれはかわいそうなことに」
彼女が動かなくなってから約30分後。
この部屋に二人の男がやって来た。
全身青色の厚手の作業服で、深々と帽子をかぶっている。
「自分で壊すのがいやだからって、整備なしの自然故障をさせるなんてな」
「まったくだ。変なことが流行っちまったな」
そう、彼女はアンドロイドだったのだ。
元々、子どもがいない家庭や子どもに兄弟を作らせたいという人たちが買っている、
10代~20代前半まで様々なタイプが存在する、この時代では流行りのロボットだ。
彼女はそのうちの、16歳タイプのアンドロイドだった。
だが、今では買うことと同時に、使い物にならない、不必要だと感じたアンドロイドを
特殊な方法で廃棄することも流行っていた。
「きみだけの部屋をあげる」「人間らしく、一人暮らしをしてみるといい」などと説き、
一人で住まわせ、必要であるはずの人間による管理・手入れも施されないまま、
放置され、自然と故障するのを待つというものだ。
この男二人は、それを専門に請け負う業者の人間。
そしてこの部屋は、それを行うために用意された部屋。
申し遅れたが、私こと308号室は、このような光景を何度も見てきた。
今回の彼女は、友だちがいなかった。
友だちがいたアンドロイドは、半年は生き延びることができた。
だが、やはり"支え"は必要だった。
アンドロイドも人も、一人では生きられないのだ。
わたしはまた明日から、一人で生きようとする彼らを見守らなければならない。