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イエスかハイか好的で答えてよ。

 

「僕のこと嫌いなんだ?」

 背後からの低い声に、言い合ってた二人は振り返る。

 窓から差した夕日が届かず暗い教室の入り口に人影。くらむ目ではとっさに表情が見えない。

 往生際悪く照りつける残り陽は暑い筈なのに、空気が凍る。

 時計の秒針がカチカチカチカチ時を刻む。空気は切り刻まない。

 ――ナオちゃん、遠藤君のこと好きなんでしょう?

 ――は? ま、まさか、あたしは、あんな奴のことなんてどうだって……!

 ――ナオちゃん……? 大丈夫、誰かに言ったりするわけじゃないから。

 ――ちが……っ、アヤ、本当にあたし、あんな奴のことなんて! き、嫌い、なんだから!

 というように話題にされていた「遠藤」は、廊下から教室を覗き込んでいるこの人影らしい。

 教室の中、窓際でひるんでいる女生徒の内、眼鏡を掛けている方が困ったかおでツインテールの少女を見る。

 遠藤を見たまま目線を外せず赤から青に顔色を変えてぷるぷる震える彼女が「ナオ」なのだろう。

「ねえ、嫌いなの?」

 重ねて問う声は温度が無い。空気はうるまず、重くなる。

 はくはく、と酸欠の金魚の様に口を開閉させ、それからナオはわななく唇を開く。

「き、らい、よ……」

 答える声は震える。

 遠藤をにらみながら、痛みをこらえる様にかおをしかめて。アヤがますますオロオロと眉を下げる。

 ふうん。

 遠藤はあいづちを打つ。肯定でも否定でもなく、そう言って、教室の中に。

 かつり。

 かつかつ、と静かな教室に靴音が響いて時計の音を掻き消す。

 影の中から、内履きのつま先が、脚が、学ランが、そして無表情な少年は夕日の照らす窓際に進み出た。

「へえ。嫌いなんだ?」

 遠藤はコツンと首を傾げる。びくりとナオは更にひるむ。

「……きらい」

 ナオちゃん、とアヤが呼ぶ。多分ダメだよと言う意味で。

 ふうん。

 遠藤は身を乗り出す。

「嫌いなのに、宿題教えてくれたりするの?」

 ナオの肩が跳ねた。

「そ、れは、宿題忘れたあんたが悪いんでしょ!?」

 言葉を詰まらせながら、カッと頬に血を登らせて噛み付く。遠藤は無表情なまま、逆側に首を傾げる。

「嫌いなのに、家まで迎えに来るの?」

「寝ボスケなあんたが悪いのよ!」

 ナオは今度はよどみなく切って返す。表情から罰の悪さが消えている。

「嫌いなのに、手をつなぐの?」

 ナオは言葉を継げず口を開いたまま固まった。

 顔の朱は広がり耳まで染めて、はくはく、と再び口を開閉させる。

 カチカチカチカチと秒針が時を切り刻む音が響く。

「手、つないだんだ……」

 じっと成り行きを見守っていたアヤが、ぽつりと呟く。

 ナオはハッと我に返ってアヤを振り向いたが。

「つないだよ」

 遠藤が頷く。

「あ、れは、あれは、」

「ねえ、嫌い? 好き?」

 真っ赤なナオは必死に言葉を探して口をぱくぱくさせ、ぷるぷると震える。

「す、」

「す?」

「……好きなんて言えないわよバカ!」

 身を乗り出した遠藤のあごに頭突きしてナオは教室の入り口にダッシュする。陸上部ではないが、運動神経が良いのでいきなりトップスピードでの疾走。

 思わずうずくまった遠藤だが、アヤが大丈夫かとたずねるのを生返事して、あごを押さえてすっくと立ち上がる。

 怒気をはらむ笑みに、アヤはかおを引きつらせて後ずさった。

 そんな様子を気にも止めず、目にも入らない様子で遠藤も弾丸の様にすっ飛んで行く。

「この期に及んで認めないとか……」

 ふふ、と聞こえた低い笑みが不穏でアヤは更に後ずさる。

 彼女としては獣のうなり声を聞いた気分だ。事の発端が己であるので責任を感じるが、駄目だ、これは手に余る、と友を案じつつもガクブルと背筋を粟立たせる。

 ごめんナオちゃん、とアヤはナオに心の中で謝り倒した。

 遠藤は直ぐナオに追い付いていた。

 廊下で二人デットヒートを繰り広げる。

「ナオはちょっとツンケンしてても、世話焼いてくれるし何だかんだと僕を構うから、僕のこと好きなんだと思ってた!」

 遠藤の言葉に、知らない、とナオが叫び返す。

「僕がナオのこと好きだって知ってるくせに!」

 遠藤は階段の手前でつんのめったナオの手を掴んだ。

 落ちない様に、そして、逃がさない、と捕まえる為に。

「――捕まえた」

 暮れなずんだ誰も居ない廊下で、二人。

「ねえ、ナオ。正直に言って」

 腕に囲うとぷるぷる震えて体温を上げるナオのうなじが赤くなるのを見て、遠藤は口端を吊り上げる。

 ――僕のこと本当に嫌いなんだ?


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